芝山麻耶の真実
しばらく談話が続いたが
「お袋さん、親父さんが大事にしていたペンダントがあったでしょ」
突然、信樹が口を開いた。
「気が付いたの?」
「お袋さんも?」
「ええ、よく似ているなって……」彼女はそう言うと、仏間へ行き、そこから生前、渡秀一が大事にしていたペンダントを持って来た。
「そのペンダントがどうかしたの?」奈々子が尋ねた。
「うん、あの麻耶さんがしていたものとよく似ているなって思って……」
「お袋さん、開けてもいい?」
「いいよ」
「男の子と赤ちゃんの写真か…… 男の子は親父さんでしょうね」
「あの人には妹がいたらしいの、先代が亡くなる前に話してくれたの。当時、生まれたばかりの妹がどこかの乳児園にいたらしい。力づくで調べれば調べることもできたんだろうけど、強引に動いてもいいことにはならないって…… だけど、実の妹がいることだけは間違いないから、心の片隅にしまっておいてくれって……」
「親父さん、よくこのペンダントを開けて見ていましたよね」
「そうね、妹がいることは知っていたんでしょうけど、渡の家に義理立てしていたから、絶対に口にはしなかった」
「なんか、すごい話になってきましたね……」
「あの麻耶さんが俯いた時に襟元から垂れたのを一瞬見ただけだから、何とも言えないけど、でも相当に古いものだった……」
「一樹、芝山に関してここから先は、俺に任せてもらえるよね」
「ええ、もちろんですよ。申し訳ないです」
「じゃあ、銀行連れて芝山と話してくるよ。その時に何となく探ってみるよ」
「お願いします…… 山井さんはご存知なんですよね」
「ああ、よく知っているよ」
「古賀と坂田は、この件の様子を見てからにしますよ」
「それが良いよ、流れを見た方がいいよ、亜紀子さんもとりあえずは納得よね」奈々子が微笑みかけた。
「はい、ありがとうございます」
そして、翌日、仲代一樹が直ぐに動いた。
彼は佐倉病院に入院している芝山忠一を訪ねた。
「初めまして、仲代一樹と申します。かつては、渡秀一の所で西藤とともに仕事をしていた人間です。お嬢さんの麻耶さんとは何度かお話しをさせていただいたこともあります。昨夜、その麻耶さんが渡の家へ来られて、西藤信に詫びておられました」
「そうですか、麻耶が行ったのですか…… 」
「お嬢さんが、怒りに我を忘れてしまった西藤信を止めてくれました」
「えっ、麻耶が……」
「お嬢さんは、ただ謝りに来られただけなのですが、あの若さで血のつながりもない父親の罪を少しでも償いたいと思って、懸命に生きているお嬢さんに触れて、彼が立ち止まりました。彼は後のことを私に一任してくれましたので今日、お邪魔した次第です」
「そうですか…… 」
「芝山開発の会社の借入金が一億円、月末の支払いが二千三百万円、二億円で会社を引き取らせていただこうと思っています」
「……」芝山忠一は、涙を流しながら唇をかみしめた。
「このまま不渡りを出してしまえば、更生法の適用も難しいでしょう。叩かれてしまうと、数千万円になるかもしれない。そうすれば家屋敷も持っていかれるかもしれない。八千万弱が手元に残り、家屋敷もそのままであれば、ご子息もやり直しが効くのではないですか……」
「ありがとうございます。ありがとうございます……」彼も決して馬鹿ではないから、この申し出がいかにありがたい話かと言うことはよくわかっていた。
「ただ、勘違いをしないでいただきたいのですが、西藤は、決してあなたに手を差し伸べたわけではありません。人として、麻耶さんの思いに応えないわけにはいかない、そう思ったのです。振り上げてしまった拳を降ろすところがなくて、もう殴りかかってしまうことしかできない所まで沈んでしまった西藤を、彼の奥さんと、彼が姉と慕う渡秀一の一人娘が、麻耶さんの思いに応えてあげなさい、と彼を諭したことで、我を取り戻した彼が、麻耶さんの事情をよく知る私に全てを預けてくれたのです」
「わかります。当然です、私なんか、助けてもらえる人間じゃないことはよくわかっています。昨夜も吐血して、死が間近に迫っていることを実感すると、ただただ、自分が犯した罪を悔いるばかりです。正直、この罪を背負ってあの世に行くのは恐いです。何とかしたいです。罪は消えないけど何とかしたいです。もう、私にできることは、三十年前の罪を告白して、西堂さんの汚名を晴らしてあげることしかないです」
「そうですね、彼は、告白するかどうかはあなた自身の問題だと言っていました。告白がなくても、古賀と坂田を追いつめることはそんなに難しい話じゃないんです。ただ、私は、あなたが告白して下されば、西藤がこれ以上憎しみに染まることがないので、ありがたいです」
「先日、彼が言っていたんです。あなたがおっしゃるように、告白するかどうかは私自身の問題だって、その時はわからなかったけど、死が本当に近づいていることを感じると、本当に私自身の問題なんだって…… 彼は、あの若さでそんなことまで解っていたんでしょうね。多くの大事な人の死を目の当たりにしてきて、棘のような道を歩いてきた人間の感覚なんだろうなって思って、本当に恥ずかしかったです」
「告白については、ご要望があればお手伝いはしますが、いずれにしてもあなたが判断なさってください」
「いえ、告白します。できれば、告白を取り上げてくれるような記者を紹介いただけないでしょうか」
「わかりました。それから買収にあたっては、近いうちに銀行を伴ってお伺いします。それで麻耶さんと話をさせてもらってもいいですか?」
「もちろんです。よろしくお願いします。でも…… 」
「どうかしましたか……」
「実は、あの子の母親と結婚はしましたが、あの子は認知していないし、養子縁組もしていないんです」
「えっ、じゃあ、赤の他人と言うことですか……!」
「あの子の母親が、将来、血のつながっていないあの子に相続権が発生するようなことがあってはいけないって言って…… 当時私も、確かにその通りだと思って、母親の言うとおりにしたんです。でも、おそらく罪を犯しているかもしれない私の娘にはしたくなかったのでしょうね、たとえ戸籍上でも親子にはしたくなかったんでしょうね、先日、麻耶から彼女の思いを聞いてそう感じました」
「そうですか……」
病院を出た一樹は、その足で芝山麻耶が子供達の世話をしている施設に向った。
「お久しぶりです」そう挨拶する一樹に
「本当にお久しぶりです。お元気そうで…… 」麻耶が微笑んだ。
「昨夜はご苦労様でした」
「えっ……」驚いた麻耶が一樹を見つめた。
「昨夜は、私も渡の家にいたのです。挨拶もしないで申し訳なかったです」
「そうでしたか…… 西堂さんとお知り合いなんですか?」
「はい、以前、渡秀一のもとで働いていましたから、西堂信樹、業界では西藤信と名乗っていますが、彼と一緒に仕事をしていました」
「……」
「三十年前の事件に渡秀一が関わっていたことはご存知ですよね」
「はい、父から全て聞きましたから」
「渡秀一は亡くなるまで悩んでいました。事件に関わった三人を社会的に葬ってしまおうかとか、信の両親のことなのに彼に知らせなくていいのだろうかとか、でも、最期まで彼を留めたのは信のお祖母さんの遺言だったんです。彼の祖母は、亡くなる前、渡に、事件の真相は知らせないで欲しいとお願いしたんです。お祖母さんは、信が復讐に燃えて、人の道を踏み外してしまうことを恐れていたんです。だけど、信が一生両親のことを知らないで生きて行くのはあまりにもかわいそうだと思った渡は、最後の決断を信に委ねるために手紙を残しました。信が両親の死に疑問をもって尋ねてきたら、その手紙を渡して欲しいと奥さんに遺言していたんです」
「そうだったのですか…… でも、仲代さんは……」
「私は、亡くなる前に渡から、芝山、古賀、坂田の状況だけは調べておいてほしい、信が動く時には助けてやって欲しい、くれぐれも人の道を踏み外すことのないように、助けてやって欲しいと遺言されていたんです」
「それで私の所へ……?」
「それは違います。あなたの父上と兄上のことは調べていましたが、あなたのことは考えていませんでした。でも、ふとしたことから、あなたが他人のために懸命に頑張っていることを知って、どうしてもあなたが芝山の娘さんだとは思えなかった。ここは、むしろ興味本位だったのです。」
「そうですか……」
「でも、あなたと話しているうちに、実の親子でないことを知って何となく理解できました。あなたのなさっていることだったら、支援してくれる人が絶対にいるのに、あなたは聞き入れてくれなかった。何かあるのだろうとは思っていましたが、昨夜、全てが理解できました。血のつながってもいない父親のために、償いをしていたなんて…… 」
「そんな大したものではないですよ。父親の話を聞くまでは償いをしているんだという自覚は確かにありました。でも、三十年前の罪を聞いて、恥ずかしくなりました。償いだなんて、とんでもないです。西堂さんの思いを考えたら、とても償えるものじゃないです。正直言って、父が何か悪いことをしていると思った時に、去って行かなかった母が恨めしいです。ただ悔しいです」
「でもね、信も言っていましたけど、あなたの命を繋ぐためだったんですよ、どん底にある人間が、死をも考えるような境遇にある時に、子供を育てながら生きていくのは想像を絶することですよ。まして、あなたがお腹にいた時の話ですよね。お金もないのにどうやって出産するんですか、その時の生活費はどうするんですか……? それは子供が生まれた後も同じことです。行政を頼ってみても、住所の定まっていない者は相手にしてもらえなかったり、親族はいないのか、誰か知り合いはいないのか、緊急時の連絡先は…… なんて、色々疑うような目で質問されて、かえって不安をあおるばかり…… 子供を産んだ後、止む無く施設を頼る人もいます。里親に託す人もいます。子供の命を繋ぐために、母親は懸命に手繰り寄せることができる一本の糸を探すんです。そこまで考えたことがありますか……?」
「仲代さん……」
「私の母がそうでした。身重の母を残して父は女と逃げたらしいです。母親はもう死ぬしかないと思ってさまよったらしいです。それを不審に思った交番のおまわりさんが『子供の命は奪っちゃいけない、福祉に頼りなさい。今は苦しくてもいつか一緒に暮らせる日が来るよ』って諭してくれたらしい。直ぐに福祉の関係者が来てくれて、私は出産した後、乳児園でお世話になって施設で大きくなった。だけど、施設長のおかげで、渡の世話になって大学まで出してもらった。仕事を始めて、お袋を探し当てたけど、もう亡くなっていました。再婚した男性から話を聞いたんですけど、再婚して直ぐに俺を探したらしい、でも渡の世話になって幸せに暮らしていることを知って、『自分みたいな人間は名乗り出ない方がいい』と言って再会を諦めたらしい」
「……」
「だけど、俺は恨んでいないよ。命を繋いでくれたことを感謝している。生きているからこそ、今がある。境遇なんて人それぞれだよ、信が振り上げていた拳を降ろしたんだ、君もここまでにするべきだ。ここからは君の人生を生きるべきだ」
「……」麻耶が顔を覆って涙を流し始めると、
「おじちゃん、ママを泣かすなっ」五歳くらいの男の子が一樹に殴りかかってきた。
「かえれっ……む」小さな戦士たちが集まって来て一樹を睨み付けた。
「違うのよっ、皆違うのよ、ママはうれしくて泣いていたの、この叔父さんはいい人なの……」麻耶が微笑むと、小さな戦士たちは安心したが驚いたのは一樹であった。
「すごいですね、だけどママって…… ちょっと……」
「母親に触れることができない子供達だから、夜、眠るときにはママを求めて泣くんですよ。そばで寝かせながら、『ママはここに居ますよー』って言っていたら、知らないうちに皆からママ、ママって呼ばれるようになって……」
「あなたの愛なんでしょうね、子供達にはわかっているんですね」
「ありがとうございます」
「あなたは償いのつもりでいるのかもしれないけど、そう言い聞かせているだけなんじゃないですか…… これはあなたの人に対する愛だと思いますよ。そうでないと、子供達が懐くはずがないですよ」
「ええっー、なんか難しいこと言われると……」
「でもね、麻耶さん、戸籍上、あなたは芝山とは赤の他人なんですよ。お母さんが、あなたの養子縁組を認めなかったそうです。芝山が言っていました。罪を犯しているかもしれないと思った男の娘にはしたくなかったんだろうって……」
「母が……」
「だからあなたは芝山姓を名乗っていますが、戸籍上はお義母さんの旧姓、藤原…… 藤原麻耶なんですよ」
「ええっ…… そう言われてみれば、高校受験の願書に藤原麻耶って書くように先生から言われて…… 母に聞いたら藤原の戸籍が亡くなってしまうから、時々は使わないとだめなのよとか、なんとか、訳の分からないことを言われて…… 大学に入るときも確か、同じことがあったような気がします」
「一度、戸籍を確認してみますか? 」
「はい……」
「それで、本題に入りますが、芝山開発は二億円で私が引き取ることにしました」
「えっ、仲代さんが……」
「はい、ですから施設のことは心配しないでください」
「ほっ、本当ですか。出て行かなくてもいいんですかっ……? ありがとうございます。うれしいです。こんなにうれしいことはないです」
「それから、この施設は会社で運営します。子供達の生活、教育等、必要な経費は全て会社でめんどうを見ますので、お金のことは心配しないでください」
「じゃあ、この子たちに人並みの生活をさせてあげることができるんですか……」
「もちろんです」
「……」微笑みながらも涙を流す麻耶を子供達が不安そうに見つめていた。
「それからあなたは、会社で雇用させていただきますので、施設の責任者として、今までと同様に関わって下さい」
「えっ、雇用って……」
「あなたにだってお金が必要でしょ、給料は支払います」
「そんな……、そんなことまではしていただけません」
「麻耶さん、西藤は振り上げていた拳を降ろしたんです。先ほども言いましたが、あなたもここまでです。もう償いなんて必要ない。止めるべきだ。渡に関わる者、皆がそれを願っている」
「仲代さん……」
「あなたが西藤信を止めたんです。彼は、とことん行くつもりだったんです。家屋敷を失って、個人破産するところまで追いつめるつもりだったんです。でも、血迷っていた西藤信をあなたの人生がとどめたんです。私は、これ以上の償いはないと思っています。西藤信もそう思っています。だから全てを私に委ねてくれたんです」
「……」
「亡くなられたお母さんだって、これ以上のことは望んでいないはずだ。ただ、あなたの心が満たされることだけを願っているはずです。あなたを養子縁組させなかった、お母さんの思いを理解するべきです」
一樹の言葉が、何年もの間、引きずってきた彼女の暗闇を洗い流していくようであった。
「それにね、私にも社会貢献させて欲しいんですよ」
「えっ」
「渡が亡くなる前にね、『こんな泥沼で仕事をさせてしまってすまなかった。もうここからは、人間らしく生きて行け』って、謝られて…… 人間らしくって何ですか? って尋ねると、『そんなこともわからないのか、すまない』ってまた謝られて…… 『お前は妖怪だっ、社会に恩返ししろ、社会貢献しろ』って言われてね、それ以上尋ねるのは面倒だったから、『わかりました』って答えたんだけど、何をすればいいのか、ずっーと解らなかった」
「仲代さんみたいな人にも悩みがあったんですね……」
「そりゃそうですよ。最初は、道端に落ちているゴミでも拾って歩けばいいんだろうか、道端の草刈りでもすればいいんだろうかって、そんなことばかり考えていたんです。でも、あなたと話をするようになって、あなたのしていることを見て来て、この人は何の縁もゆかりもない他人のために、懸命に頑張っているって思って、渡が言っていたのは、こんなことなんだなあって思ったんです。私には知恵も知識もないから、他人のために何かするなんてことはわからないけど、でもあなたと関わることができたら、あなたという人を通して、私にだって誰かのために何かができるって思ったんです。だから、皆に無理を言って、私が会社を買い取ることを了解してもらったんです。だからあなたに関わっていたいんです。関わり続けたいんです」
「そんな風に言っていただいたら、とても光栄です」
「……」
「でも、関わるって…… なんか奥様だっていらっしゃるでしょうに、誤解を生む言葉ですよ……」
麻耶は気になっていたことを探ってみたかった。
「いや、お恥ずかしい話なんですが、若い頃に一度失敗していまして、バツイチなんです」
「えっ、信じられない…… 」
「えっ、嘘じゃないですよ」
「それはわかりますけど……」
「何かおかしいですか……?」
「どんな人だったんですか?」
「えっ、どっ、どんな人って言われても…… 」
「きれいな人だったんですか?」
「まあ、美人といえば美人だったんですけど、金持ちのお嬢様で、わがままと言うか、世の中がわかっていないというか、何でも欲しいものは直ぐに買ってしまうんですよ、それも親の金で…… 」
「へえー…… でも、どうして別れたんですか?」
「単刀直入ですね」
「仲代さんが浮気なんてしそうに無いし、仕事だってちゃんとやっていたんだろうし、酒癖が悪いとは思えないし……」
「俺はね、色々不満はあるけど、それでも結婚したんだから、頑張ろうって思っていたんですよ。でもね、ある日、彼女の父親がやって来て『解っただろ、あんな娘なんだ。親として恥ずかしいけどどうにもならない』って、なんかよくわかんないけど、彼女は時折見せる俺の影みたいな部分に魅かれていたらしくて、その父親が言うには『君みたいなシリアスな仕事をしている人間のそばにいてはいけない人種だ』って、そのまま連れて帰ってしまったんだよ」
「ええっー、それで彼女は大丈夫だったんですか?」
「次の日に電話がかかって来て、『さよなら、私、結婚するから』って……」
「何なのっ、訳わかんないし……」
「俺だって訳わかんなかったけど、父親が婚姻届けを持ったままで、出していなかったんだよ」
「じゃあ、バツイチじゃないんでしょ、同棲していただけじゃないのっ、何なのよ、かっこつけて!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、かっこつけているなんて…… 何を怒っているの?」
「いや、怒ってはいませんけど、馬鹿みたいな話を聞いてちょっとむかってしただけです」
「あのさー、それって怒っているんじゃないの……」
「怒っていませんって……!」
「だけど、俺としては、結婚したけど失敗したって思っているんですよ」
「だいたい、仲代さんて何歳なんですか……?」
「俺は三十八だけど…… もう叔父さんだよ」
「何言っているんですか、そんなこと思っていないくせに……」
「麻耶さん、どうしたの、なんか悪い日に来たのかなー」
「そんなことはないですよ。すごく感謝しています、本当にうれしいです」
「じゃあ、さっきのような話で了解してもらえるかな?」
「はい、喜んで受けさせていただきます」
「良かった…… 納得してくれてうれしいよ」
「とんでもないです。それで、厚かましいお願いなんですけど……」
「いいよ、何でも言って」
「実は、そんなお話しをいただけるんでしたら、父を自宅で診たいんです。ここの住居部分に父を引き取ってもかまいませんか?」
「それはいいけど、治療はどうするの? 通院するの?」
「いえ、もう治療はしていないんです。だから訪問医療に変更して、ここだったら、子供達のお世話をしながら、父の面倒を見ることができるし……」
「全然かまわないので思うようにしてください」
「ありがとうございます」麻耶はほっとした様子だった。
二人の間に、ぎこちない空気がしばらく流れた。
「ところで、ずっーと気になっていたんですけど、そのペンダントは……」
「ああ、これですか、これは母の形見なんです」
「そうですか…… お母さんに取っても大事なものなんですか?」
「はい、母は生まれた時から施設で育ったんです。その母のもとに唯一残されていたのがこのペンダントなんです。中には、男の子と、生まれたばかりの母の写真が入っているんです。その人は恐らく母の兄なんだろうって思うんですけど、何もわからなくて…… でもこうしてつけているといつか、何か知っている人に出会うかもしれないって思って…… 」
「そうですか…… 写真を見せていただいてもいいですか?」
「どうぞ……」
渡秀一が持っていたペンダントと全く同じものであった。中の写真も昨夜、渡の家で見た物と全く同じであった。
(渡秀一の姪に間違いない……)
その夜、
「親父さんと同じペンダントだった。中の写真も全く同じだったよ」
再び渡の家を訪れた一樹が報告すると
「そうなの…… 」洋子は遠くを見つめ何かを思っているようだった。
「母さん、大丈夫?」奈々子が心配そうに尋ねると、
「やっとあの人のために何かをしてあげることができそうだよ」彼女は微笑んだ。
「お袋さん……」信樹が心配そうに見つめたが
「私はね、この奈々子を連れてこの家に入ってね、なんの心配もしないで、ただ、渡秀一の妻でいるだけだった。あの人のために何かをしてあげたことなんて、全く記憶がない。ただ静かに平和に暮らしてきただけ、先に逝ってしまって、何もしてあげることができなかった。だけど、ようやく、あの人のために何かしてあげることができそう……」
「お袋さん、でも、親父さんは感謝していたよ。いつも黙っていたけど、目が暖かかったって、何か間違っているんじゃないのかって不安になった時、お袋さんを見ると、気持ちが落ち着いたって…… それに父親にまでしてくれて、お礼の言葉がないって…… お袋さんがいるから、安心して逝けるって……」
「信樹……」
「俺はすごいなって思ったよ。こんな風に言える女性と家庭を創りたいって思ったよ……」
「あんたは昔からそう、一番大事なところで、一番かっこいいことを言って、いつも主演男優賞、実の娘の立場がないでしょ」奈々子も瞼を濡らしていた。
「ごめん……」
「いいよ、あんただからいいよ」
「なーんか、非常にここに居てはいけないような気がするんですけど……」一樹が言うと
「馬鹿なこと言うじゃないよ、主役が何を言っているのよ」洋子が微笑むように呟いた。
「かー、主役ですか、頑張りますよ」
奈々子と信樹はその意味が解っていたが、一樹には通じなかった。
「一樹、あんたね、本当に一緒になりたいの?」奈々子が確認した。
「なりたいですよ、こんなの、初めてですよ……」
「わかったけど、ペンダントのことは、いつか私から話すから、それまでは触れないでね」
洋子が念を押した。
「わかりました」
そして三日後、銀行の融資課長を伴って、佐倉病院で、契約が交わされ、一樹が八十%、信樹が二十%の株式を引き受け、社名は再び西堂工業と改名された。
さらに、その翌日、芝山忠一は、一樹が紹介した週刊誌『財界の闇』の編集長に全てを告白し、彼が三十年前から保管し続けていた、文書からメモに至るまで全てが資料として提出された。
その中には古賀と坂田の手書きの書類もあり、渡と山井の名前は公表しないことを条件に、二週間後、編集長はトップ記事としてこれを掲載した。
『隠し続けた三十年の闇』と題したこの記事を掲載した週刊誌は飛ぶように売れて行った。
当然のごとく、西堂信樹はマスコミから追いかけられたが
「父の無念が晴れてこんなうれしいことはありません。芝山さんの勇気に感謝します。彼を責めないで上げて欲しい」とだけコメントした。
芝山忠一は、編集長の協力を得て、覚悟の記者会見に臨んだが、自らの罪を告白したことと、信樹のコメントがあったことも手伝って、問いただす記者たちの冷静な対応の中で、その矛先は、古賀と坂田に向けられた。
一方、坂田は姿をくらましてしまったが、古賀も記者会見を行い
「とんでもない事実を知って、愕然としています。父の罪は私の罪です。今後は、ますます努力して国民の皆様のお役に立つことで償っていきたいと思っています」と、暗に辞職しない旨を公言したため、その記者会見は泥沼と化してしまった。
世論は、古賀に対する罵倒が続き、毎日のようにニュースやワイドショーで叩かれ、彼は体調不良を理由に病院に逃げ込み面会謝絶としてしまった。
それでも彼は、
( 次の総選挙までは三年もある、一年もすればみんな忘れてなかったことになる。増して親父の罪だ、今を乗り切れば絶対に明かりが見えて来る )
そう思って、静かに病院での生活を続けた。




