1-4-D3:あなたの知らない私より
──神が実在する世界において、神童という名は特別なものだった。
凡人を何十人集めても届かない天才がいたとして、その天才を何十人集めても届かない化け物が神童だ。
100年に1人現れるかどうかの、世紀の怪物。
天才が天才であるために、自分達とは違うものだとカテゴリ分けする、異常値。
それが、アラン・アーバントという少年だった。
「…………」
物証も痕跡も情報も無しに、人が攫われた場所に推理で辿り着ける、おかしな思考回路。
同年代の子と比較して、有り得ない程達観した視点と価値観。
S級魔法使い20人以上を五分で屠り去る、並ぶ者の居ない絶望的な戦闘力。
──それが、外面的な彼の評価。
「こんなにも……」
眼下で眠る少年を、見る。
普通の子供だった。
ちょっと思考回路がおかしいだけの、どこにでも居そうな黒髪の少年が居た。
「……普通、なのにね」
人の頼みを断れなくて、
誰かの悲しむ姿を見たくなくて、
覇天祭の優勝の度に、踏み躙った他人の願いの数を想像して、自殺未遂をするような、
常にメンタル崩壊寸前の瀬戸際で、異世界で七年間戦い抜いた……
少年。
──それが、私の知るアランという人間だった。
「私、知ってたのよ?」
何年もあなたと一緒に居た。
「あなたがどこまでも受動的で、自分から目的を作れない人間だって」
何年一緒に居たと思っている。
「……帰る理由も、あなたから聞いてたし」
ミハルと出会って初めて知った理由もあったけれど、それも滅茶苦茶あなたらしい物で。
「元の世界じゃ、普通の学生だってことも」
──例えば、家族がペットを拾ってきたとして。
感情論を除いてしまうのならば、それの世話に実利や実益は無い。
食費、病院費、世話の手間、飼育スペースの確保、必要ならば散歩やおもちゃの用意。切って捨ててしまうのなら、それらは自分が普通に生きる上で本来負う必要の無い負担だ。
「全部、」
──もし、そのペットを飼い主本人が連れてきたのならば、背負うことになる負担の数々は──責任の所在は飼い主にある。
本来存在しなかった飼育の負担は、そもそも飼い主が拾わなければ生まれなかった。
飼い始めたのはお前なのだから、責任を取る必要があるのは飼い主だけだ。
「あなたから、」
──では、もし仮に。
本来飼うつもりの無かった飼い主の家に、ペットを飼うには余裕の無い家に、ペットの方から無理矢理"ここに住む!"と押し掛けてきたとしたならば──生まれる負担の責任の所在はどこになるのだろう。
飼い主が優しい人だった? 飼うつもりは無かったけど飼い主はそのペットを気に入っていた? ……だからその負担は受け入れられるって?
情という物で煙に巻くのは簡単で。
思い出を人質に見て見ぬふりをするのは気が楽で。
「聞いていたの」
──それでも直視するのなら……私は、飼い主が本来背負う必要の無い負担だった。
「……だって、私に隠し事はしないもんね」
今は黒髪の彼を見る。
彼は本当に、ただの学生だった。
滅茶苦茶お金を持ってるわけでも、特別な才能で暴れてるとかでも、優れた頭脳や身体能力があるとかでも無い、
15歳の少年だった。
軽い運動だけでへばり、気を張りすぎて寝不足で倒れたり、家族に頼ることを躊躇する、ちょっと辛い過去があるだけの等身大の少年だった。
私のまるで止まないからかいや、天下無敵の美少女と並んだ時の自分の姿を見て、コンプレックスを知るような、
全力で叩き付けた『メズマライザー』と『あのね』を食らって、脳を焼かれてしまう、
──かっこよくなりたいと思えるような、普通の少年だった。
「……私ね、あなたと暮らす内に、一つ覚えたものがあるの」
この呟きは、今の君には届かない。
「"反実仮想"」
疲れて眠る少年の黒髪を撫でながら、神童の思考ロジックの名を口にする。
存在しなかった世界線を脳内に作り出し、ただ走らせるだけの技術。
「──あなたらしく、使ってみたの」
向こうの世界で走らせた、私というノードを消した世界。
──彼が、一人で帰還した世界線を。
「きっとあなたは死なないの」
幾つもの約束と、踏み躙ってきた他の天才達の願いの上に、帰還出来たと思うから。
自分にとっての価値あるものが見つからなくても、他人の価値あるものは苦しくなるくらい想像するのがあなただから、それらの他人の価値全てと引き換えに手にした帰還は、重さを考えて大事にしなければならないと思うから。
だから、きっとあなたは普通に暮らす。
「そんなに喪失感を抱くこともないの」
帰還そのものは絶対だった。
それがあなたの生きる理由だったから。
未練も殆ど無かった。
どれだけの人に好かれようと、どれだけのお金があろうと、どれだけの力や容姿があろうと、どれだけの人に告白されようと。
……私にすら、帰るタイミングを話す気も。元より、連れてくる気も無かったのだから。
寧ろ、辛く苦しく最低最悪極まりないあの世界を、あなたが好く理由なんて無いはずで。
だから、きっとあなたに異世界の未練は無い。
「……目的を、持つこともないの」
帰還そのものが目的だった。
目的のための手段が帰還じゃない。
帰るためだけに七年を使う君から、私は一度として、帰ってからやりたいこと《・・・・・・》を聞いた事が無い。
君は最強になった。
帰還のための手段として、必要だからそうしただけだった。
「そして…………それで、終わり」
あなたは、自発的に目的を作らない。
だから、あなたの人生に起伏は殆ど無くて。
あなたは、それに疑問も不安も抱かない。
だから、あなたは目的の不在を放置出来る。
あなたは、恋人を作ろうとしない。
だから、あなた一人が帰還した世界で、その隣には誰も居ない。
それを、寂しいと思わない。
不幸だとも思わない。
不満を持つこともなく、刺激だって求めない。
いっそ君は、その生活を、幸せだって言うのだろう。
「私が居なくても、君は普通に生きていける」
向こうの友達ともう会えなくても。
恋人を作らなくても。
私が一緒に居なくても。
きっと、普通に友達を作って、普通に暮らして、それで終わり。
私の見たあなたは、どこまでも素朴だったから。
それで満足してしまう人間が、君だった。
問題なんて、あなたには無いんだ。
──それが、見えたの。
「……だから、私は負担でしかないの」
──そんなことは、とうの昔に知っていた。
「だから、託された」
──同じ結論を出した、彼が最も信頼する切り札から。
あなたを好きな人達全員を見捨てて、私だけが。
あなたを好きな人達全員の代わりに、その全ての思いを背負って。
──義務を。
「これからするのは、反実仮想の答え合わせ」
彼を起こさないように、静かに立ち上がって。
星あかりだけが光源となる暗い部屋を……平凡な家の中を、歩む。
──私が来たこの世界線から、私というノードを消す。
「帰ってきてから何したっけ……そうね、まずは、身長差を意識することは無かったかしら」
──神社の境内。
私がからかわなければ、知ることは無かった。
「ああ、荷物の整理をすることも無かったわ」
──私の部屋に変わった、引越しの荷物が積まれた空き部屋。
私が来なければ、ここをあの日に片付ける理由は無かった。
「買い物も、買いすぎる事は無かったわね。お金も結構使ったみたい。筋肉の差を意識したのも、あそこ?」
──スーパーでの買い物。
私用の家具や食べ物、クッションとかも、私が居たから買う必要が出来た。
彼が自分の貧弱な肉体を観測したのも、あそこ。
「アニメも、漫画も、私に勧めることは無かったし……私のためという直近のやるべきこと、目的がそもそも無くなるわ」
──私をオタクにしようとする行為全般。
全て、私が居なければ、彼に能動的に動く理由も目的も発生しなかった。
「倒れることも、無かったわ」
──思い出が、消えていく。
私という負担が消えて、彼が1人で世界を歩む。
「健康で、平凡で、問題の無い、いつもの日々に彼は居る」
彼は、生きていた。
この世界線でも、当然のように。
きっと、普通に買い物に行って、普通にご飯を作って、一人でカップ麺を食べて、感動して涙を流したりするのだろう。
「学校は……多分ズル休みはしないから、公園までランニングすることもなく、普通に登校したりして……」
──ゴールデンウィークの隙間。
真面目な彼が、理由も無くサボることはないんだろう。
体力作りをしようと思う因果は消えて、学生らしく学校に行って……
「──魔道管理局には、行かない」
──魔道管理局。
行った理由は私の身分証を作るためと、私と暮らすために、向こうのアイテムを換金するため。
私が居ないのだから、これらの問題は発生しない。
この世界の魔法のルールを知るためくらいには、何時かは行くかもしれないけど、少なくとも、直近で行く理由も探す理由も無くなる。
「というか、換金アイテムの見繕いがそもそも発生しない。私が着いてくると押しかけた結果、その場でなんとか掻き集めて作ったものだから」
彼は、お金に困るのか?
別に困ることは無い。
だって、ペットを飼っていない、ただの学生なのだから。
「自動的に、バイトを探すこともなくて」
──家庭教師。
定期的な収入を求めて、働く因果が無いのだから。
「──ざくろが、消える」
──彼が作った友人。
彼が1人で勝手に作ったように見える、新たな関係値。
私が居ない世界線で、彼が彼女に出会う因果は発生しない。
「ミハルが来るのは変わらない。……ただ、きっと異世界の話は、しない」
──保護者の訪問。
自分の不幸話を、心配させるようなことを、彼は身内に態々話すとは思えない。
「アニメの鑑賞会も、ボカロの布教も、無い」
──『中二病で〇恋がしたい』
──彼から貰ったプレイリスト。
ざくろの発案は消える。
私のために用意されたイベントも消える。
負担が、どんどんと消えていく。
「……そもそも、アニメすら見ないのかしら?」
散策する彼の家。
空のゴミ箱。
かつてそこは、コスパだけで選ばれた飲み物と飴の袋と、カップ麺の残骸で埋まっていた。
私の部屋。
かつてそこは、引越し荷物の山──彼の家族から送られた漫画や小説で埋まっていた。
リビング
かつてそこでは、大きなテレビとソファで夜通しアニメを見たけれど……彼が帰ってきてから、それを自発的に見たがったことは無い。
「そして──」
倒れて3人眠っていた、もう懐かしさ覚える光景。
……皆、寝ぼけた頭で会話とかしていたわね。
「──アニソンランダムダンスに参加することは、無い」
──それは、
「あの『メズマライザー』は、無かった」
──ざくろが持ってきた、イベントだった。
「M.Mにも出会っていないし」
──私と関係ないところで、彼が作った関係は……
「私が『あのね』を踊ることもないし」
──私がノードから消えるだけで、
「──あなたが、かっこよくなりたいと思うことも、無かった」
──全てが、消える。
「……これが、反実仮想の答え合わせ」
最後に足が辿り着いたのは、洗面所。
コップに刺さる二本の歯ブラシから、私のものを取り出して。
──私は現実を逃避しない。
私は、間違いなく彼の負担である。
金銭的にも、肉体的にも、全てに対して彼に負担を強いる。
私のいない世界線の君は、きっと普通で健やかに、幸せに暮らしていて。
それで君は満足して。
ただの平凡な、15歳の高校生に戻れるのだろう。
15歳の少年に対して、私が強いる負担は、尋常じゃない。
──そんなことは、とうの昔から分かってる。
「…………」
──彼を知れない友達に代わって、私だけが彼の世界を知っていく。
ならば、
私には、もう彼を知れない友達に代わって、
彼を幸せにする、義務がある。
「あなたを恋愛的に好きな人は、知る限り四人居た」
そこに、私は入らない。
「……でも、私が選ばれた」
彼は1人でも生きていけると、分かっていた私が。
「でも……生きていけることと、その人生が幸せなことと…………その幸せの量がどれだけの物かは、別」
何人もの人生を救って。
1人で抱えるべきで無い、絶望に抗って。
私を死ぬ気で助けて、半身を運命に殺されて。
苦しみも、悲しみも、非難も、その全てを耐え抜いた先に待っているものが……
──平凡で起伏に欠けた、目的も無い幸せなのは、釣り合っていないでしょうが。
「……だから、凄く、本当に、嬉しかったのよ?」
私は徹底的にあなたを困らせた。
困らせられるだけ、何を使ってでも、あなたの負担になった。
『メズマライザー』の完全再現は、普通の人が絶対に出来ないことくらい、分かっていた。
勿論、曲そのものを気に入りはしていたけど……深層心理の話をすれば、
だからこそ、踊ろうと思ったの。
これを世界に叩き付ければ、きっと有り得ない大きさの負担を向けられることになるんだろうって。
「……涙が、出るくらいに」
……背中越しだからバレなかったけど。
『どうせこれからも振り回されるだろうし、イベントに連れてかれるだろうし、だから少しでも見てくれを良くしてエミが変に見えないようにしたいってのも、本当だけど……』
『うん』
『単純に、さ。……どうしようも無いまでにかっこよかったお前に、憧れたんだ』
『…………そっかぁ』
「……ぐちゃぐちゃにしてあげる」
あなたの人生を、背負う必要の無かった負担として。
「私という引力で、あなたの平凡を壊してやる」
あなたを幸せにしてやれない友達と、あなたを幸せにしようとしないあなたに代わって。
「友達も、恋人も、趣味も、目的も……全部私が拾えるきっかけを作ってあげる」
徹底的に負担を叩き付けて、あなたに変化の種を撒く。
何を拾うかは、あなたのもの。
私は、それを決めないけれど。
「盲目的に、あなたという人の味方で居てあげる」
負担で居ると決めたことの痛みも、
勝手に背負う、彼の友人達の思いも、
全部、あなたに見せる気は無いけれど。
ただ、私は私らしく、本心から──
「──自分が楽しめることを、いっぱいいっぱいしていくから」
……そうして私は、きっと明日もあなたを振り回す。
これは私に向けた、改めての犯行声明奏上だ。
「……おやすみ、新」
──額に落としたキスは、今日も彼に気付かれなかった。
……しろって言ったの、お前だからね?
備考:エミ
覇権ヒロイン




