第43話 王都での一日(後編)
わたしたちはクッキーを食べながら、雑談を続けていた。
「このクッキー美味しいわ。シンプルで」
「材料は産地直送ですからね~」
「むこうの世界でも、こんなにおいしいクッキーは食べたことないわ」
「王妃様が住んでいた天界ってどんな世界なんですか」
わたしは、その質問に少しドキリとする。そう、わたしは彼女の中では、天界から落ちて来た“女神様”なのだ。
少し考えてわたしは答える。
「そうね。なんでもある世界だったわよ」
「“なんでも”ですか~」
「そう、なんでも……」
あの世界にはなんでもあった。お菓子も、肉も、機械も……
「例えば、お菓子はいつでも手にはいって、好きな時間に好きな演劇や本を読むことができるようになっていて……」
わたしは元の世界を思いだす。あの世界は本当になんでもあった。
「本当に天国みたいな世界ですね!」
リリイさんは、目を輝かせて、わたしの話を聞いている。
「そうね……。まるで、天国のような世界だったわ」
物に満たされた幸せな世界。ただひとつだけないものがあった。わたしの居場所だ。わたしの居場所だけが、なんでもある世界になかった。本当に皮肉なものだ。
なんでもあったはずの世界にわたしの居場所がなくて、少し足りないこの世界にわたしがいてもよい場所がある。
「王妃様は、なにか趣味とかあるんですか?」
「そうね。読書とか料理が好きだったわ」
「いいですね~。そうだ、今度、陛下に何か作ってみては?」
「ゴホン、ゴホン」
彼女の唐突な提案に、お茶を吹き出しそうになる。
「だいじょうぶですか?」
「大丈夫。少しびっくりしただけ」
「やっぱり、ご夫婦なんですから。そういうのもいいと思うんですよね~」
「そうね。でも、コック長さんがいるから……」
わたしはなんとかごまかそうとする。
「さっき、コック長さんも、異世界の料理を見てみたいっていましたよ~。そうだ、思い立ったら吉日。今日、作りませんか?」
「えっ……。今日!?」
「ハイ!! わたしもお手伝いします」
外堀は無邪気な少女に完全に埋められていた。わたしは急いで、脳内のレシピ本を読み漁るのだった……。
求めるものは、もちろん……
“簡単で失敗しないもの”




