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暗闇に色を探す  作者: 此道一歩
第四章  復讐の序章
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復讐の終焉

 信樹はしばらくして、丸々銀行の山井副頭取を訪ねた。

「報告が遅れて申し訳ないです。芝山の件が落ち着いたらと思っていたのですが、週刊誌に追いかけられて大変でした」


「お疲れ様でした。正直言って、芝山は自己破産するところまで行って欲しかったです。でも、考えたら、あなたはやはり渡秀一に育てられた人なんですね。一歩手前で踏みとどまってしまった。仲代さんから話を聞いた時は驚きました。結局は仲代さんが引き受けたんですよね」


「ええ、彼に全て任せました。私も我を失っていたのでしょう。姉と妻に『ここまでにしなさい』って言われて目が覚めました」


「あなたのような方の周りには、やはりあなたにふさわしい方々がいらっしゃるんですね。ご両親や、お祖母様の無念を思うと、未だにやるせないものがありますが、あなたが立ち止まった以上、私もけじめを付けたいと思います。でもね、坂田と古賀はこのままでは済ませませんよ」


「山井さん、あなたは関わるべきじゃないです。古賀だって次は出馬できないでしょう。まあ、坂田については様子を見て何か考えますから……」


「実は、坂田はここにいくつかの隠し口座があるんですよ」


「えっ……」


「古賀については、芝山からだけでなく、相当なところから裏金が動いています。坂田はその一部を自分の口座に入れているんです。彼の隠し口座は三口あって、総額は五億円以上です。担当の支店長も頭を痛めているんです」


「でも、今の時代でも隠し口座が作れるんですか? それとも誰かの名前を使って……」


「いえ、もう三十年も前からの口座で本人確認なしで口座ができていた時代のものなんです。制度が改正されて本人確認の書類をもらいたいのですが、架空口座ですから、書類が届かない。でも、口座は動いているんです。元来はそれなりの手続きを踏んで、しかるべき措置を取るべきなんですが、銀行としても、知られたくないことがたくさんあるもので、止む無く目をつぶっているんです」


「へえー、確かに話を聞けばそうなのかって思いますけど、実際にそういうことがあるんですね」


「ですから、ここからは私に任せていただけませんか……?」


「でも、副頭取という立場だってあるでしょ」


「いや、もう私もけじめを付けたいんです。財務省に同期の者がいますので、既に情報を流しています。国税庁へのルートも確保しています。後はあなたの同意をいただければゴーサインを出します。間違いなく収賄ですから、直ぐに警視庁も動くと思います。坂田の隠れている場所もわかっています。あいつが逮捕されれば、おそらく古賀も逮捕されます」


「山井さん…… でも、銀行だって痛手を被るでしょう」


「大丈夫です。私が責任を取って辞職することで、財務省内は抑えてくれることになっています。利用者の方々の不安はあるでしょうが、そこは仕方ないです。でも一時(いっとき)です」


「山井さん、でも、あなたが職をかけなくても……」


「西堂さん、私は、この日が来るのを一日千秋の思いで待っていたんです。これまでに何度か、坂田が口座を移そうとしたことがあるんです。でも、どこも危ないですよって、私がとどめたんです。この日のために、三十年のこの思いを成就させて下さい。私は、この仕事に早くピリオッドを打ちたい」


「でも、辞められてどうするんですか……」


「もう六十は過ぎているんですよ。孫と遊ぶのが楽しくてね、残りはそんな人生にしたいんですよ」

「わかりました。お礼の言葉もありません」


 そして、山井は担当支店の支店長に電話を入れた。

「長い間、苦労かけてすまなかった。坂田の隠し口座はもう幕を引くよ。近いうちに税務調査が入る。事前に預金者の一覧表を準備しておいてくれ。調査官がそれを求めるから、調査官の前に置いて、預金課長の田中以外は、全員外に出すんだ。そしてお前は漏れがないだろうかと言うような顔をして、指先で一覧表の預金者の氏名を追うんだ。隠し口座の所に来たら、そこで一度指を止めろ、無言のまま知らせるんだ。あらかじめ何ページに隠し口座が記載されているかよく見ておくんだぞ。関係ないページは飛ばせばいい。一つ済んだら、二つ目のページに飛んで、上から順に指で追う。隠し口座の所で指を止める。三つ目も同じだ。この間、一言も話すんじゃないぞ、お前は、無言で指で知らせるだけだ。後は、向こうの指示に従え、いいな、後の責任は俺が取るから上手くやってくれ」


 そして三日後、午前九時、税務調査が入ったが、隠し口座をあっという間に特定した調査官は、その詳細資料を銀行側に求め、さらっと見ただけで

「これは収賄の可能性が高い、直ぐに警視庁に連絡をしろ」と命令し、午前中に彼らは銀行を後にした。

午後になると、警視庁捜査二課の刑事が二人やって来て、この支店のATMを使って現金を引き出した日時を特定し、防犯カメラの映像確認から、この隠し口座の所有者が坂田正和であることを特定し、坂田が身を隠している女のマンションに向った。

 半ば脅されるように任意同行を求められた坂田は、しぶしぶ出頭したが、彼は決して入金されているお金の出所は口にしなかった。


 彼は先代の古賀一典議員の時代から、警視庁と関わっていたが、その時代は、古賀議員の力を背景に、警視庁に対しては威圧的に接してきた。事実、所轄の署長、本庁の課長クラスは坂田を特別な人間として位置づけ、腫れ物に触るように接してきた。

 しかし、この度初めて犯罪者としての扱いを受け、警視庁を軽く見ていた彼は、その恐ろしさに震えあがってしまった。

 それでも、証拠はないはずだ、とぼければ大丈夫だと思って彼は無言を通した。


 そんな時、山井から、芝山はあるレストランで坂田の使いの者に金を渡していたはずだという情報を得た刑事が、芝山に接触し、直近の受け渡しが四ヶ月前であることを知って、防犯映像を調べたところ、彼が若い男に紙袋を渡している録画がはっきりと残っていた。

 さらに、坂田の愛人宅に踏み込んだ際、そのマンションの入り口付近でその若者を見た刑事がいたことから、直ちに聞き込みが行われ、彼が愛人の息子であることが判明した。


 当初、彼は坂田の隠し子かと思われたが、血のつながりはなく、小遣いをもらって、金の受け渡しをしていたことが判明し、息子を犯罪者にされるかもしれないと慌てた愛人は、坂田が自分のマンションで息子から金を受け取っていたことを告白した。

 そのため、直ちに逮捕状が請求され、坂田は緊急逮捕されてしまった。


「総務省にいるお前の息子も共犯らしいな、相当に金を使っていたらしいじゃないか、あの若さで課長とは、古賀の名前でかなり無理をしたんじゃないのか……?」と息子の話を出され、


「息子は関係ないんだ……! 」と坂田は懸命に訴えたが


「そんな虫のいい話が通るわけないだろっ、彼女に暴行したらしいから、今、逮捕状を請求しているところだ」


「そんなはずはない、息子が暴行するなんて……」


「そんなことはどうでもいいんだ、彼女が二週間前に頬を張られたって言うから、協力依頼したら、『なんでも協力します』って慌てていたよ。そんな犯罪者の息子とは付き合えない、直ぐに別れますってよ」


「なんて、卑劣なことをするんだ!」


「お前には負けるよ、週刊誌の記事、読んだぜ。その内には松井の殺人も一課が立証してくれるからよ、覚悟しておくんだな」


 こんな取り調べが二日も続くと、坂田は、あっという間に全てを自供し、古賀へ裏金が流れていたことも白状し、その裏金口座のことまで話したため、その確認を取った警視庁は、ついに古賀の逮捕に踏み切った。


 ここに三十年に及んで父子二代で築き上げてきた、古賀の虚構の城がついに崩壊を始め、その父子の影で金だけに執着した坂田の人生も七十代の半ばで牢獄に繋がれ、二年後、彼はそこで終焉を迎えたが、その遺骨を引き取る者は誰もいなかった。


 警視庁は、勇気をもって情報提供してくれた山井副頭取に敬意を払い、坂田の隠し口座のことは積極的には報道しなかったため、丸々銀行が非難を浴びることはなかったが、心を決めていた山井は、その年、職を辞して第二の人生をスタートさせた。


 信樹はこの一連の流れを見つめながら、華麗なまでの山井のやり口に驚嘆していた。

( 三十年の思いか…… 正直に生きてきた人なんだろうなー、親父やお袋が亡くなったことで、自分を責め続けていたんだろうな、彼に責任がないことは明白なのに、渡の親父さんと同じなんだ。自分を許せなかったのか…… 今の時代にあんな人がいたのか、なんか、人間の本当のすごさを見せてもらったなー、これから俺はどうすればいいんだろう )


 事が成就した後、信樹は心にぽっかりと空いてしまった風穴をどうすることもできなかった。それでも、彼の表情が穏やかになったことを感じた亜紀子は、両親の墓前に報告する彼の横顔を見て、この数カ月の胸騒ぎが嘘のように晴れやかになっていることに気づいて、気持ちよく手を合わせた。



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