交わりの地タナトシェル〜100年の味〜
私の前には薄黄色のソースが入った小皿があります。何種類かの野菜を人差し指くらいの太さに切りそろえた物と共に。
野菜を一本手に取り、ソースをたっぷりつけて口に運びます。
口の中で爽やかな酸味とまろやかな卵のコクと旨味が、新鮮な野菜のポリポリした食感と共に広がります。
「はふぅ〜♥」
思わず変な声が出てしまいますが仕方ありませんね、至福のひとときです。
そんな、笑みが思わずこぼれる幸せを噛み締めながらソフィアさんとアレンさんから、赤翼亭の歴史をお聞きしています。
それは百年ほど前、ソフィアさんから数えて六代前の店主ティッドさんが赤翼亭の前身である飛翔定食店を切り盛りしていた時のお話でした。
この地は東の港と北の鉱山、南の肥沃な大地の中継点で自然発生的に街道宿から町に発展を遂げました。
その為、他の町とはかなり異なる形に成長を遂げ、特徴の一つとして宿は安く提供することに特化し、素泊まりが主流となりました。
そして、宿の周りに個人経営のカウンターで回転率の高い定食屋が立ち並ぶ様になり、現在も続く交わりの地タナトシェル独特なメインストリートが生まれたのです。
当時の店主ティッドさんは町の建設現場で日雇い労働者向けの食事を長い事作っていました。その後、独立しカウンター席六つの飛翔定食店を開きました。
メニューは肉団子や揚げ物に野菜餡をかけるという簡単な物のみで素早く提供するスタイル。
作業員向けの濃い味付けで、現場職の方には大変受けが良かったのですが行商人や護衛職の方にはイマイチで、受けが悪く経営は芳しくありませんでした。
ですが、ある日転機が訪れたのです。
東から来た老紳士が野菜餡のかかった肉団子を一つ食べこう言ったそうです。
「ご主人、すまないが持参のパンとソースを使って食べてもいいかい?」
ティッドさんは、怪訝に思いながらも特に困る事も無い為、許可を出したのです。後にこの判断が、わたくしアリスと店に多大な影響があるとも知らずに…………
彼は懐から薄く光るパンを右手で取り出し左の掌を上に向け
「在るべき時に帰れ、五!」
掌に親指ほどの立方体がコロンと現れ五つの丸が刻まれた面を上にして止まり、スッーと消えたそうです。
すると、薄く光っていたパンから香ばしい匂いが立ち初め、まるで焼きたてのようなフカフカなパンになったのです。
「旦那! 今何をしたんですか?」
まぁ、私でもそう言うでしょうね。
「私の魔術でほぼ止めていた刻を在るべき姿にしたので焼きたてパンに戻りました」
なんですかその魔術は、パンに使うものではないでしょうが! 思わず心の中でツッコミを入れてしまいました。
「そんな便利な魔術があるのですか?」
ティッドさんもそう思いますよね。私も使いたいですよ、すごく便利です。嬌声詠唱ならできそうですが…………恐らく寛容な愛の神様でも怒られる気がします。
焼きたてに戻ったパンを二つに切り分け間に小瓶に入ったソースをたっぷり塗り野菜餡と肉団子を挟み、美味しそうに食べる老紳士。
「うむ、甘辛い野菜餡がテリソースのかわりになっている。テリマヨだ」
その後、老紳士が美味しそうに食べていたのを他の客が見て、彼に頼んだ所親切に全員に振る舞ってくれたのだそうです。
ティッドさんもその味に惚れ、老紳士に頼み込み薄黄色のソース『マヨ』の作り方を教わりました。
それが、赤翼亭に秘伝として現在まで伝わるテリマヨの始まりです。
私は、思わず拍手を送ります。ソフィアさんとアレンさんの息ピッタリの解説が終わりました。
心の中でツッコミを入れてしまうほど没入してしまう口上に聞き惚れてしまいました。これは、普通に一座等で公演するべき素晴らしい演目です。
お辞儀する二人に惜しみない拍手を送りながら私は情報を整理します。
あのボンボンの狙いはソフィアさんだけですか? 百年続く『マヨ』の製法も、だとしてもまだ軽い。
かなり手練の暗殺者や盗賊でないと扱えないオアンドルマンまで使わないと手に入れられないもの……………
何か見落としがある気がするのです…………店が改名した理由…………立方を扱う魔術師…………
もう少しで何かが組み上がりそうです。
アリスの旅は続く〜
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