31日目 腐った魚の目のくせに
1月31日。火曜日。燃えるような1月最後の日である。早いもので今年が始まってもう1ヶ月が終わろうとしている…
地球滅亡まで…あと3ヶ月ということか…2月は28日までしかない。損した気分だ。
「おはよう桐屋さん、そろそろ退院出来る?」
「それ、患者に訊くのおかしくない?」
舎弟黛と担当医の診察を受ける。そこで衝撃の一言。
「なんか勢いで入院してるけど…片脚折っただけだからねぇ…そもそも入院、いる?」
「もっと言ってやってください!先生っ!!」
「贅沢に個室まで使ってさ…」
「そうよ!出ていって!!」
今それ言うんスか?
「今回の骨折に関しては君、右足の指だからね?」
「先生…足の指がなかったら人は立つことも歩くこともできないっ!」
「しかし君は驚異的な回復力でもう自力で立って、歩いて、この診察室まで来ている」
「…もしかして、病室で待ってたら先生来た?デリバリーティーチャー?」
「この場合の先生はティーチャーじゃなくてドクターでは?」
黛の出ていけコールが止まらない。先生は私を正面から睨みつけている。
「…単刀直入に尋ねるよ。君は入院してたいのかい?それとも退院したいのかい?」
「…ここはご飯も美味しくないし、看護師ウザイし「なんだって?(怒)」こーちゃん居ないし…小児病棟に入るなって言われるし…先生の口は臭いし居たくないんだけど…」
「……」
「まだ…トリコ読破してないから……」
「明日には退院してもらう」
蘭子、退院決定っ!!
「むぎーーっ!!」
「どうよ?悔しい?なんとか言ってごらんなさいっ!」
ベッドの上で簀巻きにされて身動きを封じられた私を黛が憎たらしい笑みを垂れ流しながら見下ろしてた。
どう考えても患者に対する虐待以外の何ものでもないけど、その意図は?
「また脚を折られたらたまったもんじゃないからこうして動けなくしておくのよ!ざまぁみなさい!!桐屋さん、今度こそ、アデュー♪」
「むぎぎぎぎっ!!殺すっ!!」
こんな狼藉…許されないっ!!訴えてやる!外に出たらこの事実を公表して黛を抹殺する!!許すまじ!!黛!!
「絶対許さないんだから!!このバカ!!アホ!!唐変木!!あっ!ちょっとトイレ行きたい…助けてっ!!黛?いや、黛さん!?そこに居るんでしょ!?ねぇっ!!ねぇってばっ!!おいこら!!助けてっ!!いやーーっ!!」
その時病室の扉がゆっくり開かれ猛烈な腐敗臭が襲いかかってきた。
簀巻きにされ放置された蘭子。腐敗臭を撒き散らす死んだ魚の目がそんな私に憐憫の籠った眼差しを向けていた。
そこに立ってたのは制服姿の我が友…美堂陽菜である。
「…………蘭子」
「陽菜!!たちゅげぇでぇっ!!!!」
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蘭子は竹槍を装備した。
「陽菜、今から黛を殺しに行く」
「…蘭子…入院生活で脳が溶けたのね…」
「ところで、今日は平日なんだけどこんな時間に何してるの?」
「……学校…」
「……」
まさか吹き飛んだ?
「サボっちゃった……」
光のない死んだ魚の目でそんな事言うもんだからとんでもない絶望感である。しかし蘭子は驚いていた。あの陽菜が学校をサボるなんて…公立受験を控えた大事なこの時期に……
「なんて事したの!!」
パチィンッ!!
「痛いっ!?」
「今があなたにとってどれだけ大事な時期なのか分かってるの!?」
「……その言葉そのまま返すよ、蘭子」
歩こう。
「陽菜、ちょっくら小児病棟にアキホって子が居るから会いに行ってもらっていい?昨日大変な手術だったんだ。無事成功したらしいんだけどお見舞いしたくて…」
「え?……自分で行かないお見舞いになんの意味が?」
「私訳あって小児病棟立ち入り禁止なんだ」
「……蘭子、御嶽原先生の事ロリコンって言えないよね」
私は小児愛者であってロリコンではない。ロリコンとはロリータコンプレックスの略。私は自分の性癖にコンプレックスを抱いた事はないのだから…
私は胸を張って生きる。
「……」
「あばばばばびっ!!」
「……蘭子」
「ふぉーー…え?なに?話しかけないで目が腐る」
「なんだか元気がないみたい」
……?
平常運転がプラダ着て歩いてるようなこのテンションで?いよいよ失明したのかな?と思いつつも私はスキップしながら(骨折で入院中)元気ですよアピールをして友を安心させてやる事にする。
やれやれ、手のかかる女だぜ。
「それは陽菜の白内障が進んでるだけよ」
「……ならいいんだけど。ところで、これどこに向かってるの?私は暖かい病室で知恵の輪やりに来たんだけど…外は寒い」
私達は屋外に出ていた。
今日も木枯らしが吹いている。昨日の曇天は散り、今日は快晴。風は冷たいけど陽だまりは暖かい。こんな日のどこが寒いって言うんだか…
「陽菜、子供は風の子現金な子でしょ?」
「ガタガタガタガタ」
「……引きこもりすぎて体温調節機能失った?」
虚弱ちゃんに構ってる暇はない。
私は敷地内の緑の植えられた一角へ。そこで腐った魚眼に見守られながら…
「ちっちっちっちっ、おーい」
「……」
「ちっちっちっちっ!ちっちっちっちっ!」
「……蘭子」
地面にべたーーっと体を貼りつけて茂みの中に頭を突っ込んでた。傍から見たらその光景は…思わず恍惚としてしまうくらいかっこよかったはず。
腐っていやらしい視線をケツに感じる。
「ちっちっちっちっ…ちょっとあんまり見ないで。ケツが腐る」
「蘭子…なにしてるの?」
「猫探してんの」
「……蘭子、猫よりタスマニアデビル派だって言ってたじゃない」
「ちょっと気分が変わったんだよ。私はこの病院で猫と友達になったの」
「友達が猫しか居ないだなんて……」
「居ないな…」
見つからない……
キャスパリーグはやはりどこかに行ってしまったのだろうか?
アキホちゃんになんて言えばいいのよ。あの子は2人も友達を失ってしまった…
…でも、猫は気まぐれともいう。
「蘭子寒いよ…中に戻ろう」
「別のところで丸まってるのかも…ちょっと陽菜も探してくれる?そこで目玉腐らせてないでさ。ねぇ、大丈夫?水晶体溶けて流れ出てるけど」
「これは涙なんですけど……」
「何泣いてんの?」
「あまりの寒さに……」
それから私達は病院中を探し回った。
陽菜に「二又の尻尾で喋る猫見つけたら捕まえて」って言ったら「その様子じゃ公立受験も絶望的か」って悲しまれたからぶっといた。
「ちっちっちっ!ちっちっちっ!」
「……にゃーん。にゃーん」
「ちっちっちっちっちっちっちっ!キャスパリーグゥっ。ちっちっちっちっ!」
「……にゃーん。ごろにゃーん」
「ちちちちちちちちちちっ!…( ᷄ᾥ ᷅ )チッ」
「……蘭子、それはガチ舌打ちじゃん」
「…あの看護師さん。なんか挙動不審な2人組があそこに…」
「近寄っちゃいけません」
…居なかった。
気づけば日が暮れていた。私の脳裏にはあの寂しげな小さな後ろ姿が焼き付いてる。
思わず零れるため息に陽菜のさっきの言葉が蘇る。
自分でも気づいていなかったけど私はキャスパリーグとの別れに寂しさを抱いてたんだ…
「……ぐすん」
「…?蘭子?」
私は膝を抱えて泣いた。
死期を悟りひとりぼっちの最後を選んだ妖と、友達を失ってしまったアキホちゃんを思って…
丸くなる私の背中を陽菜が撫でてくれる。
「……陽菜、いや…死んだ魚眼。よく気づいたね。私が今日一日、悶々とした気持ちを抱いていた事に……」
「今の暴言で私も悶々としてる…」
「ぐすん……」
「……蘭子、もう帰ろう」
「黙れ学校バックレた不良女」
「え……?情緒がすごいことになってる」
キャスパリーグは友達だった。
立ち直れない蘭子は陽菜の背中におぶられて病院に戻ってく。蘭子は歩き疲れたのだ。
でも悲しかな陽菜のフィジカルはハダカデバネズミの幼体にすら遠く及ばず3歩目で既に「はぁはぁ」と息が切れてた。
「え?蘭子太ったね?」
「は?ずっと入院してた蘭子ちゃんが余計な贅肉を付ける可能性って何%よ。あんたの乳と一緒にしないでくれる?」もみもみ
「やめて取れる」
「……お父さんはお母さんよりおっぱいの大きい女のところに行った。だから私、巨乳は許せない」
「それはおばさんがぺちゃぱいなのが悪いよね…」
「……確かに」
そういえば…
今日はわがままを聞いてくれる残念な目玉の髪の毛を暇つぶしに一本いっぽん確実にむしっていきながら私は尋ねてみた。
「そういえば……私立入試の結果発表された?」
「……はぁ…はぁ……さぁ……まだ…じゃない?私は……知らない……」
「知らないって他人事だな。気にならないのかね?自分がどんな惨めな結末を迎えたのか」
「落ちた前提…?はぁ……ぜぇ……いや…私も私立は受けなかった…」
……は?
「なんで?本格的にグレたの?」
「……蘭子の行かない学校に…行く気はないからね…」
夕焼けが照らす陽菜の後頭部が髪の毛を失いつつそんな事を言ったよ。
陽菜と私は私立も公立も志望校が同じなんだけど……
「……え?じゃあ…」
「一緒の高校…行こうね」
「……じゃあ私が入院してすぐにお見舞い来なかった理由は?」
「え……?いや…面倒臭くて……」
「……え?台無しじゃん、その一言で」
美堂陽菜……
目玉が壊死した私の友達……
いつも私の隣にいる……私の親友。
今日、少しだけ沈んでいた心がそんな一言だけで少しだけ救われた……気がする。
「陽……死んだ魚の目」
「普通に名前呼べない?あと、これ以上髪の毛むしったらもうおんぶやめる」
「………………私は別に陽菜と同じ高校じゃなくてもいいんだけどな…」
「はぁ……はぁ…は?死ねよ」
ありがとう。
…………でもこの先の人生ずっと依存みたいにべったりされるのは、自立した女こと蘭子的にはちょっと……
「え?じゃあおかんは?」
「圭は普通に受けたよ」
「クソ裏切り者!!」
私達の友情を感じさせてくれた志望校が消滅するまであと69日……




