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85日目 帰りました

「おはよう、朝ごはん何?」

「桐屋さん……家に帰ってよ。お願いだから」


 3月26日日曜日の朝。桐屋蘭子は都内のボロアパートの一室で目覚める……

 カーテンを開ければそこからは白い日差しと青い空。

 そして私の目の前で苦言を呈するのは原結華。御嶽原の彼女。


 今朝は納豆ご飯だけだった。


「……こんなことは言いたくないんだけどさ、原さん。私はね、1日3食きっちり食べなきゃ気が済まないタイプなんだよね?朝昼晩、ご飯におかずに汁物と小鉢を最低ひとつ…これくらいできなきゃいいお嫁さんにはなれないかな」

「小姑みたいな事言ってないで帰ったら?」


 まぁ居候の身の上だし……我慢してやるか。


「ねーねー、原さんは納豆何回かき混ぜるタイプ?」

「50回。ほんとうに帰ってよ」

「分かってないなぁ……」


 今だに立場を弁えてない女に私は人差し指をメトロノームのようにチッチッと左右に振る。苛立ちを込めた眼差しを正面から受け止め、現実を突きつけるのだ。


「私が君達の居場所を君のお母さんにちょろっと話すだけで、君と御嶽原の束の間の夢物語は全て終わってしまうんだよ?」

「この…っ」

「私にペラペラ喋られるより、ここで私を監視しといた方がいいとは思わない?」

「…なんて奴」

「分かったら昼ごはんの買い出しに行きな。今日は南蛮漬けが食べたい気分だよ」

「いつまで居座る気?」

「私が家に帰る気になるまで」


 果たしてそれはいつなのか…まぁ3日くらいしたら帰ろうかなと考えてはいるんだけど。

 3日…それはこーちゃん成分を絶って理性を保てる限界ギリギリの日数だ。


「私だって不本意さ。地球が終わるまであと16日しかないってのにこんな場所で腐ってるなんてさ…でも、仕方ないじゃん?思春期の女の子からスマホを取り上げるなんて事したらそりゃ家出もされるさ。お母さん分かってないんだよね。私という娘がどれほど繊細なのか--」

「もういいから、黙って?」

「お前がいつまでも買い出しに行かねーからこうやってくっちゃべってるんじゃないの?私は南蛮漬けをご所望だよっ!!」

「……(怒)」


 全くこの家にはテレビもないのか…オキサンフーズがどうなったのか知りたいのに……

 仕方ない。あとで原さんからスマホを取り上げるか。


「そういえば御嶽原は?」

「仕事に出た」


 日曜日なのに…?

 飛び出かけた言葉をすぐに呑み込んだ。このボロボロの何も無いアパートを見れば、今の2人に余裕がない事は分かる。休んでる暇は無いんだ。

 …にしてもちょっと前まで教師だったんだろ。もっと金ねーのかよ御嶽原。


「…大変だね。あえて茨の道を行く意味が私には分からないけど…」

「愛よ。桐屋さんには多分一生分からないと思うけど…」


 なんだと?


「今は何も無いけど…でもいいの。義也が居るだけで私は満たされてる。この小さな部屋から私達の未来は始まるの」

「恋愛ドラマの見すぎ」

「…黙っててくれる?そんな可愛げのない感想しか出てこないから浮気されるんだよ」


 こいつ…(怒)


「…原さんだってもう色んなことの分別がつく歳でしょ?分かってるはずだよ?…このままじゃ何も進まないし、いつまでもこのままじゃいられないって事くらい…」


 生意気な物言いだったからつい棘のある言葉を吐いちゃった。

 原さんの返答は沈黙。


「……全てを捨てる覚悟があるの?」

「……私には義也が居ればいいの」

「…まぁ、原さんの人生だから…これ以上何も言うまい。でもね、人って変わるよ?君も、御嶽原も……」




 原さんは私の忠告をどう受け取ったのか…

 それは分からないまま、部屋の隅でやる事もなく寝っ転がって半日が経った。


 ベニヤ板みたいな玄関ドアが開けられて足音が玄関に踏み込んでくる。

 御嶽原が帰ってきたのかな?って思って起き上がってみたら……


「……蘭子(怒)」

「おっ…お母さんっ!?」


 般若の顔をした我が母、志乃の姿がそこにはあった。

 あとついでに御嶽原も。

 私は御嶽原と原さんを交互に見る。2人は無表情に冷たく私を見つめてるだけだった。


「謀ったな!?」

「蘭子っっ!!!!」


 ********************


 元担任のデータベースには問題児の保護者の連絡先がちゃんと記録されてたらしい。


 桐屋蘭子強制送還。



 半日ぶりに帰る美堂家マンション。そこでは半日ぶりのこーちゃんが待ってた。

「おかえり」って抱きついてくるその愛くるしい姿に私は自らの愚かさを自覚し、そして悔いた。


「おおよしよし。もう二度とお前をひとりにはしないよ」

「おねえちゃんっ」

「…いいから座りなさい」


 お母さんに引きずられながらリビングへ…そこでは陽菜が参考書を開いて勉強してた。何が楽しくてそんなことしてるのか知らんけど…


「陽菜ちゃんそこを退きなさい」

「……(汗)」


 勉強スペースを略奪された死んだ魚の目が桐屋一家を忌々しげに見つめながら退散する中、桐屋家家族会議が開催されようとしてた。


 とりあえずお母さんと向かい合う私。

 家族会議の出だし、お母さんのターンで召喚されたのは1台のスマホ…


「…裏側表示か」

「スマホは返すわ」


 スマホ1台でターンエンドらしいお母さんからそれを受け取ると、画面バキバキの私のスマホだった。


「お母さんも大人げなかったから…そこは謝るわ」

「それはいいんだけど画面割れてる」

「あんたのスマホ元から割れてたでしょ?」

「嘘だ。あんたやったね?」

「知らないわよ」

「新しいの買って」

「……あんたこのスマホ買ったその日に叩き割ってたじゃない。これくらいの方がロックでいいんだって…」


 これ以上ふざけると本当に怒りそうな雰囲気を感じたのでとりあえずスマホは仕舞う事にする。

 しかしスマホが返却され、母からの謝罪があり…これで終わるはずはなく…


「お母さん取り乱したけど……あんたにY〇utubeやめて欲しいって気持ちは変わらないから」


 頑なな母の姿にもう一悶着を感じる。


「……お母さん、私だって地球滅亡まで秒読みってタイミングで家族と喧嘩なんかしたくないんだよ」

「まだ言ってんのね」

「地球滅亡まで今日入れてあと16日しかないんだよ」

「数えてたのね…」

「でもさ。いや、だからさ…分かってよ。あとたった16日の人生…私、悔いなく生きたいんだ」

「バカ言ってんじゃないわよ」


 このままでは平行線…まずはお互いの気持ちを知らなければならない。そうでしょ?こーちゃん。

 ハ〇ピーターン齧りながらこーちゃんが頷く。


「私達もう子供じゃない」

「生意気言ってんじゃないわよ、蘭子。あんたはまだ子供」

「言い争いじゃなくて、話し合おう。何故私がY〇utubeやったらダメなのか…教えて」


 ふーっと、太い息が母の口から漏れる。


「前にも言ったわよね?私は蘭子に普通の人生を歩んで欲しいの」

「私クラスになるとちょいと有名人になるくらいが普通なんだよね」

「真面目に聞きなさい…お母さんはただ、あんたのことが心配なの。その一心なの」

「そういう偽善の押し付け、やめて。子供に自分の思い通りの人生歩ませたいだけでしょ?」

「そんなふうにお母さんが考えてると本気で思ってるの?」

「うん」

「……じゃあね、蘭子。本音を言うわ」


 本音じゃなかったらしいお母さんが私をじっっと見つめて今、秘めたる娘への想いを語るっ!


「あんたがY〇utuberなんてなったら絶っっ対ロクな事にならないからよ」


 これが本音らしい。

 見事なまでの信頼の無さだ。私はただがく然とし、ハ〇ピーターンを齧る他なかった。

 私の目が吊り上がる。


「絶対なんて言いきれないじゃん」

「ご覧なさい」


 いいながら母が手にしたのはテレビのリモコン。スイッチを押すと同時に背後から聞き慣れたBGMと声が聞こえてくる。

 いつの間にか新しいテレビがっ!?


『世間を騒がせてるオキサンフーズの食材偽装事件ですが、第三者委員会がうんたらかんたら--』


 登別温泉の湯より肌に馴染むお昼の情報番組では相変わらず、私の中では終わったネタであるオキサンフーズ叩きが盛んらしい。

 お母さんの顔は険しい。


「これ…元はと言えばあんたなんでしょ?」

「なにが?」

「事の発端よ」

「蘭子ちゃん知らない」

「動画見たわよ?」

「私は私のクリエイティビティを爆発させただけだし」

「ろくな事になってないじゃないっ」

「お母さんよく見て!?そもそも悪いのあの人達だから!悪いことしてる人に悪いことしてますって言うの、悪い!?」

「…良い悪いの話じゃないの、蘭子…」


 私の手に手を重ねて、100万個とも言われる雑菌を擦り付けてくるお母さんがまるでこーちゃん…いや幼稚園児に言い聞かせるように言うのだ。


「…あんたは普通に出来ないでしょ?あんたは何をするにしても、やらかすし他人に迷惑をかけるし物を壊すし借金を増やすじゃない。そんなあなたが世間に顔を出すような仕事をしてご覧なさい?」

「何が言いたいわけ?(怒)」

「ネットの誹謗中傷って怖いって聞くわよ?」

「お母さんは私をバカにしてるの?」

「私だってあんたに好きなことさせてあげたい…でも、私はあんたの心が壊れるのが心配なのよ」

「私がネットで叩かれて精神病んでお母さんを刺すって…そういう事心配してんだ」

「刺されるの?なんで?私が?」

「お母さん…私がそんなやわな人間に見える?あなたの娘は、そんな心配が必要な程弱い人間だとでも?」

「…蘭子」

「私の目を見て、そう思うか言ってみて?」

「……思……わないかもしれない……確かに…あなたにそんな繊細な神経が通ってるとは…」


 それはそれでムカつく言い方だな。


「でもね?どうあれあなたは他人に迷惑をかけるでしょ?だからY〇utubeはダメ」

「決めつけないでくれる?」

「思えば今年はおかしいわ。いつにも増して…のっけから地球が終わるとか言い出して裏山で爆竹したり家吹き飛ばしたり…」

「それくらいは普通じゃね?」

「だからあんたは普通じゃないのよ」


 まぁつまり我が母は私がネットで叩かれるのと、他人様に迷惑かけるんじゃないのかってのを不安視してるんだ。


「私、迷惑系にはならないし鋼のメンタルだしどーせ地球もあと16日で終わるからやらせて」

「……その前に次はあんたの番よ?蘭子。どーして急にY〇utubeなの?」


 母の本音…その次に語るはこの桐屋蘭子の本音か。

 前髪のヘアピン(クソダサヘアピンと呼ばれている)の位置を正しながらキリッとした顔を作る。こういう時、人は真剣にならなきゃならないから。


「話すよ…お母さん」

「前は借金返済の為とか言ってたけど…」

「だから話すって言ってんじゃん黙ってくれる?オババ」

「もう1回言ってみなさい?(怒)」


 ご清聴ができない母へ「びーくわいえっと」と忠告を飛ばしつつ……


「……友達がさ、私とY〇utubeやりたいって言ってくれたんだよ」


 真剣に語る。

 母はびーくわいえっとだった。


「まぁその子とも色々あったんだけどさ…色々あって…傷つけた事もあったから…」

「……毎日のように連絡してくる、カンパルノ妹って子ね?」


 そういう今も私のスマホにはカンパルノ妹からのメッセージが怒涛の勢いで流れ込んできてた。半日無視したせいだろう。その内容は「どうかしたのかい!?」とか「返事をくれ」とか「マイプリンセスっ!!」とか…

 はっきり言ってストーカーの域である。


 お母さんはそれだけで色々な事を察してくれたみたい。無駄に小じわを刻んではいないって事か。

 厳しい顔つきが一変、分かったわと穏やかに頷いた。


 お母さんがこんなに物分りがいいなんて……


「え?じゃあ……いいの?」

「……」

「私の人生最後の娯楽……いや、願いを受け入れてくれるんだね?」

「……いいえ」

「ありが……いいえ!?」


 この流れで!?


「蘭子、明日そのカンパルノ妹さんにここに来てもらいなさい」

「…………え?(汗)」

「お母さんが話すわ」

「話すって……なにを?」

「……あんたがどれだけ、世間に迷惑をかけかける危険人物かって事よ」

「実の娘にかけていい言葉じゃねーよ」


 桐屋志乃。

 いつもは優しくて、穏やかで、大抵の事は許してくれる、私達子供達を見守ってくれる良き母親……

 が、Y〇utubeだけはどーしても許せないらしい。


 地球滅亡まであと15日…

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