フルコース
「でもって、なぜ仏壇なのか。理由、その三」
「えっ……」
てっきり、理由その二までで終わりだとおもっていた。
サユリの視線に、男性がうれしげな顔をする。
「仏壇のみならず、そのまわりにも、高次の波動を生みだす発明品がいっぱいあるんだ。さっき言った、般若心経に代表されるお経っていうのは、高次な波動を生みだすことばだし。高次な波動を生みだす音が、チーンって鳴らすお鈴だな。いい鈴は、とても響きがいい。まるで、空気を洗うようだよ」
空気を洗う──
どんなだろう、とサユリは興味を持った。
彼らが帰ったあとにでも、いくつか鳴らし比べてみよう、とおもう。
「それから。高次な波動を生みだす灯が、ローソクの火だ。高次な波動を生みだす香りが、お線香。どちらも、形だけ、じゃ意味がない。ローソクの中でも、和ろうそくとか蜜蝋の炎のうつくしさは格別だし。お線香も、白檀とか沈香とか、天然の香木から作られるものは、漢薬系というくらいだ」
「カンヤク系?」
「そう。漢方薬ってこと。言わば、精神を鎮める薬だな。それに、香気というのは昔から、穢れを払い、悪いものを寄せつけない魔よけになると考えられているだろう。衣服に香を薫き染めるなんて平安の貴族がやっていたことも、高次な波動を身にまとって低次なものを寄せつけまいってことだ。要は、バリアー」
「バリア……」
魔よけなんてばかばかしい、と以前なら切り捨てていたにちがいない。
でも、昔の人はわかってやっていたのだろうかと、ぎょっとする。
お線香のにおいなんてくさい、とサユリははなから敬遠していた。
まさか、低次なものとして自分こそが追い払われていたのでは、とおもうと何やら情けなくなってくる。
「仏壇の前に座って、ローソクに灯をともし、お線香を焚いて、お鈴を鳴らして、お経を唱える。びっくりするくらい、システム化されたアセンションのフルコースだろう? どんなに精神的にくたくたになっても、毎日これさえやってれば、精神が参ることはないっていう、日本文化最強と言っていいくらいの知恵だよ。俺は、感心するね」
そう言われたら、サユリにもすごいことのようにおもえてくる。
仏壇を祀って拝むなんて無意味だ、といったい誰が言ったんだったか。
「炎のゆらぎ、香煙のゆらぎ、音のゆらぎ、声のゆらぎ。ゆらぎの波動は高次で、精神をリラックスさせてくれる。もちろん、どんな手段でリラックスしたっていいわけだけど。目からと耳からと鼻からとって、これだけ一度に高次の波動を浴びるっていうのは、他にないんじゃないか。しかも、手を合わせる。これも、循環のポーズだから、いい波動を体内に行き渡らせるためにやってるんだろう。ほんと、よくできてるよ」
目に見えないものに振る舞う、と言っていたが、要は、自分もいっしょに高次の波動を浴びるのだ。




