第14話 女神は勇者に微笑む
「終わったな」
村長さんはそうつぶやいた。観客はモクモクと立ち上がる煙を固唾をのんで見守っている。
「すごかったですね」
「ええ」
わたしと赤鬼さんは簡単に感想を交換する。本当にすごかった。これがこの世界最高峰の戦いか。本当に異世界に来てしまったんだなとわたしは再認識する。
みんな、すべて終わったと考えていた。そこにいるひとりを除いては。
<ひゅん>
鋭い音が煙の中から飛び出してくる。それは油断した村長さんの体に突き刺さった。
「ぐはぁ」
村長さんが悲鳴をあげる。魔法無効化の防具が一瞬にして消滅するくらいすごい衝撃だ。
煙の中から出てきたのは、無傷の王様だった……。
「油断しましたね。お師匠様」
王様は邪悪な笑みをうかべていた。わたしはその笑みに少しゾクリとする気持ちになる。いつもの王様とは違う、負けず嫌いの本性がでていた。
「氷の壁を作ったのか。まったく年寄りに意地悪な弟子じゃ」
「はい、昔、師匠が教えてくれた防御方法ですよ」
「よく覚えておったな。油断したところを一撃で決める。まったく、お前さんらしいの。いやらしい戦い方じゃ」
ふたりだけがわかっている世界。わたしと観客たちはあっけにとられていた。
「審判、判定を」
いつもの王様の口調だった。優しく、温かい。さきほどの、冷徹な戦い方とはかけ離れたぬくもりがそこにはあった。
「いっぽん。陛下の勝利です」
青鬼さんは慌てて、そう宣言する。
<うおおおおお>
観客たちは盛大な歓声をあげた。
「なんだ、いまの。どうなったんだ」
「氷の壁とか言ってなかったか?」
「最後の氷の矢すごかったな。村長、完全に動けなかっただろ」
みんな銘々に感想を言っていた。
「村長のフェニックスを防御したひとは初めて見ました」
赤鬼さんは、興奮した様子でわたしに話しかけてくれた。
「……」
わたしはすごすぎて、なにも言えなかった。
「葛城さん、本当にこっち来ちゃったんだね」
後ろから気味の悪いおどおどしい声が聞こえた。慌てて、振り返ってもそこには誰もいなかった。
「お疲れ様です。お師匠様、お怪我はありませんか」
「あの程度の魔法で、怪我するほどもう碌しておらんわ」
「さっきと言っていることが違いますよ」
「そうじゃったか?」
「そうですよ」
師弟はクスクスと笑い出した。
村長さんが真面目な顔になって言う。
「お強くなられましたね、陛下。もう、なにも教えることはありません」
「ありがとうございます。お師匠様」
ふたりの手は強く握られていた。不真面目な村長の教育者としての姿は本当にかっこよかった。みんな感動している。
「カツラギさん。どうでしたか?」
感動的な場面が終わり、王様が駆け寄ってくる。
「とてもかっこよかったです、本当です」
凄すぎて、彼の顔を直視できないわたしがいた。
「あれれーおかしいぞ。馬鹿弟子よ。なにか忘れてないかな?」
村長さんはさっきとうって変わって、お調子者の口調になった。
「「えっ」」
「勝者は女神様からキスをもらえるじゃろ」
「「……(あの、エロ爺め)……」」
村長は「キース、キース」と囃し立てて村人たちを扇動していく。
「「「キース、キース」」」
掛け声はどんどんと大きくなる。夕暮れ時、わたしたちの顔はどんどん赤くなっていった。




