放課後、時よ止まれ
昼休みが終わる頃には、雨はすっかり本降りになっていた。
窓に当たる雨粒が、教室の光をぼやけさせている。
五時間目は古典だった。
黒板に書かれる文字をぼんやり眺めながら、私はシャーペンを転がす。
先生の声は眠くなるくらい穏やかで、後ろの席では誰かが小さくあくびをしていた。
隣のミオは、教科書の端に落書きをしている。
猫。
変な顔の猫。
しかもやたら上手い。
私は思わず吹き出しそうになる。
ミオが気づいて、小さく紙をこっちに寄せた。
『似てない?』
猫の横に、担任の名前。
私は慌てて口元を押さえる。
肩が揺れたせいで、先生がちらっとこちらを見る。
「……内海さん」
「はい」
「そんなに面白いですか?」
教室が少し笑う。
私は「すみません」と小さく頭を下げた。
隣でミオが死にそうな顔で笑いを堪えている。
⸻
放課後。
雨はまだ降っていた。
教室には数人しか残っていない。
部活へ向かう声。
椅子を引く音。
廊下を走る足音。
だんだん学校全体が静かになっていく。
ミオは机に突っ伏したまま動かない。
「帰んないの?」
「雨やばい」
「それはそう」
「あと眠い」
私は窓際に立って、外を見る。
グラウンドは水たまりだらけだった。
フェンスの向こうで、紫陽花が少し揺れている。
「ねえ」
ミオが顔を上げずに言う。
「もしさ、高校卒業したら」
「うん」
「みんなちゃんと大人になるのかな」
私は少し考える。
“ちゃんとした大人”って、なんだろう。
電車で疲れた顔してる人とか。
コンビニでブラックコーヒー買う人とか。
そういうのを想像してみるけど、いまいちピンとこない。
「ミオはならなそう」
「ひど」
「でもなんかわかる」
ミオがくすっと笑う。
それから少しだけ静かになる。
雨の音だけが聞こえていた。
その静けさが嫌じゃなくて、私はそのまま窓に寄りかかった。
「……このまま時間止まればいいのにね」
ミオがぽつりと言う。
私は振り返る。
でもミオは、冗談みたいに笑っていた。
「なにそれ」
「いや、なんか今日そういう感じしない?」
「どんな感じ」
「んー……雨の日の放課後って、世界終わる前みたい」
「急に重」
「でもちょっとわかるくない?」
わからなくもなかった。
教室の薄暗さとか。
雨の匂いとか。
誰もいなくなった廊下とか。
今日がずっと続きそうなのに、
同時に、もう戻ってこない気もする。
私は自分の机に戻って、鞄を持ち上げた。
「帰る?」
「帰るかぁ」
ミオもゆっくり立ち上がる。
その時。
教室の電気が、一瞬だけちらついた。
白い光が揺れる。
私たちは同時に天井を見上げて、
なぜか少し笑った。
「ホラーじゃん」
「やめてよ、今日無理」
「ミオの方が怖がりじゃん」
「だってこういう天気の日ってなんか出そうじゃない?」
「女子校あるあるみたいに言わないで」
くだらない話をしながら、私たちは廊下へ出る。
窓の外。
雨の音は、少しだけ弱くなっていた。




