第65話 しょう油
念願のしょう油。
3か月我慢していただけで、禁断症状が出かけていた日本限定の調味料。
黒い悪魔。
「これもカツラギさんは知っているんですか?」
「はい。わたしの故郷の伝統的な調味料です」
一口舐めただけで、故郷の風景が浮かんでくる。
思えば、遠くに来たもんだ。
そんな懐かしさに浸っていたところ、王様が話しかけてきた。
「これはどう使えばいいんですか?」
「そうですね。エビやイカに少しだけ垂らしてみてください。少量でも、しっかり味がつくので、少しだけにしてみてください」
わたしたちはしょう油を垂らして、エビを食べる。
ああ、日本人でよかったという気持ちになれる瞬間だ。
「本当だ。 しょっぱくて、美味しいですね」
「うん、うまい」
三人で、おおいに飲み、おおいに食べた。
村長さんからはしょう油をもらった。
これで少しは日本食も作れそうだ。
この世界でも、なじみのものに会えるとは思わなかった。
でも、これは本当に偶然だろうか。
この世界と日本はどこかで結びついているような気がする。
根拠はない。
口にも出したくはない。
口に出してしまうと、それが現実になってしまうような気がする。
「今日も一日、お疲れさまでした」
酔いつぶれた村長さんを、部屋に連れて行った後に王様はそうねぎらってくれた。
「美味しかったですね。あの酒も、調味料も」
「よかった。あれが、わたしの世界ではよく使われている んです」
前の世界のものを褒められると、とても嬉しくなる。
たぶん、彼に褒められるから余計に嬉しいのだ。
「でも、本当にすごい偶然ですね。カツラギさんの世界のものが、魔大陸にもあるだなんて」
「そうですね。でも、少し安心しました」
「今度、向こうの料理も作ってくださいね」
「ええ、しょう油があるので、いっぱい作れますよ」
わたしはそう答える。
大好きな人に、自分の国の料理を作れる。
その事実が、とても幸せだった。
「なら、明日、作りますよ。宰相さんの最後の封筒のこともありますから」
宰相さんの最後の封筒には、こう書かれていた。
「カツラギ様が兄に美味しいごはんを作ること」と
それは今までの罰ゲームのようなものじゃなくて。
むしろ、胸が躍るようなイベントだ。
今日はたくさん動いたので、すぐ眠くなるだ ろう。
明日はバカンスの最終日だ。
明後日の朝には馬車に乗り、夕方には王宮に着く。
名残惜しいが、明日は最高の一日にしよう。
そう決心して、わたしたちは眠りに落ちた。




