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何度だって君を好きになる  作者: 日野 祐希
第一章 宮野士郎 1
4/58

1-3

          * * *


 四時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、英語の教師が教室から出ていく。

 昼休みに入った教室は、方々で椅子やら机やらを動かす音で満たされた。もちろん俺も例外ではなく、カバンから弁当を取り出して連れのところへ行く。


長沢(ながさわ)~、飯食うぞ~」


「ああ、宮野。悪い。オレ、今日は購買でパンなんだ。先に食っててくれ」


 弁当片手に連れ――長沢に声を掛けると、ヤツは慌てて走り去っていった。昼の購買は戦場だからな。さもありなん。


 あいつは長沢将之(まさゆき)。高校になってからできた友人で、二年連続で同じクラスということもあって、こうしてつるんでいる。長沢は新聞部に所属しているので、時折面白い話も聞かせてくれるしな。取り立てて仲が良いというわけではないが、まあ一種の腐れ縁というやつだ。


 ともあれ、先に食っていろと言うなら是非もない。腹も減ったし、お言葉に甘えるとしよう。

 長沢の机に弁当を置き、前の席から椅子を借りる。弁当の包みを開き、俺は箸を指の間に挟んで「いただきます」と合掌をした。


「――あれ? 先輩、今日は一人でお弁当ですか?」


 さて食おうと、おかずの唐揚げに箸をのばした時だ。いきなり背後から声を掛けられた。

 不意打ちにビクリと肩を震わせ、後ろを振り返る。そこには、肩ほどの長さの髪を揺らす小柄な少女が立っていた。


夏鈴(かりん)か……。お前、いきなり後ろから声かけてくるなよ。驚くだろうが」


「驚いてくれなきゃ困りますよ。だって、驚かせるためにやったんですから」


 俺の抗議に、彼女は悪びれる様子もなく満面の笑顔で理不尽な返答を寄越してきた。本人曰くチャームポイントらしい八重歯が、小さな口元から覗いている。アイドルのお手本のように可愛らしい笑顔だ。


 彼女は樋上夏鈴。名字から察しが付くかもしれないが、樋上の妹だ。もっとも、俺も樋上に妹がいたなんて、二週間前に初めて知ったのだが……。顔立ちもあまり似ていないので、本人たちから言われないとなかなか気付かない。


 ちなみに夏鈴は、おとなしく引っ込み思案な姉とは対照的に、明るく活動的で何より怖いもの知らず。小柄でいつも人をおちょくったような態度のせいか、小悪魔みたいな女の子である。

 と、そこへ件の姉である樋上本人がやってきた。珍しく怒っているのか、眉を逆立てている。


「あなたはまた……こんなところで何してるの? ここは、二年生の教室なの。一年生のあなたが……来るところじゃない」


 怒りというよりも敵意を感じさせる口調で、樋上が夏鈴を詰問する。感情的になっているせいか、声はいつも通り小さめだが、はっきりとした強さが見て取れる。


 けれど、夏鈴はそれくらいで凹むような可愛げのある少女ではない。事実、夏鈴は怒る姉へ、からかうような流し目を向けた。


「別に何年生の教室だって関係ないじゃん。今は昼休みなんだし。お姉ちゃん、真面目過ぎ~」


「いや、普通の下級生は、上級生の教室へ堂々と入ってきたりはしないと思うぞ」


 樋上の援護というわけでもないが、一応夏鈴に向かって忠告しておく。


 夏鈴がこの教室に突入してきたのは、これで五度目だ。少なくとも俺は、上級生の教室でこれだけ我が物顔をしていられる下級生なんて、今目の前にいるこの少女以外に知らない。本人はまったく気にしていない様子だが、現に今だってクラス中の注目を集めてしまっている。とばっちりで俺や樋上まで一緒に注目されてしまい、恥ずかしいったらありゃしない。


 一方、俺が樋上側についたとみるや、夏鈴は不満げに頬を膨らませた。


「先輩までお姉ちゃんの肩を持つんですか? せっかく先輩に会いたくて、遠路はるばるここまで来たのに」


「いや、別に肩を持つとかそういうのじゃなくて。あくまで一般論をだな……」


 にじり寄ってきた夏鈴に、しどろもどろになりながら対応する。

 距離が必要以上に近いこともそうだが、いきなり「先輩に会いたくて~」などと言われて、うれしいやら恥ずかしいやら。感情が混線して、うまく言葉が出てこない。


 そんな俺の隙を見逃すほど、樋上夏鈴という少女は甘くない。


「わかりました! じゃあ、今日こそ一緒にご飯食べてください。そしたら許してあげます!」


 そう言って、俺の腕に抱き付いてきた。女の子らしい柔らかな感触が、腕いっぱいに広がる。

 俺(とついでに樋上)は完全にフリーズだ。夏鈴の突拍子もない行動で、二人揃って頭が一時的にショートしてしまった。

 その間にも、夏鈴は猫みたい俺の腕に頬擦りしている。


 そう。なぜか知らないが、俺はこの小悪魔のような女の子に、やたらと気に入られているのだ。俺が夏鈴のことを名前呼びしているのも、彼女にそう呼ぶよう迫られたためである。最初は固辞していたのだが、すったもんだの末に押し切られた。


 では、これだけの好意を向けられた俺の反応はというと……実は結構微妙な感じだったりする。少なくとも、好意を向けられることで自分も好きになってしまった、ということはない。もちろん、こんな可愛らしい子が好意を向けてくれるのはうれしいんだけど、どうにも俺は夏鈴に対して及び腰になってしまうのだ。


 その理由は、偏に彼女の性格である。この二週間、俺と樋上は今のように夏鈴の手玉に取られ続けてきた。完全に夏鈴のおもちゃだ。そんな状態では、いくら彼女持ちに憧れる俺でも、手を出していい人間かどうかの区別くらいはついてしまう。はっきり言うが、夏鈴は俺ごときの手には負えない。

 ……なんて、ショートした頭で益体もないことを考えていると、呆けた俺を置き去りにして状況の方が先に動いた。


「は……離れなさい! み、宮野君、困ってる!」


 俺より一足早く硬直から回復した樋上が、夏鈴を引き剥がしにかかる。

 しかし、夏鈴はそれをひらりと躱し、俺を盾にするように背後に回った。必然、俺と樋上は至近距離で向かい合う形となり、樋上の顔が一気に赤く染まる。俺も突然の急接近に顔が熱くなった。

 ともあれ、これで樋上はノックアウト。夏鈴は再び俺の腕に抱き付く。


「さあ先輩。お昼にしましょう!」


「あ~、その、すまん。俺、友達と食うからさ。ちょっと無理かなって……」


 輝く笑顔で見上げてくる夏鈴に、どうにかこうにか無理と告げる。


 一緒に飯を食うくらい別にいいじゃないか、と思われるかもしれないが、ここで折れると次が怖い。なし崩し的に、毎日夏鈴と昼飯という事態になりかねん。

 女の子と昼食というのは魅力的だが、相手が夏鈴は絶対NG。夏鈴なら、公衆の面前で「はい、あーん♡」とか、絶対やってくる。そして、注目を浴びて困る俺を見て楽しむに違いない。そんな地獄のような昼食、耐えられるか!


 ふと樋上に目を向けてみると、彼女もどこか安心した様子で肩を撫で下ろしていた。俺が夏鈴の暴走に歯止めをかけたので、安堵したのかもしれない。

 ただ、当然の帰結として夏鈴からは「え~っ!」と不満の声が上がるわけで……。


「またですか? 一度くらい、わたしと一緒してくれてもいいじゃないですか!」


「いや、まあ……。それはまたの機会に、ということで……」


 頬を膨らませる夏鈴へ曖昧な返事をして、お茶を濁す。

 夏鈴は、またか、と言いたげな表情で俺の目を見つめる。過去三回も同じ断り方をしたからな。そろそろ別の断り方を考えておくべきかもしれない。

 それでも、今回については夏鈴も折れてくれたようだ。彼女は仕方ないといった顔で、これ見よがしにため息をついた。



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