ようやく手に入れた俺の女神(フィン視点)◆
その日、俺は二度目の誕生日を迎えた。
長かった日々にようやく終わりが訪れた。上司らによって仕組まれた陰謀で呪われた俺は、実は禁忌魔術の実験体だった。何の断りもなく勝手に被験者に選ばれたことに言葉じゃ言い表せないほどの怒りと憎しみすら感じた。俺が二十年余りを掛けて築き上げた地位も何もかもを奪った奴ら。一生許さないと、苦痛に耐えながら何度復讐を思ったことか。その思いだけが俺を生かしていたと言っても過言じゃなかった。
それでも、怒りと憎しみしかなかった俺に光をもたらしてくれたのは、淡い金の髪を持つ年若い魔術師だった。まだ少女にしか見えない幼げな容姿は手を出せば犯罪臭すら感じられるほどだったけれど、共にいれば理論的でしっかりした考えの持ち主だった。世間知らずで生活面ではかなり危うかったけれど。
そんな彼女との旅は苦痛しかなかった俺に喜びと楽しみをもたらしてくれた。彼女と出会わなかったら例え解呪が叶って生き延びても人を恨みながら行きていっただろうと思う。それくらい呪いがもたらす痛みや不快感は強く深く、死んでしまいたいと何度も思ったものだ。
だが、そんな日々もようやく終わりを告げた。伸び続けて切る度に痛みをもたらした鉤爪は元に戻り、心臓を含む内臓に常にあった不快感や鈍い痛みからもようやく解放された。身体がこんなにも軽いものだったのかと驚くほど、呪いは俺の身体を蝕んでいた。それを悟られないように気を遣う日々もこれで終わりだ。
食事の後、ルカを庭に誘った。懐に仕舞ったものを確かめ、ロイが教えてくれた庭の奥へと向かう。この先にはサベリスの木があって花が見頃だという。俺は場所など気にしないが女性はそういうところに拘る人もいると言われてしまえば考えざるを得ない。ルカは花が好きで道中も花を見つけて喜んでいた。あの時のルカの笑顔はどこか力が抜けて可愛かった。ロイ、お前の気遣いに感謝するぞ。花言葉もだ。しかしあいつ、なんでそんなことまで知っているんだ? 将来女ったらしになるんじゃないかと心配になるんだが……
「うわぁ、凄く、綺麗……」
満開のサベリスの花は見事だった。大きな木が一面白に染められ、風が吹くたびに小さな花弁が舞い降りてきて雪みたいだ。ルカの淡い金の髪に花弁が降り注いで女神のようだった。いや、彼女は俺の女神なんだが。あの妖精眼は神々しい程に綺麗だった。滅多に見ることはないけれど、見る度に出会った時のことを思い出す。あの時見た女神を俺だけの女神にしたい。それだけを思ってここまで来た。もう、誰にも渡したくない……
気持ちを抑えきれなくなった俺は、ルカの前に跪いた。
「ルカ、これからの人生、俺を傍に置いてくれ」
「ああ、ルカと。死ぬまで傍にいたい」
重くならないようにと心掛けたのに口から出てきたのは思った以上に重い言葉だった。ルカが引かずにいてくれてよかったと思う。いや、自己肯定感が低いルカだ、あれくらい言わなきゃ伝わらなかったかもしれない。それでもまだ躊躇していたのだから。
「俺はお前だけのものだ。だから俺の一生、お前が貰ってくれ」
ここまで言ってようやく伝わったんだと思う。そしてルカも俺を想っていてくれた。そうと知った時の気持ちは言葉には出来なかった。絶対に手を離さないし、幸せにするし、何があっても死ねないと思ったし、誓った。
それからはルカの気が変わらぬうちに、そして余計な横槍が入る前に結婚式を挙げた。二人だけでもよかったが、クラウス卿やフランツ卿が「女性は結婚式を夢見ているんだから割愛するなど言語道断!」と言ってザクサーで式を挙げる手配をあっという間にしてくれた。どうやら彼らも俺と同じ人種だったらしい。そう言えばフランツ卿は愛妻家で有名だった。クラウス卿も亡くなった細君を想い再婚しなかったと聞く。まぁ、二人とも何となく同類だって感じがしていたが、愛の重さが同じだったらしい。有り難いことだ、彼らも同じなら、ルカが俺から離れないように彼らも手を打ってくれるはずだ。そんな素振り、絶対にルカには見せられないけれど。
ザクサー邸の一角にある小さな聖堂でルカと簡単な式を挙げた。ルカには豪奢な花嫁衣装は用意出来なかったが、フランツ卿の奥方が白いドレスを、フランツ卿が正装を貸してくれたので恰好はついた。白いドレスを纏ったルカは本当に綺麗で、ああ、やっぱり俺は女神を捕まえたんだと実感した。
その胸元には俺が贈った若葉色の石が輝いている。フランツ卿に腕のいい細工師を頼んで正解だった。かなり値は張ったが出世払いだと言ってくれた。これからしっかり稼いで返さないとな。どんな小さな貸しも作れば返さなきゃいけない。それがルカに影響を及ぼす可能性があるのだと思えば看過出来ない。仕方がない、たまには魔獣や夜盗討伐に協力するか。ルカが研究に没頭している間は俺も時間に余裕がある。長い遠征はお断りだが。
互いに勘当され、何も持たない身だ。それでもクラウス卿やフランツ卿とその夫人、ロイや屋敷の主だった使用人に見守られての質素ながらも温かい式だった。二人で誓いの言葉を述べて口づけを交わし、婚姻誓約書にサインをする、それだけのもの。それでもルカは嬉し涙を流しながら笑っていた。ああ、こんなことでこんなに喜んでくれるのか。だったらもっともっと喜ばせたい。ルカの笑顔が見たいんだ。そのためなら何だってするし、何だって耐えられる。呪いの苦痛に比べたら大抵のことは些細なことだからな。
「温泉?」
式を挙げた直後、庭での立食式の食事を楽しんでいると、クラウス卿がベーニッツの観光地にある宿を取ってくれたと教えてくれた。貴族にも人気の宿でクラウス卿も結婚後に利用したという。そこの宿の店主とは婚姻だからと特別に手配してくれたらしい。
「ルカも女子じゃからな。ちっとはそういうところに連れて行ってやれ」
「よろしいのですか?」
かなり高いぞ。俺に払い切れるか? どうにもフランツ卿といいクラウス卿といい、俺に提案してくれるのはいいが、恩に着せようとしているのを感じる。俺が逃げないようにと、ザクサーから離れないようにと囲い込む気か? それは別に構わないが、ルカのことで不利になるのは本意じゃない。
「わかりました。出世払いでお願いします」
「祝儀じゃから構わんのだがのう」
「ルカのことは俺がやりたいんで」
「ふぉっふぉっふぉっ、ルカも重い男に捕まったようじゃのう」
そういうあんたも同類だろうとの言葉は呑み込んだ。費用はいずれ返す、きっかりと。クラウス卿がルカの不利になるようなことをするとは思わないが足枷は一つでも少ない方がいいのだから。
金の心配はあったが、それでもベーニッツの温泉宿は素晴らしかった。部屋は小さな離れのような平屋だが、広々とした部屋に豪奢な調度類は上位貴族向けのもの。建物の中には湯が満ちた水浴び場のようなでかい湯船があって湯が絶えず流れ込んでいる。居間と寝室も広々として、ベルを鳴らせば世話役がやって来て食事でもなんでも運んできてくれる。久しぶりに誰かに世話をされる生活を楽しんだ。
ルカは目を輝かせて喜んでいた。それにしても俺の奥さん、可愛すぎる。初夜も滞りなく済ませ、のんびり贅沢な時間を過ごした。食事も運ばれてくるし、近くには散策にちょうどいい庭や林もある。夜は酒も頼んだ。ルカはよく食べるけど酒には弱く、少し酔ったくらいが最高に可愛いと知った。飲ませすぎると眠ってしまうから程々がいいらしい。酔うと饒舌になって色んなことを話してくれた。時々実家や昔の職場の話になってしんみりすることもあったけれど、そこは俺の出番だ。
「私が力不足だったから……」
「ルカは悪くないだろう?」
「そうかな……でも、私が至らなかったから……」
「そんなことはない。ルカが努力家なのは皆知っている。あいつらが浅はかだっただけだ」
低いままの自己評価を上げるのも俺の役目だ。大切に守って慰めて励まして。話を聞けば聞くほどフェルザー伯爵に怒りが増していく。今度会ったら殴ってもいいか? いや、さすがにまずいか? 何とか一発殴るくらいの報復はしておきたい。ルカの痛みはそんなもんじゃないけれど。
因みに、フェルザー伯爵のルカへの仕打ちはフランツ卿が人を使って広めてくれたからあの糞男は今苦境にあるという。第一王子は愛妻家で子煩悩だからルカが冤罪で失職したのに彼女の言い分も聞かずに勘当したことが世間に知られたのだ。これには俺も一枚噛んでいて、上の兄上にその噂を広める協力を頼んでおいた。兄上も真面目だから憤ってくれたからいい援護射撃になったらしい。中立派の中で広がっていた噂を第一王子派の中から肯定する噂が出たせいで、あの一家は窮地に陥っている。ざまぁ見ろだ。これで当分は大人しくなるだろう。
結婚してからはザクサー邸にある使用人向けの小さな家を借り、そこを拠点にした。殆どはクラウス卿の手伝いで過ごし、俺は時々盗賊や魔獣討伐の手伝いをする。騎士の手伝いは身体を鈍らせないために必要だし、辺境の盗賊なんぞたかが知れている。魔獣討伐には魔術師が付くからこちらも楽勝だった。たまにルカも同行してその時は神経を使ったけれど、あの術者と対峙した時に比べたら大したことはなかった。
巡検使の仕事は……時々気まぐれにやってきた。大抵は何処かの領地を見て回るだけのもので、気になることがあったら報告するだけでいい。実際に調査するのは王家だし、相手が警戒して証拠隠滅に走られても困る。本当にただ見てくるだけが最善だから俺たちにはちょうどいい。幸いにも報酬も悪くない。半年もしたらクラウス卿やフランツ卿への貸しも返せた。あちらは不満そうだったが、ルカのためにもここは譲れなかった。
そんな日々が穏やかに過ぎて……
俺たちは今、ベーニッツの温泉宿にいた。一年前に滞在したあの宿だ。人気があるから予約するのも簡単じゃないが、そこはクラウス卿の伝手を借りた。この街の祭りに行きたがっているとわかっていて知らん顔するわけがないだろう? 巡検使の仕事で近くに来たのも幸いだった。ルカを驚かせようと思っていたけれど、どうやって連れ出そうかと考えていたところだったから。
「フィン、見て! 屋台がこんなにいっぱい!」
「ああ、はぐれるといけないから手を繋ぐぞ」
そう言って柔い手を握りしめる。絶対に離さないと決めた手、ルカは可愛いからはぐれたら虫が寄ってきてしまう。そんなこと、想像するだけで許しがたい。
「わぁ、魔獣肉だって。フィン!」
「ああ、先ずはこれからもらうか。一番長い列が出来ているしいい匂いがしている。絶対美味いぞ」
肉を焼く匂いが食欲をそそる。他にも菓子を焼く甘い匂いや何処か香ばしい香りもしてくる。せっかく来たんだ、食べたいものを好きなだけ食わせてやりたい。普段は太るからと控えているけど、今日くらいはいいだろう。
「あ、あっちのお肉も美味しそう!」
「ああ、あれも食おうな」
「あれは何かしら? 甘いにおいがする。お菓子?」
「どうだろうな。結構並んでいるから美味いんだろうな。あれも行くぞ」
「うん!」
子どもみたいにはしゃぐルカが可愛い。祭りに行くなんて経験をしたことがなかったと言っていた。あの爺のことだから平民に交じって祭りを楽しむなんて発想はなかったんだろうな。こんなに喜ぶんだ、これから何度でも連れてきてやろう。
「ふふっ、フィン、ありがとう」
「何だ、急に?」
「だって、一緒に楽しんでくれる人がいるから、何倍も楽しいし美味しいもの」
ああ、俺の奥さんはなんて可愛いんだ。このまま部屋に戻って押し倒したい衝動を必死に堪えた。
ここでこの物語は終わりとなります。
最後までお付き合いくださってありがとうございました。
今日から新作を上げました。
『暴漢に襲われた公爵令嬢を庇ったら、その兄令息に溺愛されました』
こちらも異世界恋愛物ですので読んでくださると嬉しいです。




