第十六話
「……で、黒沢さん」
ショッピングモールへ歩く道中、僕は後ろをついてくる黒沢さんに声をかけた。
「結奈たちの警護、本当に大丈夫だったの? 昨日の今日だし、僕を狙ってきた連中の残党がいるかもしれないんだけど」
「ご心配には及びません、啓介様」
黒沢さんはすまし顔で答える。
「モール内には当家の私設警備隊がすでに三十名ほど潜入しております。ハエ一匹通さぬ警備体制ですのでご安心を」
「三十名って……ずいぶん重警備だな」
僕が苦笑すると、隣の勇が「まあな」と笑う。
「でも笑い事じゃねえぞ。昨日の襲撃者、明らかにプロの動きだった。目的がお前なのか結奈様なのかは分からんが、デカい組織が動いてるのは間違いない」
「……そうだね」
僕の過去の「ツケ」が巡り巡って、結奈たちを巻き込もうとしているのかもしれない。ポケットの中のナイフを握り直す。
そうこうしているうちに、目的の大型ショッピングモールに到着した。休日の昼下がりとあって、家族連れやカップルでかなり賑わっている。
「よし、結奈たちに連絡して合流……ん?」
スマホを取り出そうとした瞬間、僕と勇の身体が同時に強張った。
二階のオープンテラスに視線を向ける。
「……啓介」
「……ああ、気づいた」
テラスのベンチで楽しそうにクレープを食べている結奈と里奈。
そのすぐ近く、黒いウィンドブレーカーのフードをかぶった男たちが、不自然に周囲を警戒しながら潜んでいた。
二階だけじゃない。一階の吹き抜け周辺にも同じような男たちが何人もいる。見えているだけで十数人……全員、殺気を隠せていない。
プロの暗殺者というよりは、数を頼みに押し切るつもりの鉄砲玉かな。
「黒沢さん、配置した配下に指示できる?」
「……すでに動き始めておりますが、相手の数が多すぎますな。一般客を盾にされているため、大掛かりな手出しができません」
「ちっ、胸糞悪い手を使ってくれるぜ」
勇が腰の刀に手をかける。
「啓介、結奈様たちを先に避難させるか?」
「いや、刺激して乱射でもされたら危ない。……結奈たちに気づかれる前に、僕たちで静かに一人ずつ潰そう」
「ハッ、暗殺者の本領発揮ってか! よっしゃ、やるか!」
僕と勇は別々のルートからモール内へ潜入した。
(まずは一階の三人――)
僕は意識を切り替え、気配を完全に消す。
家族連れの後ろに紛れ、ターゲットの男の背後に音もなく忍び寄った。
男が胸元の無線に手を伸ばした瞬間、口を塞ぎながら耳の後ろの急所にダガーの柄頭を叩き込む。
「ッ……!?」
崩れ落ちる男をすかさず抱きかかえ、近くのスタッフ専用通路へ引きずり込んだ。
懐を探ると、案の定、消音器付きの拳銃が出てくる。手早く弾倉を抜き取り、無力化して放置。
(一人目)
通路を出て吹き抜けを見上げると、二階で勇が動いていた。
勇は刀を抜くことすらせず、すれ違いざまに男のみぞおちに鞘の柄頭を叩き込んでいる。男が声を漏らす前に、倒れる身体を密着させて声帯を圧迫。膝から崩れ落ちる衝撃を自分の膝で殺しながら、その男を「飲みすぎた友人」みたいに肩を抱いてベンチに座らせ、何事もなかったかのように立ち去った。
(相変わらず器用だな……)
二階の残りは……結奈たちのすぐ近くに三人。
結奈と里奈は雑貨屋の前にいた。
「ねえ里奈ちゃん、この猫のぬいぐるみ可愛くない? 啓介君にあげたらどんな顔するかな」
「ふふ、苦笑いしながら大切にしてくれそうですね」
そんな会話が聞こえてくる。
そのすぐ後ろ、柱の陰に潜む男がポケットの中で銃の安全装置を外すのが見えた。
(させるかよ)
一瞬で距離を詰め、男の手首の急所をナイフの柄で突く。
「ガッ……!?」
落っこちた銃を足の甲で受け止め、自分のポケットへ蹴り上げる。そのまま間髪入れずにみぞおちへ肘打ちを叩き込んだ。
「ふぐっ……!」
白目をむいて倒れる男を、柱の裏のディスプレイ陰に押し込む。
周囲を見渡すと、勇と黒沢さんの部隊の完璧な連携により、二十人近くいた襲撃者は誰一人一般客に気づかれることなく全滅していた。モール内は何事もなかったかのように平和なままだ。
「お見事です、啓介様」
背後から黒沢さんが現れ、男たちから回収した銃や無線が入ったバッグを見せてくる。
「当家の地下施設にて速やかに尋問を行います。黒幕もすぐ割れるでしょう」
「助かったよ、黒沢さん」
「いえ。……おや、結奈様たちが気づかれたようです」
「あ! 啓介君、勇君! どこ行ってたのー?」
買い物を終えた結奈が、笑顔でこちらに駆け寄ってきた。後ろから里奈もついてくる。
「ちょっと男子二人でお買い物だ」
勇がテキトーな嘘をつくと、里奈が「まあ、仲良しなんですね」とクスクス笑った。
「啓介君、何かいいものあった?」
結奈が顔を覗き込んでくる。その瞳には何の疑いもない。
手についた血の匂いを振り払うように深呼吸をして、僕は笑ってみせた。
「ううん、別に。結奈は何か買えた?」
「うん! これ、啓介君にプレゼント!」
結奈が差し出してきたのは、小さな黒猫のキーホルダーだった。
「啓介君、いっつも難しい顔してるから。これ見て和んでほしいなって!」
「……ありがとう、結奈。大切にするよ」
掌に伝わるキーホルダーのぬくもり。さっきまで男の喉元を絞めていた自分の手が、今はこんなに温かいものを握っている。
この平和な笑顔を守れるなら、裏でどんな汚い手を使ったってかまわない。僕の日常は、絶対に誰にも邪魔させない。
「よし、お腹減ったしご飯にしようぜ!」
勇の提案で、僕たちは楽しそうにレストラン街へと向かった。




