7話「アリスの人物像」
その秘薬には何を使うのだろうか。
飛龍の骨だったり、皮だったり、はたまた肝だったりするのだろうか。
……。
いかん、いかん。
何の感情も顔に出さずに淡々と紫色に沸き立つ鍋をかき混ぜてるシーンが浮かんで来た。
この妄想は流石に失礼だろう。
「マンドレイクです」
マンドレイクとは土から下の部分が人間の顔をした植物だ。
地面から抜くとマンドレイクは悲鳴を上げて、近くの者の耳の鼓膜を突き破り、脳を沸騰させる超音波のようなものを放つ厄介な奴だ。
普通の人は耳を塞げば良いではないかと思うだろう。
だが、人の手は二本しかない。
耳を塞いでしまえば、マンドレイクを抜くことが出来なくなるのだ。
また、耳栓をしても効果がないことが研究者たちの実験で分かった。
血の通った生物の手足で塞がないとダメらしい。
今ではマンドレイクは第二種危険生物に指定され、マンドレイクの頭を見たら回れ右して帰りなさーいという歌が流行るほどだ。
おかげで、命を投げ売ってまでマンドレイクを収穫する者はほとんどいなくなった。
ほとんどというのは一部は収穫しようとする者がいるということで、代表として奴隷商人などが挙げられる。
奴隷商人は商品価値の無くなった奴隷にマンドレイクを収穫させているという。
胸糞悪い話だが、奴隷になったのは本人の運がなかったというほかない。
このフェルト皇国では奴隷狩りが禁止されているだけマシと言えよう。
隣国のバルト帝国では小さな村を襲い、奴隷狩りが頻発していると聞く。
「じゃ、見てみるか」
稀少で高価な物ではあるが、違法な物というわけではないので、きっとアルウィン通りには売ってあるはずだ。
片っ端から露店のおっちゃん達に声をかけ聞いて回ること三十軒。
やっとマンドレイクを売っている店が見つかった。
「おじ様、素敵ですわ。特にその髭! んもぅ、まるで天に向かって伸びている橋のようですわ。素敵! 抱いて!」
「媚売っても一切マケてはやらないからな。さっさと五万メル払えよ」
むぅ……。
褒めてマケてもらう作戦だったが、髭ダルマには通じなかったか。
「分かったよ。払います、払いますよ五万メル」
「舌打ちすんじゃねえクソガキ」
髭ダルマに俺の年齢にしては結構な額を払い、気味の悪いマンドレイクの頭を掴んで隣でフードを深く被り、押し黙っていたアリスに渡した。
「ほら、これで合ってるよな?」
「ありがとうございます、シレン」
「別にいいよ」
尤も、あの髭ダルマがマケてくれたら、それはそれで嬉しかったが。
ニーナが夜な夜な、溜息を吐きながら帳簿を付けていることを知っている。
俺の両親は放蕩家で金遣いが荒い。
その分しっかりと稼いではいるのだが、貯まったら使う、貯まったら使うを繰り返ししているせいで家計が圧迫されているのだ。
一度、親父達が帰ってきたら説教せねばならんな。
あまり無駄使いするなと。
親父達と違って、俺は引きこもりスペシャルニートであまり外に出ないから金を使わないからな。
それにしても、アリスはマンドレイクをどう調合するんだろうか。
やっぱり磨り潰すのだろうか。
すり鉢でゴリゴリと。
怖いな、なんか。
帰宅中にマンドレイクを大事そうに抱えているアリスに聞いてみた。
「なぁ、アリス。どうやって、そいつを薬にするんだ?」
「聞きたいですか?」
「うん」
「本当に聞きたいんですか?」
「うん」
「しょうがないですね! シレンがそこまで言うなら。
マンドレイクの調合法はですね──」
何故かいきなり饒舌になったアリス。
アリスによると、マンドレイクをまず日光に三時間ほど干す。
そのあと、粉末状に磨り潰してアリスの魔術を使うと見事、アリス特製マンドレイク薬の完成だと。
案の定、ゴリゴリと磨り潰す過程が入っていた。
鬼畜の所業だなまさに。
だが、仕方ないか。相手は植物モドキだし。
屋敷に着くと、アリスが厨房を借りたいと言ったので貸した。
一々確認しなくても一緒に住んでいるんだから聞かなくていいだろうに。
借りたければ勝手に借りればいいのに。
礼儀正しいのだが、アリスのそういった態度が俺の癪に障るのだ。
「何でかね……?」
部屋で一人ごちる。
そのまま色々と考え事が頭の中を回って、気づいた頃にはベッドで寝ていた。
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目が覚めた。
視線を窓に映す。
十字の枠で切り取られた窓の中には、オレンジ色に染まる芝生が映っていた。
結構な間寝てたんだな。
最近、修行で疲れが溜まっている。
剣の腕は上がらない。
ニーナには直ぐに抜かされる。
オマケにそのことでアリスにどやされる日々。
疲れが溜まらないわけがない。
尤も、単に疲れと言っても肉体的な疲れではなく精神的な方の疲れだ。
「修行する意味あるのかな……」
もう剣での望みはない。
修行しても意味がない。
守りたい者にも負ける始末だ。
辞めようかな。意味がないもの。
「シレン、入っていいですか?」
アリスが珍しく自分から尋ねてきた。
丁度いいや、今アリスに修行を辞めることを伝えるか。
「いいぞ」
ベッドから体を起こすとドアの方を見つめる。
アリスが入ってきたら、辞めると言おう。
それがお互いのためになるだろう。
アリスも俺のような奴に構うより、自分で修行した方が効率いいだろうし。
ドアがゆっくりと開く。
「失礼しますね」
いつも通り仰々しく入ってくるアリス。
手には何か小さい麻袋を握っている。
あれは何だろう。
「はい、どうぞシレン」
少し困惑している俺に、アリスはその小さな麻袋を渡した。
「これは何なの?」
分からない。
これは一体何なのであろうか。
紐できつく縛ってあるせいで、手では開けることができない。
触った感触は砂のようだ。
サラサラしている。
「特製の秘薬です。シレンにもと思いまして。
最近、修行のせいで疲れているようですので」
ハサミを使って中身を確認すると、白い粉末が入っていた。
それを見た瞬間、涙が溢れそうになった。
同時に、アリスに言おう言おうと思っていた一言が頭の中から消し飛んだ。
ああ、分かった。
アリスは表情が乏しいだけで、優しいやつなんだ。
ただ、言葉を口にしないだけなんだ
アリスはちゃんと周りのことを見てくれている。
俺のことでさえそうだ。
本来なら、見捨ててもおかしくないようなレベルに、いつまでも付き合ってくれている。あまつさえ、体の心配までしてくれた。
頑張ろう。辞めるなんて言ってられない。
「ありがとう……ありがとう……」
「シレン!? ダメですよ! ちゃんと水に溶かしてから飲まないと」
麻袋に手を突っ込み、掬った粉末を口いっぱいに含んだ。
想像を絶する苦さに咳き込む俺を、アリスが慌てて背中を摩ってくれた。
俺とアリスとの距離がほんの少しだけ近くなった。
そんな気がしたある日の出来事。
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