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96日目 日常の終わり

 4月6日木曜日。地球滅亡まであと5日…

 この日は朝からニュースが騒がしかった。


 リビングに出てくると珍しくお母さんがまだ仕事に出てなくて、陽菜やこーちゃんも高村さやちゃんの顔をガン見してた。

 ついにさやちゃんの良さを全人類が理解した…わけではない。


『問題の天体ですがこのままの軌道で進むと地球に衝突する可能性が高いとの事ですが…ここで東底大学の手木当てきとう先生のお話を伺います』

『えー…そもそもですね。これほど巨大な天体がですね…ここまで地球に接近するというのはですね…えー…なんというか…まぁ、とにかくですね…なんというかですね…そういうことです』

『なるほど…今回の天体は直径が10キロメートルにもなるとの話ですが、もし衝突したら…』

『いやまぁ…大気圏である程度燃えちゃうとか、途中で砕けるとか…まぁ考えられるのでね…観測されてる質量のまま衝突って事はですね…なんというか…まぁそういうことです。それにほら、まだぶつかると決まった訳ではないのでね』

『NASAの発表によりますとこのままの軌道だと四、五日後に衝突する可能性が8%にも登るとか…』

『まー…8%ですからねぇ…というか…今回の天体の軌道はとても不思議でしてね…なんていうか…普通天体ってのは宇宙空間の惑星の引力?みたいなものの影響をですね…でもね、この天体はなんというかこう…よく分からない軌道でですね…まぁつまりこう…突然手前で急カーブ?とかするかも…なんちって』

『有り得るのでしょうか?』

『まぁ普通有り得ないですけどね…なんというか…』

『……なんというか?』

『……まぁ、そういうことです』


 深刻に黙り込んでテレビを見つめてる家族達の背中に向かって私は「いってきます」って言った。

 内心平静じゃないけど、私がオタオタしちゃいけない。

 だって私は100日も前から知ってたんだから…


 *********************


 学校も朝からその話で持ちきりだった。


「隕石だって」「落ちてくんのかな?」「もし落ちたらどーする?」「私達死んじゃうのかな?」


 明るい口調で冗談めかして語り合うクラスメイト達だけど、その表情にどこか深刻めいた色を映してる子も多い。


 そんな…今朝。



「…じゃー一限はロングホームルームって事で…まだ決まってない委員会とかその他諸々…」

「はい」


 担任の先生が淡々と進行するロングホームルームで桐屋蘭子が挙手。その姿はまるで自由の女神。

 担任が一瞬目を逸らしてから逃げられないと悟ったらしく「なにかな?」って嫌そうな顔で私を指さした。


「人を指ささないでください」

「ごめん…」

「蘭子からみんなにお話があります」

「……じゃあ前に…」


 教卓の上に上がって担任を押しのけた私はクラス全体を見回す。みんな何事かと私を見つめる中で…


「このクラスにいじめがあります」


 私の堂々たる内部告発にクラス中の反応は…淡白だった。

 何言ってんだこいつ?みたいな視線が集まる。しかし、鋼の女と呼ばれた私だ。この程度では怯まない。


「このクラスにいじめがあります」

「……」「……」「……」「……」

「このクラスに--」

「分かった。桐屋、詳しく話して」


 担任の先生の目に真剣な光が宿ってた。


「ミレニアムさんがいじめられてるのを私見ました」


 再び沈黙…


「桐屋さん、ミレニアムって誰?」


 ここでフォローを入れたのは風花さんだ。勿論、察しの悪いクラスメイトへのフォローだけど…

 全く…クラスメイトの名前くらい覚えおいてほしいよね!


「ミレニアム、前に」


 しーーーん…


「……ちっ」


 当事者のクセにシカトをこくミレニアムの前まで行って腕を掴んで引きずり出す。

 案の定ミレニアムは激しい抵抗を見せた。


「ちょっと…なんのつもり!?」

「来るんだ」

「離して!!」


 バリバリッ


 …顔を引っかかれながらも、顔面を犠牲にしながらも正義を成す為ミレニアムを壇上へ。みんなの注目を浴びて憩いの自分の席に戻りたそうだけど、そうは問屋が卸さない。


「この人がミレニアムさんです」

「違う。私は佐藤だ」

「佐藤ミレニアムです」

「芸人みたいな命名するなっ」


 担任が「それで?」と問いかける。それで?も何もこれ以上も以下もない。


「…なんスか?」

「いやなんスかって…もっと詳しく…」

「いじめてたのは…」

「待ちなさい。それは今はいい。ミレニアム、いじめられてるのは本当か?」

「…先生私は佐藤です」

「答えなさいミレニアム」


 諦めろ。お前の名前はミレニアムに決定された。

 ミレニアムは何かを諦めたような顔をしてため息を吐いた。ようやく自分の足で苦痛の日々から抜け出す決意を固めたように--


「…知りません」

「おい」

「これは桐屋さんのイタズラです」

「こいつ…人の親切が分からねーのかよ…私は見たんです。トイレで水ぶっかけられたり、体操着汚されたり、舌抜かれたり、四肢切断されたり、全裸に剥かれてライオンの檻にぶち込まれたり…」

「死んでるだろ、それ」


 担任の冷静なツッコミが奔る。ちなみにこの担任…見た目も喋り方も中性的、男なのか女なのか議論が尽きない。一部の夢見る男子達の女性説が根強いが…


「…ミレニアムがいじめられてるのを見た奴、他にいるか?」


 担任の言葉に二つの手が挙がった。

 風花さんと陽菜だった。この二人は現場を目撃してない。これは私の話を無条件で信じるという意思の表れだ。つまり友情。この世で最も美しくそして信用ならないものの代表格。

 クラス中の視線が二人に集まっていた。


「……」


 ミレニアムが顔をしかめて、担任はこの光景に短い沈黙。

 私は場の成り行きを見守る。


「…先生は常々思うんだが……」


 あんたの所感などどーでもいいと心の中でツッコミを忘れない。自分がどう見られてるのか客観視出来ない出来損ない教師はそんな私の心境を無視して続ける。


「いじめってのは加害者だけじゃなくて、それを傍観した他の者も加害者だとよく言われる。だが先生はそれは厳しすぎる考え方だと思う。クラスにしろ、会社にしろ…どんなグループの中にも大きな流れみたいなものがあって、その流れの中でいじめが黙認されていたら、それに逆らうのは容易じゃない。人間、社会性を持った生き物だ。誰も何も言わないから自分も何も言わない、傍観者に徹する…そんな考え方はおかしくない。ただ…だからと言っていじめが黙認されていい理由にはならないとも思う。全体がそういう流れなら、その流れに従う事は、善し悪しを置いておいてまぁそうなるよなって感じだよ。先生が思うに…本当に良くないのは、実際にいじめがあったとして、それを告発する者が、あるいは助けを求める声があったとして、それを尚も無視する事だと思う。もし桐屋の話が事実だとして、今桐屋は全体の流れに逆らって声を上げた。これはこのクラスの中にある流れを変えるきっかけだ。いじめがあったのを知っていて今この瞬間にまだ口を閉ざしてる奴は、それこそ本当の傍観者であり、加害者だ」


 …こいつネームドキャラですらないくせに長々といい感じの事を。既に御嶽原よりもインパクトを残した!?


「…全員目を瞑れ。そして先生の問いに答えてほしい。ミレニアムがいじめられてるのを知ってた者、もしくは嫌がらせを受けてるんじゃないかと一度でも思った者は手を挙げろ」


 先生の言葉に一つ、二つ…三つと、手が挙がりはじめる。ミレニアムはその光景を目を見開いて見つめていた。


 気づいたらほぼ全員が挙手してたんだ。


「……全員手を下ろせ。そして目を瞑ったまま先生の話を聞いてほしい。お前達はまだ子供だ。だから間違いもある。正直、こういう問題は学校では切り離せない。必ずどこかで起こる。誰だって生きてれば絶対誰かを故意に傷つける事はある。それは間違った事だ。ただ一番間違った事なのは…それを自覚して尚反省しない事だ。そんな奴が本当にこのクラスに居るのならば先生は決して許さない。この場で見つからなくても、ミレニアムに問いただして必ず見つける。もし心当たりのある者は……ミレニアムにいじめを行った者が居るなら、そのまま手を挙げろ」


 ……一つ。

 来宮の手が挙がった。奴は目を開けたまま、私とミレニアムをじっと見ていた。


 二つ。来宮の取り巻きが手を挙げる。

 三つ…

 あろう事か、四つ、五つ。

 私の知らない加害者含めて、五人が名乗り出た。


「…今挙手した者は昼休み職員室に来なさい。ミレニアムと桐屋は今から先生と話がある。他の者は自習とする。以上」


 *********************


「もしもし?私青藍高校進学コース一年一組の担任の釜山きらきらりと申しますが…佐藤ミレニアムさんのご自宅でお間違えないですか?」


 きらきらり!?


 速報。担任の性別、女性説濃厚!





「…先生は悲しい」


 うるうるとした瞳を抑えて先生…いやきらきらりは嘆いていた。自らのキラキラネームに対してではない。


「出来たばかりのクラスでこんな…いじめだなんて…」

「いや私らに言われても…」


 ミレニアムに関しては中学からいじめられてたらしい。


「君の口からはまだ聞いてないけど…いじめられてたんだな?」

「……はい」


 保護者にまで話がいって今更しらばっくれても仕方ないと考えたらしいミレニアムは不貞腐れたような態度で頷いた。

 それをもってひとまず、今回の件は解決という事にしておこう。正義の使者蘭子ちゃん、肩の荷がすっと下りたのを感じる。




 適当な感じの取り調べの後解放された蘭子ちゃんはいい事をしたいい気分で廊下を歩いていた。そんな私に背後から追いついて進路を塞ぐ不届き者の影…

 見れば仏頂面のミレニアムが私を睨んでる。


「……なにさ」


 そんな顔をされる覚えはないのに、私もブスくれた顔を返す。そしたらミレニアムが去年法律で禁止されたらしい壁ドンをすごい勢いで敢行。

 壁際に追い込まれた蘭子、後頭部を強打。


「あっ!♀」

「…桐屋蘭子」


 なんで最近こんなに壁ドンされるんだろ…


 不機嫌そうなミレニアムの表情は…少しだけバツが悪そうだった。何か、奥歯に気持ち悪いものが引っかかってるような…それを吐き出したいけどなかなかそれが出来ないような…


 モジモジした態度が数十秒続いて、業を煮やした私はミレニアムの体を掴まえて反転する。

 今度は私が去年法律で禁止されたらしい壁ドンをかます番だった。


 ギョッとした顔をするミレニアムに詰め寄る。油断したらチューしちゃいそうなキケンな距離感だ。


「何か用があるならはっきり言いなよ…」

「……その」


 チューしちゃうぞ?


 焦れったいからもうチューしよって思って舌をべろりんって這い出させた時、頬を朱に染めたミレニアムが目線を泳がせながら一言「ありがとう…」と消え入るような声で私に伝えた。


 そして正面を見据えて…


「うぎゃあっ!?」


 ベチィンッ!!







 私の舌があまりにも艶めかしかったからビンタしたらしい。お子ちゃまには刺激が強すぎたか…


 ビリビリと痛む頬を風で冷やしながら私らは中庭に並んで座ってた。


「お前なんでいじめられてたんだよ」

「それはあいつらに訊いたら?」


 助けてやったのに生意気な奴だけど…まぁいじめなんて大した理由もなかったりするものか。

 なんというくだらなさ。他人にそこまでエネルギーを使えるのが羨ましいな、と私は柄にもなく真剣な顔で思いながら空を見上げるんだ。


「…桐屋はどうして私を助けてくれたの?ここまでして…なんて言うか、変だよ、あんた」

「…………」

「無視?」

「あと4日したらこの空から隕石が降ってくるの知ってる?」


 やはり空は青いままだ。

 私の問いかけにミレニアムはぽかんとした顔をしたあと「ニュースでやってるやつ…?」と確認した。

 ミレニアムは私に倣って空を見上げる。快晴の青空を眩しそうに目を細めて見上げてた。


 今年は雨が少ないな…


 見上げた空が雲に覆われてた時が少なかった気がする。まるで、終わりを目前にした空が全力で最期の輝きを放ってるようだった。


「最期に死ぬ時にさ…色々と胸に引っかかるものがあったら気持ち悪いじゃん?」


 話を聞いてたミレニアムは頭おかしいのかこいつみたいな顔して私の顔を見つめてた。その視線だけで名誉毀損だぞって言いたかったけど、やめとく。


「なんだそれ…」


 ミレニアムが初めて笑った。

 人をバカにしたような…いや、ようなじゃない。人をバカにしたいや〜な笑い方だったよ。


 *********************


 放課後は部活の時間…

 即ち帰宅。


「ったくよー…帰宅するのにいちいちレポートを書かないといけないなんて…帰宅部、まるで部活じゃないか」


 委員会に選抜されてしまったルームメイト、死んだ魚の目は居残りらしい。日中の晴天を覆い隠す雲がいつの間にか広がっていた空の下、帰宅。

 明日は雨みたいだ…



 ……なんて事考えながらマンションに帰ってきたらなんか…マンション前が騒がしいのに気づいた。

 車が沢山停まってて、慌ただしく人が出入りしてる。見たところ全員住人みたいだ。彼らはまるで大急ぎで旅行にでも行くかのような大荷物。


「なんスか?」


 声をかけてほしそうな少年が居たので声をかけとく。


「お姉ちゃん誰?」

「管理人です」

「嘘だぁ。子供じゃん」

「子供から見た大人なんて、大人っぽく見えるだけで本質的には子供となんら変わらないんだよ。つまり子供も大人も変わらない。んで?これ、なんスか?」

「家を出るんだよ」

「夜逃げっスか?」

「違うよ。アメリカとかに行くんだよ」

「高飛びっスか?」

「違うよ。なんかヤバいんだって」



 何がヤバいんだって思いながら、要領を得ない少年の言葉の意味を考えつつ、居候先の部屋の前までやって来たら…


 玄関扉の前にキャリーバッグやらなんやらが…


「……あっ…蘭子ちゃんっ」


 慌てて部屋から出てくる陽菜ママと目が合った。額に汗を滲ませて焦った様子だ。彼女は少し悩むように視線を泳がせる。


 ……まぁ、多分…そういう事なんだろう。


「……蘭子ちゃん、陽菜は?電話に出ないんだけど…」

「学校で委員会」

「……そう。あなた、学校だって」


 奥から「分かった」って陽菜パパの声がした。

 日常が崩れ去った事を報せる声だ。


「テレビでなんか言ってたの?」

「……ニュース見た?」


 見てない。けどきっと、ろくな事言ってないんだろうな。


「……蘭子ちゃん。今すぐこの家を出ないといけない。どこに行くのかは決めてないけど……とりあえず遠くへ。一緒に来る?」


 姿の見えない怪物から逃げなければならないと焦っているような陽菜ママの目にはパニックの色が浮かんでる。


「……お母さんは?」

「…まだ帰ってないわ」

「そう…じゃあ、待ってる」

「……分かったわ」


 奥からバタバタ出てきた陽菜パパが妻と私を交互に見た。ただ……奴が持ってたのはゴルフクラブだけだった。


「……蘭子ちゃん…一緒に来なさいっ」

「……お母さん待ってる」

「……そんなこと言ってる場合じゃないんだ!来るんだっ!!」

「いやっ!!」

「来るんだっ!!」

「いやぁぁぁぁぁぁあっ!!!!」




 叫んだら人が来たから、美堂夫妻は諦めて出て行った。多分、陽菜を攫いに行ったんだ。

 私は無人になっちゃったマンション内に入ってテレビをつけた。

 ニュース番組では何やら物々しい雰囲気が漂ってる。問題のニュースはすぐに分かった。



『NASAの発表によりますと問題の超巨大天体はこのままいけば日本列島に落下する可能性が非常に高いとの事で、東京駅では避難の為に押し寄せた人々でパニックになっています』



 日常が確実に崩れ始めている…

 ついにこの時が来たんだ…



 直径10キロメートルクラスの隕石は恐竜絶滅と同程度の破壊力らしい…

 果たしてどこかに逃げたところで、どうにかなるんだろうか……


 テレビを消して、曇天の空の下に再び出ていく。町はひっそりと静まり返って、どことなく不吉な雰囲気を漂わせてた。

 とりあえずこーちゃんを幼稚園まで迎えに行こう…


 地球滅亡まであと4日…

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