97日目 人生最後の日に何食べたい?
4月7日金曜日。雨。
窓ガラスを叩く雨音が緩やかな起床を促す。ベッドの上で目を覚ますと腕の中のこーちゃんが寝苦しそうに身動ぎした。
こーちゃんを起こさないようにベッドから抜け出して、布団をかけてやる。
自室から出たら階段を降りて下へ……
久しぶりに入るリビングのテーブルには湯気の立つ朝食……と言ってもカップラーメンだったけど……懐かしい刺激臭が鼻を襲った。
「蘭子、おはよう」
「ぐげっ!?これっ!またあの激辛ラーメンじゃん!!」
「こーちゃんは?まだ寝てるの?」
「やめてよこれ!!」
「伸びるわよ?早く食べちゃいなさい。てか、なんで制服なの?」
「……だって、服、陽菜の家に置いてきたし……」
「はい飲むヨーグルト」
「ラーメンに飲むヨーグルト……」
「お茶じゃ食べられないよ?辛いものには、乳製品」
……変な感じだった。
リビングの外から響く雨音はやたら近くに感じる。多分まだ廊下の屋根が張られてないからだと思う。
それに木材とか、よく分かんない建築資材の匂い…
まるで……というか、作りかけの家の中で朝ごはんを食べてるみたいだ。
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スマホを開いたら陽菜とかおかんからメッセージがめっちゃ来てた。陽菜は両親と海外に出ようとしたみたいだけど、パニックで空港が閉鎖されて今は仙台の祖父母の家を目指してるんだとか…
ニュース速報によると直径10キロメートルの超巨大隕石は日本に落下する可能性が高いとの事だった。
昨日の最新情報によれば地球衝突の可能性は35%らしい。
35%というのがどの程度の確率なのかピンと来なかったけど、問題はその数字ではなく、昨日正に私が美堂家のマンションに帰るまでに流れた防衛省からの緊急速報だった。
昨夜見たらほぼ日本全土が避難地域の赤い丸に収まってたんだからびっくりだ。
雨音が降り注ぐ無音の町中にも朝から緊急避難のアナウンスが流れてる。
そんな朝……
「うえっ!!げほっ!!」
桐屋蘭子はむせてた。
「げほっ!!ごほっ!!」
お母さんもむせてた。
地球滅亡より先に気管支が死にそうな親子は呑気なもんで、スマホをポチポチしながら飲むヨーグルトと殺人ラーメンとを交互に口の中にぶっ込んでる。
咳き込みながらの朝食。私は電話をかけてた。相手はセクシー姉妹の日常のうーたん。
Y〇uTube引退動画をコラボで撮らせろ、と言ってあったんだけど……
『おかけになった電話は現在使われていないか電源が入っていない為--』
「逃げたか……」
「蘭子、食事中に電話はやめなさい」
「……うん」
蘭子は舌に致命的ダメージを受けて受け答えする元気はなかった。
人に苦言を呈しながらもお母さんは食事も気もそぞろでカップラーメンは完全に冷えていた。
「……ダメねぇ…飛行機今乗れないって」
「……あっそ」
どうやら国外避難の算段を考えてたらしいけど、人類滅亡クラスの隕石の到来を前に日本に居るかブラジルに居るかなど些末な問題だと思ってる私は素っ気なく返す。
「……お母さん、仕事は?」
「昨日全社員が逃げちゃったから、多分今日行っても仕事ないわ」
「借金返せないじゃん」
「借金取りも逃げたね、多分」
「……そういえば、私、Y〇uTube辞めるよ」
「……いいの?」
「……うん」
「……そ」
命懸けの朝食が終わった頃、のそのそとこーちゃんが起きてきた。
「おはようこーちゃん」
「……ねぼうした。ようちえん…」
「今日からお休みだってよ」
まだ眠そうなこーちゃんを膝の上に抱き抱えてその匂いを堪能する。この世界の全ての悩みが些細な事のように感じる…
昨日は大変だった。
美堂夫妻がマンションから逃げ出してから私はこーちゃんを幼稚園まで迎えに行ったんだけど、幼稚園も緊急速報を受けてパニックだった。
我が子を連れ帰ろうとする保護者同士の怒号で満ちた子供達の聖域…冷静さを忘れた大人達の姿に泣き喚く子供達の中にこーちゃんの姿があった。
保護者の対応に追われる先生達からこーちゃんを受け取って連れ帰った。別れ際、こーちゃんのクラスの先生が笑顔で「またね」ってこーちゃんに言ってくれてて、私は先生に深く深く頭を下げた。
今までありがとうございましたって。
先生達は私達が幼稚園から出て行ってもまだ職場に残ってた。多分、最後の一人のお迎えが来るまで、そこに居たんだろうと思う。
その後お母さんに電話したらお母さんからは一言「なんか急に仕事が無くなってどうしたらいいのか分からないから坦々麺食ってた」って……
お母さんは辛党らしいとこの時初めて知った。
電車も大パニックでお母さんがマンションに帰って来たのは外が完全に暗くなってから。
こーちゃんと呑気にテレビを見てたらお母さんが帰ってきて「とりあえずアメリカ行くか」って言うので身支度を整えたんだけど、結局行かなかった。
ニュース速報で流れる大パニックの空港映像を見てお母さんは一言「だりぃ」って言った。
美堂家はとっくに逃げたけど、家主が居ないのに居座るのも悪くね?とお母さんが言うので私らは最低限の荷物だけ持ってマンションを出た。
行先は我が家しかない。
修復工事中の我が家は作業途中のまま放置され、無人だった。
--そして今日だ。
「おねえちゃん、ちこく」
「学校休みなの」
「よかったねぇ」
ニコニコしながらシュークリームを食べるこーちゃん。かわいい。カップ麺は?ってお母さんが尋ねるけどこんなモンこーちゃんに食わせられるわけない。
私はカンパルノ妹とか孫に電話をかけてたけど誰にも繋がらなかった。
次にLINEを開いたらいっぱいメッセージが来てた。
カンパルノ妹と孫からは家族と避難する旨とお前も無事でいろよ?ってメッセージが来てた。あいつらが無事に国外脱出できたのかは定かじゃない。
あとは陽菜とおかん。
陽菜は学校で両親と合流したらしい。そのまま空港へ……で、今は仙台だ。
五分おきにメッセージが来る。そっちは大丈夫か?とか、迎えに行こうか?とか…
私らを心配してる。
一言「問題ない」とだけ送る。
おかんも避難したらしい。こんな事になって驚いてるって言ってる。今は韓国らしい。私の安否と、返信をくれという旨と、必ずまた会おうっていうメッセージが怒涛の勢いで流れてきてた。
おかんにも適当に返信してからカンパルノ妹と孫にY〇uTube引退動画どーする?って返信しといた。
風花さんからは何も無かった。
あと蓮司から会いたいって来てた。死んどけって返した。
……本当に地球滅亡するのかな?
雨音を聴きながら私はぼんやり考えた。
もしかしたら海外とかに逃げたら何とかなるんじゃないのか……そんな考えが頭を過ぎる。
……が、やめた。
「蘭子ー、こーちゃん、お昼どうする?」
「たけなか!」
こーちゃんの言う『たけなか』とは近所の定食屋さんだ。ここのとんかつは世界一なんじゃないかって噂である。
ただ営業してんのか……?
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外の雨は降り止む気配はなくて昨日までの青空が嘘みたいだ。天気は気まぐれだ。天気って誰が決めてるんだろうか?
まるで空が泣いてるみたいだった。
たけなか、普通にやってた。
「いらっしゃい。志乃さん、随分久しぶりじゃないかい」
「まぁまぁ、蘭子ちゃんも康太君も大きくなってぇ」
たけなかを営んでる老夫婦は嬉しそうな顔で私達を出迎えてくれた。いつもと違うのは昼時なのに店内がガラガラな事だろうか。
店内の古いテレビでは天体の話で持ち切りで、今公共交通機関は大パニック状態、高速道路とかもすごい渋滞で大変ですって事を伝えてる。
ただ、店に来るまでに見た国道は信じられないくらいに車がいなくてガラガラだった。町もほぼ無人だ。途中商店街の八百屋さんの奥さんとすれ違って挨拶したくらい。
「大変な事になってるねぇ」
おばさんがとんかつ定食を運んで来ながら呑気に言う。
「志乃さん達は避難しないのかい?」
「だって飛行機も電車もこの混みようでしょ?嫌ですよ。こんな人混みの中に行くなんて。それに車も吹き飛んで無いしね」
なんでもない事のように話すお母さんとおばさんの会話には焦りなんて全くない。
「おばさん達は避難しないの?」
私が尋ねると厨房の方からおじさんが「俺らは店があるからなぁ」って客なんて居ない店内で笑った。
「それにもう歳だしねぇ……」
おばさんも笑った。
とんかつはいつもより多かった。
こーちゃんが嬉しそうに頬張ってる。
「こーちゃん、キャベツから食べないと太るよ?」
「こーちゃんきゃべつ、きらい」
「康太くん、なんでも食べないと大きくなれないよぉ?」
おばさんがまた笑った。いつも通りの、何も変わらないおじさんとおばさんだった。
ニュース速報でNASAから新しい発表があった。
天体が地球にぶつかる可能性は45%まで上がってた。
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帰りに寄ったコンビニには結構人が居たけど棚の中はがらがらだった。でもいい事もあった。
「おかあさん!これかって!」
「あらあら仕方ないわね」
こーちゃんがお熱を上げてる『クック・コケコッコー』なる知育菓子。何故かいつもこのコンビニでは売り切れで実在しないんじゃないのかって疑ってたけど、あった。
これにより近所の何者かが毎回買い占めてたのだと判明。
「おねえちゃん、いっしょにつくろうね」
「いいよ^^」
……みんな避難するにあたって食料を買い込んだのかな?もしかしたら家に引きこもってるって可能性もあるのか?
カンパルノ妹からも孫からも返信はなし。
お母さんが弁当類をカゴに放り込みながら不意に話しかけてきた。
「あんたいっつも言ってたわね」
「なに?」
「地球が終わるって」
どきりとした。お母さんはいつもの顔だったけど。
思えばお母さんの横顔、久しぶりに見た気がする。最近は対立のせいか、いつも正面から見つめ合ってた気がする。
それにに今日のお母さんはなんだか穏やかな顔だった。
「もしかしたら、当たるかもね」
冗談のつもりなのかもしれない。お母さんは本気で隕石が落ちると思ってないのかもしれない。いや、飛行機の便とか調べてたし、それは信じてるのか…?
落ちても地球が終わるとは思ってないのかもしれない。
多分、ほとんどの人がそうなのかもしれない。だから日本から逃げ出せばなんとかなるんじゃないかって……
「当たるよ」
本気なのか冗談なのか判断がつかないから私は真面目に言った。
お母さんの視線はこちらには向かない。
「終わるんだよ、地球…4月10日に」
「……そう」
ねだってもないのにお母さんは私の好きなお菓子をカゴに入れてくれた。
「……もしそうだったら、蘭子。あんたはなんで知ってたの?」
「だから予知夢で見たんだって」
「そうだっけ……じゃあさ。地球終わった後、どんな感じになってた?地球」
「知るわけないじゃん。終わったんだから、きっと無だよ。無」
何がおかしいのかお母さんは笑った。
「ふふふふ」
こーちゃんも笑ってた。
「そっかそっか。そうかもねー…」
「そうなんスよ」
「……もし本当にそうなるなら…謝らないとね」
レジには一人しか居ない。店長ってネームプレートに書かれてた。日本人全員が生活を放棄してるのに、こうして働いてる人も居るんだな…
「今さら遅い」
「ごめんごめん」
「遅いって。だから謝らなくていいよ」
「そっか……ねぇ二人とも」
マイバッグに大量の商品を詰め込んだお母さんは私達に振り返る。
「人生最後の日って何食べたい?」
またしても冗談なのか本気なのか分からない、鉄板な問いかけだ。
でもなんか…今ならなんでも叶えてくれそうな気がするから……
「ダチョウの卵で作った目玉焼き!!」
「こーちゃん、みーとそーすすぱげってぃ!」
「……お母さんはね…輝幸の姿焼き」
「「え?」」
地球滅亡まであと……3日…




