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一鬼夜行  作者: がーすー
2/13

逢鬼 その二



 この国には昔から妖怪の類が出る。

 妖怪は人を喰らい、病を流行らせ、国を乱した。


 中でも「鬼」は特別に力が強く、長らくこの国に混沌と恐怖をもたらしていた。


 二百年前、その鬼を退治するべく大勢の侍や陰陽師が集まり、戦を仕掛けた。

 戦は人間が勝利し、百いた鬼は残らず退治される。妖怪を率いていた鬼がいなくなり、この国は前ほど妖怪に怯える事はなくなったが、都から離れた田舎では妖怪の仕業と思われる事件が度々起きる。





 千里は訪ねた先々で、おばさんへの祝いの品を持たされることになり、予定よりもしばらくかかってようやく仕事を終えた。

 急ぎ足で帰りの山道を歩いているが、日が沈みかけて、山道はみるみるうす暗くなっていく。



(う~、やだな~、怖いな~。こないだも、どこかの村が妖に襲われたって言うし。大体おばさんが朝にあんなこというから余計に怖いのよ! あ~ダメだダメだ! こんなことばっかり考えていちゃますます怖くなるわ。もっと明るいこと考えなきゃ)


 進む先に休憩小屋が近づいていた。

 ここまで来れば、村まではあとわずか、と千里はさらに足を速める。ほとんど小走りだ。


(え~と、え~と……楽しいこと、なにか楽しいことは……あっ、そうだ! こないだの――)


「おう! わっぱよ!」


「ぎゃ~~~~っ!」


 千里は唐突に呼び掛けられて、思い切り尻尾を踏まれた犬のような声をあげてしまう。


「おわぁっ!」


 持っていた包みを振り回し、その場にへたり込んだ。


「くるなー! わたしは全然おいしくないぞー!」


 のそりと現れた影は、千里よりもはるかに大きい。


「おい、落ち着け! いてっ! おいっ……いてっ! わしじゃ、朝方に会っただろう!」


 大きな影の声に、なにやら聞き覚えがあるのに気が付いて、振り回していた千里の手が止まった。


「へ……に、人間?」



 千里は目を凝らし、声の主が朝の浪人であることに気が付いた。

 きょとんとした表情で胸に手を当て、混乱した頭をなんとか落ち着かせる。


「はは…なんだ、あんたか……」


「すまん、驚かせちまったか?」


 浪人は千里の手を取って立たせる。

 裾の土をほろって、振り回すうちにほどけた包みを結びなおし、まだ息を荒げて呆然としている千里の手の上に乗せた。


「あんた、なんでまだいるのよ? 帰り道は教えたでしょ?」


 千里は、頭三つほど上にある浪人の顔を見上げた。浪人は目を合わせて、にへらと笑う。


「ああ、帰ろうかとも思ったが、どうやら足を痛めたらしい。とても町まで歩けそうにない」


 言って裾を捲る。足を差し出して見せると、足首が赤く腫れ上がっていた。


「だがここで待ってればきっとお前さんが帰ってくると思ってたんだ。近くに村があるんだろ?そのくらいならなんとか歩けるから、二、三日養生させてはくれねぇかと思ってな」


 浪人は人当たりの良い笑顔を見せる。邪気を感じさせないその表情に、千里の緊張は少し解けた。


「……それなら仕方ないわね。いいわ、村まで一緒に行きましょ。わたしは千里、この先の村の屋敷にお世話になっているわ」


「わしは鬼一きいち。しがない浪人じゃ」


「変わった名前ね、たしかに体は鬼みたいな大きさだけど……」



 千里は、鬼一が腰に付けている太刀に目がいった。その太刀はみすぼらしい浪人の姿に不相応な立派な造りで、それなりに使い込まれているように見える。


「これか? 立派な刀じゃろ。やはり刀は侍の魂じゃ、せめて見た目だけでも格好はつけんといかんからな」


 鬼一は刀を腰から外し、千里に見せびらかす。


「といっても立派なのは外見だけで、中身は竹光なのじゃがな。真剣は金に困って売ってしまった」


 鬼一は悪びれる様子もなく言った。千里は呆れ顔をして見せる。


「あなた本当に侍なの?信じられない。まあ、だから熊に追っかけられて道に迷うような事になるのよ。ばちが当たったのね、きっと」


「こりゃあ手厳しいな!だが違いねぇ」


 暗い山道で心細かった千里は、連れが出来て内心ほっとしながら、鬼一を連れて村へと戻った。







「いや、まことにかたじけない。飯だけでなく風呂もいただけるとは、この村の人はなんと親切なのだろうか。ああ、もう少し熱くしてもらえるか?」


 千里は風呂釜の下に薪をくべ、火力を上げるために息を吹き込む。鬼一の身なりがあまりにも汚れていたため、我慢できずに風呂に入れたのだ。


「あんたね、少し! 遠慮! くらい、しなさい! よ!」




 日が落ちる前に、なんとか屋敷に戻った千里が、おばさんとおじさんに事情を説明すると、二人は快く受け入れてくれた。

 鬼一は二日ほどこの屋敷に居ることとなった。


 運良く、おばさんの歳祝いの少し贅沢な食事にありつき、風呂から上がってさっぱりとした鬼一は、上機嫌でおじさんと酒を呑みながら話している。

 千里はおばさんと共にお茶を飲み、土間の囲炉裏を四人で囲む。



「はっはっは! 鞠とは傑作だ! たしかに千里の握り飯はでっかいからなぁ!」


「ちょっと! おじさんまでひどいです!」


 鬼一が食べたおにぎりの話で盛り上がり、やがて近隣の村に出る妖怪の話しになった。


「この人ったらいきなり声を掛けるものだから、わたしてっきり噂の妖かと思っちゃた。ほんと肝を冷やしたんだからね!」


「それなんだが……その噂とやら、詳しく聞かせてはもらえんか?」


 鬼一は、おじさんの盃に酒を継ぎ足す。


「おや? 鬼一さん、あなたは噂を知らないんで?」


 おじさんの顔と鬼一の顔つきが、どことなく真剣になる。この類の話しが苦手な千里は渋い顔になった。


「妖に襲われたっていうのは、ここからずっと西の方にある村なんですがね――」



――二月ほど前、皆が寝静まった頃に村の若者一人が小便に起きたんです。


 そいつがかわやから帰ってくるときに、ふと気が付くと、やけに明るいので空を見れば、まん丸なお月さまが昇っていたんだそうです。


 そして気分良く布団に戻ろうとした時、先ほどまで明るかったのが急に暗くなった。

 何かと見上げれば、空には百の妖怪を引き連れた、大きな鬼が下りてきた――。



 千里は、渇いた喉にお茶を流し込んだ。



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