冒険者になろう4
ちょっと油断してたら思っていた以上に更新が開いてしまいました。orz
「――らぁああぁっ!!」
そんな久方ぶりの高揚を裂ぱくの気合に乗せて繰り出された袈裟斬りは、並の者なら斬られてようやく気付くほどの速度で迫り、しかしながら結果として空を斬る。ごくごく自然に半歩退き、軽く体を傾けただけのグウェンのすぐ前を――それこそ毛先一筋ほどの差で衣服を掠めるにとどまった。
それでもそこは凄腕の戦士、わずかも姿勢を崩すことなく流れるような動きで横なぎの一撃に繋げ、しかしながらまるでそれを見越していたかのように直剣の背が下から添えられる。
いつの間にと思う間もあればこそ、腹を押された剣が軌道を逸らして浮き上がり、ひょいと屈んだ銀髪の頭を擦るように、けれど決して触れることなくむなしく通り過ぎた。
ならばとばかりにすぐさま繋げた唐竹割りは、剣の腹をまさかの手の甲で柔らかく押さえられ、美丈夫の真横に落ちるのみ。床を打つ前に勢いを返して切り上げるも、その時はすでにグウェンは間合いの外。
ここで追撃は無意味と判断したベリオルズは仕切り直すために跳び退る。おそらくは来るであろうグウェンの反撃を警戒していたものの、当人はその場で変わらず気楽にたたずむのみであった。
「ふむ、これは思いのほか。生前のワシが相手ならば、あるいは程よい立ち合いを行えたやもしれんの」
「お褒めに預かり光栄だぜチクショウ。いや、わかっちゃいたがこれほどか……」
周りにいる戦士職の冒険者ですら動きを追うのがやっとという攻防を経て、素直に感心を表すグウェンに対し、ベリオルズは未だ戦意衰えぬまでもすでに笑みは諦観を窺わせていた。今の連撃はベリオルズにとってもなかなかよくできたと思えたほどであったが、それを何の気負いも見せずにことごとく避けられれば実力の差も明確になろうというもの。
「だがまあ、動きに少々強張りがあるの。剣を取るのは久方ぶりと見るが?」
「ご名答だ。ここんとこギルドの方がてんてこ舞いで、素振りすら満足にできなかったからな。昔はそれでも挽回はできたんだが……オレも歳だな」
「ふむ、ならば今しばし付き合おうかの。全力を出せねば悔いも残ろうて」
「そいつはありがたい――なっ!」
会話の区切りを狙い、再び斬りかかるベリオルズ。鈍りがあったとは彼自身も認めるところであり、その太刀筋は打ち込みを重ねるごとにより鋭さを増していく。
けれどもそのことごとくを軽くいなし、まさに紙一重でかわしていくグウェン。数多に閃く剣戟が掠りすらしないのはあたかも幻を相手にしているようであった。
しかしながら嵐のように剣をふるいつつも冷静に観察していたベリオルズには、自身が攻撃に移る時にはすでにグウェンの回避が行われていることを見極めていた。
――動きを完全に読まれている。ほどなくしてそう確信したベリオルズ。そしてそれはまごうことなき事実であった。
このグウェンという魂霊、生前は『剣聖』と称えられる武人であり、技の極致へ至ったと言われるほどの剣士であった。彼の生きた時代はおよそ三百年前。まさに『死人の魔王』が世界を支配していた時代で数多の戦場を駆け抜け、自身の剣が最強である証明に生涯をかけた生粋の戦士。
ついには当代最も恐れられた『死人の魔王』へたった一人、一振りの愛剣だけを手に挑みかかり、無限とも謳われる軍勢を半壊させて魔王その人に幾度も傷をつけすらしながらも、ただ斬るばかりではかの魔王の不死性を前に一歩及ばず、長き死闘の末についに力尽きたのであった。
そして敗れながらも己をここまで追い詰めた武人に『死人の魔王』が目をつけないはずがなく、剣聖が携えていた愛剣は「最強の下僕を生み出すべし」と、魔王より直接『力と美』の名を賜った配下に下賜された。
しかしながらその直後、まさに剣聖によって一時的にせよ弱体化した不死の軍勢へと勇者が攻め込み、『死人の魔王』は討たれ、魂霊術師達は世界の果てへと追いやられた。
混乱の中秘術の多くを失ったヴォルフシュトラの一族は、しかしながら至宝の一つとして剣聖の愛剣と、いずれ果たされるべき王命を代々受け継いだ。そして今代、復活した秘奥を用いたセレスティナによって魔王の命はついに果たされたのであった。
凶悪な魔物の亡骸から作り上げた人外の肉体に、剣の極致に至った英霊を卸した最強の不死者、それが秘奥によって再誕したグウェンという下僕なのだ。
「――さて、そろそろ勘は戻ったかの?」
もはや常人ではとらえきれない程となっている尋常でない剣舞を飄々とかいくぐりながら、ポツリと確かめるようにつぶやくグウェン。同時に一瞬、ひりつくような闘気を間近から浴びせられたベリオルズは反射的に距離をとり、呼吸を整えつつ緊張に満ちた笑みを浮かべた。
「ああ、おかげさまでな」
「それは重畳。ではワシから行くとしようか――五手、凌いでみよ」
その宣言の直後、それまで確かにあったはずの距離がなかったかのように忽然とベリオルズの至近に現れるグウェン。まるで過程が丸ごと抜け落ちたかのような高速移動から超速の斬り上げが繰り出される。
常人ならば知覚すらできずに斬り捨てられるに違いないそれを、しかしながらベリオルズは間に愛剣を滑り込ませることで際どいながらいなす。シャンと澄んだ音を立てた剣閃が頭部を掠めて抜けるが、即座に刃を返しての逆袈裟が襲い掛かる。
それをベリオルズは飛び退ることでかろうじて回避。先の一手の時点から床を蹴っていたからこそ間に合ったのだが、彼が着地するよりも前に横薙ぎに変化したグウェンの剣が迫る。
あわや刃が触れる寸前、強引に割り込んだベリオルズの剣が甲高い音を立てて受け止めるものの、グウェンの人外の膂力によって身体ごと大きく弾き飛ばされた。
短いながらも自分の意志ではない飛翔。それでもなおベリオルズは巧みに身を捻ることで万全の態勢へと戻しつつ、その上でグウェンの姿から目を離さなかった。そしてだからこそ、間髪入れずに迫る人外の相手を見失わずに済んだ。
そして着地のほんの一瞬前、どうしても意識の削がれるタイミングを狙った刺突に愛剣を合わせると、剣の腹にも手を添え逆にグウェンの桁外れの膂力を見越して全力で押し出した。
結果としてほとんどブレることのなかった突きの軌道から身体ごとの退避に成功。わずかも態勢を崩すことなく着地したベリオルズは万全の状態で踏み込みながら、即座に翻ったグウェンの剣を根元でがっちりと受け止め――
「うむ、良き剣士であった」
そして気づけばたった今打ち込まれた方向とは逆側から首に刃を当てられて、それを信じられないと言わんばかりにまじまじと見つめるベリオルズ。
「……一体どんなからくりだ?」
「なに、先に告げた五手を見事凌がれたからの。類稀なる戦士であるおぬしに敬意を表して少々本気を出しただけのことよ」
そう飄々と言葉を発するグウェンの足元は、いつの間にかその軸足のある地面が深くえぐられていた。彼のやったことは実に単純、五手目の一閃を受け止められたと判断した瞬間に魔物由来の身体能力に任せてその場でぐるりと一回転しただけである。
本来ならいくら速くともそれほどの大きな動きはベリオルズほどの戦士であればかろうじて目に留まったであろうが、それに剣聖として極限まで研ぎ澄まされた体捌きが合わさることで認識不能の剣舞と化したのであった。
「――っはぁ、オレより強いってことは確信してたが、ここまで開きがあるともう笑うしかないな」
「はっはっは、おぬし程の戦士からそう言われるのは心地が良いの」
そんなやり取りを経てどちらからともなく剣を納める二人。それを見てやっと決着がついたことを理解した見物人達が途端にどよめき始めた。ここまでの剣戟に呑まれることしかできなかった彼らであったが、ベリオルズという誰もが知る英雄の敗北という衝撃的な事実に呆然とするでなく、それを打ち破ったグウェンに対して畏敬の目を向けている。良くも悪くも実力主義の界隈で、彼ら彼女らにとって絶対的な強さというものは憧憬の的であった。
「では、ワシは合格ということでよいのかの?」
「これで文句でも付けたら世界中の冒険者が廃業だ。今後の活躍を期待してるぜ」
「さて、それは姫様次第かの」
そう嘯いて身を翻したグウェンは、いつものように気負いない足取りで小さな主の元へと戻る。
「戻りましたぞ、姫様」
「おつかれさまです、グウェン。かっこよかったです」
「それはそれは、身に余るお言葉ですの」
少々大仰な仕種で報告するグウェンに対し、セレスティナは満面の笑みで応じた。むろん純粋な魔術師である彼女にはグウェンはおろかベリオルズの動きさえ目で追えるものではなかったが、己の下僕が見事役割を果たしたというその一点をもって称賛を与えたのであった。
「では、次鋒は託したぞ、近衛殿」
「……なぜ集団での試合形式になっているのかがはなはだ疑問ではありますが、セラの前で無様は晒せませんね」
「アレイアも、がんばってください」
「仰せのままに、セラ」
相方と主人に見送られ、次の挑戦者として進み出るアレイア。連戦に備えて息を整えているベリオルズの前まで進み出ると、慇懃に頭を下げた。
「先にお断りしておきますが、翁は我らの中でも規格外です。同等の立ち合いを望まれているのであれば、私程度では叶うことはないことをご了承願います」
「心配すんな、むしろ安心したぜ。あんなのがそうそういてたまるかよ」
「ひどい言われようだのぉ……」
二人のやり取りを聞いたグウェンから苦笑交じりに漏れ出た言葉はなかったことにしたうえで、アレイアは刃引きした武器を所望した。
「それ自体はかまわんが、腰の剣は使わんのか?」
「あいにくですが、私どもは翁ほど精通しているわけではありません。これ一本では満足に戦うことすら叶わないでしょう」
「あんたも相当にできるだろうに……物はそっちだ、好きなのを使え」
若干あきれた様子ながらも刃引きした武器や一通りの防具を並べてある一角を指さすベリオルズ。謝意を述べながらそちらへ向かったアレイアはそこにある武器防具をざっと見渡すと、手近にあった投擲用の短剣を数本つかんでローブの腰帯に差し込んだ。さらに肉厚の短剣を鞘ごと吊るしたかと思えば反対側には手斧を提げ、拳闘士が使うような手甲を両手に装着すると大剣を背負い、最終的に前腕を丸ごと覆える盾と抜身にした長剣を両手に携えてベリオルズの元へと戻った。
「お待たせいたしました」
「いや待ておい。そんなに装備してどうしようってわけだ?」
完全武装という形容がふさわしい状態のアレイアに、思わずといった様子で突っ込みを入れるベリオルズ。武器の消耗が深刻になる戦場ならばともかく、いくら強者が相手とはいえたかだか一度の模擬戦で使用するような武器の量でないのは明白であった。普通に考えれば持て余すどころか、単なる重りにしかならないであろう。
「お気になさらず。これでも最低限ですので」
しかしながらアレイアは欠片ほども取り合うことなく剣と盾を構えた。前面に盾を置き、その陰に半身を隠す防御寄りの構えであったが、数々の武器を身にまとっているとは思えない程なめらかで堂の入ったたたずまいを見て、ベリオルズは再び己の常識を投げ捨てることに決めた。
「そこまで言うなら、こっちは遠慮なくいかせてもらうからな」
「ご随意にどうぞ」
こちらは続けて愛剣を構えるベリオルズは、アレイアの返答を聞くやいなや躊躇うことなく踏み込んだ。事前になされた強さの自己申告など端からあてにすることなく、グウェンへと挑みかかった時に劣らない気迫でもって剣を薙ぐ。
対するアレイアは恐れも動揺もなく盾でもって受け止め、瞬時に体を捌くと勢いを殺すことすらなく逸らしてのけた。斬りかかったベリオルズからしてみれば、確かに当たったと認識した瞬間、まるでそれが幻であったかのように通り抜けたという、あまりにも鮮やかすぎる受け流しであった。
虚を突かれてほんの一瞬身体が流れたベリオルズへと、すかさず反撃に長剣の突きを繰り出すアレイア。相手がただの戦士なら十分に行動不能に追いやれるそれを、しかしながら生ける伝説はたちまち引き戻した愛剣によってしっかりと阻む。そして己の攻撃が防がれたと見るやいなや拘泥することなく剣を引き、再び防御の構えへと戻るアレイア。
その様子を見てとったベリオルズは遠慮無用とばかりに攻め立てるが、アレイアは盾はおろか長剣すらも巧みに操り、剣閃のことごとくをいなしかわし流し逸らして、その体に刃が近づくことを許さない。
生前はとある大国の近衛騎士として、攻めることよりも守ることに重きを置いて修練してきたのがアレイアという魂霊であった。当時からして達人の域に至っていた防御行動は、今の時代に生きる英雄の猛攻を前にしてすら鉄壁と称しても過言ではない。魔力尽きぬ限り疲れ知らずの身体においては、不落の要塞もかくやと言わんばかりである。
しかしながら、本来なら防御の合間に隙を見ては反撃を加えることで少しずつでも相手の戦力を削り、動きに精彩を欠きだしたところで一気に制圧するのが彼女のスタイルであるのだが、今はベリオルズの嵐のような剣戟になかなか反撃の機会がつかめないでいた。いかな英雄と言えども生身である以上いつかは必ず限界を迎えるであろうが、少なくともそれが当分先であることは明白である
そしてすでにアレイアの挙動から彼女本来の戦い方を察したベリオルズは攻撃の手を緩めず、息の続く限界が近づけばわずかな隙すら見せることなく距離を取って仕切り直す。
「――ふぅ……正直に言わせてもらえりゃ、ある意味そっちの旦那より厄介だぜ、あんた」
「翁ではありませんが、あなたほどの戦士にそう評していただけるのは光栄ですね」
呼吸を整えながらの正直な感想に、油断なく防御の構えを取りながらも謝辞を返すアレイア。普段は表に出すこともないが、彼女とて己の技量に誇りを持つ戦士の一人である。系統が異なるとはいえ、己に匹敵する者から贈られる『手強い』の一言は一種の讃辞に他ならない。
しかしながらその上でベリオルズは難敵に対してにやりと笑みを浮かべた。
「けどな、いいのか? 防御一辺倒じゃ敵は倒せんぞ」
防御に徹されれば英雄の猛攻すら凌がれるが、逆に言えばベリオルズからしてみれば攻撃を加え続ける限り決して反撃を受けないということに他ならなかった。
そんな指摘を受け、けれどもアレイアは己の誇る鉄壁の防御術のように揺るがない。
「もとより承知です。私の本分は騎士、仕えし主をあらゆる危難より守り通すが本懐。討ち滅ぼすは少々癪ではありますが、翁にその役目を任せています」
「なるほどな。そういう役割が分担できてるなら、嬢ちゃんの護衛としては申し分ないわけだ」
「ご理解いただけたようで何よりです」
「だが、今もそれでいいのか? オレに勝つ気でいたんだろ?」
実戦ならともかく、今は他者の手出しを禁じている試合の最中。先ほどのグウェンとアレイアのやり取りを漏れ聞いていたベリオルズは、反撃の隙をとらえられない現状でどう勝機をつかむつもりかと揶揄してみせる。
「当然です。セラの前で無様は見せられませんから」
そうして返ってきたのは変わらず揺るがぬ意思。その声音には焦りも驕りも微塵と浮かばず、現状を正確に理解したうえでなお勝利してみせると宣言してのける。
「なら、お手並み拝見と行こう――か!」
その呆れるほどのふてぶてしさに、逆に笑みを深めたベリオルズが斬りかかる。その切っ先は速く鋭く、鉄壁の防御を突き崩さんとする気迫に溢れていた。
セレスティナの矛と盾。なお矛の方が圧倒的性能なので矛盾は発生しません。
あと人外バトルはやっぱり難しいです……。orz




