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84日目 もう帰らないからっ!!

 3月25日、土曜日。

 前日に夜更かしして休日起きたら昼過ぎで一日無駄にしたなって日…あるよね?


 今日がそれです。


 昨日スマホを取り上げられた桐屋蘭子、陽菜のスマホを略奪しようとしたらトラップ仕掛けられてて、なんだかんだあって左小指の爪をむしり取られた。

 諦めて本棚の中の小説でも読もうかなって読み始めたんだけど…気づいたら深夜3時。流石に寝るかって目を閉じたら現在時刻は14時半。

『アルジャーノンに花束を』…面白い……


 地球滅亡まで20日を切った今日…この1日がどれだけ希少なのかは言うまでもない。

 人生を浪費した感に打ちひしがれながら、今日をどう過ごすのか…


 ベッドの上でシーツと同化しながら考えを巡らせていたら、お母さんがやって来た。


「蘭子」

「…桐屋志乃……ふんっ。我が家の経済状況改善の為土曜日出勤でもしてんのかと思ったら…呑気なものだね?今何時だと思ってんのっ!!」

「土曜日だから今日は昼で仕事が終わったのよ。働き方改革で丸一日働けないのよ。あんたこそ今何時だと思ってんの」


 桐屋蘭子の反抗期到来。


「…スマホ返して」

「あんたも来月から高校生なんだから、自覚持ちなさい?規則正しい生活習慣を--」

「今どきスマホ持ってない高校生なんて恥ずかしく外歩けないねっ!!知ってる?最近は睡眠の管理も日々の運動量もぜーんぶスマホで管理できるんだよ!?スマホがあれば、お母さん好みの規則正しい健康的な毎日を送れる!あーーっ!!スマホがあったらなーーっ!!」

「…スマホのロック、解除しなさい」


 何を言い出すんだこいつは…


「なんでさ」

「昨日からあんたのスマホにカンパルノ妹とかいうお友達から死ぬほどメッセージが来てるわ…Y〇utube仲間でしょ?連絡を取りたいから、スマホのロック解除して」

「なんでお母さんが連絡取るのさ」

「一緒にやってるなら、あなたが辞めること教えてあげなきゃでしょ?」

「お母さんいつからそんな毒親化したの!?」

「…蘭子、前にも言ったわよね?お母さんあなたがどんな道を選ぼうが応援する。でもY〇utuberだけはダメ」

「そういう事言う奴に限って何やっても文句言うんだっ!!」

「あんたの出した動画のせいで世間は大変なことになってるでしょ!?お母さんはああいうのにあんたを巻き込ませたくないのっ!!心配して言ってるのよ!?」

「やだやだやだ!!あっかんべーっ!!」

「蘭子っ!!いい加減にしないと晩御飯抜きよ!?」

「てけれっつのパー!!」



 …桐屋蘭子の反抗期はそれはもう凄まじく、烈火のごとく怒り狂う我が母相手に一歩も退かず、熾烈な戦いを繰り広げた…


 そして。


「このわからず屋っ!!こんな家出てってやる!!」

「勝手になさい!このあんぽんたんっ!!お母さん知らないからねっ!!」

「あっかんべーーっ!!」


 桐屋蘭子、家出。

 圧倒的現代っ子のくせに、スマホを持たずに家出!


「陽菜のママ!私もう帰らないからっ!!」

「……うちとしてはそれでも構わないけど…」

「こーちゃん、手紙書くよ。週6で会いに来るから」

「おねえちゃん…」

「さよならっ!!」

「……蘭子」

「止めるな!陽菜!!こんな家にはもう居れない!!」

「……こんな家で悪かったわね…『アルジャーノンに花束を』は置いてって?」

「さよならっ!!」

「……蘭子っ」


 *********************


 ……で?


 行く宛もなく、連絡する手段もなく…

 財布もなければスマホもない。手の中にあるのは『アルジャーノンに花束を』のみ…


 とりあえずあんな啖呵を切った以上今日は帰れないね……明後日くらいじゃないと……


 途方に暮れつつとりあえず今日の宿を探さなきゃならないと頭を働かせる。連絡は取れないから、突然行っても私を迎え入れる余裕のある人の所…


 ……雅の家は無理だ。


 おかんの家も厳しいか…おかんのおかんは厳しい人だからな…


 幸いまだもう少しは日は高い場所に居てくれるだろう……

 宛もなく歩きながら私はとりあえず、向かう先を探すように春の町を彷徨った……


 *********************


 考えた末に私はヒッチハイクを敢行した。目的地は決めてある。

 東京の地やって来た私はお堅そうな建物の敷居を跨いだ。


 そして……





「ふたぐんっ!!」


 やって参りました、白浜玲美の病室へ…


 混沌の母、白浜玲美--

 混沌を愛する邪神ナイアルおじさんから混沌の力を授けられた、ただそこに居るだけで混沌を撒き散らすという、生きる災害。

 しかも自分も混沌を喰らうという制御のできなさっぷりだ。


 この前伝説の死病に感染して感染症センターに隔離された白浜だったが、誰もがその生還は絶望的…と安堵の吐息を漏らした。

 が、奴は生きていた。

 無事に峠を超えてしまったらしい白浜は今、感染症センターからこの一般の病院に転院してた。


 病室--

 これはベッドがあって空調があって三食出てくる完全なる居住空間……

 つまり家出人の聖地。

 つまりここに住む。

 以上。


「桐屋さん……やっと来てくれたんですね」


 久しぶりに会う白浜の顔は少しやつれたみたいだ。前に頭に鉄パイプぶっ刺さった時、手術の為に丸刈りにされた頭には白く発光する美しい髪の毛がもう生えてる。まだボブヘアくらいの長さだけど、驚異的な成長速度だ。

『Agの鍵』である私も怪我の治りが異常に早かったけど、やはりそういう事か……


「おいボブ」

「白浜です」

「私家出したんだよね。今日からここに泊めて?あ、お前は床な?」

「そんな…悲しい事を言わないでください桐屋さん。私は桐屋家の家族にもなるというのに…早速あなたが家出だなんて」

「寝ぼけてんのか?」

「私がこんなことになって中断してしまってましたが…こーちゃんさんとの婚姻の話、続きをしたいのですが…」


 やはりこいつは殺さなければならない……


「白浜ァ……」

「ふたぐん」

「私は地球の終わりを目前にして…友達とか、家族とか……そーいうのの大切さを認識したよ。私もさ、近くに居る友達の事くらいは大切にしようと思うようになった…まぁ不器用だから、上手くいかないんだけどね」

「素晴らしい心がけです」

「でもてめーは別だ」


 地球滅亡はこいつの混沌のせい。こいつが死ねば地球滅亡は回避される。

 そんな予測に今一度賭けてみてもいいだろう…


 窓際の花瓶を掴んで白浜に襲いかかる!


「やっぱり死ねぇ白浜ァ!!!!」

「にゃる!?しゅたんっ!!」




 その時だった--


 またしても襲い来る白浜の混沌……

 窓ガラスをぶち割った今日の混沌さんは空から飛来してきた謎の塊でした。


「なにッ!?」


 いつも油断する私の驚愕を嘲笑うように襲い来る黒い塊は手の花瓶を破砕。飛び散った破片は私と白浜を切り刻んでた。


「あぎゃぅ!!」

「ふたぐんっ!?」


 しかしそんな事では終わらない。

 飛来物は勢いを衰えさせず、そのまま一直線に白浜へ……

 ガラスを叩き割る硬度を持ったソレは白浜の頭部へと容赦なく直撃したのだった。


 嗚呼可哀想な白浜……お前はいつも自分の混沌に巻き込まれるんだね……


「ぎゃああああっ!!!!」


 頭が弾けた白浜から鮮血が舞う!白浜に直撃しても尚減速しなかった謎の物体は病室のドアをひしゃげさせてようやく停止した。


 事態は深刻だった。


「か……か……あ…」

「誰がかかあだ」


 私はお前の母親かかあじゃない、とツッコんでる場合じゃないらしい。頭が完全に割れた白浜はベッドシーツを朱に染めながらビクビクと痙攣。彼岸を渡りかけている……


 ここで私は選択を迫られた。


 すぐにナースコール。

 このまま死なせてやる。


 こーちゃんへの執着、地球滅亡回避の可能性。メリットとデメリットを天秤にかけた時、天秤は白浜の死へとあっさり傾いた。


「……ごめん、やっぱ帰るわ」


 病室から立ち去る事を決めた私が出ていこうとしたら慌てた様子で医者と看護師が飛び込んできた。

 ……ちっ!


「これは一体なにが……っ!?これはなんだっ!?この黒い塊…って臭ぁ!?」


 *********************


「……最善は尽くしました。ですが頭部への損傷が激しく…」

「もうダメなんですね」

「いや、意識が戻りませんが、一命は取り留めました。意識が戻る可能性もゼロではありません」

「やっぱりもうダメなんですね?」

「諦めないでください」

「葬儀屋を手配します」

「話を聞いてください」


 医者曰く、白浜は頭を叩き割られて重症らしいけど、幸い…いや、悲しかな命は繋いだらしい。


 そして仕事の早い医者は混沌の原因について説明してくれた。


「白浜さんの頭に直撃した物体ですが…恐らく旅客機から零れ出した排泄物が空で凍りついて固まったものです。それが運悪く直撃したんです」

「つまり……ウ〇コ?」

「つまりそういうことです」

「そんな事有り得るんですか?」

「極めて珍しいですが、世界でも数例、発生してます」


 白浜は今度はウ〇コに殺されかけたらしい。

 まぁ今回の混沌の被害は白浜1人と、花瓶の破片で私の顔面が疵面スカーフェイスになっただけだし…マシな方と考えていいだろう。


「まもなく白浜さんのご両親も到着されますね…あなたはどうしますか?」

「先生、お願いがあるんです」

「なんですか?」

「この病院に泊めてください」

「は?」







 ダメだって……


 このまま白浜が死ねば地球滅亡は回避されるかもしれない…そんなことを考えながら日の落ちた街を歩く。

 東京の街は煌びやかで、土曜日の夜、都会人達は休日の時間を全力で楽しんでる。

 そんな中スマホもなく金もなく行く宛てもなく彷徨い歩く私……


 ……嗚呼、何してるんだろ…私。


 気づけばもう晩御飯の時間だった……お腹が空いて力が出ない……

 東京の夜の街の片隅で私は崩れ落ちるように横になっていた…

 気分は火垂るの墓の清太。


「ねぇあの子……」「大丈夫?怪我してるわよ?」「関わんなよ…」


 無情な人々の無関心が目の前を通り過ぎて行く。細い目でそれを見送りながら、心の中で詫びていた…


 ごめんこーちゃん……お姉ちゃんはここまでのようです……


 半日にも及ぶ絶食はもはや私の体から体温を奪い、その命のロウソクの火までも吹き消そうとしていたのだ。



「……き、桐屋…?」


 その時だった。

 だれかが私の名前を呼んだ。

 死神だろうか……

 いよいよお迎えが来たのかな…?なんて、そう思いながら落ちていた瞼を持ち上げた先には……


「桐屋お前……こんな所で何してる!?」


 救いの神…………


「……み、御嶽原…」


 じゃなくて舎弟が居ました。


 *********************


 こーとーくのきばって所にこじんまりとしたアパートが建ってた。

 私はその部屋のど真ん中で、ぶり大根を喉へ流し込んでいた。


「うめぇ……うめぇよ…………半日ぶりの飯…うめぇよぉ……(涙)」


 ここは御嶽原の部屋らしい。なんか、引っ越したばっかりなんだって。

 ただ、この部屋に住んでるのは御嶽原だけじゃない。


「これお前が作ったの?原さん」

「……どういうことよ義也!!」


 原結華--御嶽原の恋人。そして私の中学時代の同級生。

 ちなみに御嶽原は中学時代の担任。

 つまりそういうことです。


 生徒と教師、禁断の恋は新たなステージに進んでいたらしい。桐屋蘭子、衝撃。


「仕方ないだろ?元生徒が道端で倒れてたんだからさ…ほっとけないだろ?」

「だからって家に連れてくるなんて…!」

「怒るなよ。結華、俺にも晩飯くれ」

「こいつが全部食べたからもうないよ!!」

「……え?」


 いやー満腹だ。


「半日ぶりに飯食ったわ…危うく死ぬとこだった。流石私の舎弟。ごちそうさん。デザートはプリンでいいや」

「食ったなら帰ってくれ」

「おいおい御嶽原、随分な言い草じゃない。行く宛てもないこんな少女を東京の夜に放り出して、何かあったらどーするつもりなわけ?」

「家に帰れ」

「今家出してるんだ」


 カミングアウトを受けたこのバカップルは最悪だみたいな顔で同時に天井を仰いだ。

 しかし最悪なのはこっちである。


 シミだらけの壁、ササクレ立った畳、薄暗い蛍光灯。

 まるで上京してきた貧乏カップルの出発地点じゃないか…


「……ここで2人は暮らしてるの?」

「そうよ悪い?早く帰って」


 攻撃的チワワみたいな顔した原さんは肯定しつつ皿を下げ始めた。御嶽原のぶり大根を平らげてしまったという話はどうやら事実らしい。


「おい御嶽原。原さんのご両親にはきちんと挨拶してるんだろうな?」

「……」

「……まじかよ」

「桐屋さんには関係ないでしょ!?」


 若さゆえかそれとも愛ゆえか…どうやらこいつらはかなり危なっかしい火遊びに夢中らしい。親の了承もなしに未成年と同棲なんて……下手をしたら、いやしなくても御嶽原、お前刑務所に入れられるぞ?


「……結華が卒業して、挨拶には行ったさ。流石に認めてもらうのは難しかったけどな」


 と、何をかっこつけてるのか知らんけど御嶽原、フッと笑いながら呟いた。認めてもらってないのなら、完全にアウトである。


「でも俺らは本気だから…いつかきっと認めてもらえる日が来ると思うんだ」

「……その来るか分からない日まで、このボロアパートで息を潜めて暮らすって?」

「耐えてみせるさ……俺達の未来の為なら…」

「義也…」


 夏を先取りしたようなアツアツ具合だった。

 しかし御嶽原、こんな真似をして教師を続けられると?

 なんて疑問は次の瞬間解消されてた。


「俺の覚悟は本物なんだよ、桐屋。仕事も辞めた」


 こいつは完全に人生コースアウトしたらしい。どうして待てなかったのか。せめて原さんが成人するまで…

 元教え子が卒業したと同時に親に挨拶に行って同棲なんて…原さんの両親からしたら事案以外のなにものでもないだろうなぁ……


 …………


 ……ま、私には関係ない。

 どうせ地球もあと少しで終わる。それまでアツアツに楽しめばよかろうなのだ。


「御嶽原、お前らはもうすぐ死ぬからその前に2人で海にでも行くんだ」

「縁起でもないこと言わないで!あと早く帰って!」

「海はまだ早いんじゃないか?」

「……それと、今日ここに泊めて?」

「「は?」」


 地球と共に彼らの愛も吹き飛ぶまであと16日…

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