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8話「ゲーム開始」

 アリスとの買い物から三日後の蒸し暑い夜のことだった。


「暑い……」


 寝苦しさに目を覚めた。かちかち、と時計の針の音がシンと静まり返る部屋に響く。窓から入る月光が僅かに部屋を照らしている。

 今何時だ?

 目を細めて壁に取り付けられた時計を見る。


 「三時か……」


 昨日は修行が終わってすぐに寝たせいだろう。

 変な時間に目が覚めてしまった。


「夜風に当たって体を冷やすか……」


 体が火照って熱い。ベッドから起き、一人で風に当たるのも少し寂しい気がしたので、ついでにアリスに話し相手になってもらおうと机に置いてあった腕輪を着けた。

 腕輪の中央の窪みの一つに嵌っている無色の宝石が光り、光が収束すると同時に、机の傍で待機していた人魂が実体を成す。


「こんな夜更けに何ですか、シレン?」


 月の光に負けず劣らず煌々と輝く銀糸を左右に揺らし、アリスは少し不思議そうに首を傾げてくる。 


「いや、一緒に夜風に当たろうかなと思ってさ……」


 格好良くクールに誘う予定だったが、思わずアリスのその仕草に少しドキッとして、蒼い瞳から目を逸らして頬を掻きながらになってしまった。

 我ながら、耐性がないなと思う。


「良いですよ」


 アリスの声が普段より少しだけ明るい気がする。今日は機嫌が良いみたいだ。


「じゃ、行きますか」


 腕輪の横に置いてあったランタンに火を灯し、それを持って部屋を出た。

 廊下は昼間と違い、不気味だった。

 空中には何十もの人魂がフワフワと漂っている。

 俺がアリスを誘ったのもこれが原因の一つなのだ。

 昼間に出る人魂は数が比較的少なく怖くないのだが、深夜になるとその数が異常に増えるのだ。

 人魂に慣れたといっても、数十も漂って来られたら少し厳しい。

 大抵の人が虫一匹は大丈夫でも、何百匹も一度に見たら気味悪く感じるのと同じ理屈だ。


 アリスと一緒に人魂の大集団の下を恐る恐る通り、玄関に着いた。ドアの取っ手を捻り外に出ると、夜空には星達が自分たちの明るさを競うように輝いていた。

 幻想的な光景だ。


「綺麗ですね、この空はいつでも」


 玄関先で星空に見とれていた俺は隣からの声に反応して反射的に横を向いた。隣には、俺に釣られたのか星空を見上げて少しだけ嬉しそうにキラキラと目を輝かせるアリスの顔があった。

 綺麗だった。

 俺が初めて見たアリスの笑顔は唯々、綺麗だった。 


「シレン?」

「あ……ああ、そうだな。本当に綺麗な星空だ」


 返事が返って来ないので不機嫌そうに俺の名前を呟いたアリスの声に、我に返って慌てて顔を星空に向け、相槌を打った。


「ここでは何ですので、どうせなら裏庭に行きませんか?」

「そうするか」


 裏庭に行って芝生に腰を下ろし、星空を見上げる。

 俺のすぐ隣に座るアリス。

 

「あ、流れ星だ」


 空に白く伸びる線が描かれた。

 

「流れ星に願いを言うと、叶うと昔から言いますよね。シレンは願い事が叶うとしたら、何を願いますか?」

「願い事か……。ないな特に」

「そうですか。なんだかシレンらしいですね……」

「そういうアリスはどうなんだ? 願い事あるのか?」

「──私は」


 突如、世界が揺れた。立っていられない程の強い揺れが襲う。


「何だ!?」


 地面に手と膝を着き、瞼を一瞬閉じた。

 揺れが止んだ。

 瞼を開け、顔を上げると、世界は塗り替えられていた。

 

「ここは……?」

「分かりません。気を抜かないでください、シレン」


 空はない。真っ白のキャンバスで空が塗りつぶされている。

 目の前には、ただポツンと黒い柱が六つ。

 いや、俺が乗っているのも合わせると七つか。

 その柱は巨大な円を作っている。

 俺の隣の黒い柱の上に人が現れた。二人だ。


「一体何よこれ!? おかしいわよ!」

「落ち着くのですよ。リラックスリラックスなのです」


 女の子たちの声だ。ただし、分かるのは声だけで、姿はモザイクが掛かっており、見ることができない。片方の右腕には赤い腕輪のような物を身につけている。ような物というのは姿全体にモザイクが掛かっているせいで顔と同じくよく見えないからだ。

 彼女らも俺と同じで状況が分かっていない様子だ。


 やがて、全ての柱に人が現れた。総勢十四人。

 やはりこちらからは、全員の顔がモザイクが掛かっていて見ることができない。

 困惑している俺たち十四人の目の前──円の中心に、人型の黒いシルエットが虚空から舞い降りた。

 同時に体が硬直し、声も発する事が出来なくなる。

 シルエットに黒騎士のような武装は一切ない。腕を組んで、足をクロスさせている。

 

「説明の途中で邪魔されるの嫌いだから、先に口を封じさせてもらったよ」


 そう前置きをして、黒い人型のシルエットは言葉を続ける。


七人目セブンスが揃ったので、君たちにはとっても楽しいゲームをやってもらう。君達の腕輪に嵌めてある宝石を奪い合う簡単なゲームだ。薄々感づいていた人もいるかもしれないけど、その宝石が君達の相棒──ここでは亡霊ファントムと言ったほうが正しいかな。それの実体化を支えるための魔力を送っている物だ。因みに補足説明しておくと、腕輪自体は宝石と君達を繋いでいるただのパイプ。

 そうだねぇ……。ご褒美をあげないと、君たち人間は頑張らないらしいから、ご褒美を与えてあげよう。

 その宝石をこの場にいる全員から集めた者の願いを一つだけ、何でも叶えてあげるよ。

 それじゃ、質問タイム」


 体の硬直が解け、喋れるようになった。

 柱に乗っていた各々も喋ることができるようになったのか、周りが騒々しくなった。

 

「質問させてもらうぜ」


 騒々しい中で嗄れた声が響いた。隣の黒柱からだった。


「いいよ、三人目サード。どんな質問だい?」

「お前は一体何者だ?」

「おっと、自己紹介が遅れたね。僕は神という存在だよ。より正確に言うと生物が生み出した概念なのだけれど、それを君たちに言っても理解できないよね。

 君たちは個体に名前を付ける習慣があるようだから、名前がないと不便そうだね……。よし、気軽にカミーと呼んでくれ」


 自身が三人目サードと呼んだ者の質問に答えたカミー。

 だが、ちょっと待って欲しい。

 カミーの説明がどうも腑に落ちない。

 宝石が魔力を送っているのなら、腕輪を外す時にアリスの実体化が解けるのは不可解だ。

 それに、その理屈なら他人が腕輪を嵌めても効果は有るはずなのだ。

 前に試したが、俺以外が腕輪を嵌めてもアリスは実体化出来なかった。

 俺は、三人目サードとカミーに呼ばれた男に続くように質問を投げ掛ける。


「おかしいぞ。俺が行った実験結果とカミーの説明で矛盾が起きてる。カミーは宝石が魔力を送って実体化させていると言ったが、実際は腕輪を外した時には実体化が解ける。カミーの説明だと腕輪を嵌めなくても実体化が保てなくてはならない」


「いい質問だね二人目セカンド。目の付け所が違う。両親譲りかな? まぁ、それは今回は置いておこう。説明が抜けていたみたいだから説明するね。

 簡単に言うと、宝石の魔力源は無限じゃないから、宝石に君たち自身の魔力を注ぎ込んで宝石の魔力を溜めているわけだ。因みに君たちのように魂の見える人間でないと、魔力を貯めることはできないよ。腕輪を外しても君達の亡霊ファントムはすぐには消えずに、タイムラグがあったでしょ? つまり、そういうことだよ」


 なるほど。

 それなら先程、カミーが腕輪は俺たちと宝石を繋ぐパイプだような物だと言っていたことと辻褄が合うな。


「ねぇ、わたくし腕輪に嵌っている宝石を取ろうとしても取れなかったのだけれど。一体どうやって取れば良いのか説明してもらえるかしら?」


 俺から数えて、左から二番目の黒柱にいた人物から発せられた、気品溢れる透き通るようなソプラノ声がカミーに疑問をぶつけた。その疑問に、カミーは少し落胆した様子で答える。


四人目フォース、それを考え、探るのもこのゲームの醍醐味だよ。仕様説明はしても僕は攻略のアドバイスはしないからね」

「ちっ……全くもって不愉快ですわ」


 カミーの突き放すような答えがご不満だったようで、四人目フォースと呼ばれた人物はイラついた様子で、怒りをぶつけるように傍に控え頭を垂れていた者を蹴り飛ばした。

 

「次で最後の質問にしてね。説明するのは好きじゃない上に疲れるんだ。

 ホントは、説明書を読まないでゲームをプレイする派なんだから」


 俺から左から三番目の柱に乗っていた者が手を上げ、カミーに向かって声を荒げる 


「おい、カミー答えろ! このゲームにルールは存在するのか?」

五人目フィフス、このゲームは君たちがプレイヤーであり、ルールだ。それだけ伝えておこう」 

「それで十分だ」


 その回答に、五人目フィフスと呼ばれた者は、何か含んだように不敵な声音でそう返答した。


「じゃあ、何か動きがあった時に君たちを今回みたいに呼び出すからそれまでサヨナラだ。またね」


 カミーが言葉を言い終えると同時に、白い世界が崩壊していく。白い殻は割れ、闇夜と幾千もの星が顔を出す。

 足元を見る。

 裏庭の芝生だ。黒い柱の上ではない。

 隣には、顎に手を当て、下を向いて考え込んでいるアリスがいる。


「帰ってきた……」


 さっきの出来事は夢だったのだろうか。

 夢と言われればしっくりくる。むしろ、現実だと言われた方が理解しがたいだろう。

 あんなことは魔術でできるはずがない。行えるとしたら、それはもう魔法の領域だ。

 この世界で、魔法と区分されるモノは存在しないとされている。いや、存在しないというのは語弊があるか。正確には概念として残っているだけだ。

 魔術というのは人が為す事の出来るもの。対して魔法というものは人知を超えたことわりの外から働きかけ、奇跡を生み出すものだ。

 それこそ、先ほどのような天地創造のようなものがそれに当たる。

 この世の全ての魔術を極めたという魔術の王──魔王ですら到達しえなかった境地なのだ。人に扱える領域ではない。


 考え事の結論が出たのか、アリスは地面から視線を上げ、こちらに体を向けた。 俺を真剣な表情で見つめるアリスの澄んだ瞳には、星空を見上げて笑った時のような柔らかい感情は見つからず、不安や焦り等といった堅い感情だけが宿っているように感じる。


「今からは、腕輪を隠しながら肌身離さず身に着けていた方がいい。いつ奪われるか分かりませんから」


 さっきの白い世界が俺一人の夢や妄想でない事の証明だろう。二人同時に同じ夢を見るなんてそうそうない。少なくとも、ここにいるアリスもあの白い世界を見たのだろう。ということは、信じられないがあれは現実だったということになる。いや、そもそもアリスの存在自体が歪で理解しがたいものか。アリスのような存在がいるなら、魔法があっても不思議ではないかもな。


「アリスの言う通りだな。学校の時はどうしようか? アリスを学校に連れて行くのは無理があるし」

「学校ですか、厄介ですね……。戦いが終わるまで休むことは出来ないんですか?」


 サラッと、無理難題を言ってきた。


「無理だろうな。俺は大歓迎だけど、ニーナに強制連行されるし。事情を説明して、心配を掛けるわけにもいかない」

「では、学校に行く際は腕輪を外して持ち歩くというのはどうでしょう? 腕輪を外して実体化を解いてさえもらえれば、人魂の状態になれるので気づかれずに学校に入ることは可能です。その状態でシレンに着いて回ればいいのでは?」

「それが一番いいか。学校の時はそうしよう。今日はもう遅いし、朝に備えてそろそろ寝ようか」


 時間感覚が狂ってしまい外に出て何時間経ったか分からないが、早く寝ないとまずい。春休みのような状態になってしまう。幸いなことに眠気がやって来ているので、今ならさっきみたいにベッドで寝られないということはないだろう。


「そうですね。ではシレン、先程言ったことを肝に銘じておいてくださいね」

「はいよ」


 それから部屋に戻ってベッドに横になった。

 もう今までと状況が違う。これからは気をつけないと大変なことになりそうだ。 

 

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