第一話「砂の中の光」
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鉱山は、死んでいた。
坑道の入り口には、腐りかけた木の梁が斜めに倒れていた。坑夫たちが最後に使った道具が、錆びたまま地面に転がっていた。何年か前に水が入ったのか、坑道の奥は黒い泥で塞がれていた。
ミナはその泥を、じっと見ていた。
「何か出るか」と声がした。
振り返ると、男が立っていた。背が高く、旅塵で汚れた外套を着ていた。顔には、人を値踏みする時の商人特有の目つきがあった。しかしその目の奥に、値踏みとは別の何か——好奇心に近い光が、かすかに揺れていた。
「坑夫でもないのに、坑道を覗くのはなぜだ」と男は言った。
「あなたも坑夫ではないでしょう」とミナは答えた。
男は少しの間、ミナを見た。それから、ほんの少し表情を緩めた。
「ハルという」と男は言った。「商人だ。この村に金があると聞いて来た」
「金は出ない」とミナは言った。「十年前に脈が尽きた。今は何も出ない」
「だが、あなたはここにいる」
ミナは泥の方へ視線を戻した。
「師匠の命令です」
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師匠の名は、アルベルトといった。
村外れの古い家を借りて、もう三年になる。ミナが弟子になったのはその前からだから、師匠の背中を追いかけてヨーロッパの半分を歩いた計算になる。アルベルトは錬金術師だった。いや、正確には錬金術師だったものが、今は何か別のものになりかけているような老人だった。
「この村の坑道に、師匠は何があると思っているんですか」
夜、ミナは師匠の机の前に座って聞いた。机の上には、羊皮紙に書かれた古い図面が広げられていた。坑道の断面図だった。どこで手に入れたのか、ミナは知らなかった。
「金が、ある」とアルベルトは言った。
「脈は尽きたはずです」
「金脈ではない」老人は図面の一点を指で押さえた。「この坑道の最深部に、別のものがある。誰かが、意図的に閉じた場所がある」
ミナは図面を覗き込んだ。師匠の指が示しているのは、坑道の最も深い部分だった。図面では単なる行き止まりに見えた。
「何のために閉じたんですか」
アルベルトは答えなかった。ただ、燭台の炎を見た。
老人の目が、炎を映して揺れていた。
「錬金術師たちは何百年もかけて、金を作ろうとしてきた」とやがて言った。「しかし誰も成功しなかった。なぜだと思う」
「金は、作れないから」
「違う」とアルベルトは静かに言った。「金が、作られることを望まないからだ」
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翌朝、ハルがまた現れた。
今度は坑道の入り口ではなく、村の井戸の前だった。ミナが水を汲みに来ると、すでにそこにいた。昨日と同じ外套を着て、手の中でコインを弄んでいた。金貨だった。朝の光を受けて、鈍く光っていた。
「師匠というのは、錬金術師か」とハルは言った。
「なぜ知っているんですか」
「村の者に聞いた。老人と若い女が坑道の周りをうろついていると」ハルはコインを指の上で回した。「錬金術師が廃坑に来る。面白い」
「商人には関係のないことです」
「関係はある」とハルは言った。「俺は金を扱う商人だ。金に関係することなら、何でも関係がある」
ミナはハルを見た。
朝の光の中で、昨日よりもはっきりその顔が見えた。三十前後だろうか。旅に慣れた者の顔つきをしていた。しかし、どこか所在なさそうな——行き先のない旅を続けてきた者の、かすかな疲れのようなものも見えた。
「あなたは本当に金を売りに来たんですか」とミナは聞いた。
「何だと思う」
「分かりません。でも、金だけを目当てに来た人間の顔には見えない」
ハルはコインを掌の中に収めた。しばらく黙っていた。
「当たりだ」と、やがて言った。「金の噂は口実だ。俺は、この村を訪ねて来た。ある人間を探して」
「誰を」
ハルは答えなかった。ただ、金貨を指で握り締めた。
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その日の午後、ミナは師匠に呼ばれた。
「坑道に入ります」とアルベルトは言った。
「泥で塞がれています」
「掘れる。最初の二十歩ほどだけだ。その先は乾いている」
ミナは師匠の目を見た。老人の目に、珍しい熱があった。普段は抑制されている何かが、にじみ出ているような。
「師匠」とミナは言った。「一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「金が作れないなら、錬金術とは何なんですか」
アルベルトは少しの間、黙っていた。
それから、ミナが予想していなかったことを言った。
「金を作ることではない、と最近思っている」
「では、何を」
「金が何であるかを、知ることだ」
窓の外で、風が吹いた。村を囲む荒地を、乾いた風が渡っていった。どこかで馬が一頭、嘶いた。
ミナは師匠の言葉を、胸の中で転がした。
金が何であるか。
人々は金を欲しがる。権力者は金で兵を買い、商人は金で品物を動かし、教会は金で神への奉仕を飾る。しかし金そのものが何であるかを、誰かが考えたことがあるのだろうか。
「夕方に坑道へ」とアルベルトは言った。「スコップを二本、用意しておくように」
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坑道の入り口で、ハルが待っていた。
スコップを担いだミナと、その後ろを歩くアルベルトを見て、ハルは静かに言った。
「手伝おうか」
「なぜ」とミナは言った。
「暇だから」
アルベルトはハルを一目見て、何も言わずに頷いた。師匠が初対面の人間にそうすることは珍しかった。
三人で、泥を掘った。
二時間ほどかかった。ハルは黙って働いた。余計なことを言わず、手を止めず、ミナとアルベルトのペースに合わせて掘り続けた。
泥の先は、確かに乾いていた。
坑道の深部へ続く道が、開いた。
アルベルトが先に入った。ミナが続いた。ハルは入り口で足を止めた。
「来ないのですか」とミナは振り返った。
「俺を招いたのは師匠ではない」とハルは言った。
「私が招いています」
ハルはミナを見た。暗い坑道の中で、ミナの持つ燈籠の光だけが揺れていた。
「なぜ」
「あなたが何を探しているか、まだ分からないから」とミナは言った。「分からないまま外に置いておくより、一緒に見ていた方がいい」
ハルは少しの間、ミナを見ていた。
それから、坑道に入った。
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最深部は、狭かった。
三人が身を縮めてようやく立てる広さだった。壁は古い石組みで、苔が生えていた。水が染み出した跡が、縦に何本も走っていた。
しかし、奥の壁だけが違った。
石組みではなかった。平らな、一枚の岩だった。まるで、誰かが意図的にはめ込んだような。
アルベルトはその岩の表面を、燈籠で照らした。
何かが刻まれていた。
文字ではなかった。図のようなものだった。円の中に、何かの形が描かれていた。ミナには読めなかった。しかしアルベルトは、しばらくそれを見つめてから、かすかに息を呑んだ。
「師匠、何が書いてありますか」
アルベルトは答えなかった。
代わりに岩の表面に手を当てた。老人の手が、わずかに震えていた。
「師匠」
「これは」とアルベルトはやがて言った。「これは、入り口ではない」
「入り口ではない?」
「封印だ」老人は手を引いた。「誰かが、何かをここに閉じ込めた。そして外から、これを刻んだ」
「何を閉じ込めたんですか」
アルベルトは振り返った。燈籠の光の中で、老人の顔が揺れていた。
「それを知るために、ここへ来た」
沈黙があった。
坑道の奥から、風が流れてきた。
地の底から来る風だった。乾いていた。しかし、その乾いた空気の中に、かすかに何かの匂いがあった。
金属の匂いだった。
ミナは、その匂いを嗅いだ瞬間、奇妙な感覚を覚えた。
初めて嗅ぐ匂いのはずだった。しかし、知っている気がした。どこかで、何度も嗅いだことがある気がした。
横を見ると、ハルも鼻を微かに動かしていた。
目が合った。
ハルも、同じ感覚を持っているのだと、その目を見た瞬間に分かった。
「何だ、これは」とハルは言った。
「分かりません」とミナは言った。「でも」
「でも?」
「知っている気がします。ここを。この匂いを」
ハルは岩の封印を見た。ミナも岩を見た。
アルベルトはその二人を、燈籠の光の中で静かに見ていた。
老人の表情に、何か複雑なものが過ぎった。驚きとも、安堵とも、悲しみとも取れる、判然としない表情だった。
「また、二人が来た」とアルベルトは小さく言った。
ミナには聞こえなかった。
風が、また吹いた。地の底から、金属の匂いを運んで。
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(第一話 了)




