*episode.18 桃色の闇の正体
双子の転入生――浅黄姉妹に怯えながらも、1時間目と2時間目はやっとのことで乗り切れた。
あれから浅黄姉妹は何の発言もせず、ただただ黙々と机に向かっていた。意外と勉強熱心なのかもしれないけど、あんな大喧嘩を見せられた後だからか、嵐の前の静けさ的な何かなんじゃないかと不安になる。
大人しくて良かったんだけど、それが逆に怖いってゆーかね。
私は寝たふりをしながら、ちらりと横目で浅黄檸檬さんを観察している。
……変人じゃないからね。
浅黄檸檬さんはずっと窓の方を見ていて、クラスメイトには目を向けようともしない。クラスメイト達が騒ぐたびに指で机をこつこつ叩きたり、時折舌打ちをしたりしながらも、直接暴言を吐いたりはしていない。
次は首を左方向に向け、浅黄蜜柑さんを目で追う。
次の授業の予習をしてるみたいで、授業中と同じく黙々とノートと参考書の視線を行き来させている。浅黄蜜柑さんは特に真面目なんだね。
この先もずっと、さっきみたいな喧嘩は起きないといいなぁ。
✡
「それじゃ、気を付けて帰れよ」
「さようなら!」
終業を告げるチャイムが鳴り、鳳先生は教室から出ていった。すると一気に教室の空気は緩くなる。
「ねえねえ、今日どっか遊びに行かない?」
「カラオケとかは?」
「えー、駅前のクレープ屋行こうよ〜」
様々な会話が飛び交っている。まさにこれが青春って感じ。
そんなクラスメイト達を眺めていると、赤羽さんがやって来た。
「桜澤さん」
「あっ、赤羽さん!」
「ちょっといいかしら」
「うん、全然オッケーだよ」
赤羽さんから話し掛けてもらえたのがすごく嬉しくってつい、大袈裟に反応してしまった。数人のクラスメイトが私達の方をびっくりした顔をしていた。
そりゃそうか、この間まではあんなに仲悪かったんだもんね。
「今から時間取れるかしら。
妖精達も一緒に」
妖精さん達も? 光に関することで何かあるのかな。
「うん、大丈夫だけど」
「昨日から気になって気になって、授業も集中出来なかったくらい気になってることなの。」
赤羽さんは少しだけ眉を潜めながら言った。
「そうだね、これからのことも……色々話さなくちゃいけないもんね」
「ええ」
赤羽さんは、プリーツスカートのポケットから何かを取り出して頷いた。
それは、真っ赤な石が付いたミラクルキーだったんだ。
私の桃色と色違いだけど、形大きさは同じだよ。
「私の家に来る? お母さんは仕事で遅くまで帰ってこないからさ」
私が提案すると、
「そうさせてもらうわ。うちは色々あって人を呼ぶことが出来ないから……」
元々伏し目勝ちだった切れ長の目を更に伏せて、赤羽さんは侘しそうに微笑んだ。
……私、まだまだ何も知らないんだな。赤羽さんのこと、全部知った気になってたけど、本当はもっともっと色んなことがあるのかもしれない。
「……行こっか」
私達は教室を後にした。
学校から私の家に行くまで、赤羽さんはお父さんに電話するからと言って、ずっと携帯電話を耳に当てていた。
時折声を荒らげたりしていたけど、私の家に着く頃には電話を切っていた。
「遠慮しないでね、ささ」
ドアの鍵を開けて、赤羽さんを招き入れる。
「お邪魔、します」
恐る恐る玄関に入る赤羽さんは、少し怯えているように見えた。こういう機会が少ないのかも知れないね。友達の家に遊びに行ったりするの。案外私と似てるんだなぁ。
「……片付いてるのね、綺麗な家ね」
赤羽さんは玄関を見回しながら感嘆の声を漏らした。
そこまで綺麗だとは思わないんだけどな、赤羽さんがお世辞を言うなんて何か意外だなぁ。
「桃音、お帰り――紅も一緒か」
ドアを開ける音に気が付いたのか、2階から妖精さんが飛んで来た。そして隣に居る赤羽さんを見て、暗い表情になる。
「……紅。何かあったのか」
「ええ。ちょっと気になることがあったのよ。昨日結界の中に現れたあの子のことで」
「あいつと知り合いなのか!?」
妖精さんの食いつきは凄まじかった。私の闇のせいで私の心が読めなくなっちゃったから、相当不便になったもんねぇ。
妖精さんはそれから何も言わないまま、ハエみたいに2階に飛んでいってしまった。
何かすごい不安だけど、赤羽さんは話したがってるから、聞かないわけにもいかないよね。ここはしっかりと頭に入れておかないと。
私と赤羽さんは頷き合って、重い足取りで2階に上がった。
「……で、あいつのことで気になることって何なんだ、紅」
赤羽さんの心を読み取ったのか、赤色の妖精さんもすぐに来てくれて、早速本題に入る。
「あの子、桜澤さんの闇なんでしょ? 桜澤を恨んでる……」
赤羽さんはどもりながら言った。
「ああ、そうだが」
妖精さんはしれっと言ったけど、自分を恨んでる人が居るってすごく傷付くんだよね。所詮妖精さんには他人事だよ、ふんだ。
「あの子、塾で見たことがあるって言ったじゃない。
私あの後に塾に行ったんだけど、あの子の名前も年齢も分かっちゃったの」
赤羽さんはぶるぶると震えながら言った。
「もしかしたら私に気が付いて襲って来ると思ったから、バレないように眼鏡を外してマスクを付けて髪を結んだんだけど、何か光の気配とか何とかでバレちゃったの」
「えっ!?」
私は思わず声を上げた。
会ったことがあるような気がしたけど、3回も会ったのに誰なのかは分からなかったあの子。美雲塾に通ってるなら、私と知り合いの可能性がある人はたくさん居るけど、その中には絶対に闇であってほしくない人も居る。
でも、その子の顔は忘れることなんてないから、それはきっと大丈夫。
「それで、そ……そいつの名前は何なんだ?」
妖精さんがあんまり乗り気じゃなさそうな声で訊ねる。
「それは言えないわ。」
赤羽さんが首を横に振って項垂れた。
「何でだよ、それだけ言って終わりなのかよ? それじゃあ何の解決にもならなくないか? なぁ、桃音」
「え、う、うん」
私は正直そこまで知りたくはないけど、知っておかなきゃいけないことだよね。でも出来るならまだ知りたくない。
「桜澤さん、ごめんなさい。
でもどうしても言えないの」
赤羽さんは申し訳なさそうに言った。
「いや、全然いいんだよ。でもどうして話せないの?」
そこが謎だよね。
「それが……自分の正体を桜澤さんに話したら、桜澤さんのミラクルキーを壊して殺すか、光の力が弱まってるところにつけ込んで闇にしてやるって言ってきたの」
「は、はぁ!?」
妖精さんは口をポッカリと開けて、わなわなと震え出した。
「光が弱まってるって――そんなことも分かっちゃうのかよ」
妖精さんは悔しそうに爪を噛んだ。
そっか、妖精さんも気が付いてたんだ。ミラクルキーがこんなに濁ってるのも、私の気持ちが妖精さんに伝わらないのも、光の力が弱まってるからなんだ。
それって、闇が妖精さんの精神を掻き乱したあの日からだったよね。
あの子、もし自分の正体を誰かに知られた時、私にばらさないようにする口止めのためにわざわざ……?
「そ、そんなわけないよね!? だって……」
どうしてそこまで、自分の正体を隠したがるの?
「とにかく、紅は桃音の闇に監視されるかもしれないから、充分気を付けよ! 紅の心が読めるワタシも当然狙われると思うから、絶対に言わないようにする。
桃音達も、もし結界が張られたらすぐに変身して!!」
赤色の妖精さんがそう叫んだ。
「分かったわ。……桃音も気を付けて。」
眼鏡のレンズ越しでも分かるくらい、赤羽さんの目は真剣だった。
「うん。」
私が頷くと、赤羽さんは安心したのか、優しい表情になって立ち上がった。
「さてと。話したかったのはこれだけよ。桃音も気を付けて」
「うん、ありがとう」
赤羽さんは学生鞄を手に取って、「もう帰るわね」と言った。
「またいつでもおいで。それから勉強も良かったら教えてね」
玄関まで見送りに行く途中で、さりげなく言っておいた。
「……分かったわ。」
「え、ほんと?」
今まではあんなに嫌がってたのに。
「あの時は、恥ずかしくてつい……」
赤羽さんは顔をリンゴみたいに真っ赤にして、ローファーにかかとを引っ掛けながらドアを開けた。
「じゃあね。また明日」
私は門から出ていく赤羽さんに手を振った。
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桜澤さんの家を出て、茜色に染まった空を見上げる。
「紅、昨日のこと桃音に話しちゃって良かったの?」
心配そうな顔をした妖精が言った。
「会ったことまで話しちゃいけないなんて言われてないもの。私はあの子と桜澤さんがどういった関係なのかも知らないんだし、言うべきじゃなかったのかもしれないけど。
もしかしたら、私みたいに……」
家族とか、大切な人かもしれないのに。ちょっと無責任過ぎたかな。
でも気になって気になって仕方なかったの。と言うか、怖かったのかもしれない。
自分の正体を明かしたら桜澤さんを殺すって脅されたんだもの。私を殺すって言うならまだしも、桜澤さんを殺すなんて絶対にさせたくない。
「紅、自分の闇にも気を付けてよねッ」
今は忘れていたいことを、妖精は言った。
「……分かってるわ。」
もう家に帰ろう。あの人はきっと今日も疲れて帰ってくるわ。
歩き出そうとしたその時、背後で砂利を踏んだような音がした。
「……誰」
わざわざ訊かなくても、誰なのかは予想出来るけどね。
桜澤さんの闇――高本しゅうこ。
「私に何か用があるなら、コソコソしてないで出てきなさいよ。」
背後を睨むと、高本しゅうこは塀の角から姿を現した。
「赤羽さん、ちょっと話があるんだけど、聞いてくれる?」
私達は桜澤さんの家の前で、向かい合った。