来鬼 その二
千里が目を覚まして、初めに目にしたのは見慣れた天井だった。
視界がはっきりとしない。
部屋が明るいので朝だとはわかった。
起きようかと思ったが、たしか今日は仕事も何もない日だったのを思い出す。
体もやけにだるい気がして、もう少し寝ることにした。
再び目をつむって寝返りをうつ。
屋敷が妙に静かなことに気が付いた。
ああ、歳祝いでおじさんたちは沢山お酒を飲んでいたから、きっとまだ寝ているんだ。
昨夜の事を順に思い出す。
そしてその後、鬼一の布団を小屋まで運んで。
そして――。
「……っ!」
千里は、布団をはねのけ飛び起きた。
額には脂汗が滲み、呼吸は荒く、心臓がうるさいほど鳴っている。
唐突に目の前に浮かんだのは、おぞましい鬼の顔。
千里は全て思い出した。
昨日の夜の事を。そして疑問が浮かんだ。
「わたし……生きてる?」
手を広げて指の数を数え、足を動かし感触を確かめる。
自分の顔を触り、体を触り、そうしているうちに体の奥から恐怖が込み上げてくる。
震える体をきつく抱きしめて、うずくまった。
「おお、起きたか」
開けっ放しだった障子の向こうから、のん気な声が響く。
はっとしてそちらを向くと、鬼一の姿がそこにあった。
洗った着物はもう乾いたらしく、会った時より身なりは良くなっている。
「……鬼一」
鬼一は履物を脱ぎ、座敷へ上がると布団のそばにあぐらをかいて座る。
そしていきなり千里の頭をぐしゃぐしゃと乱暴になでた。
千里が驚いて鬼一の顔を見ると、いつもの笑顔を浮かべていた。
「怖かったろう? 喰われていなくて本当に良かった」
鬼一のとても優しい口調に、体の震えはいつの間やらどこかへいってしまったらしい。千里は大きく息を吐いた。
「ねえ……いま何時?」
「もう昼過ぎだ、なかなか起きねえからみんな心配してたんだぞ」
「みんな? みんなは無事なの?」
鬼一の表情が、若干翳った。
「……何人かは助からなかった奴もいるみてぇだ」
そこへ、様子を見に来たおじさんがやってきた。
「おお、千里……。良かった、目を覚ましてくれて……。気分はどうだい?お腹は空いてないかい?」
おじさんは千里を抱きしめ、背中をさする。
しばらくそうした後、鬼一に「そばにいて様子を見てやってくれ」と頼み、すぐに戻ることを言い残して部屋を出て行った。
「ねえ鬼一? あの鬼は?」
「ん? ああ、鬼は帰っていったみたいだな」
ごろりと寝そべった鬼一の、何も知らないような口ぶりに、千里は首をかしげた。
「鬼一は、昨日のことあんまり覚えてないの?」
鬼一は頭をぽりぽりとかき、申し訳なさそうな顔をする。
「実はわし、朝までずっと寝ておった。だから鬼が来たこと知らんのじゃ」
あっけらかんとした態度に、千里は口を開けて呆然とする。
「な、な、な……」
「いや、朝起きて外を眺めて、何やら村の様子が変だとは思ったんじゃ。とりあえず朝飯をいただこうかと思って屋敷に入ったが、かまどの火は入っておらんし。妙じゃと思って縁側に来てみれば、千里とおばさんは倒れてて、おじさんはひたすら経を唱えておった」
一体どれだけ太い神経を持っていれば、あの騒ぎで寝続けられるのかと思い、千里は鬼一に何か言ってやろうと口を開きかける。
だがそんな神経を持つ奴に何を言っても所詮は無駄だろう。
千里はあきらめて、かわりにため息をもらした。
「これは一大事だと悟り、取り乱すおじさんを落ち着かせ、話を聞けばこの有様じゃった。……というわけじゃ」
「はぁ。まあ、いいわ。とりあえず命拾いはしたみたいだし。どうせあんたが出て来ても役には立たなかったでしょうし……」
なんだか、いきなり疲れた気がして、もう一度横になろうと布団を整える。
その間に、おばさんを連れておじさんが戻ってきた。
「千里……。怖かったろうに……」
おばさんも、おじさんと同じように千里を優しく、その感触をしっかりと確かめるように抱きしめる。
「大丈夫……大丈夫だよ、おばさん」
そしておじさんとおばさんは布団の脇に正座し、居ずまいを正して真剣な表情になった。
気が付けば縁側の外の庭にも村人が集まっている。
見舞いに来たわけではないのが千里にはわかった。
しかし一体何のためかは見当も付かない。
「おじさん?」
おじさんは咳払いを一つして、神妙な面持ちで話し始める。
「千里や、よぉく聞いておくれ」




