13話 なんで生贄になっちゃったの?
「ま、いっか。さてシチュー、器に入れちゃおう。お腹空きすぎ。セトもお腹空いたって言ってたしね」
リンゼイがディーンを促す。ディーンは大ため息をついて、よろよろと暖炉の鍋に近づいた。なんだかどっと疲れた。
鍋に浸けたままの木杓子をひとまぜして器に盛り始めたると、リンゼイは皿に黒パンを盛っていたところだ。カッティングボードに載せたままのチーズやハムをたぐり寄せて並べている。ディーンが水やワインの残量を確かめていたら、扉が開く音がした。セトがまた戻って来たのだろう。
「お待たせしました」
その声にディーンはおそるおそる扉を見る。
今度はちゃんとズボンを履いていて、ようやく目元がゆるんだ。
「いま、盛り付けているところだ」
「ほら、こっちに座って」
リンゼイがぞんざいに手招きすると、するりとセトが歩き出す。
大分丈が合わないらしい。ぐるぐると裾を折り、ベルトについては、穴が合わなかったらしく、適当に結んで腰に縛り付けている。が。ちゃんと履いていることに、ディーンは安堵し、リンゼイは苦笑していた。
「ここで、いただきますの?」
不思議そうにセトがリンゼイを見上げる。敷布を広げているとはいえ、地面に直置きであることには違いない。
「この部屋、テーブル無くってさ。これでいいでしょ」
リンゼイが笑いかけると、セトは満面の笑みで返す。
「ピクニックみたいですわ」
「……ピクニックね」
シチューの器を持って近づいたディーンも笑う。なるほど、素敵な表現だ、と。
「どうぞ、召し上がれ」
ぺたん、と尻をつけて座り込むセトに、ディーンは一番に器を手渡す。
彼女は蕩けるような笑みを浮かべて両手で受け取った。すぐに器をのぞき込んだからだろう。温かな湯気が彼女の頬を撫で、髪を滑る。
「ディーンが作りましたの?」
嬉しそうに微笑むセトに、ディーンも笑みを返す。その隣でリンゼイが木匙をセトに手渡した。
「当教会が誇る料理長御自らが作ったシチューでございます、お嬢様」
演技がかって慇懃にそう告げたが、セトは全く気にしない。さも当然のように木匙を受け取り、早速シチューを綺麗な仕草で口に運んだ。
ディーンは再び暖炉に戻る。自分とリンゼイの分をとりわけ、鍋を見た。もうほとんど残っていない。手近な布巾で鍋の持ち手を取り、鍋敷きの上に乗せた。背後では、「美味しい」とセトが華やいだ声を上げている。
「お上手ですのね」
器を両手に持って敷布に近づくと、セトが興奮したようにディーンに言う。
「空腹だからだよ」
苦笑いしながら、リンゼイに器を手渡し、どっかとセトの向かいに座った。膝近くまである長靴が邪魔で、胡座をする。リンゼイが雑に手渡してきた木匙を使って、やれやれと口に運ぶ。
ベーコンの塩気が十分出たシチューだ。少し古くなったチーズを入れたのも良かったかも知れない。濃厚さが増した。目分量の胡椒も効いている。牛乳はこの屋敷に踏み込む前に仕入れたもので、明日の朝飲むには少し躊躇う品だったが、今日調理するには十分だったようだ。ジャガイモが案の定煮崩れているが、それがとろりとした質感に変わって、これはこれで美味い。
ちらり、と。
向かいのセトを見る。
多分、普段の彼女なら見向きもしない料理だったかもしれない。
今、はふはふと熱さを堪えながら、黙々とシチューを口に運ぶ彼女を見て、ディーンはくすりと笑った。意外にうまいだろ、俺のめし、と。
「落ち着きなよ。口ん中、火傷するよ?」
呆れたようにリンゼイは言い、水を注いだコップをセトに差し出す。セトは一旦器を敷布に置き、両手でコップを抱えて一息に飲み干した。
「ディーンは? ワイン?」
自分も水をコップに注ぎながらリンゼイが尋ねる。頷くと、手早く水で割って差し出してくれた。
「リンゼイは飲まないのか?」
コップを口元に寄せると、ふわりと葡萄の濃い匂いがする。透き通るような香だ。まだ若いのだろう。口に含んでも、芳醇な香りはしなかった。
「僕はね。君たちみたいにアルコール分解酵素が無いの。日本人だから」
リンゼイの言葉に、ディーンは首を傾げる。この異端審問官は本当に時々よく分からない言葉を使う。
出会った当初であれば、その都度「それはどういう意味だ」と尋ねていたのだが、はぐらかされるばかりで取り合ってくれない。
多分、リンゼイのパートナーが決まらなかったのはこういう所なのだろう。ディーンと組むまで、リンゼイは何人も護衛騎士を変えている。気むずかしくは無いが、謎が多いのだ。
そして。
心理的壁も。
「ねぇ、セト」
今度は黒パンに手を伸ばしているセトに、リンゼイは声をかける。「はい」。セトは素直に返事をすると、一口大に千切ったパンを口に放り込んだ。
「なんで生け贄になっちゃったの?」




