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100日目 地球最後の日

『4月10日月曜日。目が覚めテレビのお時間です。皆様おはようございます。そして…いよいよこの日がやって参りました』


 朝7時。ヘルメットを被ったキャスター高村さやちゃんのご尊顔と共に始まる一日。

 予知夢の記憶をなぞるように目の前で喋るさやちゃんの声を私は目を擦りながら聞いていた。


『本日午後8時、問題の天体が地球に衝突するとみられるとNASAから正式な発表がありました。天体の大きさは直径10キロにも及び--』


 窓の外は快晴。しばらく続いた雨が嘘のように真っ青な空が底なしに広がってた。

 雲ひとつない空。

 宇宙からの訪問者もきっと、この小さな島国を見つけ易かろう。


『ので、本日が地球最後の日です』


 さやちゃんが言った。


『皆さん、ありがとうございました』


 *********************


 家の前にデケェ水溜まりが出来てた。


「ちゃぷちゃぷっ」


 こーちゃんが遊んでた。

 眺めるあたい、桐屋蘭子。キング・オブ・シスターの称号を持つ女…

 私の手には今一台のスマホが握られていた。


『……蘭子』


 相変わらず低体温な死んだ声が電波に乗って鼓膜に流れてくる。


「陽菜…苛烈を極める仙台の様子はどう?」

『……大量のゴキブリに襲われてる』

「良かったね^^」

『……いよいよお別れね』


 親友の言葉は信じないけど国の緊急速報は信じた女、美堂陽菜が生きてるのか死んでるのか分かんねーテンションで別れを惜しむ声を出す。


「元気でやれよ?陽菜」

『……死ぬのに?』

「ところでおめー、今何してんの?」

『……おじいちゃんとおばあちゃんと家に居るよ…船も飛行機もとても乗れる状態じゃないから』


 美堂一家は祖父母の家のある仙台に逃げたらしい。国外脱出に失敗し、仙台を最期の地と決めたようだ。

 愚かなり……


『……蘭子、オホーツク海が見えるよ…』

「宮城から見えるわけねぇだろ頭沸いてんのか?」

『……蘭子はまだ、あの町に居るの?』

「……居るよ。私はここで最期を迎える。私達の町に…落ちてくるんだ」


 陽菜は真剣に聞いていた。


『……蘭子、じゃあ…あんた骨も残らないね』

「直径10キロが音速で落ちてくんだぞ?千葉も仙台も誤差だから。うん。お前の骨も残らねーよ?」

『……蘭子』

「……なんだよ」

『……話せてよかった』


 ……よせよ。


「……私はよくなかった」

『……蘭子』

「なに?」

『……私かけ放題じゃないからそろそろ…切るわ』

「……」


 親友との別れの時…その一分一秒はお金では測れないはずだ。

 はずなのに陽菜は一分四十四円の通話料を優先して、切った。


 なんともやりきれない気持ちになりながらも空を見上げれば、どこまでも深く広く広がる青空になんだか気持ちが晴れていく。


「久しぶりに晴れた気がするね」

「ね!」


 こーちゃんが抱きついてきた。可愛い。

 今日でこの可愛さも見納めだと言うのか…こーちゃん……


 この子の人生だけが唯一の心残りだ。せめて最期の一瞬まで……


 何も知らない無垢なる瞳に、真実を伝えるべきか、その時が来るまで知らせないでいるべきか、葛藤が渦巻く。


「蘭子ー、こーちゃん。お昼ご飯オムライスでいい?」

「オムライス!」「おむらいす!」


 まぁそれも一瞬だった。


 *********************


 ……おぬし



 …あ?



 あ?じゃないわい。ご挨拶じゃの



 …誰だっけ?



 わしの名は全ての時空に接続する者、ヨ--



 ああ時空のおじさんか。おひさ



 ……



 今更来てなにさ?今まで散々放ったらかしにしておいてさ



 ……いや。覚えとるかと思うての。1月1日に見せた未来…それが今夜じゃ。忘れとらんじゃろうな?



 忘れてるわけねーだろ?



 ならいいわい。ところでおぬし…なぜ自分が未来を見せられたのかとか、疑問に思ったりせんの?



 私が『Agの鍵』だからでしょ?



 まぁ……そうなんじゃが…なぜ自分が『Agの鍵』に選ばれたのかとかさ…



 ……あー…考えたことなかったかも



 そうか……



 なんで?



 いやまぁ……おぬしが気にならんのなら別にええわい



 気になるじゃん。そんな思わせぶりな言い方しちゃってさ。教えてよ



 やめとくわ。続編の為の伏線にしておくわい。そんなものが書かれるのならの話じゃが



 続編ってなに?



 第四の壁を破れるようになったら教えてやるわい



 ……ふーん



 じゃ、ま、そういうことじゃから。おぬし、ちゃんとあの場所に行くんじゃぞ?



 あの場所?



 おぬしはアレが落ちてくるのを見るんじゃ。予知夢で見せたじゃろ?忘れるでないぞ?



 ……なんでそんな念押しすんのさ。なんか怪しいな



 別になんでもないわい



 ……じとーっ



 やめんかい、そんな目で見るでない。とにかく、それだけじゃから



 あっそ。私人生最後で忙しいから、用が済んだなら……ってか。あれ?おじさんと話すのっていっつも夢の中ばっかりなのに、どーして今おじさんと話してんだろ?



 夢とは違うが……そりゃおぬし、おぬしが寝とるからじゃろ


 *********************


「うわぁ!?」

「おねえちゃん、おはよ」


 飛び起きたら窓の外が薄暗くなってやがる!夕焼けの差し込む窓ガラスがオレンジ色の影になってリビングに落ちてきてた。


 ブランケットを跳ね飛ばして起床した桐屋蘭子。その隣ではこーちゃんとお母さんがのんびりお菓子食ってやがる。

 平凡で穏やかな休日の一ページに突然ぶち込まれたようだった。


「今何時!?」

「18時半」

「うわぁ!?人生最後の日のほとんどを昼寝で消費したぁ!?」

「贅沢な使い方よね」

「おねえちゃん、あそぼ」


 ヨタヨタと歩いてくるこーちゃんを抱きしめ、休日を惰眠で浪費した時とは比較にならない絶望感を胸に塩っ辛い涙を流す。

 台所に向かうお母さんがエプロンを付けながら「晩御飯は牛丼ね」と言っていた気がするけど、もはやなんでも良かった。


 最後の晩餐が牛丼かぁ……


「…てか、牛肉なんて買えたの?」

斜向はすむかいの大久保さんの家の冷蔵庫に入ってたの」

「おおくぼさん、でていっちやったから、おかあさんが、もったいないって」


 ……とうとう火事場泥棒まで始めたのか…

 だったらもっと上等な飯を作ってくれてもいいような気がするけど、ここら辺の住民の生活水準を考えたら牛丼がせいぜいなのかもしれない。

 てか、牛丼って家で作るものって感じがしないから新鮮だ。


「そうだ、ねぇ。人生最後に隕石落ちるの見に行こうよ」

「え?どこに?」

「神社の裏山の高台公園」


 予知夢によれば、私はあそこで隕石落下を目撃する。

 時空のおじさんもなんかやたら念押ししてたし…やはり最期の時を迎えるのはあそこで決まりだろう。

 幸い今日は天気もいい……


「こーちゃん、星見にいこうよ。でっけぇ流れ星見えるよ」

「いく!」


 あの時見た光景……

 夜の街に閃光のように降ってくるそれは、流れ星に見えて綺麗だった。


 人生最後に見る景色として悪くない。


 ……それに私はあの場所に行かなきゃいけないような気がしてたから--


 *********************


 4月10日、19時半。


 私とお母さんとこーちゃんの三人は高台公園にやって来ていた。


「…お母さん、夜景」


 私が見下ろす町の光景。

 暗い夜に落ちた町並みは誰も居ないはずなのに明かりに灯されて、夜空を映したような光景を見せていた。


「……まだ逃げてない人も居るし、街灯とか、どっかのビルとか…そーいうのの明かりじゃない?」


 おぶっていたこーちゃんを下ろしながらお母さんは興味無さそうに言った。

 こーちゃんはキラキラした瞳を頭上に向けてしきりに何かを探してる。


「ながれぼし、どこ?」

「あと三十分くらいよ」


 NASAによれば、20時に隕石は地球に再接近する。そしてそのまま…この星を終わらせるのだ。


 前日までの雨で湿った芝生に腰を下ろして、私達は身を寄せ合ってその時を待つ。


 地球最後の日。最後の最後まで世界はパニックだった。

 世界中の至る所で避難所の奪い合いが起こって、またある者達は終末を受け入れて愛する人達と最期の一日を過ごした。

 生き意地汚く地下にでも篭もれた人達はもしかしたら、数日は生き延びれるのかもしれない。

 でも、世界中を覆い尽くす死の粉塵と訪れる氷河期を前にどこまで生き残れるのだろう…


 空には雲ひとつなくて、どこまでも見渡せそうなくらい透明だ。透明で深い藍色だ。

 空に浮かぶ海原には無数の星達が煌めいて、漆黒のはずの夜空を照らしてる。


「……綺麗だね」

「星ってこんなにはっきり見えたのね」


 お母さんが空を見上げながら呟いた。


 ……もう少しだ。



 お母さんが私とこーちゃんを抱き寄せる。

「?」とこーちゃんが首を傾げるけどすぐに嬉しそうにお母さんの胸に顔を押し付けた。

 私もお母さんの腕の中で体温を感じながらゆっくり目を閉じる。


 世界中で私達しかいないみたいな静寂。


「……蘭子、こーちゃん」


 静寂の中でお母さんの声がした。


「愛してる」















































 そしてその時が来た。

























 星空に揺蕩うように明滅する光の隙間を縫うように、あるいは上から塗り潰すように…


 白い尾を引くそれは宇宙を泳ぐようにやって来た。


 それは巨大な流れ星に見える。


 あの日の夢で見た光景をそのままなぞるように私達の目の前に現れたそれは、幻想的な美しさで、人類に死をもたらす悪魔にはとても見えなかった……


 町に向かって落ちていく……


「ながれぼし!!」


 こーちゃんが指を指してキラキラした目で興奮してた。

 そんなこーちゃんを抱きしめながら「ああ、とうとうこの時が来たんだ」なって…


 町に向かって吸い込まれるように落ちていく死の流星は、ここからだととても小さく見える。そしてなんの音もしないんだなって…


 それが最後に思った事だった。

 我ながら最期に頭に浮かぶのがこんな感想なのかと呆れちゃうけど。

 走馬灯とか……みんなの顔とか……そーいうんじゃないのかって……



 確かに感じる家族の体温の中、夢の中と同じように眩く輝く隕石が、空も町も世界も何もかもを真っ白に染め上げる。

 目を閉じて……

 そして……




 桐屋蘭子の100日間は終わった。



 地球滅亡まで……あと0日。

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