10.とりあえず出発です。
「ツィブルカまで馬でもいいか? 俺の馬を預けているのだが」
「うん。馬車はちょっと、ね」
なんとなく馬車はまだ忌避したいよね。ありえない目にあったわけだし。
「馬なら馬車よりも早く着けるが……今からの時間だとどっちにしろツィブルカの領都門の閉門までは間に合わないから途中で野宿でもいいか? いいなら必要なものを買っていく」
「私は何も分からないからエルに任せる」
ふむ、とエルは考え込み、やっぱりゆっくり行った方がいいだろうから買い物をして出発し、山の途中で野宿にしようと言われ私は頷いた。全部エルにお任せ状態なのだから私に文句など何一つない。
エルに抱っこされたままギルドを出て、エルは目的地が分かっているのかすたすたと歩いていく。私は珍しい異世界のお店や建物に視線を奪われてあちこちきょろきょろしっぱなしだ。
八百屋さんでは見た事のない野菜や果物が並んでいて、これは料理無双するのがなかなか難しいのでは? なんて思ったり。
屋台で食べた味がデフォなら料理無双いけるかもって思ったのに、見た事のない野菜や果物ばかりで! そしたら料理無双なんてかなり難しいよねぇ。
そういえばここの人達は皆カラフルな目と髪みたいだけど、野菜や果物もカラフルだったよ。
見た事のない青い大きな実とか、赤い葉っぱとか、変なごつごつしたオレンジ色の野菜とか。どんな味がするんだろうね?
リーディアの食事の記憶は出来上がった料理、皿に盛られたものしかなくて調理法とか全然知らないみたい。貴族のご令嬢なら料理なんてしないのが普通なのかもだけど。
私があちこち興味丸出しでお店を眺めていた中、エルがまず入ったのは衣類店だった。
「この子用の外套はあるか?」
どうやら私の外套らしい。なんか外套とかって冒険者っぽくない?
「子供用はこちらです」
どうやら中古の衣類を売ってるお店っぽい。様々な色とサイズの服がごちゃごちゃと棚に置かれている。ハンガーはないみたい。壁に掛けられているのは木の枝に服をかけてあった。
「中古で悪いな。オーダーで頼んだら時間がかかる」
そりゃそうでしょう! あー……お貴族様だったらオーダーで頼むんでしょうね。そういえば季節ごとに採寸とかリーディアも一応されていたらしいのを思い出した。
「私の方こそ、お金ないし全部エルの負担になってるから……申し訳ないです」
本当に全部が全部エルにお任せ状態だもんなー。
「…………子供が気にするな」
確かに外見は子供ですが。精神的には元日本人の記憶もあるし、正確には中身が子供ではないとは思うけどそこは黙っておく。
前世の記憶があるなんて言ったら気が狂れてるんじゃないか? って思われかねないよね。
私の外套を買ってもらってから今度は食料を買い込む。いいんだけど、エルが斜めにかけているバッグはそんなに大きなものじゃないのに色々入るらしい。容量おかしくない? もしかしてマジックバッグとか、そういうヤツなんですか?
「エルの鞄って色々入りすぎじゃない?」
「ああ、魔法で拡張してあるからな」
おおう! そんな事も出来るんですね! マジか! 魔法! 早く私も使えるようになりたい!
「ディアの外套にも防御の魔法付与しておくか……街道に出てから、だな」
人通りのあるここでは目立つ、とエルが呟いた。
魔法はお金がかかるってエルが言っていたんだから……エルは簡単に言ってるけど高価って事だよねぇ?
「ディアは命を狙われたんだから安全の為だ」
「……ありがとう」
素直にエルの気持ちを受け取る。
いつか! きっと恩返し出来る様にがんばるから! だから今はよろしくお願いします!
買い物を終え、町の門の方にエルが向かうと、門近くにある馬屋に入っていく。どうやらここにエルの馬がいるらしい。
私を降ろすと、エルは木札みたいな物を店の人に渡し、少しすると黒い馬が連れて来られた。
おおう……〝漆黒〟とか言われてるのにお馬さんも黒だよ。カッコいいけど!
「ディア、俺の馬でセンだ」
「セン……私もエルと一緒に乗せてね」
センは頭のいい子なのかもしれない。私をじっと見る目は優しい瞳でぶるん、と挨拶のように鼻を鳴らした。
「よろしくね!」
「……怖くはないか?」
「全然? センは頭よさそう!」
「ああ、それは確かにそうだな」
センが顔をずいっと私の前に出して来たので鼻先に抱きついたがセンは嫌がる様子もなく私のされるままになってくれている。なんだか微笑ましいような目で見られてる気がするんですけど。
「センは魔獣の血が入っている」
「そうなんだ?」
だから黒いのかな? そういえば並んでいる他の馬に比べて体も大きいよね。
それにしてもエルは漆黒とか言われていてなんだか思う所がありそうらしいのに、わざわざ魔獣の血が入っている黒い馬が愛馬なんだね? 腹黒いとこでもあるのかな? そういえば服装も黒だわ。見事に色々黒だね?
乗るのは町の門を過ぎてからだ、とエルは片手で私を抱き上げ、もう片方の手でセンの手綱を引き門に向かって歩き出した。
ツィブルカ領に戻るのだ。戻ってどうしたらいいのか。内情も状況も全然まだ分からないけれども自分の事を把握するためにもやっぱり戻るしかないだろう事は分かる。
さて、どうなる事やら。