29日目 いいえ。私は変態じゃありません
1月29日。日曜日。言わずと知れた戦士達の休息の日。
今日も晴れ渡る空は地球滅亡まであと72日とは思わせない平和さなんだけど……
「桐屋さん、退院ですね。私は嬉しい…二度とその顔を拝まなくて済む事を願ってます…ヨヨヨ……」
「えっと……ここは丸だったかな…?」
桐屋蘭子には仕事がある。
その仕事に精を出す私を邪魔しにやってきた黛が悲鳴をあげた。
「きゃああああっ!!」
「ちょうど良かった。ヨーグルトソース買ってきてもらっていい?」
「何してるんですか!?」
「何って……魔法陣描いてるの」
ベッドのシーツに。
「どうして……っ!どうしてあなたは大人しく出来ないんですか!?信じられないっ!!しかも……油性ペンでっ!!」
「ヨーグルトソースが必要なんだよ」
「なにに!?」
「サバト」
「サバト!?」
そう、これは易者のババア直伝、時空のおじさんを呼び出す為の儀式の準備です。
あらゆる時空を見通せる時空のおじさんの力を借りて人探ししようって事。これ、蘭子流人助け。
なので黛も人助けして?
「もう退院ですよっ!!早く出てって!!出てってよぉ!!」
「いや…ごめん。ちょっと忙しいの。今から一眠りしないといけないから…もうちょっと待って?」
「それのどこが忙しいの!?」
「夢を見ないといけないの私は。お願いヨーグルトソース買ってきて」
「意味わかんない……夢なら退院してから素晴らしい外の世界で見て!出てって!!」
このわからず屋…
「この病院の患者の為に頑張ってやろうってのにお前は…だからお前はいつまで経っても黛なんだよ黛」
「黛の何が悪いっ!!」
もういいや…ちょうど眠たいし…ヨーグルトソースが必要なんだけどこの際無視しよう。黛買ってきてくれないし。
降魔の儀式、開始。
「うんばばふんばば!うぃ!うぃ!」
「……(汗)」
「うんばばふんばば!うぃ!うぃ!」
「……(ドン引き)」
「うぃ!うぃ!」
「桐屋さん……とうとうイカれたの…?」
「うぃ!うぃ!」
「やめて!」
「うんばばふんばば!」
「やめてぇ!!早く出て行って!!」
「うぃ!うぃ!」
「出て行ってって言ってるでしょ!?」
「うるさいな!患者に対してなんて言い草だいっ!それでも看護師かっ!」
「冗談じゃないっ!あなたはもう患者じゃないの!!」
「関ジャニエイト?」
「黙れ!退院して!今すぐっ!!」
「だから寝なきゃ……」
「家でも寝れるでしょ!?もうお迎え来てるから!!もうたくさんっ!!このイカれ女っ!!」
「くっ!この……嫌だっ!!蘭子は小学生女児の頬っぺをハムハムするんだいっ!!」
「黙れコノヤロウっ!!」
「やーめーろっ!!」
「出ーてーいーけ!!」
「このっ!……患者だったら居ていいわけ!?あーそうですかっ!!分かりましたよ!!蘭子怒ったから!!おこだから!!」
ベッドから飛び降りる私。「何をするつもりなの!?」ってびっくりドッキリしてる黛の目の前で私はジャンプ。
そのまま裸足のつま先で病室の壁に全体重を乗せた蹴りをお見舞いしてやった。
ボキッ!!
やった。
「うぎゃああああああっ!!」
「あぁっ!?」
「骨がっ!!骨が折れたぁぁぁっ!!」
「どうしてよぉぉぉぉぉぉっ!!」
*******************
「どうして退院日にまた骨折するのあなたは…」
「おねえちゃん。おだいじに」
「…ごめんこーちゃん。でも信じて?浮気したわけじゃないから…幼子は皆等しく天使なの」
「お母様…残念ですが娘さんは頭が壊れてらっしゃいます(泣)」
迎えに来た親愛なる家族と別れを告げ桐屋蘭子、入院続行!
サバトも行なったことだし、私は早速時空のおじさんの力を借りるべく自室より住み慣れた病室のベッドにダイブ!
「…黛、この魔法陣描いたシーツ替えて?」
「てめぇでやれよっ!!」
……黛が怒ってる。
仕方ないので……就寝!
…………ここは?
目を開けた先に広がっていた光景。それは正しく桃源郷と呼ぶに相応しい光景。
黄色い空にピンクの雲がふわふわ浮いててそこら辺に棒付きキャンディが生えてる摩訶不思議な世界をこーちゃんが駆け回ってた。
「おねぇちゃん」「おねぇちゃん」「おねぇちゃん」「あねき!」
しかも沢山…
「……こ、ここはまさか……」
天……国……?
間違いない。なんか羽の生えた陽菜…間違えた死んだ魚の目も空を飛んでる。空飛ぶ人が居るなんて天国以外にあるか?否。
「おねぇちゃん」「おねぇちゃん」「おねぇちゃん」「あねき!」
これ…いいんですか?イッちゃって……いいんですか?
尋ねるように上を向けば死んだ魚の目が「うん」って頷いてた。頷いてたので蘭子、イかせて頂きます。
「きゃわわわわわわわわわぁぁぁぁあああああああああーーーーぴぃぎょぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!こーちゃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」
桐屋蘭子、瞬間脱衣からの蘭子ダイブ。ぷにぷにの天使達の花園へ……
「うへっ……へへっ……えへへへ……うへへへへへへへっ…へへ…………はっ!?」
桃源郷は霞と消え…目が覚めたらそこは見慣れた病室の簡素な天井。
時刻は15時。
「…………」
天国から現実に引き戻された私はしばし呆然としつつ枕をふにふにしながら考えた。
「……夢…か」
時空のおじさんは現れなかった。どうやらヨーグルトソースがないのがダメだったらしい。
完璧な計画が頓挫し黛に復讐を誓う私。通算4度目の骨折を経た脚を引きずり小児病棟へ…
アキホちゃんの手術は明日。今日中にお友達を見つけ出して会わせてあげなければ…
どうやら自力で見つけるしか手がないようなので蘭子は情報収集にやって来た。
小児病棟にはたくさんのベイビーちゃん達が…
「これは…夢の光景……?正夢?はぁはぁはぁはぁはぁっ」
いいんですか?イかせて頂いても。
「わきゃきゃきゃきゃっ」
「きゃあっ!!」「うわーっ」「なに!?うちの子に近づかないでっ!!」
「……(ドン引き)」
天使と鬼ごっこしてたらアキホちゃんと遭遇した。隠すことも無く堂々と肩にキャスパリーグを乗せてる。そのキャスパリーグさんは昨夜のふてぶてしさなど忘れたと言わんばかりに愛くるしい猫を演じてる。けど、私は知ってる。お前の正体が褐色美女だと言うことを…
「お姉ちゃん…」
「ア、アキホちゃん。はぁはぁ…今日も可愛いねぇ♡あの…頬っぺ…触ってもいいかな?でゅふふっ」
ベシッ!
キャスパリーグに猫パンチされた。
さて、昨日は自分の足で歩いてたのに今日は車椅子でお労しやなアキホちゃんと小児病棟の廊下のベンチでお話。ちなみに蘭子も今朝脚折ったんで松葉杖です。
「今のを見て私、お姉ちゃんがあぶない人だって分かったわ」
「聞いたよ、アキホちゃん明日手術だって」
名探偵蘭子が自然な感じで核心に迫っていく。でも手術の話題が出た瞬間アキホちゃんの顔に雲が差した。
「……」
「…っうん。明日凄いお医者さんが手術して私の悪いところ治してくれるんだって!もう病院も飽きちゃったからさ……早く退院したいと思ってたからうれしい」
すぐに曇天を押しのけて覗かせるのは太陽みたいな笑顔だ。彼女の健気さに……
「はぁはぁはぁ」
「…(汗)」
私は興奮してた。
「……お、お姉ちゃん今日退院って言ってなかったっけ?」
「お姉ちゃん…ここに永住する事にしたの」
「……(汗)」
さて……
そろそろ真面目に仕事に取り掛からないとキャスパリーグから噛まれそうだから、私は探りを入れていく。
クソ役立たずな時空のおじさんがシカトこいてる今、唯一の手がかりはアキホちゃんなのだ。
「アキホちゃんはずっとここに入院してるんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあ友達も沢山なのかな?あの……良かったらお姉ちゃんにも紹介してほしいんだけど…出来れば頬っぺがぷっにぷにな子を……はぁはぁはぁ…」
「…………仮に居たとしてもお姉ちゃんには会わせないかな…」
「友達はこの子だけ」と膝の上のキャスパリーグを撫でながらアキホちゃんは言った。
キャスパリーグの言ってた通りぼっちなんだね。私は死んだ魚の目を思い出してた。
「私…人と喋るの苦手だからさ」
「こんなに可愛のに?」
「友達はキャロベティだけなんだ」
「でも頬っぺ柔らかそうだよ?はぁはぁ」
「……(汗)」
「でもさ…こんなに沢山同い歳のキャンディちゃん達が居るんだからお話する子くらいいるでしょ?お願い紹介して、何もしないから」
「だから…私は他の子みたいに元気じゃないから一緒に遊べないし…今はキャロベティだけなんだって…あとお姉ちゃん、息が荒いよ?きもちわるい」
今は……その一言を待ってた。
「今は?昔は居たのかな?」
そう尋ねる子供に決して危害を加えない聖母蘭子の問いかけにアキホちゃんは俯いてしまった。
手術への不安を押し殺してみせた強い女の子なのにその話をする時は少し寂しそうに見える。
そしてこんな話をしてくれるあたりアキホちゃんの私への好感度はかなり高め……
……太もも、触っても怒られないかな?
「……居たよ。昔は…もう退院しちゃったんだけど。突然居なくなっちゃったんだけど…よく病室に遊びに来て…」
「ほうほう」スリ…
「……(汗)いっつもひとりぼっちだった私と遊んでくれたの。でも…」
「うんうん」スリスリ…
「…………(震)でも突然居なくなっちゃって。お母さんに聞いたら元気になって退院したんだって…お別れの挨拶もなかったけど…」
「ふむふむ」スリスリ、ペタペタ…
「………………(泣)」
「その子、名前はなんて言うのかな?」
「…………………………ケンタロウ君」
「なに?男の子?許せんなぁ……」モニュモニュッ
「…………ケンタロウ君…あれから一度も会いに来てくれないけど…元気にしてるといいなって…(震)」
「そうだね。お母さんはケンタロウ君の事詳しいのかな?」ペロペロ
「ひっ!?……わ、分かんないけど…ケンタロウ君のお母さんとは仲良くお話してた…」
「そっかそっか……ねぇアキホちゃん?もしまたケンタロウ君に会えたら、嬉しい?」ジュルルルルルッ!!
「うっ……うれ……し…い……」
「……なるほど。アキホちゃん」
聖母がアキホちゃんを抱きしめた。「ひぃっ!」っていう歓喜の悲鳴が聞こえてくる。
「……本当は手術、不安なんじゃないかな?」
「この状況が不安っ!!」
「でも大丈夫……お姉ちゃんがさ、沢山友達連れてくる。アキホちゃんの手術が無事に終わりますようにって……みんなで応援してるからさ…ケンタロウ君も、お姉ちゃんも、キャスパリーグも……」
「キャロベティだってば……お姉ちゃん……」
「だから……」
抱きしめて気づいた。アキホちゃん、震えてる。数十時間後に待っているその時に怯えてるんだ。
小さくて暖かい……この命…
私なんかが力になれるなら……
……密着したらおっぱいを感じる。
「だから頑張るんだよ」
「お姉ちゃ--」
ふにっふにふに……
「〜〜〜っ!?」
「……お姉ちゃんとの約束だ」
「きっ………………」
「き?」
「きゃああああああっ!!誰かあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
********************
「桐屋さん、娘と仲良くしていただいてありがとうございます。でも、もう娘に近寄らないでください」
アキホちゃんのお母さんからの辛辣な一言。でも蘭子は諦めるつもりはない。
「一説には小学生女児の頬っぺの柔らかさはマシュマロの2000倍という結果が出ています」
「……(ドン引き)」
「諦めませんよ、私は」
「お願い……娘に近寄らないで」
さて、交渉もいい感じに進んでるところで情報収集だ。
アキホちゃんが言うにはミスター・ケンタロウのお母様とアキホママは旧知の仲なんだとか。彼女なら何か知ってるはずだ。
「お母さん」
「やめてください」
「アキホちゃんのお友達のケンタロウ君についてお聞きしたいんですけど……よろしおす?」
「ケンタロウ君……?どうしてあなたがそんな事を……気持ち悪い」
そんなにですか……?
「あなたはケンタロウママと懇意にしてたと聞いたんですけど……教えてくだちい。ケンタロウ君は今どこに?」
「あなたみたいなロリコンに娘の友達は売れません」
おいおい随分な言い草だね。
「私はただアキホちゃんの手術前に友達に会わせてあげたいだけなんです」
「……あなた、アキホの手術の事も……」
「おねげぇしやす」
蘭子の誠意を受けたアキホママ、不思議そうな表情で私を見てる。きっとこんなに美しい女子中学生見たことないから驚いてるんだ。
「どうして娘の為にそこまで……」
「世界中の女児は私にとって何よりの宝だからです」
「……(ゾクッ)」
「アキホちゃんもケンタロウ君と会えれば、きっと手術の不安が軽減すると思うんです」
キャスパリーグが言ってた。これ、ホントの話ネ。
「ありがとうございます」とアキホママが令和のノアに頭を下げる。頭頂部が若干薄いのも無理もないか…娘が心配だろうからね……
「でも……ケンタロウ君は……」
「喋ってくれないというのなら今晩、アキホちゃんの病室にお邪魔します」
「……(ドン引き)」
「とっておきのおもちゃがあるんです。アキホちゃんもきっと気に入ってくれるはず(ニチャァ)」
「ひっ!」
アキホママ、娘を人質に取られてやむなく娘の友達を売ることを決意した。懸命な選択だ。私もこんなやり方は不本意だけど全てはアキホちゃんの頬っぺをハムハムする為……
「ケンタロウ君のお母様とは今も連絡を取り合ってるんです…でも、ケンタロウ君は……」
「勿体ぶってないで早く。手術は明日なんですよ?」
「……」
「お母さん」
「…………もう、遅すぎるんです」
アキホママはそう呟いた。
なんだか不穏な雰囲気……蘭子は身構えた。
そんな中語られる真実……
そして私は知る。この世界は悲しみに満ちている事を……
世界中の天使が消滅するまであと71日……




