1. 強くなりたい
未熟な点ばかりですがよろしくお願いします
強くなりたい。
あの日見た両親のように、大きな背で理不尽から大切なものを守れるように。
身体も心も強くなりたい。
もうどんなやつにも負けないように。
「お母さーん、お父さんのとこに行ってくる!」
そう言いながら玄関で靴を履き、外に遊びに行こうとすると家の中からバタバタと慌ただしい音が聞こえてお母さんがやってきた。
「アルク、ちょっと待ちなさい、ちゃんと爪は研いだの?毛は整えた?」
「やったやった!」
「嘘はダメよ、やったげるからじっとしてなさい」
「はぁーい」
そう言いながらやってきたお母さんーーミアキス母さんに手を差し出し、鋭く尖った爪を削ってもらった。そして腕や足の毛、頭にある熊の耳の毛も短く揃えてもらう。
「いい、アルク?ちゃんと自分でもやる癖をつけるのよ?もう七歳でしょ?」
「わかったー」
「お父さんの言うことを聞くのよ?美味しいお夕飯を作って待ってるから遅くならないようにね」
「分かったって!行ってきまーす!」
そしてお母さんは爪切りやブラシをエプロンのポケットに入れて、ぼくの頭を撫でてくれた。肩の位置で揃えられた髪色と同じ茶色い熊耳を揺らし微笑んでいる姿からは、無条件で安心できる心地よさを感じる。その優しい焦げ茶色の瞳に見つめられて、なんだかくすぐったくなってしまったぼくはすぐに玄関を飛び出してお父さんのいる隣の畑へ走って行った。
「お父さーーん、来たよー!」
ぼくの家の畑はすぐ横にあって、玄関から数秒で行ける。ぼくの家が三つか四つ入るくらいの大きさの畑にいくと、ウルサブスお父さんは桑を肩におき、黒い目を向け手を挙げて迎えてくれた。
「おおー来たかアルク、待ってたぞ」
お父さんはお母さんより毛がモフモフしてる。そして顔も鼻が突き出てて、ぼくと同じ熊の耳もあるから動物により近い感じがする。お母さんも村の大人の男の人より一回り背が高いけど、お父さんは更に二回りは高くて村で一番体が大きい。凄い筋肉があって肩幅もあるから友達にはちょっと怖いって言われるけど、いつも優しいお父さんはぼくの理想だ。大人が並んでも目線がお父さんの胸元くらいだから、集団でいる時一人ぴょこんと飛び出てるのはちょっと面白い。
「こっちも一段落ついたし狩りに行くか。この時期ならミミジカがいる、村の人にも食べさせてあげないとな」
「うん!」
僕たち家族はこのパナマ村で畑や狩りをして暮らしてる。村は五、六歳くらいになれば歩いて端から端へいけるくらいの大きさで、僕の家は森に近い西側にある。隣村までは歩いて半日だけど、都市に行くには一週間くらいかかるらしくて、何か月かに一回商人さんが荷物を運んできてくれる。五歳になった頃から、ぼくはお父さんの狩りについていくことになった。他の子は村の中で畑のお手伝いをしてるのになんで?と聞くと、獣人のお前は人間より強いし、早いうちから鍛えた方がいいって言われた。
狩りに行くのは楽しいし、友達に自慢できるからいつも連れていってもらってる。
その後一度小屋に寄り、お父さんが胸当てとかの防具を用意してから森に向かった。この時靴を脱ぐのも忘れない。特製の靴であっても足の爪を肥大化させた時に破っちゃうし、ぼくたちの足は頑丈だから無くても問題ないからだ。
「、、ねぇお父さん、そういやなんで靴を履いてるの?無くても大丈夫じゃん」
「そうだなぁ、村に馴染むためかな」
「馴染む?」
「ああ、俺たちには村の人にはない耳や爪があるだろう?」
「うん」
たしかに、この村で僕たちと同じ耳の人は見たことがない。あんまり気にしてなかったけどそれがどうしたんだろう。
「他の地域にも獣人はいるし、俺たちだけって訳じゃないんだがな。アルクにはまだ難しいかもしれないが、人は自分と違うことを怖がる、いや分からないこと自体を恐れて排斥することがあるんだ、この辺りの人間は友好的に接してくれているが、少しでも理解できることをアピールしこちらからも歩み寄るに越したことはない」
「、、ふーーん?」
「それに、俺達は強いし爪もあるだろう?人からしてみれば常に鎧を着て剣を持ってるようなものだ。ちゃんと鞘にしまって傷つけないってことを知ってもらわないとな」
難しくてよくわからなかったけど、お父さんは苦笑いして今はそれでいいって僕の頭をグシャグシャとかき回して笑っていた。
それから半日。
「やっぱりお父さんはすごいね!ネッドのお父さんは一日一匹か二匹つかまえられたらいいほうっていってたのに十匹もつかまえたんだから!」
「はっはっは、そうだろう?お前もすぐできるようになるさ」
夕方、空の一部が赤っぽくなる頃、僕たちは獲物をいっぱい捕まえて村に帰っていた。僕も捕まえたかったけど結局一匹も捕まえられなかった。お父さんには足音や殺気が消せてないとか足跡やフンを見落とすなとか言われた。
(今日はだめだったけど絶対すぐに自分ひとりでつかまえてやる!)
「大丈夫か?一匹持とうか?」
「三匹くらい持てるって!」
「ほんとかなーー 」
轟音。地響き。そして悲鳴。
お父さんと狩りに行き、家に帰るとお母さんがいて一緒にご飯を食べる。
ネッドたち村の友達と遊んで泥だらけになる。
収穫祭で酔った大人たちに絡まれたり夜更かししたりする。
なんてことない日常は、一つのきっかけであっけなく終わることがあると初めて知った。僕の人生を変えることになるそれは、唐突に始まった。
( 今のは!?木が折れた音や重いものを地面に落としたような、お腹に響く低い音が聞こえたけど、、しかもこれ村のほうからだ!! )
「お父さ、うわ!!」
不安になり隣を見上げると、血相を変えたお父さんに抱きかかえられた。狩ってきた獲物は下に投げ捨てられてて、ぼくが背負ってたやつも下ろしなさいって言われた。
逆立った毛にいつになく力強い走り。村のほうを見つめるまなざし。
足場の悪い山道でも飛んだり跳ねたり場所を選んで踏み切って一瞬も落とすことなく、近くの木が目で追えないスピードで走るお父さんに抱えられていたぼくは、風や衝撃に振り回されお腹の奥がフワッてなる感覚を味わいながら今まで知らなかった一面を見た。
ぼくを抱えたまますごいスピードで走る横顔は初めてみる焦り顔だった。今までもお父さんが本気で焦ってたのを見たことがある。でも今回のは、お母さんに怒られた時や畑の野菜が病気になった時とはまるで別の鬼気迫る表情に感じて、わけもなく心臓がドクドクした。
「アルク、村に着いたら避難所に送るからそこでおとなしく待ってるんだ。絶対に外に出るなよ!」
「う、うん、ねぇなにがあったの?村のみんなは大丈夫なの?」
「、、ああ、ちょっとトラブルがあっただけさ。お父さんたちがすぐに終わらすから心配するな」
そう言う顔はいまも真剣そのもので何かまずいことが起きたんだと分かったけど、ぼくにできることがあるのか分からないし、できるとも思えない。
お母さんや友達が気になるけど、避難所------地下室のある蔵------は村に何かあった時に村のみんなが避難する場所だ。きっとそこで会えるはず。
そう思ってドキドキする胸を落ち着かせながらお父さんに運ばれた。
すぐに村に着いて、お父さんは村を覆う柵をひとっとびした。幅二m・大人が肩車しても登れないくらいの深さの落とし穴と大人のふとももくらいの木を組んだ柵だったけど、そのすごさに興奮する前にぼくの少しの希望を嘲笑うかのように凄惨な光景が瞳に映る。
辺りに漂う煙や焦げた匂いが鼻を刺し、それに混ざってる鉄くさい匂い。
倒壊し、なにかの巨大な爪跡が刻まれた家。
今も悲鳴や怒号が聞こえる南側からは火の手が上がり、夕日に照らされる村のなかで命を燃やし尽くしているかのように赤々と輝いていた。
「む、村が、、!!」
「ッッ!」
お昼に見たときとはまるで違う光景に声が上手く出ない。固まった僕をかかえてお父さんはさらに加速し、とうとう蔵までたどり着いた。
村の中では一番大きいその蔵は壊れていなかった。そして近くに来ても人のにおいがせず、卵が腐ったような匂いとかツンとした鼻につく異臭が漂っている。
( えっ、まさか、、いや、これ動物除けに使うやつだ!! )
人の匂いがしないから一瞬ドキっとしたけど、この匂いは知ってる。誰かが焚いたんだろう、つまり人がいるということで、これと煙の匂いが合わさればそうそう見つからないはずだからまだみんな無事なはずだ。
「お母さん!!」
バンっと正面の扉を開けあたりを見渡すと
「アレク、あなた!」
扉のすぐ近くに何人かの女の人と一緒にお母さんはいた。無事だ!生きてる!
「よかった心配したのよ!?よりによって森にいたんだから!」
駆けつけてきたお母さんに抱きしめられ、ようやく僕は一瞬だけ、状況も忘れ心底安心することができた。このままずっと抱きしめてて欲しいと思うくらいに。だからお父さんの声で今のことを思い出した時、僕は夢から醒めたような、世界が急に変わったような気がした。
「ミア、アレクを頼む。俺は魔獣か魔物か知らんが問題の解決に行ってくる。ある程度ならミアでも大丈夫だろうが、決して無理はするなよ」
「分かったわ。あなたも絶対無事に帰ってきて」
「ああ」
それだけ言ってお父さんは行ってしまった。けどさっきまでのような不安はない。お母さん達が無事なのが分かったし、あんなに強いお父さんが動いたならもうなにも心配しなくていいやと思ったからだ。
それからしばらくの間はみんなで隠れていた。お母さんに連れられて中に入り階段を降りると、蔵の地下に大きな部屋があって、女の人や子供がいっぱいいてそこでお父さんたち村の男の人を待っていた。
もしもの時のため、普段使う広さより大きめにして村のおじいちゃん達が若い時に苦労してつくったのよって教えてくれた。そして最後に、ぼくにここで待ってなさいって言ってお母さんは入り口の方に戻っていった。
友達のネッドたちもここにいて、あんまり話はできなかったけど顔を見れただけで安心した。
大人たちの話を聞いていると、村の外に逃げないのは、「化け物」が森から来たから今森になにが起こってるかわからないから、らしい。そしてもしもの時のため、少し離れたとこまで伸びてる地下道と正門の二つの逃げ道を、お母さん達が効くかはわからないけど動物除けを焚きながら見張っていたそうだ。
そうして隠れて、太陽が完全に沈み真っ暗になる頃。まだ遠くから地響きがしているけど、さすがにみんなの緊張が緩んできた。周囲の反応とかに気を配ってはいるけど疲れた顔をしている。
「ねぇママ~まだ?~」
「ごめんね、もう少しだからっ」
僕より小さい子はグズっている子も増えてきて、お母さん達が静かにするよう言い聞かせている。ただただ早く終わって欲しいと、みんなで一心に祈っていた。
だけど願いは届かず、事態が急変した。
化け物に見つかったのだ。
「-----------------------------------ッッッ!!」
耳がキーンとして少しの間なにも聞こえなくなるくらい大きい音がした。吹き飛ばされた。瓦礫に交じり無造作に投げ出され、壁にぶつかって止まった。痛みと飛び出しそうになる心臓を胸に押し込めている段階でやっとまともに頭が回るようになった。
(えっ、今なにが起きた?)
ようやく辺りを見渡すとその惨状が目に映る。
「ぐああああああああ!!」
「なに、なんなの?!」
「う、あぁ、」
「ひいいいいい!ば、化け物!」
「ゥあ、バ、、」
酷い有り様だった。だれも彼もが傷を負っている。手足が揃ってない人もいる。瓦礫に挟まってる人が、押し潰されてる人がいる。床が赤く染まり、破片が散らばっている。立ち込める鉄臭い香りと反響する悲鳴で何も考えられない。
「ヴヴヴヴヴッッヴォエアアアアアア!!」
(っ、そうだ、今止まってるのだけはマズい!)
突然聞こえた何かの鳴き声。あまりに大きな低音にお腹の中が重く振動する。うまく発音できていない獣と楽器の間のような違和感ある声に、理由なく、だけど絶対的に感じる嫌悪感で身体中に悪寒が走った。一瞬で他の人の声が聞こえなくなった。怖い。動けない。目をつけられたくない。
けど動かないと死ぬ。そう本能的に思い半ば無意識のうちに声のする方に振り向いた。
(お、おおか、み?)
そこにいたのは、漆黒の泥のようなものを纏い全身の輪郭が曖昧なナニカだった。全体像を無理やり何かに形容するならば狼だろうか。天井を貫いて落ちてきたらしく、そいつの真上には月がのぼり光が差し込んでいた。足は六本、ただし赤黒い人間の腕のような形をしている。尻尾に肉はなく、強いて上げるなら背骨のような1本から刺々しい肋骨のようなものが枝分かれしていて、その上に黒い泥のようなものを薄く纏っている。頭もおかしい。赤黒い眼が無造作に、複数ある。しかも動物のものではなく虫のような眼だ。口は普通の狼の倍は縦横に大きい。瓦礫の上に立つその体は通常の狼の比じゃなく、足元から顎の下までの間に大人が3人は入れそうだ。
大きな生き物が月に照らされる光景は神々しく思えそうだけど、真っ赤な足元とその全身を覆う用水路のヘドロのようなドロドロした黒いなにかが台無しにしていた。
(もし、かして、これが、魔物?)
初めてみた異形の化け物。しかしてそれは物語の中で魔物と呼ばれていた存在にそっくりだった。魔界から来たと言われ、あらゆる生命を奪う者達。今日まで数多の英雄に終止符を打ってきた終局の尖兵。いろんな物語でその悪名を轟かせ、今もこの世界で蠢いていると言われている生ける厄災。
そんな存在がなんで急に村に!
「ひっ!、い、いやあがfrfwへッ」
「ッ!?」
その時、ぼくから見て左のほうで甲高い悲鳴が上がり、それは今の咆哮で静まり返った部屋でよく響いた。とっさに視線を外して左を向いたのに奴はずっと視界にいた。
(え?今の一瞬で移動して襲い掛かった?うそ、)
狼が落ちてきた部屋の真ん中はもう誰も動いてない。端にいた人と、ぼくみたいに吹っ飛ばされた人だけがなんとか生きている。奴は部屋の中心から端までを一瞬で移動し喰い殺したのだ。明らかに、今のぼくより速い。
「ヴヴヴヴッ」
「!?」
目が合った。血のような赤い瞳に見据えられて体が強張る。
喰われる。そう認識した途端反射的に体が原因を排除しようと、両手の爪を伸ばし身構えた。でも足が動かない。半ばパニックになりながら下を見ると右足首が腫れていた。吹き飛ばされた時に挫いたようで、痛みはほぼないが今この瞬間水を差されたのは致命的だった。
途端に恐怖が襲ってきて静止してしまう。呼吸が速くなる。頭痛と目眩がする。ぼくと奴の間には十mもない。どうするどうすればいい皆無事なの死ぬ身体大きいお母さんお父さんネッド助けてだれかーー
その時だった
「こっちだ化け物!!こっちを向けぇぇぇ!!」
「ッお母さん!!」
奴が落ちてきた穴からお母さんが飛び降りてきて、持ってた瓦礫を奴の背中に思いっきり投げつけた。それは横に飛んで躱されたけど、もうぼくには目もくれずお母さんだけを睨んでる。
「グヴァア!!」
狼が数秒足に力をため、足元を鳴らして踏み込みお母さんに飛び掛かって鋭い爪で押さえつけようとする。ぼくは叫びそうになったけど、お母さんはその突進をすれ違うように躱し、右手の爪で胴体を切り裂いて大きくジャンプしぼくの横に着地した。
「ヴㇽヴヴゥッッ」
「アルク怪我はない!?動けるなら逃げなさい!」
お母さんは両手足の爪を伸ばし、靴を脱いで、耳をせわしなく動かし牙を剥いた戦闘態勢だった。普段より体が大きいように感じる。苦々しい顔をしててその視線の先にいる狼は、胴体をやられたはずなのにうろたえもせずこっちを見つめ返している。それでも、まだなにもおわっちゃいないけど、お母さんが隣にいるだけでお腹の奥の重苦しいものがなくなり体が軽くなったような気がした。
「えっと、、うん、これくらいなら動ける!でも.........ど、どこに逃げたらいいの!?それに皆は大丈夫なの!?」
「地下道に、、いえ崩れてるわね。階段もだめか。皆がいるからこいつを部屋の端にいかせちゃいけない、外にいけるのはあの穴だけ、か」
お母さんはそうつぶやくと、一度大きく息を吐き出しキッと狼を見据えた。そして目を離さないまま、口元を少しだけ緩めぼくに優しく言葉をかけてくれた。
「心配しないで。絶対助ける。絶対にお母さんが守るから」
そう言って強大な化け物に立ち向かっていった暖かく大きな背中を、ぼくは忘れることはないだろう。生まれて初めて感じた「死」の予感と、互いの生き死にを掛けた闘争。安全に気を使った今までの狩りとは違うむき出しの闘志と余裕を捨てた全力の戦い。
「ァアアア!!」
「グㇽゥヴアアアアア!!!」
誰も巻き込まないよう、距離をとったりせずあの穴の下で接近戦を仕掛けている。足元は瓦礫ばかりだが、スピードが落ちる様子はない。体格差はだれの目にも明らかでたった一人で戦っていい相手じゃないのに、その身一つで一歩も引かず傷だらけになりながら戦っていた。
「ぐうっ!?」
「っ危ない!!」
その時、狼の尻尾に叩かれ動きが止まり前足の一撃をくらってしまった。足元や体の下を走り回って狙いをつけさせにくくしてたけど、とうとう捕捉されてしまったのだ。ドォォォンという音と共に地面に打ち付けられ膝をついたお母さんに狼が嚙みつこうとする。
「ッこんの!」
だけどお母さんはごろごろと右に転がってそれを躱し、起き上がって脇腹に蹴りを叩き込んだ。狼が後ろに下がり、お母さんも構えをとって一拍、またギリギリの接近戦を繰り広げる。
(・・すごい)
ぼくの目でも劣勢だってわかった。爪があたったのか少なくない血が出ている。それでも、敵が強くとも誰かのために命を懸けて戦う姿と覚悟に胸が高鳴った。見逃しちゃいけない気がして、その光景から目が離せなくなった。心配と憧れと不安と感動と恐怖と、ほかにもいろいろな感情がごちゃ混ぜになって自分がよくわからない。
そうして時間の感覚が分からなくなって、何十秒、もしかしたら何十分か経ったころ、唐突に決着はついた。
後から聞いたが、お母さんと一緒に見張りをしてた人達が援軍を呼びに行き、そしてお父さんが駆けつけてくれたのだ。
「よく耐えてくれた!」
「ッあなた!」
「グㇽヴァァ!!」
すごかった。一瞬だった。飛び降りてきたお父さんが地面に着地したら急に姿が見えなくなって、気付いたら狼の後ろ足の一本が宙を舞っていた。狼が体勢を崩しながらも振り返り、その巨大な牙でお父さんを食い千切ろうと口を開けたが後ろに跳んで回避。そして右手に淡い緑の光を灯し、離れて見ていたぼくでも見失いそうになる速さで近づきすれ違いざまに首を半ばまで切り裂いて倒した。その鋭く尖った爪の先からポタポタと雫が滴っている。
お父さんが立ち止まるのと同時に狼が大きな地響きを立てて倒れ、ぼくたちは絶体絶命の窮地を脱した。
あんなに怖かった化け物を、数秒で倒した。その姿はまるでおとぎ話の英雄のようで、いろいろな感情が混ざりあい、今日一日酷使している心臓が悲鳴を上げながらも幾度目かの興奮と新たに生まれた思いを全身に伝える。
「よかったっ。ミアもアルクも無事か?」
「ええ、二人とも死にかけたけど死んではないわ。それより今は怪我人の手当をしないと」
「そうだな。皆もう安心だ!もう怯えることはない!地上の魔物共も片が付いた!だれか、動ける者は怪我人を運ぶのを手伝ってくれ!」
倒した後、お母さんと話して状況を確認すると、すぐに周りに声をかけて安心させ、救助を呼び掛けてた。
(そっか、終わったんだ、、)
「よかった、よかった、!」
「助かった!」
「まだ死んじゃダメ、もうちょっとよ!」
生き残った人たちはようやく声を出せるようになり、誰もが涙を流して安堵し、そして怪我人に声をかけていた。
「アルク、無事でよかった。大丈夫そうなら重傷者を運ぶのを手伝ってくれ」
「うんっあっお父さんネッドは!?それにみんなも!」
「アフリさんとこの子なら反対の壁のほうにいて無事だ。今は時間が惜しい。気持ちはわかるがとにかく手伝ってくれ」
皆に声をかけたあと、ぼくのほうにきて無事を確かめてからまずは上への道をつくっていた。階段を埋め尽くしていた瓦礫をあっという間にどけ、人が通れるようにしたのだ。ぼくより大きい瓦礫もあったのに軽々と持ち上げ運んでいく。
巨大な化け物を圧倒し、人を導く姿は伝説の英雄のようでぼくは何度目ともしれない衝撃を受けた。
そして、自分の情けない有り様にも。
(お父さん達はあんなに勇ましく戦ったのに、僕は何をしてた?クマの獣人として生まれたくせに、戦うことすらしなかった?)
、、悔しい。たとえ魔物が相手だったとしても、負けたままでは終われない。クマとして、誰より強くありたい。この時僕は、必ず強くなると固く決意した。
その後、地上に出るころにはほかの男の人達も駆けつけてきて救助と治療がおこなわれ、次の日には隣村から人員と物資が届き、この事件は収束していった。
今日のこの出来事が多くの人の今後を変え、そしてぼくの人生も大きく変えた。平和な日常を奪う敵を必ず倒せるようになると胸に刻み、そしてそれ以上に、お母さんのような強い心を、お父さんのようなどんな理不尽にも負けない強さを持ちたいと思った。
ここからぼくの物語は始まった。




