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4話「強くなる」

 それにしても疲れたな。

 気を抜けばすぐに気絶してしましそうだ。

 いつもと同じように、疲労の疲れを取るには風呂が俺にとって最適なので、風呂に入ろう。

 風呂だ風呂。

 ニーナとアリスが二人で、今後アリスの使う部屋や食事の時間などの取り決めをしている。

 俺の出番はないようなので、風呂に入るなら今のうちだ。

 椅子から立ち、ニーナ達に「風呂に行ってくる」と伝えると、自室に着替えを取りに向かった。

 部屋は俺の居ない間も掃除してあったようで、汚れておらず、ベッドのシーツもシワ一つない。

 箪笥を開けると、綺麗に折りたたまれた着替えが入っていた。

 多分、ニーナは俺がすぐ帰って来てもいいように俺がいなくなっていた時も、欠かさず整理整頓してくれていたのだと思うと少しうるっと来た。

 それはそうと、目的は風呂だ。

 こんなところでグズグズしていたら後続がやってくる。

 別にやってきても俺はウェルカムなのだが、彼女たちに迷惑をかけてしまう。それはしたくない。

 着替えを取ると、自室と正反対にある浴場へ向かう。

 この屋敷には俺とニーナ、そしてアリスの三人しかいないので、道すがら脱いで行っても問題ないと考えて上着を脱いだ。

 赤い絨毯が敷いてある廊下の角を曲がると、浴場のある部屋のドアの隙間から湯けむりが出ているのが見えた。

 早く入りたいと思い、ドアを思いっきり開ける。

 すると、ドアが外れた。


「ちょ……」


 ヤバイヤバイヤバイ。

 いらぬことでニーナを怒らせてしまう。

 急いで着替えをその場に置き、必死にドアを元に戻そうとするが、嵌らない。

 どうしよう、そのままにして風呂に入るか。

 それともニーナに来てもらい、ドアを直してもらってから風呂に入った方がいいのだろうか。

 答えは断然、ニーナに来てもらった方の選択肢が良い。

 だが、怒られることを考えると気が滅入る。


「そのままにしておこう……」


 知らないふりだ、知らないふり。

 外れたドアを壁に立て掛けて風呂に入った。

 この屋敷の風呂は普通の大きさで、俺が前住んでいた家と変わらない。

 厨房や食堂といった所は広く、内装も凝っていて、さすが伯爵の屋敷だっただけはある。

 たが、それ以外の箇所は廊下が長くて、部屋が沢山あるということくらいだ。

 結果として、普通の家が二個も三個も繋がったものだと考えた方が早いかもしれない。

 伯爵ならもっと豪華に出来たはずなのだから、部屋数を少なくして各部屋をもっと広く作ってもらいたかったものだ。

 そうであったなら、ニーナに下の毛が生えていなかった時に家族で一緒に入れたかもしれない。

 いや、決して下心があるわけじゃないのだが。


 ゆっくりと体の疲れを取リ、風呂から上がると、自室から持ってきた服に着替えて、廊下に出た。

 さっぱりした。

 やっぱり風呂はサイコーだ。

 タオルで頭を拭きつつ右向け右をし、頭を上げた。


「何ですかね、これ?」


 立っていた。

 そこにメイドから悪魔にジョブチェンジしたニーナが仁王立ちで立っていた。

 何か後ろから邪悪な覇気が見えるのは気のせいだと思いたい。


「あ、あはは……」


 白眼視でこちらを見てくるニーナ。

 その圧倒的なまでの威圧に俺風呂に入ったばかりだというのに全身が凍えた。

 もはや言い訳の余地もない。

 俺が壊した事はバレている。


「壊れちゃいました」


 自白すると、ニーナは溜息を吐き、「今度から気をつけてください」と言って、帰っていった。

 あれ、怒られずに済んだ?

 いつもだったらもっと喧しく注意してくるのに。

 今日に限って大人しいのな。



 部屋に戻り、しばしのリラックスタイム。

 

 色々な事があったな。

 賊に誘拐されたこと。

 アリスに助けられたこと。

 そして、アリスが死んだ勇者だったこと。

 もしあの時、アリスが居なかったら俺は一体どうなっていたのか?

 決まってるな、そのまま斬られてジ・エンドだった。

 それに、今回は俺が襲われたが、ニーナが襲われていた可能性もあるのだ。

 ニーナは強いが、それでも女の子だ。まだ俺と同い年の女の子なのだ。

 もし、ニーナが敵わないような敵に襲われたら?

 きっと、俺は見ている事しか出来ないのだろう。

 俺の魔術は人と比べると発動が遅く、使い物になるレベルじゃない。

 俺が魔術を発動する前に無力化されるのがオチだ。

 でもそれじゃ駄目なんだ。

 いざという時に守りたい者を守れないようじゃ。

 降りかかる火の粉は払えるくらいには俺も強くならなくちゃいけない。

 じゃあ、どうやって強くなればいいのか。

 そうだ。

 折角、家にアリスという剣の達人がいるのだ。

 アリスに剣を教えてもらおう。


「明日からじゃない。今日からやるんだ」


 思い立ったが吉日。

 ベッドから跳ね起き、急いで着替えると、アリスを探しに部屋を出た。


----


 アリスを探すが、見付からない。

 厨房にも、居間にも、食堂にも居なかった。


「アリス様なら外に剣を持って行かれましたよ」


 風呂のドアを修理中のニーナに尋ねると、どうやらアリスは外に行ったらしい。

 すぐに追わなければと思い、ニーナに礼を言った後、廊下を全力で走った。


 外に出ると、騎士の甲冑からニーナの物と思われる赤のドレスコードに着替えたアリスが裏庭で剣を振っていた。

 思わず身を潜め、アリスの様子を窺う。

 あの賊の所で拾った聖剣を振るっている。

 今はあの時と比べて、刃から溢れ出す光が少ない。

 アリスはあの光を、自分の意志でコントロール出来るのかもしれないな。

 気になったが、世間一般的には聖剣が賊に盗まれたと思われているんだよな。

 名乗り出なくていいのだろうか。

 いや、下手したら俺たちが牢獄に送られるかもしれない。

 黙ってバレない内はニーナにも黙っておこう。

 アリスはこちらに気付いている様子はない。

 周りが気にならぬほど集中しているのだろう。

 俺もアリスくらい集中力が続けば良いのだが、邪魔が入るとすぐに切れてしまう。

 そのせいでよく魔術が失敗する。

 この前の賊との戦いだって、偶々成功したに過ぎない。

 成功したとしても魔術の発動は遅いし、最悪だ。


 聞こえるようにアリスに近づき、声を掛ける。


「アリス」

「はい、何でしょうかシレン?」

「俺も一緒に稽古してもいいか?」

「良いですよ。一緒にやりましょう」


 親父やお母は魔術が得意で、俺も魔術が得意なはずだから、剣よりも魔術を鍛えさせよう、という家族の方針で今まで剣は習った事がなかった。

 だがこの、剣の達人と呼べるアリスの元で本格的に鍛えてもらえれば、違う道が切り開けるかもしれない。


 何処にあったかな木刀。

 この屋敷に初めて来た時に見掛けたな。

 物置小屋辺りだったか?


「おっ、当たりか」


 物置小屋の奥底に眠っていた木刀を手に取る。

 長年使われていないのか、埃と蜘蛛の巣が張っている。

 このままの状態で稽古をしたら失礼になるな。

 ニーナに借りてきた布を水で湿らせ軽く拭き、木刀を出来る限り綺麗にした。

 綺麗になったな。

 早速、アリスの所に向かおう。



「シレンのレベルが知りたいです。一度、剣を自分の思った通りに振ってみてください」

「あいよ」


 アリスは俺の実力を知りたいのか。ふっふっふ、それなら見せてあげましょうぞ。

 仮想の敵をイメージする。

 敵は、あの黒騎士だ。


「ハァッ!」


 眼前の敵に斬りかかる。

 渾身のひと振りが、バックステップで軽々と躱された。

 あれ、あれれ。

 妄想の癖に生意気だ。

 剣を振り下ろし隙だらけになっている俺の胸に黒騎士の剣が吸い込まれて行き──


「もういいですよ」


 アリスの声で我に戻った。俺の胸を貫いた剣が消えていく。

 汗を袖で拭い、肺に溜まっていた空気を一気に吐き出した。


「どうだった?」


 イメージは最悪だった。

 妄想に殺されたなんて笑いものだ。

 せめて、イメージの中くらいでは勝つビジョンが欲しかった。

 だが、それも俺の気持ちの現れなのだろう。

 勝てないと思えば、負けるイメージが頭に張り付いて離れなくなる。

 逆に勝てると思えば、負けるイメージなぞ浮かばないはずだ。


「一から鍛えた直した方がいいですね」


 ですよねー。

 生まれてこの方、剣なんて振ったことのない人間が最初から上手く行くはずもないか。 


「それよりも、シレンは魔術を極めた方がいいかと思います」


 ムッと来た。

 アリスも親父やお母と同じことを言うのか。

 魔術を鍛えたところで道は無い。

 発動に時間が掛かりすぎる魔術などまるで役に立たない。


「魔術の才能なんて俺にはない」

「シレンがそう思っているだけです。私はシレンに底知れぬ才能を感じました」

「世辞はいいよ」

「ではあの時、札を破壊できたのは何故ですか?」

「それは、地面に魔力回路を形成して、魔術を発動させたからだ」

「それですよ。普通の人は自分の体からでしか、魔術を行使できないはずです」


 それが何だというのか。

 スピードが出せなければ、戦闘の役に立たないだろ。 


「どうしてそれが才能になるんだ?」

「はぁ……。これ以上は私は口出ししません。シレンが自分で気づいた時、その才能は初めて開花するはずです」


 わけが分からない。

 アリスの言うように才能が有れば、俺は今頃こんなことで悩んでなどいないのだから。


「もし俺に魔術の才能があったとしても、剣を習っておいて損はないはずだ。頼む、アリス。俺に剣を教えてくれないか?」


 俺の頼みを聞いて、アリスはしばらく思考すると答えを口にした。


「分かりました。根をあげないでくださいよ」


 こうして、アリス先生の下で剣を教えてもらうことになった。



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