其之二
――真田の郷出立より五日後、浜松近郊――
「痛てて!くっそぉ…まだ胸板が痛えや。手加減しろよ兄上!【金の雨を降らす男】かっての!」
かつて目にしたドロップキックの名手たるレスラーの異名を口にし源四郎がボヤく。
「…?誰ですかそれ??」
「こっちの話だ。つーか弥五郎!もう少しで浜松だぞ?しっかりしろ!行軍訓練したろ?」
ちなみに二人の旅路は堺まで陸路である。
それも行商人を装って。
理由は…
「徳川家康と織田信長の面を見てぇ!」
と言う源四郎の鶴の一声である。
「小田原から船乗り継げばいいのにぃ〜…あ゛〜、くたびれる。」
「うるせぇ!…しっかし父上も準備がいいよなぁ。郷に出入りしてた行商人に薩摩者を見つけるやいなや行商先で見つけた見込みある丁稚を先んじて薩摩に帰らすって事で薩摩までの【過所】書かせちゃうんだもんなぁ。…まぁそのおかげで定期的に干した鴨肉作って卸さなきゃならなくなったが。」
※【過所】とは俗に言う通行許可証、江戸の世でいう通行手形である※
「そこは繁蔵さんやおとり様達が上手くやってくれましょうぞ?干し肉の作り方、教えてきたんですよね??」
「まぁなぁ…おっ!見えて来たぞ弥五郎!浜松だ!!」タタタッ
三州街道を小走りする源四郎。
眼前には…後に不倶戴天の敵となる徳川家康の居城【浜松城】、そしてその城下町が広がっているのであった。
――浜松城下――
「で?源次郎様??」ガツガツ
「ん?何??」ガツガツ
茶屋に寄り雑炊をかき込みながら話す源四郎と弥五郎。
「どーやって家康の顔を拝むんですか?」ガツガツ
「ん?…考えてなかった!」
「ッッッ!」ブーッ
「あ!汚えなテメェ!つーか食いもん粗末にすんな!」
盛大に雑炊を吹き出す弥五郎とそれを咎める源四郎。
お前ら、漫才でもやってんのか。
「ゲホゲホ!あんたねぇ!」
「…なーんてな。弥五郎、お前の背負い籠の中の一番上に俺がえらく軽い包入れたよな?開けてみ??」
「え?…!源四郎様、これ!?」ガサゴソ
源四郎が「お前入れとけよ♪」と押し付けてきた包を開く弥五郎。
そこには真田の郷では見知った、だが世間的には物珍しい一品だった。
「羽毛どてらじゃないですか!?」
「みりゃ分かるわ。そもそも俺が持ってきたんだし。」
「コレ、郷の外へ持ち出していいんですか??」
「あぁん?そりゃただの見本よ…ごっそさん。」ジャ
雑炊代を置き源次郎が立ち上がる。
「ちょ!?私がまだ食べてるでしょうが!…これお勘定!!」ジャ
「まいど〜」
弥五郎も店主に代金を渡し源四郎を追う。
「そうは言いますが…具体的にはどうするおつもりで?」
「あ?徳川家御用商人にこの羽毛どてら売り込んで家康に渡りつけてもらうのよ。」
「そんなにうまく行きますかね…?」
――壱刻後――
「では今後とも宜しくお願い致しますぞ武藤殿♪」
「はい♪本国の旦那様、小県の真田様にはこちらから申し伝えます故♫それでは家康公への御目通りの件どうぞよしなに♫」
「ははっ!わかっておりますよ♫」
「…本当にやっちまいやがったよコノ人。」
歌に歌われるジャパニーズビジネスマンもかくや、見事な営業スタイルで御用商人筆頭の屋敷をあとにする源四郎と弥五郎。
ちなみに武藤殿とはこの旅路で源四郎が名乗る【武藤四郎兵衛】のことである(弥五郎は元々孤児で姓がないのでそのまま【武藤弥五郎】、四郎兵衛とは遠縁と言うことになっている。)
「だいたい四郎兵衛って何ですか、四郎兵衛って?」
「あ゛?俺に名付けの才がないとでも??」ギロッ
「ナンデモアリマセーン」
「…父上は昔【武藤喜兵衛】を名乗ってたろ?そこから取った。」
「それなら【武藤十兵衛】とかのほうが格好がつきませんか?」
「あ!そっちの方がいいかも!!」
「自分で才ないの認めてるし!」
「…あ゛?」
「ナンデモアリマセン。」
「とにもかくにも羽毛どてら様々だな!郷のおっかさん方、忙しくなるぞぉ♫」
「…あとで怒られても知りませんよぉ?」
とまぁこんな調子で安々と家康へのお目通りを勝ち取る源四郎であった。
――明くる日、浜松城謁見の間――
「(おおおおお…遂に来ちゃったよ浜松城)」
「びびってんなよ弥五郎 (ボソッ)」
謁見の間へ通されビビり倒す弥五郎と開き直って堂々とする源四郎。
そこへ…
「これより殿の御成である!控えよ。」
「ははっー。」
「ははっ…(コイツが…この男が【東国無双】…本多平八郎忠勝!!)」
大柄な武人然とした男が源四郎(四郎兵衛)と弥五郎に言う。
本多平八郎忠勝。
愛槍【蜻蛉切】と共に生涯五十七回もの合戦に赴くも無傷であったとされる剛の者。
【西国無双】立花宗茂と並び【戦国最強】との呼び声も高い武将である。
「(やべー…流石の自衛隊にもこんなのいなかったぞ……)」
流石の源四郎も冷や汗もんである。
そこへ…
「…御用商人たっての願いと言うで来てみたが、本当に童二人とはな。面をあげよ。」スッ
三河守、徳川家康が現れる。
「はは〜。」
「はは〜(こいつが父上、そして兄様の不倶戴天の敵…家康!)」
「…ふっ。」
源四郎の眼光を知ってか知らずか家康はほくそ笑む。
徳川家康。
言わずとしれた後の天下人、江戸幕府の始祖である。
そして真田家(忠勝の娘、稲を嫁にもらい徳川側となった源三郎一家を除く)を九度山と言う超僻地(現代日本に於いては真田ゆかりの地、高野山への玄関口として一大観光地になってはいるが)へ封じ…
「(そして大阪の陣で兄様を…その前の関ヶ原では【あの人】が討たれる原因となった男)」
「何を黙っておる其方ら?何ぞ売り込みに来たのではないのか?…なんてな。」
家康が言う…まるで昌幸のような含みを持った笑みを浮かべて。
「「!!!!!」」
最後のひと言、なんてな。
これで源四郎と弥五郎はすべてを察する。
「武藤四郎兵衛、か…さしずめ父が名乗っていた【武藤喜兵衛】からもじったというところか……… 真田源四郎。」
「(かぁあああ!これが伊賀者を擁する三河の実力ってかぁ!?見せつけてくれんじゃねぇの…となりゃ、俺が今出来るのは!)」
胸の内で、実力差を見せつけられた悔しさを抱えつつ源四郎が口を開く。
「…そこまでわかってんならわざわざ聞くこともねぇだろ家康公」ホジホジ
ドカッ!
「!?」
「ほぉ。」
「むっ。」
源四郎が耳をかっぽじりながらあぐらをかく。
「げ、源四郎様ぁ!?」
「あーうるせぇな弥五郎!こちとら商人じゃないってバレちまったんだから正座の必要ねぇだろ?足痺れたら明日以降の旅路に支障出んぞ??」
「いやいや!なんでここから無事に出れると思ってんのこの人!?」
最早半べその弥五郎を尻目に源四郎が言う。
弥五郎の反応もさもありなん。
直接のドンパチは今のところないとは言えここは信濃を狙う織田の同盟国三河、その中枢である。
ここで…
「ハッハッハ!真田の小童め!!なかなか肝が据わっておる!!これは面白い男ですぞ殿!」
忠勝が豪放に笑い出す。
「ふふ、確かにな。して源四郎よ、お主…なぜここまで開き直って居られる?」
「…家康公に俺を殺す理由がなきゆえ。」
「ほぉ?お前の家、真田の主家は武田。我が同盟相手、信長様が狙う信州の盟主ぞ?」
「ですが俺はその武田の嫡男と言う訳でもございませぬ。それに…」
「それに?」
「仮に俺がここで討たれたとすれば…例え武田が黙っていても我が真田の家が黙っておらぬでしょう、家康公を討つ…とまではいかずとも俺の仇を討つべく相当の血が流れるのは明白。それが我が祖父一徳斎(真田中興の祖とも言える真田幸綱のこと)の頃より続く真田の気性でございます。」
「(言うてアンタ、一徳斎様のことほとんど知らねーだろ!?)」
※一徳斎は源四郎が四つの時に亡くなるが源四郎自身「寡黙かつ威厳ある孫にゃ優しいじっちゃま」くらいの認識でその活躍は父昌幸から伝え聞いたのみである。※
するとここまで聞いて家康が笑い出す。
「かっかっか!ここでまさか一徳斎殿の名を聞くとはな。確かに…あの御方の小県への執念、そして家族と領民への思いの強さ。それこそが真田の血なのかも知れぬな。」
「うむ!一徳斎殿の勇名、それがしも聞き及んでおるぞ!!」
家康と忠勝が口をそろえる。
「(そんなにすげーじっちゃまだったのか、うちのじっちゃま。…小さい頃よく抱っこしてもらったり散歩についてったりした記憶しかねぇが)。」
そんなことを考える源四郎。
「して源四郎、お主なぜこの浜松城にやって来た?むざむざ死にに来た訳ではあるまい?」
そんな中家康が源四郎に問う。
「まさか。三河の殿様ってどんな人なのか気になっただけにございます。」
「そうか。では源四郎、お主から見て儂はどう見える?」
「少なく見積もっても大名然とはしておられませんなぁ、野心や覇気は感じられませぬ。」
「(あんた何言っちゃってんの!?)」
「はっはっは!ハッキリものを言いよる童よ!殿、普段から言われとることをまさかこのような童にまで言われるとは!!」
「ふっ、ほんとにのぉ。」
源四郎の言葉に三者三様の反応をする弥五郎、忠勝、家康。
「しかし源四郎、お主は本当に故郷が、そこに住まう民が好きと見える。それこそ十年にもおよぶ執念で小県を取り戻した一徳斎殿と同じくな。」
「はいっ!俺は真田の家、民、郷を愛しております…しっかしながら家康公!俺にはそれ以上に【愛している者】がおりまする!!」
「…あ゛。」カチーン
何かを察したかのように固まる弥五郎。
「ほぅ?」
「ふむ?」
忠勝と二人興味ありげな顔をする家康。
「(聞くなよ!?絶対に聞くなよ!?聞いちゃったらそっからなげーーーーーーーーーーぞ!?)」
内心焦りまくる弥五郎…だがしかし、運命とは残酷である。
「話してみせい源四郎…その【愛する者】とやらのことをな。」
「(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!聞いちゃったよこの狸親父ぃいいいいいいいいいいいい!)」
弥五郎、腹の内での大絶叫。
「畏まりました…では語って進ぜましょう……我が最愛の女房みおのことをッッッッッッ!」
「「!?」」
「…はぁ〜。オレシラネ。」
源四郎のあまりの鼻息の荒さに驚く家康と忠勝。
そして力なく肩を落とす弥五郎。
そう、こっからが…ガチで長かったのである。
まずは馴れ初め、「肥桶話」から始まり…
「「あっはっはっはっは!」」
「こ、こえ…肥桶ってお主!」
「ど、どど…どう用を足したのじゃ童!まさか…」
「みおの手は借りておりませぬぞ?」
「(借りてたら借りてたで問題だよ!)」
室賀の痴れ者共からの奪還戦(無論【焙烙玉:朱】の事は伏せて)…
「!?恐ろしいな、真田の子らは。」
「まったくです!童、おぬしどうやってそのような子らを育て上げた!?」
「毎日逞しく【戦ごっこ】しておっただけです♪」
「(尋常ならざる【戦ごっこ】だけどな!!)」
仮祝言での話…
「ふふっ。仲睦まじいのぉ。」
「まったくです。わが娘【稲】にもこやつのような男が見つかればよいのですが…」
「きっと見つかりまする、本多様♪(そう、うちの兄上って超堅物がね)」ニヤリ
「(また何か腹に抱えてるよこの人ぉ…)」
出立前のみおへの【宣誓】の話…
「【服務の宣誓】、とな?そのような誓いを立てる防人など聞いたことがない。」
「童よ、流石にそれはお主の作り話ではないのか?」
「家康公、本多様…これは本当の話でございます。本当に遠い遠い国の防人達(自衛隊)はやっております」
「(しかも委細聞こうとするとはぐらかすんだよなぁ…【服務の宣誓】とやらについては)」
そして何より二人が食いついたのは…
「「信長公をもぶっ殺すぅうううううううう!?」」
「げ、源四郎!それは本気か!?」
「戯れに言っていいことではないぞ童ぁ!」
流石に二人ともこの反応である。
対して弥五郎は…
「(はっ!恐れ慄くがいいさ三河守、【東国無双】…うちの源四郎様…そこは惚れ惚れするほど本気だぜ?)」
「戯 れ で そ の よ う な こ と は 申 し ま せ ぬ が ?」
最大級の【殺気】をはらみ源四郎が返す。
「「!?」」ゾクッ
家康、そして百戦錬磨の忠勝ですら震撼する。
「(こ、これが数えで十の童の放つ気迫か!?)」
「ふっ!この平八郎を一瞬でも…面白いぞ源四郎!」
「ふっ…天下の【東国無双】にそう言ってもらえるとは恐悦至極。」
「はっはっは!平八郎にそこまで言わすか!この童、末恐ろしいのぉ!!」
「まったくですなぁ殿!かっかっか!」
とまぁこんな感じで…
――二刻後、浜松城城門前――
「(二刻も嫁語りすんなよぉ〜)」
弥五郎が内心ボヤく。
そんな弥五郎を尻目にわざわざ忠勝を伴い門まで送りに来てくれてた家康が言う。
「源四郎よ…」
「はい?」
「お主とは…戦場で相まみえたくはないのぉ」
「…俺もです、家康公。」
「源四郎!」
「はい、本多様。」
「また浜松に寄るようなら何時でもこの平八郎を訪ねると良い!お主ならば大歓迎ぞ!」
「はっ!ありがとうございまする!(クックック、兄上と稲様といい…本多家とのパイプは着実に出来ていくなぁ)」ニヤリ
「(…また何か悪いこと考えてるよコノ人)。」
「では道中気をつけてな。」
「「はい!」」ザッ
家康と最後に言葉を交わし歩き出す二人。
が、しばらくして…
「げんしろお〜!」
家康が呼びとめる。
「はい?」
「島津が兵法、くれぐれも徳川に使うでないぞ〜!」
「!…俺もそれを願っておりまするぅ〜!では!!(けっ!なんだかんだ食えねえおっちゃんだな!)」
そう返し浜松を後にする源四郎と弥五郎。
そしてその夜、源四郎は夢を見る。
昼間話したからだろうか…それは祖父一徳斎と過ごした日々であった。
はじめて「じじ、ばば」と祖父母を呼んだあの日…
「聞いたかおとり!もぅじじと!源四郎は聡い子じゃあ!」
「えぇ殿!この子は真田の新たな宝だけありますねぇ!!」
庭でころんで膝を擦りむいた時の慌てよう…
「おおおお、おとり…源四郎は大丈夫か??」
「ご心配いりませぬよ殿…」
そしてその腕に抱かれ、郷を見下ろす丘にて沈む夕陽を見ながら語りかけられた言葉…
「良いか源四郎…【天下を取れ】などとこのじっちゃまは言わん。だが…その眼に映るこの真田の郷くらいは守れる男になるんじゃぞ?無論源三郎、源次郎と仲良くやってな?分かったな?」
「…もちろん仲良くやってるぜ、じっちゃま。まぁ、今や郷以上に【愛する女房】が出来ちまったがな。」
「うう〜ん…誰と話してるんですか源四郎さまぁ〜。」
一夜の宿を頼んだ茶屋の軒下で目を覚ます二人。
昨日長らく浜松で【嫁語り】をした結果である。
「いっつつ!?やっぱり布団で寝たいもんですねぇ、全く。」
「あぁん?テメェ当てつけか??」
「そんなことは言ってませんよぉ〜」
「ふん!まぁいいや、目ぇ覚めたならさっさと行くぞ。婆さん世話になったな!」ジャ
「ありがとうございました、お代はここに」ジャ
「まいど〜、道中お気をつけてねぇ」
茶屋の婆さんに送り出され歩き出す二人。
「…帰ったらじっちゃまの墓参りでもすっかなぁ。」
「おやおや珍しい…一徳斎様、夢にでも出られましたか?」
「まぁそんなところだ…さぁ次は安土!【第六天魔王】の面見たろうじゃねぇの!!!」
「私は別にいいんですけどねぇ、見なくても」
「何かいったか?」
「別にぃ〜。」
こうして二人は薩摩への旅路、第二の寄り道先【安土】へ向かうのであった。
度胸か、狂気か、それとも愛か…
読者の皆様は奥さん語り、四時間も出来ますでしょうか(ꈍᴗꈍ)




