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41、《16歳》悪役令嬢、断罪の果てのハッピーエンド

 建国祭の後、王子はますますクロエに優しかった。

 あの時、ゲイズの言葉を信じたわけではないというのもクロエは理解した。

 だから、クロエは油断していたのだ。


 一年間の締めくくりの行事。三年生の卒業パーティー。

 断罪と婚約破棄はいきなり始まった。

「クロエ・ソーデライド嬢。あなたの罪をここに断罪するとともに、私、第一王子ステファン・アッシュフォードとの婚約破棄を申しつける。」

 王子はソフィアの肩を抱いている。これもゲームの通りだ。

 王子の後ろに並ぶ王子の側近たちもゲームの通り。国王も、周囲の貴族たちも、それどころか親馬鹿のはずのクロエの父親まで無言で見つめている。ということは、みんな承知の断罪劇なのだとクロエにも伝わった。

――建国祭の後、自分の気持ちを整理して……。それで、なんでこんなことに?

 ゲームで知っている展開だというのに、まだクロエには信じられない。

 だって、今朝もステファン王子は、クロエを大事だと言葉でも態度でも示していたではないか!

――あれも、全部、演技だったというわけか。

 演技にも気付かず、もしかしたら好かれているのではないかなんて。なんと間抜けな悪役令嬢だろう。

――好きとかは無理でも、友だちとして……くらいなら認められていると思っていた。それもダメだったの?

クロエが王子の瞳の中に正解を探しながら、「罪」の内容を尋ねると、王子の瞳が嬉色に染まった。この断罪が、いやこの婚約破棄がそれほどに嬉しいのかと、クロエはショックだった。

 断罪が始まった。

 まずは、アレックスが「奴隷輸出の罪」を読み上げた。

 続いて、サイラスが、「孤児院やならず者を支配している罪」を読み上げた。

 最後はユーリ。彼が言った「ソフィアを害そうとした罪」は、クロエには衝撃だった。

 すぐにクロエは王子に向かって否定した。もう、クロエは王子しか見ていない。

 王子の方もクロエしか見えていないようだ。それどころか断罪による興奮なのか、誰も見たことのない恍惚とした表情をクロエに向けている。

 クロエは、ステファン王子の方へと一歩足を進めた。途中、クロエの前でハデスが膝をついてやけに芝居じみた愛を語り出したけれど、クロエは目線さえ送らなかった。

 王子に近づくクロエに、近衛騎士の手が剣の柄に伸びる。

 その時、王子に肩を抱かれていたソフィアが、王子の腕からするりと抜けたかと思うとくるっと後ろを向き、ユーリを指差して叫んだ。

「こ~の茶番を仕組んだのはっ、お前かぁ!?」

 どうやら、ソフィアもこの断罪劇を知らなかったようだ。ソフィアは盛んにユーリを責め立てているけれど、もうクロエは二人を見ていなかった。

「ステファン王子。」

 クロエは王子を呼んだ。

 王子は笑みを浮かべた。

「なんだい、クロエ。」

「罪は一つも認めません。でも、殿下が処罰したいならしても構いません。婚約破棄も了承します。」

 王子は、小さくため息をついて、

「……そうか。残念だよ。」

とつぶやいた。

 それから、クロエの元へと近づき、間近で向かい合った。

「では、今から君と私は婚約者ではない。赤の他人だ。」

 クロエは頷いた。

「ええ。それで結構です。これから処罰される者が、王子の婚約者であってはいけませんから。」

 王子が顔を歪めた。

「君って人は……こんな時まで私のことを……。」

 クロエは満面の笑みを作って、王子を呼んだ。

「殿下。これが最後でしょうから、わたくしからお願いがございます。」

「ああ、なんだい?」

 クロエを見つめる王子の目は、いつもの優しい王子の目だ。

 クロエは少し安心した。

「わたくしの気持ちを聞いてほしいのですわ。」

 王子は熱っぽい目で頷いた。

 クロエは話し始めた。

「わたくしは、ずっと、殿下は将来素敵な方と結婚なさると思っておりましたの。ですから、婚約をした時も、そして今までも、ずっとその方に殿下をお渡しするまでのつなぎなのだと自分のことを思っていました。」

「うん。」

 王子が頷いた。

 いつの間にか、王子の手がクロエの手に近づいている。ほんの少し、触れるか触れないかのところで止まっている。

 王子の熱が伝わってきて、クロエは勇気をもらっているような気持ちになった。

「でも、周囲の者がきちんと考えるようにとわたくしに言うのです。殿下がわたくしをどう思っているかではなく、わたくしが殿下をどう思っているかを。」

「うん。」

 王子は静かにクロエの言葉を待っている。

「……わ、わたくしは、全然、殿下にふさわしくありません。ソフィアのように自分を投げ打ってでも人に尽くすなんて出来ないし、オデット姫のように民のために命も何もかも捨てようとするほど強くない。みんながアッシュフォードもアステッドも世界全部を守ろうとしているのに、アステッドが怖くて守るなんて考えられなかった。……私は汚い。殿下には全然似合わない。不釣り合い。婚約なんて身の程知らずも甚だしい。……ずっと私は私が嫌いだった!」

 クロエは泣いていた。

「嫌われるのか怖くて、だからあなたを信じることも出来なくて!」

 王子はただ見つめていた。

「こんな私に好かれたって、誰も喜ばないって知ってる!……けど。」

 クロエは流れる涙のままに、ささやくように呟いた。

「……けど、好きなの。殿下が好きなの。どうしようもないくらい好きなの。……ソフィアもオデット姫も本当に素敵で、本当に大好きなのに、それなのにうらやましくて仕方ないくらい、あなたを独り占めしたかった……。私、あなたが好き……。」

 クロエはもう顔を上げることすらできないほどに涙が溢れていたが、一度手の甲で涙を拭うと、笑顔を作った。

「ありがとうございました。……気持ちを申し上げたかっただけです。殿下、お慕いしておりました。もう思い残すことはありません。国外追放でも処刑でも、殿下の思うようにしてくださいませ。」

 そう言って、クロエが顔を上げた途端、王子が彼女を抱き締めた。

「クロエ。クロエ。私も好きだ。君だけだ。ずっと君だけが好きだった。ああ、私が先に言う予定だったのに!」

 クロエは何が起こったのか分からず、ただ王子にぎゅうぎゅうと抱き締められていた。

 それから王子は跪いて、クロエの手を取った。

「さっき、政略婚約は破棄された。今からする結婚の申し込みは、私の気持ちでするものだよ?ちゃんと覚えておいてね。」

 クロエが勢いに押されてうんうんと頷くと、王子は大声で言った。

「クロエ・ソーデライド嬢、私と結婚してください!」

 クロエがわけがわからないまま「……はい。」とつぶやくと、会場が一斉に歓声で湧きあがった。

 あまりの騒ぎにクロエが何事かとキョロキョロしていると、国王が拍手をした。

「なるほど。これが王子たちが三年に贈る『劇』というわけだな。話を聞かされていないキャストが二人いると言っていたが、それも分かった。なかなか面白い趣向だった。」

 国王の言葉を受けて、サイラスが言った。

「ちなみに、さきほどの断罪は逆です。罪ではなくクロエ嬢の功績です。彼女は町のならず者たちに仕事を作り、町を平和にしました。また、孤児たちに勉学の機会を与えました。」

 続いて、アレックスが『あなたは奴隷』シリーズのぬいぐるみを見せながら言った。

「奴隷輸出も嘘で~す。このかわいいぬいぐるみの輸出で国益を出したのです。」

 アーヴィンがシレッと、

「こちらは国内用『あなたはとりこ』シリーズです。明日から三番街に店がオープンしますので御贔屓に。」

と宣伝している。

 ソフィア嬢を害そうとしたという部分については……。もうそれを言ったユーリがソフィア本人に締めあげられていることで、もう誰の目にも嘘は明らかだ。

 クロエは目をパチクリさせている。まるでわけがわからない。

 王子はクロエをもう一度抱き締めた。

「ああ、クロエ。好きだよ。ずっとずっと好きだったよ。ああ、ようやくこれで本当の婚約者になれたね。君だけだからね。すぐに結婚しようね。」

「だ、だめです、殿下!殿下がソフィアと結婚しないと我が国が滅んでしまいます!」

「ああ、乙女ゲームとかってやつだね。それ、もう大丈夫だから。」

 王子は全部説明した。あまりの展開にクロエはひどく驚いた。


◆◆◆


 アステッド帝国は無血開城がなされた。

 アステッド帝国の宰相だった前皇帝が生きていたのだ。

 そもそもソーデライド公爵が、最初のクーデターの時から宰相を影で支えていたらしく、その後の現皇帝のクーデターの時もすぐに影を飛ばして、前皇帝と妻子を救っていたのだという。

 現皇帝が、直接殺さず眠らせて屋敷ごと焼くという手を使ったため、救うことができたらしい。ただ、ハデスの母である前皇帝の妻だけは眠らされず、一人屋敷から連れ出されたのだったが、現皇帝の慰み者になるくらいならと現皇帝の手を振り切って燃え盛る屋敷の中に戻ったのだそうだ。秘密裏に助け出された前皇帝と息子は無傷だったが、彼女だけは顔に大きなやけどの跡が残った。

 前皇帝は家族を守るため、表舞台に戻ることはしないと決めていたが、ハデスが苦しんでいることを聞いた妻に説得され、再び城へと戻った。

 現皇帝は、死んだと思っていた前皇帝の妃を見た……その大きな顔のやけどの跡とともに。その途端、現皇帝は獣のような狂った声を上げ、それが終わると……動かなくなった。妃が生きていたことへの驚きか、顔に傷を負った妃への罪悪感か、それとも手に入らなかった女が変わり果てた姿でも幸せそうなことへの絶望か。いずれにしても、彼は心を閉ざし、今も幽閉されたままだ。


 ハデスはしばらくこの学園で過ごすとユーリに言っていたが、ソーデライド公爵が言っていた「カード」の内容が家族の生存という最高の贈り物であったことから、この後すぐにアステッドに戻り、国の立て直しに貢献する手はずになっている。

 ただし、帝位継承権は早々に捨てるという。

 弟が一人前になるまで義父と一緒に見届けるが、その後はまだ決めていないという。

「案外、彼は近い未来にうちの国に来るんじゃないかな?」

 王子はソフィアを見ながら言った。


 オデット姫は、アッシュフォードに残り、ソフィアとともに文官を目指すという。

 それを聞いたユーリがめちゃくちゃ張り切っていることは言うまでもない。


 クロエはふと尋ねた。

「ユーリと言えば。彼もゲームのことを知っていたんですのね?」

「うん。だから、私がソフィアを好きだと思いこんでいて、最後まで私がクロエのことをずっと好きだって気付かなかったんだよ。こんなに分かりやすく迫ってたのにね。」

 王子が間近で微笑む。クロエは自分もユーリのことを笑えないと、頬を引きつらせた。

「ねえ、クロエ。君、ゲームのクロエのことを救うって言ってたんだってね?アーヴィンから聞いた。」

「いつの間にアーヴィンと仲良くなったんですの?」

「いやあ、仲良くなる日は永久に来ないよ、君のお父さんともね。まあ、私はクロエを奪った敵だから。でも……彼もクロエが大切だから、心配して教えてくれたんだ。君は、たまに、自分のことをまるで他人のように話すって。ゲームのクロエを救うってずっと頑張ってきたんだって聞いた時、ドキッとした。クロエが自分を他人みたいに言うことがあるのを私も時々感じてたから。」

「あ……。」

「うん。だから、もうゲームのクロエのことは、ゲームのクロエに任せよう。そっちの世界でもきっと私がいて、本当はクロエのこと、大好きなはずだよ。だって、私だからね。うまくいくもいかないも、そっちのクロエが頑張るよ。」

 王子が言うと、なんだかゲームのクロエもゲームの後で幸せになれているような気がした。

――そう言えば、悪役令嬢のバッドエンドには死体も出ない「謎の死」があった。もしかして、王子やサイラスやアレックスやユーリか助けてくれていた?

 クロエが考えていると、王子が仄暗い笑みを浮かべた。

「あと、もうひとつアーヴィンが教えてくれたよ。君は前世とやらでユーリが好きだったんだってね?」

「え……それは何と言いますか、いえ、そうなんですけど、それは……。」

「そう言えば、五歳で初めて会った時、君、ユーリばかり見ていたね。」

「いや、それはあの時前世に気付いて……ユーリは推しでしたし……。」

「……ああ悲しいな、私は君に会う前から君が気になっていたというのに。」

「え?会う前って……それ、どういうことですの?」

「うん。話したいことはいっぱいあるよ。君の話もいっぱい聞きたい。これからたくさん話していこうね。一生ずっと一緒だから時間はたっぷりあるよ。」

 王子は優しくクロエの頬を撫でた。


(了)



初投稿、至らぬ点ばかりでしたが、最後まで読んでくださり、本当に本当に心からの感謝を捧げます。ありがとうございます。

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