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何度だって君を好きになる  作者: 日野 祐希
第一章 宮野士郎 1
12/58

3-1

 結論から言おう。誠に残念なことに、夏鈴はやっぱり本気だった。


「おっはようございます! 先輩!」


 五月三日。凧あげ会場である中田島(なかたじま)砂丘へ向かううちの組(浜松まつりは町ごとに『組』として参加するのだ)の貸し切りバスの前で待っていると、上機嫌の夏鈴が現れた。


「お、おはようございます、宮野君」


「おはよう、樋上。夏鈴も」


 一歩後ろには、樋上もついてきている。彼女も夏鈴同様、浜松まつりに参加するのだ。

 彼女たち姉妹が参加してくれることは、町内の参加者の増加という意味で大変有り難いことだ。それに二人とも美人だから、祭りに花を添えてくれるのも間違いないだろう。


 ただ……樋上はともかくとして、夏鈴はな……。性格的にも祭りにうってつけの人材であることは確かだけど、いつも学校で弄ばれていることもあり、俺個人としては不安しかない。祭りの期間中に、一体どれだけ遊ばれることやら……。


「あれ? 先輩、朝から暗いですね。楽しみ過ぎで寝不足ですか?」


「俺は遠足前の小学生か! 違うよ!」


「そうですか。それよりどうですか、わたしたちの法被姿は」


 夏鈴が樋上の横に並び、「イエーイ!」とピースしてきた。ピースしていない方の手を腰に回された樋上は、夏鈴とは対照的に肩を寄せて体を小さくしている。慣れない格好を見られて、恥ずかしいんだろうな。ここら辺の樋上の反応は、もう手に取るようにわかる。


 なお、浜松まつりは服装に決まりがあって、組のワッペンをつけた法被の着用を義務付けられている。法被の下も所謂正装というものがあり、普通は鯉口シャツ、腹掛け、股引、地下足袋を着用する。


 樋上姉妹も、オーソドックスなこのスタイルだ。あと、二人とも髪を結い上げ、化粧もしている。普段の制服姿しか見たことがないこともあり、その格好は新鮮で、見惚れてしまうくらいに似合っていた。


 だけど、それを素直に伝えるのは恥ずかしくて、俺は明後日の方を見ながら「いいんじゃないか」とだけ返しておいた。

 もっとも、俺はそんな自分の態度をすぐに後悔した。なぜなら、ここには俺を弄ることにかけては天下無双の小悪魔がいるから。


「あれ? 先輩、照れてる? 照れてる?」


「照れてなんかいない。調子に乗るな!」


 思った通り、早速からかいにきた夏鈴の頭にチョップを入れる。結った髪が崩れるとかわいそうなので、あくまで軽くだけど。ただ、俺のこの対応も夏鈴にとっては弄りの種のようで、「照れ隠しだ!」とさらにからかわれた。


 俺の不安は、早くも的中してしまったようだ。のっけから勘弁してほしい。

 ちなみに樋上は顔から湯気が出そうなくらいに紅潮し、さらに体を縮こまらせている。


「おう、士郎! 朝から別嬪さん二人も連れて、羨ましい限りだな。両手に花か!」


「若いってのはいいねぇ。オレもあやかりたいもんだ」


 そんなトンチキ集団と化した俺たちを、おじさん連中が冷やかしていく。凧場に着く前から弄られ冷やかされ、早くも踏んだり蹴ったりだ。先が思いやられる。


「まあいいや。とりあえず、さっさと乗るぞ。もうすぐバスが出る時間だ」


「はーい! 行きましょう!」


 話を打ち切るように俺が言うと、夏鈴はそれまでのやり取りを忘れたかのように明るく返事をした。散々人をからかっておいて、この能天気ぶり。若干ムカつく。


「樋上も大丈夫か? その……まだ顔赤いけど」


「あ……はい。大丈夫です。いきましょう」


 できるだけ優しく労わるように訊くと、樋上は小さく微笑んだ。これなら、問題なさそうだな。俺も「おう」と笑いながら頷いておく。

 横から「わたしと扱いが違う!」とかいう抗議が聞こえてきたが、こっちは丁重に無視しておこう。自業自得だ。


 バスの中は、五~六割くらいの席が埋まっていた。貸し切りバスはシャトル便のように何回か往復するから、いつもこんなものだ。

 とりあえず、二人掛けの席二つに分かれて座る。樋上姉妹がセットで、俺が一人だ。


「わたし、先輩の方に座りたいな~」


「「ダメ」」


 甘えた声を出しながら俺の方へ移ろうとしてきた夏鈴を、樋上と一緒に二人掛かりで押し留める。この後輩と隣り合って座るとか、危険な香りしかしない。

 今回は夏鈴も素直に諦めてくれたのか、おとなしく樋上の隣に座り直した。


「ねぇ、先輩。このバスってどこへ向かうんですか?」


「どこって、中田島砂丘だよ。昼間はそこで、凧あげ合戦をやってるんだ」


 バスに揺られながら、夏鈴の今更な疑問に答える。


 浜松まつりは、端午の節句にちなんで長男の誕生を祝う祭りだ。もっとも、最近では長男に限らず次男以降や女児のお祝いもあるが。


 昼間は中田島砂丘の遠州灘(えんしゅうなだ)海浜公園にある凧場で初凧をあげ、夜は町内を回り歩き、初子の家や商店・会社などで練りを行う。うちの組は、これが基本だ。他の古くから浜松まつりに参加している町だと、御殿屋台の引き回しをしているところなんかもある。


 そんな感じのことを夏鈴に聞かせている間に、バスは中田島砂丘近くの駐車場へと到着した。ここからは歩きで組のテントに向かう。毎年のことだが、これが結構な距離で割と大変だ。


 人の流れに沿って、駐車場から防風林の間にある道へと入っていく。地下足袋は普通の靴よりも底が薄いから足の裏に結構な負荷がかかる。舗装されていない道を歩くのは、それなりにきつい。

 当然、地下足袋を履くのが初めての人間であれば、そのきつさは俺以上だろう。


 そう思って樋上姉妹の方を見てみれば、夏鈴は楽々といった様子で鼻歌交じりに歩いていた。俺よりもよっぽど元気そうだ。性格的に要領の良い子だとは思っていたが、こういう面でも適応力が高いらしい。これは、素直に感心してしまった。


 だが、妹ほど地下足袋への適応力が高くなかったらしい樋上は、ちょっと辛そうに顔をしかめていた。ただ、疲れたにしてはちょっと消耗が激し過ぎるような気が……。使用している地下足袋は新品だろうし、もしかしたら靴擦れでもしたのだろうか。

 少し心配なので、隣に並んで樋上に声を掛けてみる。


「樋上、足は大丈夫か? もしかして、靴擦れしてないか?」


「はい、ちょっと……。でも、これくらいなら……平気です」


 俺の方を向いた樋上は、無理やり作ったような微笑みを見せながら返事をした。とても平気そうには見えないけど、樋上の性格上、素直に辛いとは言わないか。


「樋上、すぐそこにベンチがあるから、応急処置しておこう」


「え……? でも、そうしたら他の皆さんから遅れてしまいますよ」


「別にこれは、学校の校外活動とかじゃないんだ。バスから降りたら、全員でまとまって動く決まりはない。途中で出店の方へ行っちゃう人もいるしな。気にするな」


 そう言って、樋上の手首をつかんで人の流れから外れる。

 すると、目ざとく俺たちの動きに気が付いた夏鈴もテッテッテと駆けてきた。


「どうしたんですか、先輩。お姉ちゃん連れて列から離れて……。まさか、ここが防風林の中なのをいいことに、人気のないところでお姉ちゃんと……」


「バッ! んわけないだろう! 樋上が靴擦れしたみたいだから、そこのベンチで応急処置しようと思っただけだ!」


「なるほど! そういう建前で、純朴なお姉ちゃんを唆したと……」


「違うわ!」


 ニシシとからかうように笑う夏鈴へ、全力全開でツッコミを入れる。

 往来の真ん中で何を言い出すんだ、こいつは。まったくシャレにならん。

 と思ったら、今度はつかんでいた樋上の手首が小刻みに震え始めた。見れば、樋上は湯気が出そうなくらいに顔を赤くして目を潤ませていた。


「あの……、宮野君……。私……」


「誤解だからな! 頼むから、夏鈴の言うことを真に受けないでくれ!」


 気まずそうに顔を逸らした樋上に、誠心誠意訴える。もはや俺の方が泣きそうだ。

 困り果てる俺を見て満足したのだろう。夏鈴は「まあ、先輩にそんなことする度胸と甲斐性はありませんよね」と自分の発言を撤回した。

 樋上も落ち着いてくれたようなので、気を取り直して夏鈴の方に目をやる。


「ともかく、ちょうどいい。呼ぶ手間が省けた。お前はどうする? 先に行きたいなら、みんなについていってもいいぞ」


「いやですね、先輩。先輩がいない中で祭り会場に着いても意味ないじゃないですか。わたしは先輩とお祭りを見て回りたいから、浜松まつりに参加したんですよ。当然、ここに残ります。お姉ちゃんも心配ですしね」


「お……おう。そうか」


 直球で好意を示され、先程までからかわれていたことも忘れて照れてしまう。相手がどれだけ性悪小悪魔だろうと、うれしいものはうれしいのだ。


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