98日目 またね
4月8日土曜日。今日も雨。
午前10時半にゆっくり起きてスマホを確認する。陽菜とおかんからメッセージが来てた。風花さんはなし。
陽菜もおかんも無事に避難が終わったらしいけど、陽菜に関して言えばまだ国内だ。
あんたの言う事もバカにできないね
憎たらしい字面を睨みながらやっぱり信じてはなかったんじゃねーかって内心思う。
同じ頃こーちゃんが起きてきたから抱っこしてリビングに行くとなんと、お母さんがまだ寝てた!
工事の時に持ち出せなかったテレビはビニールを被って保護してある。ビニールを取ってリモコンを操作したら普通についた。
知らん顔の学者が何やらうんたらかんたら言ってる。
『NASAの見解通り、このままいけば4月9~10日に衝突するでしょう』
だそうです。
『被害の方なんですが--』
飽きたのでチャンネルを変える。
字幕には内閣緊急対策本部とか書かれてた。かんぼーちょーかんが仏頂面でカメラに向かって何か発表してる。
『想定される被害として、このまま天体が衝突した場合日本全土のみならず東アジア全域、いえ、世界的な被害が予想されます。NASAの発表によると今回の天体はもしこのまま空中分解等せず落下してきた場合その破壊力はツングースカ大爆発の隕石の約1000万倍にもなり、恐竜を絶滅させたチクシュルーブ・クレーターの隕石より……』
つまらないから変える。
次に映し出されたのはニューヨーク。隕石のパニックは世界中に伝播してた。日本とか東アジアくらいじゃすまないぞって言われたからだろう。
どっかの大企業が抽選で核シェルターに入れたげるとか言って、軽い暴動が起きてるらしい。
逃げ場のない自然災害を前に今、世界は冷静さを欠いてる。
「……おはよぉー」
そんな世界情勢なんて知った事かと呑気な起床を遂げた我が母、志乃がリビングにやって来た。
今日も一日が始まる。
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今日も雨だった。
外に出る気力がないとお母さんはリビングに寝っ転がってトドの真似してる。
「見てご覧こーちゃん、トドのモノマネやで」
「おでぶ」
こーちゃんの一言が余程心に刺さったのかお母さん、腹回りの肉をぶるんってさせながら起き上がった。
「こーちゃん?お母さんがおでぶなんじゃなくてね?世の中の人達が細すぎるのよ?人間、適度な脂肪がついてないといざって時に戦えないの。お母さんは日頃からこーちゃんや蘭子の為にあくせく働く為に栄養を蓄えてんの。分かった?」
「つまり、おでぶ」
こーちゃんはお母さんからグリグリ攻撃を受けた。大した威力はないらしく両こめかみをグリグリされるこーちゃんはキャッキャ笑ってる。
……そーいえば、ゴロゴロしてるお母さんなんて久しぶりに見たな。
なんて思ってたら電話が鳴ったよ。
雅からだった。
廊下に出ながら慌てて通話ボタンを押す。メキメキに割れたアグレッシブ有機ELディスプレイがメキャッ!ってなった…
「もちもち?の木」
「黙りゃ。しょにょりょうしゅびゃちょ、みゃびゃ--」
「雅私Y〇uTube辞めるから!てか!もう辞めた!!」
これだけは伝えておかなきゃって思った。
が、言葉を遮られた雅は通話越しに不機嫌そうな鳴き声みたいな反応を示す。
スマホからは雅の声しか聞こえない。周りは静かだ。
「……無事か?」
『私無事。今飛行機乗っちぇりゅ』
「え?飛行機乗れんの?」
空港は連日大変な騒ぎらしいけど…
『ピュリャイリェーチョビェッチョ』
「は?なんて?」
『ピュリャイリェーチョビェッチョ(怒)』
プライベートジェットって言ってます。それは限られた金持ちにしか許されない究極の成金趣味。一体プライベートで飛行機なんて持ってどうしようと言うのか…金持ちの考える事は分からん。
しかし今回に限ってはそれが沖家を救ったらしい。
……いやまぁ、どこに行っても同じだけど。
「……雅。残念だけどどこに逃げても…」
『……ニューシュ見ちゃ。しょうりゃしぇにゃ…びぇみょ、爆心地きゃらは遠じゃきゃっちゃ方ぎゃ、いいりゃ』
「……かもね」
どこに向かおうと、爆発と衝撃、そして死の灰が世界中を包むんだろうけど…もしかしたらまだ、国内に居るよりは生存率も上がるのかもね。
『りゃんきょは?今どきょ?』
「家」
『家!?正気りゃ!?美堂みょ阿部波みょ、避難しちぇるりょ!?』
「飛行機乗れそうもないし。それにどーせどこ行っても地球終わるし」
なんでもないように口にする私に対して電話越しの雅は絶句してた。
が、なんでもない事はない。昨日の夜も、何時間も眠れなかったんだから。
『……うちゃ、シャンギャピョーリュにゃシェルチャー持っちぇる』
「なんでシンガポールにシェルター持ってんだよ」
『今きゃらでみょ遅きゅにゃい!こっちゃ来いりょ!』
電話越しの雅の言葉に熱が籠る。スマホを持つ手が震えてた。
「……行く?」
突然後ろから飛んでくる声に振り返ったら、お母さんが壁にもたれてそう尋ねてきた。どこまで聞いてるのか分からないけど……
「飛行機、一人分くらいならなんとかなるかもしれないよ」
晩御飯なんにするか尋ねるみたいな気軽さでお母さんは言った。
その言葉に胸の奥がギュッと絞られる感覚に襲われる。
もしそれが可能だとしても……そこに乗るのは私じゃない。
「……いいよ。ありがとう」
お母さんになのか、雅になのか分からない返答が廊下に木霊する。吸い込まれて消えた返答への反応はなくて、聞こえなかったのかと不安になる。
『…………きょんにゃお別りぇ、にゃいりょ…』
雅の声が震えてた。
世界にパニックが伝播してから初めて聞く友の肉声は、残酷なくらい私の心をかき乱す…
もうやめてほしかった。
今すぐ電話を切りたかった。
でも、話せてよかったとも思う。
「……言ったじゃん私。地球滅亡するよって…」
『りゃんきょ……』
「私は分かってたから、今日までの人生になんの悔いもないの…だから雅……」
なんて言おう……
なんて言うべきなんだろう。
今電話の向こうで、声を震わせて、もしかしたら泣いてるかもしれないこの子に……
生きて--
「……勢羽酢張によろしく」
『最期にょ言葉私じゃにゃいんきゃいっ!?』
絶叫する雅の声を遮断するように通話を切った。
最後に、いつも通りを演じれて良かった。体からどっと力が抜けた気がする。
そしてもう、友達とは喋らないと誓った。
雅との会話は私に『死』を明確に意識させたから。
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それはそうと風花さんからはなんかレスポンスあってもいいんじゃねーの?(怒)
ここまででなんの反応もない風花さんに「生きてる?」ってメッセージ送ったら既読無視された。
怒りに震える私はお母さんに引っ張られて廊下へ……
そこは吹き飛んだ我が家のガレージに隣接する廊下…大工が仕事放棄して何も直ってない壁と天井からは雨がざぁざぁと降り込んでいた。
「このままじゃまずいわ」
ビニールシートを持ったお母さんが一言。
「何をしようってのさ」
「ビニールシートで穴を塞ぐのよ。このままじゃ床板が腐るでしょ?」
「今更床なんて……」
「こういう時じゃないとこういう事は出来ないんだから」
こういう時にやらんでも良くないか?
今まで避けて通ってた未修復の廊下への雨水の侵入はとうとう無視できない領域を突破した。
さっきこーちゃんが滑ってコケたのである。
「……工事中は雨降ったらどーしてたのかな?」
風で飛んだのか、なんの保護もされてない剥き出しの穴ぼこに脚立に登る母がブルーシートの膜を張ろうと試みる。
……が、お母さんはバカなので降り込む雨で濡れた天板の上に乗って、コケた。
しかも私を巻き込む無差別テロ。
「ぎゅ!?」
「べっ!!」
二人分の体重と倒れた脚立の衝撃は二日分の雨水攻撃を受けて傷んだ床板にダイレクトアタック。メキッて嫌な音がした。
……床が凹んでた。
「……あーあ…てかさ、お母さん。この家に住むのは限界だぜ?陽菜の家に戻らない?」
「私達の家はここよ。他にどこに帰るっていうの?」
「そーかもしんないけどさー……」
「そういえば明日暇?」
この、世界中が終末に怯えてる今、用事がある奴なんていないだろう。
「……忙しい」
でもお母さんが予定を訊いて来る時は大抵ロクなことないから、忙しい事にしておいた。
「明日みんなでお父さんのとこ、行かない?」
が、直後に小賢しい企みは吹き飛んだ。
お父さんという単語が頭の中で上手く処理されず、未知の言語に遭遇したようにフリーズ。
……直後にそれが、桐屋家を捨てた我が父の事を指していると理解した私は、口をあんぐり開けていた。
お母さんはなんでもない顔してる。
「なんで?てか、居場所知ってんの?」
「知ってる。ずっと知ってた」
「……」
そんなあっさり……
「……何しに行くの?」
その時昨日の会話が蘇る。
晩御飯に輝幸の姿焼きが食べたいって言ってた…!
輝幸ってのはお父さんの名前だ。
「……ま、まさか…どーせ死ぬからって最後に罪を……!?」
「お父さんをぶん殴りに行こう。三人で」
戦慄する私にお母さんは威勢のいい笑顔を向けて拳を振り上げてた。
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「こんばんはー」
「なんで!?」
地球滅亡まであと2日と数時間というタイミングで当たり前のように玄関先に現れたのは、傘を差した風花さんだった。
蘭子、腰を抜かす。
「あらいらっしゃい。ちょうど良かった。晩御飯食べてく?」
「いただきます」
初対面のはずなのにまるでいつもお世話になっております的なコミュニケーションを繰り広げるお母さんと風花さん。
ひっくりこけた私を置き去りに上がり込んできた風花さんはこーちゃんを抱き上げてリビングに消えた…
食料品が消えた町で調達できた晩御飯とはこれ即ちボ〇カレーでして。それは奇しくも風花さん家で出てきた晩御飯と同じでして。
「いやぁなんかごめんね。急に来ちゃって」
「何してんの?」
風花さん家のカレーと違って具がちゃんと入ってるカレーを頬張る彼女はいつもと何も変わらない様子だ。それが不気味にすら感じる…
「おかわりは」
「いただきます」
「ないわよって言おうとしたんだけど……」
「……」
空になった皿を突き出す風花さんが固まった。私は手をつけてないカレーをそっと差し出す。
「え?いいの?食べないの?」
「食欲ないんだ。びっくりして胃を吐き出しちゃったからね」
「どうもありがと」
風花さんの横から伸びてきたスプーンがカレーに突き刺さる。こーちゃんがカレーを攫ってく。こんな時でも我が家は平常運転。風花さんも平常運転。
……本当は隕石が落ちてくるなんて嘘なんじゃね?
「急にどうしたの?風花さん。てか、逃げてなかったの?」
「死ぬ前に桐屋さんに会っておこうと思ってね」
……一瞬でも適当な妄想を働かせれば次の瞬間には現実が突きつけられる。風花さんが世間話の導入みたいな風に言い放った一言に私は水を飲む手を止めた。
「……そんな事より逃げなよ」
「うん。明日家族で遠くに逃げるよ」
「今から逃げなよ」
「今日も空港は大パニック。でもなんか明日くらいになったら空港とか落ち着くんじゃないかって…もう結構な人は国外逃亡した後みたいだからね…」
「ここでこんな事してていいの?」
「焦ったって仕方ない。どこに逃げても同じだろうからね。だって……」
地球は滅亡するんでしょ?
問いかけられて「うん」と答えられない弱さに嫌になる。
「知ってる?避難用のシェルターがあるらしいんだけど抽選なんだって。しかも、事前にほぼ誰が入れるか決まってるって話だ」
「…ここに居るよりは生存率上がるかもよ」
「だから明日逃げるんだよ」
だからその前に会いに来たと風花さんは微笑みながらそう言った。
お母さんはただ黙々とカレーを口に運んでる。
こーちゃんはキョトンとしながら私と風花さんを交互に見てる。
風花さんの眼差しを受けていると二人の視線が意識から外れて、世界に自分と風花さんの二人きりになったような錯覚が生まれる。
不意に彼女の表情が変わった気がした。
少し困ったような……いや……
風花さんの表情が泣きだしそうなのを堪えてるように見えた時、ハッとした。
不意に視線を逸らそうとした私の手に体温が重なる。
「桐屋さん……色々ありがとう」
そんな言葉、聞きたくないよ。
「風花さん……」
「友達になれて良かった」
返す言葉が見つからなくて……
「--またね」
どういう意味で言った言葉なのか分からないその一言にも、私は何も返せなかった。
地球滅亡まであと…2日…




