*episode.19 偶然
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あぁ、なんて憂鬱な朝!
今日も学校に行ったら浅黄姉妹が喧嘩をしてるかもしれない。なんて考えると、もう体も心も怠けたいモードに入ってしまうよ。
あれから3日が経ったけど、浅黄檸檬さんと浅黄蜜柑さんは、毎日のように教室で喧嘩をしている。朝からの時もあるし、お昼休みや下校する時に校庭で、なんて事もあった。
昨日なんて、
「お前の顔と似てるとか死にたくなるんだよ!!」
「それじゃ整形でもすれば? それか顔削ぎ落とすとかさぁ!!」
「だから小学校の時は伊達マスクになってたんだよ!!」
「何それ、そんな昔の事今言うの!? 私が悪いって言うの!?」
「もうお前とは縁切ってやる!!」
これは流石にマズイと思った。だってこんなこと言って、本当に顔を削ぎ落としたりなんかしたら、もう……。考えたくもないよ。
2人がとても仲が悪いのは見て分かるんだけど、暴言を吐き合う時は、いつも悲しそうというか、何だか泣きそうな顔をしているように見えるんだ。私の気のせいかもしれないけど、怒ってる顔と言うよりは、悲しそうな顔の方が多く見られるような気がするの。
本当に本当にお互いのことが嫌いなんだよね。そんな人がいつも家に居る気持ちって、どれくらいのものなんだろうって想像してみるけど、やっぱり想像なんかよりずっとずっと辛いんだよね、きっと。
先生達も、2人が喧嘩してる事に気付いてるはずなんだけど、対処とかはしてくれないのかなぁ……。このままほっといたら、もっとエスカレートして、他の生徒にまで喧嘩の火種が移っちゃったりしそうなんだよねぇ。既に2人の評価はダダ下がりしてるし。まさかとは思うけど、このまま事件とかに発展したらどうするのかなぁ。
「はー……行ってきまぁす」
乱暴にドアを閉めて、いつもより重たく感じる学生鞄を背負い直して、重たい足取りで学校に向かった。
朝はあんなに不安だったけど、今日は意外と静かだった。
教室に入っても、2人共自分の席に座って、黙々と予習をしていたんだ。
元々授業中は真面目に勉強してるから、きっと根は真面目なんだよね、うん。
「ねえねえ、妹の面倒とか大変じゃない?」
「荒れてるよねー、見るからに」
「昨日とかも蜜柑ちゃんにすごい突っ掛かってたしね~…」
数人のクラスメイトが、教科書やノートを学生鞄に詰めていた浅黄蜜柑さんの周りに集まってきた。
そんな嫌な言い方をする彼女達にも、浅黄蜜柑さんは優しく対応していた。
「檸檬は皆が思ってる程悪い子じゃないよ。本当はとても優しくていい子なの」
浅黄蜜柑さんは微笑んで、眉を潜めるクラスメイトに優しく語り掛けた。
「仲悪いように見えたけど、そうでもないの?」
「え、ええ、別にそこまでは――」
「あーうるせーなぁ!!」
浅黄蜜柑さんの声を掻き消す勢いで、今まで大人しかった浅黄檸檬さんが、いきなり椅子を蹴飛ばして立ち上がったんだ。いきなりでびっくりしたんだけど、すぐにまた喧嘩が起こるってことは察知出来た。
「ちょっと、檸檬」
「耳障りなんだよ! ちょっとは静かにしろよ」
浅黄檸檬さんは舌打ちしながら吐き捨てた。
うっ、そんな言い方したら、また大喧嘩に発展するじゃんか~!
想像した通り、穏やかだった浅黄蜜柑さんの顔に、あからさまな怒りの色が現れた。
「自分勝手言わないで! ここは学校なのよ!? 」
「学校には馴れ合いするために来てるんだな、ご機嫌取るために必至だもんな」
浅黄檸檬さんは挑発するように嘲笑う。
そんな妹に、姉も黙っていられないみたいで。
「馴れ合いって……!
友達が居ない檸檬には分からないのね。嫉妬して意地張ってる余裕があるなら好かれる努力でもしたら?」
「んな群れなきゃ何も出来ねぇ連中となんか親しくなりたくもねぇよ」
「本当にあんたって最っ低だよね!」
「お前みたいな奴に嫌われて悲しむ奴なんて居るかよ」
教室中がしんと静まり返った。
ど、どうしよう……やっぱり何も起こらない日なんて有り得ないのかな。こんな状態が何日も続くわけ!?
私がパニックになっていると、雪帆ちゃんが立ち上がった。
「ゆ、雪帆ちゃん?」
お願いだから火に油を注ぐようなことは――
「二人とも、姉妹なんだから喧嘩なんて止めようよ」
どうやら仲裁に入ったみたい。良かった、やっぱりいい子だよね、雪帆ちゃんは。
「口出しすんなよ」
「これは私達の問題なの」
そんな優しい雪帆ちゃんの言葉も、2人には届かないみたい。
「だったら人目のつかないところでやりなさいよ。はっきり言ってここでやられるのは迷惑なのよ」
赤羽さんも立ち上がってそう言う。
浅黄姉妹は流石に気まずくなったのか、無言で席に着いていった。
何で、何でこうなっちゃうんだろう?
2人は、何で仲良く出来ないのかな?
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「まあ、それは仕方ないんじゃないかしら。」
学校の帰り道、赤羽さんは肩を竦めながらそう言った。
「きっとあの2人にも、色々事情があるのよ。」
「事情かぁ」
もしその事情のせいであんな風になっちゃってるのなら、その事情って結構大変なものなのかもね。
浅黄檸檬さんはともかく、普段はすごく落ち着いてる浅黄蜜柑さんは、あそこまで態度が変わるのはちょっとおかしいなぁなんて思い始めてる。
だって、そうでしょ? 妹が絡んできた途端、人ってあんなに変わるものなのか。いくら嫌いな人でも、周りに人が居たりしたら、怒鳴り散らしたりしないもんね。
「私達が余計な首突っ込んだって解決することじゃないと思うわ。」
何で赤羽さんがそんなことを言ったのか、何となく分かった。
きっと、私がまた余計なお節介をするんじゃないかって察したんだよね。本当にこのお節介癖は何とかならないものか。
「それじゃ、ね。今日はスーパーにルーズリーフ買いに行くから」
赤羽さんは校門を出て少し歩いたところで、曲がり角を曲がった。
「うん、また明日!」
私は赤羽さんに手を振って、家路につこうとした。
……あ、確か私もシャーペンの芯が無くなりそうだったんだっけ。
「待って、赤羽さん!」
既に後ろ姿が小さくなっていた赤羽さんを追い掛ける。
「私も、買わなきゃいけない物があったから、一緒に行ってもいい?」
最寄りのスーパーに向かう途中で赤羽さんに説明すると、
「シャーペンの芯? あぁ、あなたいつも寝ぼけてるから、よく芯を折ってるものね」
なんて言われた。
うっ、赤羽さんって意外と私のこと見てるんだね。
「そこまで勉強してるわけじゃないのに、こんなにも減りが早いとは……」
一応入学前にも買ったんだけどなぁ。
「赤羽さんはきっと、折らなくてもすぐに無くなっちゃってそうだよね」
「1日1本くらいは無くなるわよ」
「えっ」
一瞬目が飛び出しかけた。流石赤羽さんと言うか、やっぱり凄いよね。
私もそろそろ真面目に勉強しないと――
「ちょっと、あれ」
私が赤羽さんに感嘆していると、当の彼女はスーパーの入口を凝視しながら、私の肩を乱暴に連打した。
「ど、どうかしたの?」
「どうかしたのじゃないわよ、あの2人って……!!」
赤羽さんが指差す方向には、確かに楽しそうに連れ立ってスーパーに入っていく2人組が居た。
かなり遠目だから顔は分からない。
「赤羽さん、知り合い?」
呑気に訊いてみると、
「寝ぼけてるの!? あれって――」
赤羽さんは般若のお面みたいな顔で、私を見詰めてきた。
「どう見たって浅黄さん達じゃない!!」
……え、浅黄さん???
もう1度スーパーの方を見たけど、さっきの2人組の姿はもうなかった。
「とにかく追うわよ!!」
言うが早いか、赤羽さんは物凄いロケットダッシュで走り出したんだ。本当にロケットみたいで、ほとんど見えなかったくらい……。
なぁんて見とれてる場合じゃないよ、赤羽さんって文化会系だと思ってたのに、まさかの体育会系……?
文武両道なんてズル過ぎるよ!!
「ま、……待ってー!!」
既にスーパーに姿を消した赤羽さんを、必死に追い掛けた。
普段の運動不足と、日々の疲労――主に闇との戦いやミラクルキーが濁っていることへの不安、そして浅黄姉妹に対する怯え――のせいで、既に虫の息の私は、子どもの日関連の商品が並んだスーパーに入った。
店内は少し暖房が入ってるのか、少し暑苦しかった。
なぁんて休んでる場合じゃないよね。赤羽さんはどこに行ったんだろう。
フロアでうろうろしていると、不意に誰かに腕を引っ張られた。
それも物凄い力で、首ががくんと揺れて、肩から嫌な音がしたんだ。
「いったい!!」
思わず叫ぶと、私の腕を抱えた赤羽さんが、エスカレーターの方を指差して、
「何呑気に動き回ってるのよ、浅黄さん達に見つからないようにしないと!!」
赤羽さんは小声で、でも力強くそう言った。赤羽さんが指差しているエスカレーターの前に、浅黄姉妹(らしき人)が案内図を見ながら何かを話し合っていた。
「ねえ、あれって本当に浅黄さん達なの?」
つい訊ねてみる。
だって、普段の浅黄姉妹とは、まるで別人みたいな雰囲気なんだもん。
ある程度髪型や服が違っても、知り合いなら分かるじゃん?まあ浅黄姉妹の制服の姿しか見たことないし、会ってまだ日も浅いから、そのせいかもしれないけど。
それに、
「あんなに仲良く一緒にショッピング、なんてするわけないでしょ、あの浅黄姉妹が……」
どんなに頭を捻っても、想像もつかない。
あんなに暴言を吐き合って、友達同士のいじり合いなんてレベルじゃないもん。声のトーンも表情も本気だし。
「あなたはどれだけ目が悪いのよ。とにかく追うわよ!」
気が付いたら、浅黄姉妹らしき人達は、談笑しながらエスカレーターに乗っていた。
「あの2人が降りたら、走って上るわよ」
赤羽さんは血眼で2人を見据える。
2人が2階に降りた途端、
「桜澤さん、何モタモタしてるの、行くわよ」
エスカレーターに乗り込んで、物凄いスピードで駆け上がっていった。
本当に浅黄姉妹なのかなぁ……???
赤羽さんとなるべく音を立てないようにエスカレーターを駆け上がって、2階のフロアへ上がる。
浅黄姉妹がエスカレーターから降りるのを待ってたせいか、既に2人の姿は見えなくなっていた。
「一体どこに行ったのかしら……」
赤羽さんは足踏みをしながらぐるりとフロア内を見回している。
「どうしようかしら、この後塾なんだけど……」
不安そうに呟きながら、赤羽さんは腕時計を見た。
「赤羽さん、浅黄さん達は私が探しておくから、赤羽さんはルーズリーフ買って塾に行って。」
「そんな、いいわよ。私が追い掛け始めたんだし……」
赤羽さんはそう言うけど、
「大丈夫だよ。それに、この間の黄色と橙色の妖精さんの言葉も気になるし。」
「黄色と橙色の妖精って?」
赤羽さんは不思議そうな顔で訊いてきた。
「あれ、3日くらい前の夢の中に出てきたから、赤羽さんの夢にも出てきてるものかと……」
ただの夢だったのかな? 本当のお告げとかじゃなくて……。
「ごめんなさい、確かその日からは、色々あってちゃんとは眠ってないの。だからかもしれないわ。」
「あ、そんなんだ」
夢の中にしか出てこられないのかもしれないもんね。まだ赤ちゃんだって言ってたし。
それにしても、3日間もまともに寝てないって……赤羽さん、大丈夫なのかな?
「でも、このタイミングで妖精の声が聞こえるって何だかおかしな偶然ね。」
赤羽さんはおかしそうに笑った。
「やっぱりそう思う?私も偶然にしては都合良すぎるなって思ったんだけど……」
ついこの間、中途半端な時期にクラスに転入生が来て、しかもそれが双子で。
妖精さんが言っていた光も、黄色と橙色で2つだった。
まさか、浅黄姉妹が光……?
「もうわけが分からないわね。
とりあえず……今日はちゃんと寝るわ……あっ!」
赤羽さんははっとして周りを見回し始めた。
「こんなところで立ち話してる場合じゃないわ、浅黄さん達はどこに行ったかしら!」
時すでに遅し、浅黄姉妹の姿はどこにも見当たらなかった。
「あっちゃー、完全に見失ったわね……」
赤羽さんは悔しそうに、眉間にシワを寄せて下唇を噛んだ。
「ごめんね、私が妖精さんの話をしてたせいで」
「良いのよ。桜澤さんが謝る必要なんてないわ」
赤羽さんは肩を竦めて微笑んだ。
「でもさ、浅黄さん達……もう店内には居ないかも知れないよね」
「そんなことないわ、フロア内から出ていたとしても、店内に居る可能性はまだあるわ」
「そっか……」
「はぁ……魔法ってこういう時に使えたら良いのにね。誰かを倒す為に使うなんて気分悪いわ……」
そう言って赤羽さんは苦笑したけど、目は笑ってなかった。
そうだよね、闇とは言え他人を傷付けるための力だから、私もちょっとやだなぁ。物語の中のキラキラした魔法少女にも憧れるよね。
「それじゃ、よろしくね。」
赤羽さんはそう言って、エスカレーターで文房具が売ってある3階に上っていった。
まさかとは思うけど、浅黄姉妹――黄色と橙色の闇だなんてことはないよね?