来鬼 その三
「まずは、お前の両親のことから話さねばならん」
おじさんは、千里の目を見据える。
「実はお前の両親は、名のある退魔師じゃった」
――退魔師。
それは、古くから妖怪など魑魅魍魎を退治し、薬を作り、呪いを払い、人々を守る特異な能力を持った者のこと。
その力は血に宿り、その技と業は一子相伝で受け継がれていく。
かつて人と鬼の戦で指揮を執り、自らの命を賭して鬼の頭領を封印した「桧守 出雲」も退魔の一族であった。
「この村は前にも一度、妖怪に襲われた事がある。その時、偶然居合わせたお前の両親が妖怪を退治したのだ。しかしその時に負った傷から毒が回り、お前の両親はこの村で亡くなった。そして死に際に、看病をしていた私に一言だけ言い残した」
千里は、おじさんが何のためにこの話をしているのかが理解できない。
でもすごく不安で、胸の中に黒くて大きなもやもやが出来ている気がした。
――私達には家に残してきた娘がいる。まだ小さい乳児だ。どうかその子を育ててやってくれ。出来れば退魔師のことは隠して、普通の子として育てて欲しい。
「――最後にそう、私に伝えた。私はすぐさまその家へと向った。そしてそこにいたお前をこの村へ連れ帰り、どこにでもいる普通の子として、今まで育ててきたのだ」
鬼一は背を向け、横になったまま目を閉じ、おとなしく話を聞いている。
「昨日の夜、お前は気を失ったから聞いていないと思うが……鬼はあの後、怯える私に向ってこう言ったのだ」
―昨夜―
「この娘は忌まわしい出雲の血脈。二百年前の恨みを晴らすため、出雲の血を絶やそうと探し続けてきた。二日後の満月ならば、俺の力が血に勝りこの娘を喰うことができる。明後日、この娘を俺に差し出せ。さもなくばこの村を跡形もなく消し去ってやる」
「そ、そ、そんな……ご勘弁を! この娘は私の娘同然! そ、そんなこと……」
「東の山の古寺に、貢物と共に運ぶがいい。もし違えたときは一人残らず喰ろうてやろうぞ」
「――わしは、ただうなずくしか、出来んかった」
おじさんは顔を隠すように下を向く。
その表情は苦みばしり、ぎりりと歯を噛み締める音をたてた。
おばさんは顔を覆い泣いている。庭にいる村人達も暗い表情をしていた。
千里はそんなことよりも、この話しで一体何を言いたいのか理解しようとした。
いや、すでに理解しているのだ。だから必死で願った。
おじさんの口からその言葉が出ないように。
おじさんが顔を上げ、そして膝の前に指を突く。そして額を畳に押し付けた。
「千里よ……すまないっ! 鬼の下へ行ってくれ!」
おばさんも、その後ろの村人達も皆、おじさんと同じように頭を下げている。
嗚咽が聞こえ、口々にごめんなさい、とかすまない、とか言っているのが視線も定まらない千里の耳に入る。
「本当に……すまない」
消え入りそうな声で、おじさんがつぶやく。
おじさんがどれほど悩み、苦しみ決断したのだろうか。
十五年の間、共に暮らした千里には、それを容易に感じ取ることができた。
自分を鬼の生贄に差し出さなければ、村の者は全員喰われてしまうだろう。
たとえ、千里が逃げて一人だけ助かったとしても、千里はそれには耐えられない。
結局、千里には地獄しか待っていないのだ。
だが千里は絶対に納得は出来なかった。
もっと生きたかった。
自分だって年頃の娘だ。きれいに着飾り、化粧をして、都の町を歩いてみたかった。
その激しい悔恨が、千里の心を埋め尽くす。
「おじさん……顔を上げて?」
おじさんは肩をびくりとさせて、恐る恐る顔を上げ、目を開ける。
千里は笑っていた。
朝の仕事に行くとき、帰ったとき、いつも見せる明るい笑顔。
子供のいない自分ら夫婦にとって、それがどれほど大切なものだったのかが思い出されたのであろう。
おじさんの目から、涙があふれた。
「わたし、行きます。わたしの命一つでみんなが助かるなら……おじさん、おばさん。今まで優しくしてくれてありがとう。村のみんなも、ありがとう」
ざわ、と庭先が騒がしくなり、嗚咽の数が多くなった。
おじさんは涙を流しながら千里の手を取り、強く握り締める。
何度も、何度も謝罪を口にした。
「……ごめん、わたしまだ調子良くないみたいだから、夕方までもう一眠りさせて?」
「……あ、ああ、そうだね。ゆっくり体を休めなさい。欲しいものがあれば呼ぶんだよ? すぐに用意させるから」
「うん」
ぞろぞろと村人たちが庭から去っていき、おじさんとおばさんも部屋から出て行った。
残されたのは千里と、そして鬼一。
何も言わず、横になり背を向けて、ただ様子を見守っていた鬼一が口を開いた。
「……いいのか?」
しばらくの沈黙のあと、千里が答えた。
かちかちと歯を鳴らしながら、声を絞り出す。
「……ぃでしょ……いいわけ……ないでしょ!」
怒鳴った。悔しさを吐き出すように。
「なんで? ……なんでわたしなのよ! わたしだって……わたし……うぅ…うわぁぁああぁぁーーーー!」
涙がとめどなくこぼれて布団を濡らす。
千里は泣いた。
悲しくて、悔しくて、わけもわからないまま、きっと今までで一番泣いた。
「だっでぇ……しょうが、ないじゃんっ……おじざん、も、ぉばざんも……びん、だも……いぎ、だいんだもん!」
しゃくりあげながら、生にしがみつく気持ちを捨てられない自分に、言い聞かせるように振り絞る。
泣き声はきっと屋敷の外まで聞こえていただろう。
千里はしばらく泣いたあと、やがて泣き疲れて眠った。
ずっとそばにいた鬼一は、千里の涙の痕をそっと指でなぞり、布団を掛けなおしてやる。
そして静かに部屋を出ていった。
もう少しで半分くらいかと思います。




