彼らは単なるおとぎ話
はじめまして、Imaginationerと申します。
『九つの災厄』は私の初めての連載小説です。
日本語での創作に挑戦しています。至らぬ点もあるかと思いますが、
どうか温かい目で見守っていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
ソラリオン王立図書館の高いガラス窓から夜霧が忍び寄っていた。天井まで届くエルダーグローブの棚の間を、ブロンドの長い髪の少女がゆっくりと歩いていた。手に持った魔法のランタンの柔らかな光が、古びた本の表紙を揺らし、静寂の中に渦巻く時の塵を照らしていた。
「ここはどこにいるの…?」
ソラリオン王国第二王女、リアナ・ルナラ・ソラリオンは小さく唸った。革装丁の本の背表紙に指を滑らせ、ほとんど忘れかけていたタイトルを読んだ。「エーテリア山脈の風水術」「星座の系譜」「天空の国の間の香辛料貿易」。いや、彼女が探していたのはそれではない。宮殿の3分の1ほどの広さの部屋は、暗闇に浮かぶ迷路のようだった。しかし、彼女の心臓は一点へと激しく鼓動していた。
「まだ寝てないの、リアナ?」
鐘のように澄んだ声が静寂を破った。リアナはランタンを落としそうになった。棚の後ろには
女王エリザベス・ソラリオンが立っていた。彼女の顔はいつもの穏やかさを放ち、昼間は溶けた金のように輝いていたブロンドの髪は、ランタンの光の中ではまるで腹のように見えた。しかし、鋭い青い瞳は、どんなに傲慢な貴族でさえも屈服させるほどだった。
「お母さん!…ここから変な音が聞こえたから、見に来たの」リアナは震える声を落ち着かせようと呟いた。忙しいお母さんを心配させたくなかったのだ。
エリザベスが近づいた。リアナは凍りついた。エルナリスの海よりも深い笑みを浮かべ、女王は彼女を追い越し、書棚へと歩いていった。「ついてきてください」と彼女は振り返ることなく囁いた。
一瞬呆然としたリアナは、すぐに後を追った。彼らは振り返り、古代の文字が刻まれた分厚い書物が並ぶ棚を通り過ぎ、エリザベスはついに人目につかない隅で立ち止まった。女王は僭越にも小さな本に手を伸ばした。古びた革装丁で、錆びた金属板で鍵がかけられていた。
「これがあなたの探していたものです」と女王は言い、本を彼女に手渡した。リアナの目は大きく見開かれた。表紙には、かすかなインクで「九つの災厄」と書かれていた。
「お母様はどうして~?」
エリザベスは繊細な人差し指をリアナの唇に当てた。「母親の本能を侮ってはいけません」と彼女はウインクしながら言った。その微笑みには、ある秘密が隠されていた。
「リアナ、どこもかしこも探したよ!キッチンまでずっと探したよ!」
明るい声が響いた。長女のリシア・ルナラ・ソラリオンが慌てて現れた。普段は肩まで丁寧に梳かされている茶色の髪は、少し乱れていた。「あら、お母様もいらっしゃるの?」
「お姉様、ごめんなさい!何も言わずに出て行ってしまいました」とリアナは答えた。「それに、お姉様はぐっすり眠っていて…ロア王子のことを寝言で言っていて…」
「リアナ!黙って!」リシアの顔が真っ赤になり、暗闇の中でギラギラと輝いた。「あ、あそこに寝転がって話してただけ!つまり、意識がなかったってこと!そうでしょう、お母様?」彼女は懇願するように母を見た。
「わからないわ」エリザベスは本棚に寄りかかり、いたずらっぽい笑みを唇に浮かべた。「でも覚えてるわ。夢の中で誰かがあなたの名前を口にしたら、それはとても…特別な人ってことよ」
「お母さん!」リシアの頬はさらに赤くなった。
エリザベスとリアナは吹き出し、その明るい声が図書館の静寂を吹き飛ばした。
「わかったわ、リシア、夢の話はしばらく保留にしておきましょう」と、笑いが収まった後、エリザベスは言った。 「今夜、リアナに付き添ってくれる?」
「リアナに付き添ってくれる?」リシアは妹の腕の中の本をちらりと見た。すぐに頬に皺が寄った。「リアナ、あの童話をもう一度読んでみる?」
リアナは苦笑いを浮かべ、本をぎゅっと抱きしめた。リシアは長いため息をついたが、その目は優しげだった。
「わかったわ。いたずらっ子の妹のためなら何でもするわ」と、リアナのブロンドの髪をくしゃくしゃにしながら言った。
エリザベスは二人を図書館の居心地の良い隅へと案内した。そこには王族のために特別に用意された大きなソファと丸太でできた低いテーブルがあった。二人はエリザベスを真ん中に、両脇には彼女の内灯が置かれた。リアナは古びた本をテーブルの上に丁寧に置いた。
「リアナ、ランタンをここに置いて」とエリザベスは頼んだ。
ランタンが置かれると、女王はそれをじっと見つめた。中の光の玉は一定のリズムで脈打ち、温もりを放っていた。
「光魔法が安定してきたわね、よかったわね」エリザベスの称賛は心からのものだった。
「ありがとう、母さん。でも、私はまだアユンダには程遠いのよ」リアナは謙虚に答えた。
「ねえ、謙遜しないで」リシアが口を挟んだ。「正直に言うと、可愛い妹の方が私より早く習得しているのよ。きっとソラリオンで一番の光魔法使いになるわよ、リアナ」
リアナは嬉しそうに微笑んだ。彼女は自分の作品を見つめた。ガラスに閉じ込められた純粋なエネルギーの球体が、危険な煙の炎に取って代わっている。アストララリアでは、
光魔法は文字を学ぶのと同じように基本的なものだ。
「さあ、リシア、あなたの番よ」エリザベスは言った。「妹に魔法における優雅さの意味を教えてあげて」
「よく聞きなさい、リアナ」リシアは鷲のように鋭い集中力で手を挙げた。彼女の声はふぅ、呪文の力に満ちて。「ルーメン・マジカ:光の蛍!」
リアナの光の球の中から、小さな金色の点が現れた。それは成長し、体と透明な羽根を形作り、ついには温かみのある金色の光を放つ魔法の蛍となった。小さな生き物はリアナに向かって飛んできて、彼女の鼻先に少しだけ止まり、そして舞い去っていった。そして、2匹目、3匹目と、さらに数十匹が現れた。一瞬にして、図書館全体が魔法の夜の草原へと変貌し、何百匹もの蛍が書棚の間を舞い踊る光に照らされた。
「わあ…アユンダ、すごい!」リアナは光の舞いを見つめながら、目を輝かせながら囁いた。周囲の世界は消え去り、姉が作り出した魔法だけが残った。
「いつか、あなたはもっと偉大なことを成し遂げられるようになるわ、リアナ。そう感じるわ」リシアは、姉の反応に誇らしげに、そして少し感動しながら囁いた。
「あなたたち二人は母の誇りよ」エリザベスは温かく包み込むような声で言った。「さあ、こんなに美しい光があれば、読書ももっと楽しくなるわ、リアナ?」
リアナは、まるで本来の目的を思い出したかのように息を呑んだ。「ええ!ごめんなさい。アユンダの魔法に迷い込んでしまったの。」
エリザベスは九つの災厄を注意深く開いた。黄ばんだページが静かに軋んだ。空気が一変した。空気はより冷たく、より古びた感じがした。
「九つの災厄…」エリザベスの普段は柔らかな声が変わり、深く響き渡る声になった。まるで大地そのものが語りかける声のようだった。
ほとんどのアストララリアンにとって、これはただの寝る前に読む物語――盲目の戦争の時代に失われた古い物語――に過ぎなかった。しかしリアナには、いつも何かがあった…言葉を読むたびに、骨身に奇妙な震えが走った。
物語は、九つの異なる種族からなる九つの存在について語っていた。彼らが災厄と呼ばれたのは、邪悪な意図のためではなく、その力一つで自然災害に匹敵するほどだったからだ。山を裂き、海を干上がらせ、永遠の嵐を召喚する力を持つ。盲目の戦争――あらゆる種族、そして人間でさえもが、アストララリアの統治に最もふさわしい者を競い合う、恐ろしい争い――の真っ只中、九人の魔族が現れた。
彼らは英雄ではなかった。彼らの手は血と裏切りの鎖に染まっていた。しかし、悪人でもなかった。その恐るべき力で彼らは平和を強制し、力ずくで世界地図を書き換え、盲目の流血に終止符を打った。物語は、彼らが自らの存在によってもたらした変化の代償を払い、跡形もなく消え去ることで幕を閉じた。
そして物語は終わった。
「結局のところ」リシアは重苦しい沈黙を破って言った。「あれはただの物語でしょう?でも…母さん、盲目の戦争は本当にあったのですか?」
「ええ、お母様」リアナは目を大きく見開き、本の表紙に釘付けになって続けた。「これは歴史…それともただの警告?」
エリザベスは二人の娘を見つめた。蛍の光が彼女の賢明な目に映っていた。
ゆっくりと、彼女は二人の頭を撫でた。「母親は子供に嘘をついてはいけないの。それに、私も本当の答えがわからないから、黙っていることにするわ。偽りの安心感を与えるよりは、黙っている方がましよ」彼女の微笑みは悲しげだった。「でも、覚えておいて。あなたが嘘をついている時はいつでもわかるの。図書館の埃こそが、私にとって一番の情報源よ」
リシアとリアナは頬を紅潮させながら、互いに顔を見合わせた。その脅しは奇妙なほど効果的だった。
「ああ、そうだったわ、お母様。この本は誰が書いたの?」リアナが尋ねた。
「いい質問ね、リアナ」リシアは呟いた。「この本は誰が書いたの?著者名がないわ」
エリザベスは本を閉じ、表紙と背表紙を注意深く調べた。 「うーん…奥付も献辞もない。著者がわざと身元を隠したみたいね」彼女は革の表紙を軽く叩いた。「あるいは…時の流れによって、わざと身元が消されたのかもね」
「ということは、これは作り話なのかもしれないわね」とリシアは大きくあくびをしながら結論づけた。リアナも思わずそれに倣い、あくびをした。
エリザベスはくすくす笑った。「ほら?あなたたちの体は嘘をつかないわ。もう遅いし、目も重いしね」
「母さんはいつも正しいのよ」リアナは目をこすりながら認めた。
「ルーメン・マジカ:帰還」エリザベスは短い呪文を唱えた。たちまち、すべての蛍が向きを変え、光の川のようにランタンへと舞い戻り、リアナの元のオーブと再び一つになった。
「どうしてですか、お母様?」リシアは驚いて言葉を失った。それは彼女がまだ習得していない高次の魔法だった。
「女王と母の秘密よ」エリザベスは謎めいた表情で再び指を唇に当てながら答えた。「さあ、早く部屋へ。エーテルの夜の冷気が漂ってきていますわ」
三人は『九つの災厄』を隠された棚に戻し、再び静寂と長い影に包まれた書斎を後にした。
王女の暖かい寝室では、リアナがすでに毛布にくるまっていた。
「お母様、おやすみのキスを」と彼女は優しく頼んだ。その声は柔らかかった。
エリザベスは近づき、かがんで末娘の額に温かいキスをした。「おやすみなさい、リアナ。蛍の夢を見てね。」
彼女はすでに目をぎゅっと閉じて眠ったふりをしているリシアの方を向いた。エリザベスは微笑み、長女の額にもキスをした。「リシアもおやすみなさい。他国の王子様の夢はあまり見ないでね。」
リシアのまぶたが一瞬ぴくぴくと動いたが、彼女は黙っていた。エリザベスは窓からの月光に優しく照らされた顔で、しばらく二人を見つめていた。それから、魔法のランタンが置かれたテーブルへと歩み寄った。
「ルーメン・マジカ:減光。」
ランタンの中の光は、ゆっくりとした呼吸のように徐々に暗くなり、ついに完全に消え、銀色の月光だけが部屋を照らした。
エリザベスはドアを閉めようとしたが、立ち止まった。昼間は女王の威厳に満ちていた彼女の瞳は、今や母の愛情だけを宿していた。「娘たちよ、良い夢を」と、彼女は静寂の中へと囁いた。
クリエット...
重々しい木の扉がゆっくりと閉まった。
暗闇の中、リアナは目を開けた。天井は見えなかったが、蛍が舞う光景がまぶたにまだ残っていた。耳には、九つの災厄の物語を語る母の声がまだ響いていた。彼女の心臓は恐怖ではなく、深く、興味深く、そして…どこか懐かしい魅力で高鳴っていた。
「君は本当は誰なんだ?」天井に浮かぶ月明かりの模様を見つめながら、彼は尋ねた。
「君は本当に…おとぎ話の登場人物なのか?」
窓の外では、アストララリアの空の星座がより明るく輝き、千年もの静寂の中にすべての答えを宿しているように見えた。
第一章、いかがでしたか?
リアナとリシアの姉妹のやり取り、エリザベス王妃の謎…
次章では、『九つの災厄』の秘密が少しずつ明らかになっていきます。
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