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63日目 べ、別にお金なんか欲しくねーしっ

「お母さん、紋付き袴出して」

「なんであんたがそんなもん着るのよ」

「会って欲しい人がいるって言われちゃってさ…」

「あんたまさか……っ!!」

「…うん///」

「ひなねぇちゃんっ!!おねえちゃんがはらませたーーっ!!」



 3月4日土曜日。桐屋蘭子、正装の後、出立。

 え?この前全治2週間の怪我しなかったかって?気のせいじゃない?


「蘭子待ちなさい」

「なにさ、お母さん。今までお世話になりました」


 私の紋付き袴に無粋な機械が取り付けられた。


「ウェアラブルカメラよ」

「またそんなハイカラな…なんの真似?」

「あんたが出先で暴れないかリアルタイムで監視する為に付けさせてもらうわ」

「…お母さん、暇なの?」

「あんたを物理的に閉じ込めるのは不可能だとこの前ので分かったから、行動を24時間監視するのよ」

「……ふーん…」

「くれぐれも悪さするんじゃないわよ?」

「はーい。いってきます」


 カメラはマンション出て3分で野良猫にあげた。


「これあげる。強く生きろよ?」

「ニャ?」



 ……さて。

 時は遡る事昨日の深夜。

 白亜の大豪邸(シェアハウス)に乙女の悲鳴が鳴り響く。その室内は阿鼻叫喚の地獄絵図。

 日本ではまず見ないであろう巨大G1000匹により埋め尽くされていたのだから。


 部屋の主、カンパルノ姉は助けを懇願する。

 私が出した条件はたった一つ。


「……それはY〇utubeチャンネルのオーナーになる事」

「なんて事してくれたんだいマイプリンセス!姉さんは…虫が何よりも嫌いなんだよ!?」


 激昂するのはカンパルノ妹。電車の中だってのに私に掴みかかってくんだから、野蛮ったらありゃしない。

 私は乱れた羽織のシワを伸ばしつつ鋭い眼光を投げつけた。


「誰の為にここまで骨を折ってるのか分かってるの?全部お前の夢を叶えてやる為じゃない」

「そんな……僕“達”の夢じゃないか」

「黙れ。お前はひとりじゃ夢も追えない臆病者だ。そんなお前がなにをいっぱしに、何者かに成りたいだと?」

「うぅ……」

「恥を知れ」

「そんなに言わなくてもいいじゃないかマイプリンセス…」

「タダでは付き合わない、それが私の答えだ」


 ……本当はちょっとだけY〇utubeやってみたかっただけなの…


「ただね、カンパルノ妹」


 私は車窓の向こうの景色を眺めながら告げる。


「ただ何者かに成りたいってだけの、功名心だけの奴は結局、何者にも成れないんだぞ」

「……どういうこと?」

「…別に、お前を見てたらアイツのことを思い出しただけ」

「アイツ……?誰だい?」


 …………知らん。

 私は存在しない、設定もない「アイツ」に想いを馳せながら…


「ただ何かにひたむきに向き合って、それだけの為に前に進んだ奴こそが…何者かに成れる」


 なんかそれっぽいこと言ってみた。


 ********************


「カンパルノのマネージャーの神林かんばやしよ。あなたが桐屋蘭子さんね?」


 カンパルノ姉の神殿で待ち構えていたのはマネージャーを名乗る女、神林。つまり私が紋付き袴で会いに来た人…

 とりあえず唾吐いといた。


「言っときますけどね神林さん!うちのカンパルノは渡さないんだからっ!!」

「うちのカンパルノよ」

「いーえうちのです!!」

「うちのよ?」

「違いますー。うちのですー」


 15年間研究し続けた最も人をイライラさせる顔を披露しつつ、昨日ばらまいたゴキの死骸を投げつけてやった。


「よすんだマイプリンセス!この神林さんは姉さんの商売敵を今まで8人土の下に埋めてきた人だぞ!!」


 気が付けば神林の目が爛々と輝いてた。殺意に。

 私は投げつけたゴキをそっと自分の方へ…


 で?なんでカンパルノ姉のマネージャーと会わなきゃならないわけ?


「話はカンパルノから聞いてます」

「なら私と話すことはない」


 帰ろうとする私は竜巻のような殺意の眼光に縫い止められ正座。


「うちのカンパルノをゴキブリで脅したそうね?」


 あっ、そっちの話ですか?


「嫌だなカンパルノさん。あれはただのジョーク。ジョークじゃないですか(汗)」


 場を和ませようとヘラヘラ笑う私が15年間研究し続けた、最も人を和ませる笑顔を前に、無言でゴキの死骸を摘み上げる神林の目は冷たい。ゴキに触れながらその表情は眉ひとつ動かない鉄仮面。


「カンパルノからはY〇utubeチャンネル作ってくれって頼まれたと聞いてます」


 本題だ。


「カンパルノ、チャンネルオーナーになるだけなら事務所としては特に問題はないわよ」


 そして結論を告げる。

 自分のマネージャー相手とは思えないほどビクビクしてらっしゃるカンパルノ姉は「あ、はい」と一言。

 そしてそんなカンパルノ姉に対して「こんな話わざわざ私を呼び出してする事じゃないわよ。しっかりしなさい」とプレッシャーをかけてくる神林。

 カンパルノ姉がこんなにいつもオドオドしてるのはきっと神林の圧を常に受け続けているからに違いない。


「ただし桐屋さん」


 私の方に来た。私はカンパルノ妹の後ろに隠れる。


「カンパルノはうちのタレントです。動画に勝手に出演させないように。もし破ったら訴えた上で東京湾に沈むことになるわよ」


 ……っ!

 こいつ、素人だ…っ!死体を海になんて投棄したら腐敗した死体のガスで浮かび上がってきてすぐに見つかってしまう…っ!海に捨てるなら冷凍して細かく砕いて魚の餌にしなきゃなのに…ヒューマ〇バグ大学でやってたのに!


 途端に神林の得体の知れない圧力が小さくなっていくのが分かった。私は前に出る。


「妹さんのやるチャンネルを保護者として運営するなら、事務所としては何も言いません」

「おうおうおうっ!まるでカンパルノを自分の所有物みたいに言うじゃねーか。言っとくけどあたい、将来的にはカンパルノを引き抜くつもりだから。おたくみたいなちーっちゃい事務所、怖くねーからさ!てめーどこの事務所だよ!!」

「ヤッテ・ランネー・プロダクションです」

「知らねぇな」

「マイプリンセス!業界最大手なんだよ!!」

「黙ってなカンパルノ妹……あたいはね、舐められるのが一番--」


 なんか知らんけど突然首に山鎌が突きつけられてた……膀胱がヒュンッてなったのは内緒の話だ。


「この業界のタブーを教えてあげる。ひとつは他所のタレントを引き抜く事。ふたつは大手に逆らう事。3つめは舐められた相手を許す事……よ」

「……(ガタガタガタガタ)」

「素人だろうが誰だろうが今まで誰にも舐めさせたことはないわ。知りませんでしたは通用しない。あなたのような態度の輩は長生きできないってこと、覚えておきなさい?」

「カカカカカカカカンパルノ妹…この人、ほほほほほほんとうに芸能事務所の人なんですかかかかかかかか?(震)」


 私、一生舐めません。すみませんでした。


「ただし収益化するなら確定申告はあなたがやるのよ?これは事務所関係ないからね?事務所では面倒見ませんからね?」


 さっきの光り物はなんだったんだって感じの変わり身でカンパルノ姉によーく言い聞かせていらっしゃる神林さん。私は今すぐ逃げ出したい衝動を抑えながら正座して時を待った……


「じゃ、そういうことで」と神林もとい半分反社が部屋を出ていったのはそれから5分後。電光石火の出来事だったのだ。


 ********************


「うわぁぁいっ!!!!」


 カンパルノ妹、狂喜乱舞。私は隣で引いてた。


「チャンネル名はカンパルノ・クラブで」

「待てや。そんな名前にしたらお前…カンパルノ姉で金儲けしようとしてるって思われてあのおっかないマネージャーが殺しに来るぞ(震)」


 喉に突きつけられた冷たい感触がまだ残ってやがる。


 そうこうして震えてる間にカンパルノ姉は実に手際よく、そしてミスなくアカウントを作成し終え、Y〇utubeの画面上には私達のチャンネルが表示されていた。


 なんか……ちょっと感動。


「……おいカンパルノ姉、チャンネル名なんだこれ。「響チャンネル」って…ウイスキーみたいな名前付けてんじゃあないよ」

「か、仮だから……仮……」


 カンパルノ姉からアカウントのログインパスワード?ローリングパンパース?なんだか知らんけど大事なものだからって渡されたメモを財布に突っ込んで……


「今日からY〇utuberだっ!よしっ!!マイプリンセス!早速動画を撮りに行こうっ!!原宿で何人ナンパできるか検証しようっ!!」

「するか」


 もうこんな所に用はないと言わんばかりに部屋中のゴキの亡骸を踏み散らかして駆け出したカンパルノ妹を追おうとする私にカンパルノ姉から「あ、あの…」と宣戦布告。


 私はキムタクに憧れてるから、常備してるバタフライナイフを抜いた。


「ビクッ!?」

「どこからでも来るがいい……」


 開く時手切った。痛い。


「……(なんなのこの子)あの…響をどうか…よろしくお願いします…」


 自室にゴキブリぶちまけて、目の前にナイフを突きつけてくる女に妹を託す鬼畜…


 だから私言ってやったんだ。


「ごめん無理!」

「えっ!?」


 ********************


 今日はあっちゃこっちゃ忙しい。

 私達は忘ヶ崎にやって来てた。あの豪邸(シェアハウス)を見た後だとなんだかここの空気吸ってるのが恥ずかしくなってくる気がするけど…気のせいだろう。


 目的は盟友に今回の事を報告する為だ。他にある?

 盟友とは……



「……つーわけでだ、孫。チャンネルの運営はお前に任せるから」


 易者のババアの、孫。通称、孫。


 令和のノア桐屋蘭子、カンパルノ妹、易者のババアの孫。

 3人が揃ってようやく、長かったY〇utube(広告収入付)が始まるわけですよ。ええ。


 寂れた占いの館『万華鏡』にて。


「……ついにこの日が来たんですね」


 孫、感涙。泣いてる暇があるならお茶出せ。

 とりあえず私は仏壇(犬のもちもちの遺影付)に栗まんじゅう備えながら、今後について備えることにする。


「で、取り急ぎ決めなきゃいけないのがさ」

「チャンネル名で揉めてるんだ。僕は『カンパルノ・クラブ』がいいと思うんだけどマイプリンセスは『楽市楽座たのしたのすわ』がいいって言うんだよね…孫はどっちがいい?」

「『こけしインパレス』」

「ちげーよ馬鹿共。広告収入の配分だよ」


 こいつらときたらそんなつまらん事後でいいんだよ。とりあえず今の案全部却下だけど。私何の案も出してないのに私のネーミングセンスを勝手に貶めようとするんじゃない。


「……ああ、収益化出来そうなんですか?」

「うん。僕の姉さんがチャンネルオーナーになってくれたから」

「では、カンパルノ妹さんのお姉さんも動画に?」

「いや、姉さんは芸能人だから、勝手に出演できないんだよね。マイプリンセスがどーしても広告収入欲しいって言うからそれで仕方なく…僕ら未成年じゃない?だから僕らがアカウント作っても収益化できないんだって。よく分からないんだけどね」


 一番重要なとこなんだよ。


「……とりあえず交渉した私の取り分が8、あとはふたりで1ずつ持ってっていいよ」

「うん」「分かりました…」

「えっ!?物分り良!?」


 仰天する蘭子にバカふたりは笑う。


「僕はお金が欲しいわけじゃないからね…」

「私も……ふたりと動画に出れるのを楽しみにしてました……」


 なんか…………それって……私だけ卑しいみたいじゃん……

 なんか……癪に障るんですけど……


「で、動画の内容というか、ジャンル?なんだけど……やっぱり僕は女の子ナンパ系がいいと思うんだよね」

「………………るよ」

「え?」「なんですか?桐屋蘭子」

「……全部やるよ」


 なにを?みたいな顔で2人が私を見る。私は声を大にして宣誓。


「広告収入全部やるよっ!!!!」

「……」「……」


 なんかさ?2人してカッコつけてさ?ずるいじゃん?何がお金の為じゃないだのみんなと動画撮りたいだけだの…

 ぶりっ子ぶりやがって……そういう事なら私だって!!


「私だって金なんて要らねーし!?」

「いやいや…お金が欲しいから…今日までのくだりがあったんじゃないの?どうしたんだい?マイプリンセス」

「そのマイプリンセス呼びやめろ(怒)」

「桐屋蘭子、素直になっていいんですよ。広告収入は全てあなたのものです」


 なんだ孫!!その「しょうがない人ですね」みたいなナチュラルに見下した面はっ!!お前いくつ歳下だと思ってんだっっ!!


「いーや要らねーしっ!!蘭子金持ちだしっ!!舐めんなしっ!!は?ぶっ殺すぞっっ!!」

「……(汗)」「……(汗)」

「私だってお前らと夢追いかける為に始めたんだし!!なんだその目はァ!!!!」

「いや……(怒)」「しかし……(汗)」

「要らねぇっつってんだろ!?いいから持ってけよっ!!全部と言わずなんなら熨斗つけてくれてやるからよォォっ!!!!」

「……そ、うかい…」「ありがとうございます」

「持ってい来やがれってんだっ!!バァァロォォォォォッッ!!!!……その代わりチャンネル名は私が決めるから」

「「ずるいっ!!」」




 ……こうして、私達のY〇utubeドリームは始まった。

 結局チャンネル名も投稿する動画のジャンルも決まらぬまま…

 それは暗闇の中、大時化の海に繰り出すような船出だったけど……


 地球滅亡まであと37日…






「ちょっと蘭子!?あんた今日何してたのよ!?カメラで見てたら人様の家に上がり込むは野良猫と喧嘩してるわ…どういうわけ!?」

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