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con-tract //out  作者: 桐識 陽
3/4

report2: con-tract業務日誌(上)

この物語はフィクションです。

 

  


 ここは第三次世界大戦が起きてしまった世界。



 ピピピピピピピピッ


 

 いつ、どのように、なにが契機となって起こったのかさえ定かではない戦争は、今は収束している。

 世界各地に巨大な傷跡を大量に残すこととなった歴史的な汚点は、平和の国を謳っていた日本にもかつてない被害を与えた。



 ピピピピピイピピッピピ

 

 

 

 最大の被害は、首都東京都の二十三区、東側のほとんどが大量破壊兵器によって焼け野原になり、日本の中心地を失ったこと。

 家庭用シェルターや公共地下避難地区の普及が進んでいたために、人的被害は無いに等しかったらしいが、破壊兵器には毒性物質が含まれていたことが発表され、汚染被害が人々を襲うことを恐れた政府は、被害地区を完全封鎖を決定。

 三階建てビルほどの厚い壁を並べ建て、封鎖区を囲むと、隔離区として日本の領土から切り離した。

 


 ピピピピピピピピピピピ



 首都圏と行政中心機関を一度は大阪府に移譲するが、民衆の要望と、“ある資産家”の力で、東京都の残った西側を再開発し、新東京都として再建され、日本国首都として再び立ち上がらせた。

 日本の人々はそれを終戦の証だとでも思ったのか、隔離された地区のことを忘れ去っていた。

 だから、なのか。しかし、なのか。日本国民は気が付かなかった。

 汚染された、破壊し尽くされた、もう人が住めぬ、と思われていた地が、同じように戦争で土地を、居場所を失った者達にしらぬ間に、人が生きれる場所に戻されていたことを。



 ピピピピピピピ


 

 隔離区の現状が認知されてから十数年の歳月が経ったが、未だ隔離区は日本列島の内部にありながら、日本と認めらぬ他国のまま。

 厚いだけの壁に挟まれた無法の隣国を、何も知らぬ日本人たちは様々な感情が入り混じった形のない憶測と少しだけ漏れる実体を混ぜて、噂程度で語り合う。

 人は言う、そこには死体が石ころのように転がっていると。

 人は聞く、そこは一日中、銃声が鳴り響いていると。

 人は語る、あそこは常識が呆れかえり、どこかに去ってしまった場所だと。



 ピピピピピピピピピピ

 


 名前のない隔離区にいつしか人々は皮肉が入った名を自然と付けていた。

 多くの人々が心乱れた所とされた場所。

 神に見捨てられた者たちの巣窟。

 故に神により燃やされた地。

 ――――隔離区“ソドム”と



 ピピピピピピピッピ


 

 そんなやっと落ちつきを見せ始めた、と“思われていた”日本。

 その平和の立役者である資産家――――の皮をかぶった強力な吸血鬼によって、家族と、人生と、人間としての当たり前の全てを奪われ、吸血鬼の欲望のままに喰われることを運命付けられ、より“美味い”完璧な人間になることを強要され続けた少女がいた。

 少女の存在は、彼を知る者全てが知っていた。

 だが世界的に物流と経済を支えていた吸血鬼を、彼の正体を知る人々は彼を失うことの損失の方を懸念して、吸血鬼の悪行(しゅみ)のすべてを肯定し、少女のことを世界のために見放した。

 


 ピピピピピピピピ


 少女は死を人知れず望む様になっていた。

 しかし早く死ぬことを強く願いながらも、本当は誰よりも生きたいと心の底で願っていた歪んだ少女はソドムで魔王……がいたらこんな奴と呼ばれる青年と出会う。

 二人は出会い、青年は少女と契約を結び、吸血鬼が持つ傲慢の全て奪い、滅し、屈辱を与えて、殺し尽くしたことで、ついに少女は解放された。

 解放された少女は出会いを重ね、一度は魔王(以下省略)の元から離れるが、互いの意思を再確認し、契約を結び直し、自分の居場所を手に入れた。

 


 ピピピピピピピピピピ



 魔王(以下省略)の事務所にはそれまで名前はもとい、電話さえもなかったが、少女の提案でその二つを導入した。

 そこそこ狭くも、でも広くもない事務所に、今は人がいない。簡素な電子音を止めてくれる人がいない。

 そこに響いてくるバタバタバタと住居区となるニ階から階段を駆けおりるスリッパの音。

 血相を変えて現れた少女は母親から受け継いだ艶のある亜麻色の腰まである長い髪をサラサラと振り回し、電話が置かれたデスクの前に立つと、大きな一息をついて呼吸を整える。

 やわらかな印象のそれでいて適度に無駄のある体のラインと、調った顔立ちに、見る者すべてが美少女であると認知するであろう彼女は、額の汗を拭って、頭につけた白色のカチューシャと、自分の来ている白のワンピースを整えた。彼女、電話の前でも自分の状態を気にする性分らしい。

 そんな少女は、受話器を本来から取ると、慣れた調子で対応する。



 「大変おまたせ致しました。こちら特殊人材派遣会社con-tract(コントラクト)、九重(ここのえ) 撫子(なでしこ)がお受けいたします」


  

 吸血鬼に完璧を強要されていた少女、九重 撫子は今日も笑って過ごしている。

 それをXXXXXは見ていた。

 そう、見ているだけ。

 今は。

 ―――――これは、そんな夏真っ盛りの8月(なつやすみ)のお話。

 殺伐とした本筋から外れた、日常風景。


 

  


 report2   con-tract業務日誌



 

 「今日もありがとうよ、進っ! 明日も頼むぜ」

 「ご利用ありがとうございます、だ。魚屋のオヤジ。あと、悪いな送ってもらっちまって」

 「良いってことよぉ! じゃあ、な。撫子ちゃんに宜しく!!」

 軽トラックを慣れた動作で操り、今日の夏の暑さみたいな暑苦しさをトレードマークにしたような海のオヤジは、颯爽と去っていく。

 俺はあのオヤジが結構気に入っている。あの気持ちが良い性格や、俺の苦手な敬語を気持ち悪いから止めろという要望、後はなにより、仕事の後に家である事務所の前まで送ってくれることだ。

 とりあえず、軽トラックの後窓から若干見えるテカるハゲ頭が視界から消える前に一礼する。姿が見えなくなった後は、このオゾン層の存在を忘れそうになるような真夏の日差しを睨んだ。正午ということもあり、太陽の野郎は一番高いところまで逃げていた。遠距離射撃か、イイ度胸だ。しかも過去からの射撃とは、やるな太陽…… 

 「ぁぁあ……ちくしょぉ、今日も暑いな……」

 言葉と裏腹に、俺は仕事終わり特有の気だるさと解放感が混じった感覚のままに、事務所のドアを開く。

 開けば涼しい冷気が、などと希望的な観測はしない。

 そこまで、内に経済的な余裕は――――

 「――――って、涼しい!?」

 「あっ、おかえりなさい。進」

 ドアを押して現れたのは予想外の冷気と、予想どうりの女。

 160センチ半ばの身長。モデルの様な鋭利な体つきではないが、バランスの取れた体を白いワンピースで隠す少女は、家履きように先日購入した安い作りのサンダルをペタペタと慣らしながら、こちらにやってくる。

 「お仕事、御苦労さまです。はい、これ、おしぼり」

 「ん? あぁ、すまねぇな。おぉ、よく冷えてるじゃねぇか……じゃ、ねぇっ。撫子、なにクーラーなんて贅沢なもん使ってんだよ……」

 自分自身のセリフがいかに心が狭いと感じようとも、我が事務所の経済状況はそこまで豊かではない。

 正直言って、なんとも情けない思いもあるので、撫子への言葉には怒りのような起伏のある感情はのらず、逆に申し訳なさそうに語るしかない。

 「大丈夫ですよ。この時間は必要起動です。それに決められた時間に、その日の適温で設定した冷房を使わせてもらってます。それに、電気代と今月の確定収入額から計算もしてます。進の社長デスクの上に計画書を乗せておきましたので、閲覧後にサインをお願いします」

 「お、おお……」

 撫子の言葉による連続攻撃に、若干気押された俺に言うこと言ったと言わんばかりに撫子は自分用のデスク……事務所の一番奥の隅に設置した事務用のシステムデスクに戻ると、先日組み立ててやった自作パソコンにカタカタとデータを入力する作業に戻っていった。

 「イヤ~待ったく、大したものっすねぇ~」

 「……どこから現れやがったハジ」

 肩叩いていきなり気配もなく現れた麦わら帽子目深くかぶった、青のポロシャツと半ズボンの青年にみえる……謎だらけの男、ハジのニヤニヤとした口元が気に入らなかったので、とりあえず一発ぶちこもうと先日復活を遂げたデザートイーグルを取り出し

 「ダメですよ、進。事務所内での発砲厳禁です」

 「くっ……」

 「ムフウフっ、怒られちまいましたねぇ~ダ・ン・ナ? もうダメっすよぉん、反省してくださぁい」

 「コロシテエ……」

 「やるなら、外にしてください。あ、事務所の壁に当てないでくださいね。修繕費ってけっこうするんですから」

 「いや……撫子さん?」

 「…………」

 俺とハジのやりとりは何度もあったが、そのたび撫子はオロオロしたりする。それなりに時間がたった今現在でもそれは変わらないのだが、仕事中は別らしい。カタカタとパソコンとにらめっこする撫子の顔はあまりにも冷たくて――――

 「あ~、ただいま帰りましたわ」

 チャリンと、ドアが開閉した証明をする鈴の音が鳴ると、そこから現れたのは鈴の凛とした音と相反するように気だるそうな声を出す白金の女。

 腰を通り過ぎるほどの白金(プラチナ)の長髪が煩(わずら)わしかったのか、首辺りでゴムバンドで一つにまとめていた女はそれを外す動作すら美しさがあった。

 芸術品のような、見る人間に嫉妬を起こさせそうなモデル体型は、今現在は彼女の通う学校の指定ジャージ上下に隠されなんとももったいない。というか、これほどの美人が着ればジャージもなんだか、ファッションにさえ見えてくるのが不思議だ。

 ただ今日のローザ・E・レーリスにはいつもの覇気がなく、目と口が不満にひん曲がっているために美少女レベルが半減している。

 「もう、やってられませんわよ! 撫子、何ですの? あの職場は!?」

 その原因は今日、派遣された職場にあるらしい。不満タラタラなまま、事務所中央に設置してあるソファにボスンと倒れ込むと、長い両足を組んで、心のあるがままに抗議の声を上げる。 

 「トラックへ荷物を詰め込む作業と言うから、簡単にいくかと思ったら、倉庫暑いし、トラックの荷台熱いし、しかも、急な変更で契約時間の延長!? 早く帰りたいこっちの身のもなってくださらないかしらっ!?」

 ローザの感情の吐露に、俺はやっぱりなと思う。

 元々、ローザはプライドが高い。金が絡めば一発で吹き飛ぶプライドだが、自分が一流の魔術師である事実だけは曲げない。

 そんな女が今回派遣されたのは学生アルバイトじみた荷台への積み込み作業。

 事務所の名前を作った時に、彼女は自分の名前を貸してくれたのだが、まさかこんな仕事が回ってくるとは夢にも思わなかったのだろう。始めから、ヤル気がないのがミエミエだった。

 そんな不満を、最近ソドムのあちこちから小さな仕事を集めてくる撫子へとぶつけるローザ。

 「…………」

 無言で、ローザの話を聞いているのか、いないのかわからないがパソコンから目を離さない撫子。

 そんな撫子は事務所の名前を提案したのは自分だから、と仕事集めや事務職などを進んで引き受けてくれている。そのことに対して、俺は実際感謝している。

 俺は危険極まりない仕事を進んで引き受けるような人間だと思われているのかもしれないが、違う。

 逆に平穏無事に人生を望んでいる。最近の仕事が危険の連続だったのは、俺の背後で笑ってるクソ野郎(ハジ)のせいだ。

 しかも、俺のソドムでの評判は悪評に偏りがち。まともな仕事など入ってくることは期待していなかったのが実際。だが、この九重 撫子は、どんな手段を使ったのか、ポンポン普通の危険のない仕事をもってくるのだ。もちろん、武器運搬車の護衛なんて暗い仕事もあるが、それでも三カ月連続悪夢の比ではなく、簡単に終わったと、担当したアルバインが報告してきたのはつい先日の話。

 それが、このローザには適応されないだけだ。多額の借金を返済すべくハイリスクでも高収入(ハイリターン)を望んでいる彼女には、不満もあるのだろう。

 「聞いてますのっ! 撫子!」

 そんな不満がついに爆発したらしいローザは、友人ということもあり強く撫子に怒りをぶつける。

 「ええ……そうですね」

 それまで受けていた撫子は、背もたれ付きの椅子をゆっくりと立ち上がった。

 俺は、いや、俺とハジはなんだか、背筋に寒さを感じて同時に三歩下がる。

 様子のおかしい撫子に、ローザは気がつかない。目を閉じて、今日のストレスを目蓋の裏で視るように喋りまくっているからだろう。

 なんか、ヤバイ……直感云々の前に、撫子の顔が前髪の隠れて見えないので、ヤバさなど一目瞭然。

 ユラユラと、特殊な歩行術じみた、地面との摩擦がゼロに近いスーーー、とした動きでローザの座るソファまで近づいた。

 驚愕なのが、音もなく、慣性から空気圧も変化させず、しかも見た目に反して、かなりの速度で動いたためにか、眼前に立たれているはずのローザがまったく気がついていないところ。

 「まずは、ローザ?」

 「は…ひぃいっ!?!?」

 暗い海の底から湧きあがってくるような低い声に顔を上げたローザが一番先に見たのは、撫子の顔だろう。

 撫子は大抵、やんわりと笑みを作ってはいる。

 いや、今も口元は微笑しているのだが、目が違う。顔の半部から上が笑ってない。目を満月のように見開いて、瞳孔を全開の瞳がローザを見下ろしている。

 圧視(あっし)とでも呼べばいいのだろうか。戦場で殺意に慣れているはずのローザすら、視た瞬間驚きのあまりソファから転げ落ちそうになるレベルの眼力。なんか、ドロドロとした感情を秘めているのか、なんなのか知らんが、目が爛爛と鈍く輝いている。

 「仕事が終わったら完了の報告を私か、進にしてください……」

 「え、あ、いえ」

 「――――まずは“ハイ”、だろう?」

 「ふぁぃいっ!!!」

 前記の二段目は撫子セリフだからな? 圧力増し増しの目で凄まれ、ローザは声うわずって半泣き状態。

 「今日、あなたが担当した現場の監督さんから電話がありました。文句は口から洩れてたが、仕事はテキパキしてくれるし、助かったよ、といった御言葉をいただきました」

 「そ、そうでしたか……それは、よかっ」

 「“よかっ”、なんです? まさか、“よかった”などと言うつもりでしたか? 言いませんよね……ローザ? だって“文句が口から洩れてた”っていう言葉が入っている時点で、それはプラスではなく、マイナス評価なんだよ……」

 この物語はフィクションですが、前記の撫子のセリフはノンフィクションです。

 「だ、だって!」

 「ぁあ? “だって”、じゃない……“ですが”だろう西洋人? お嬢様口調キャラだからって、丁寧語から手ェ抜けると思うなよ……」

 しつこいようですが、これは撫子のセリフです。

 「ご、ごめんなさい」

 「スイマセンっ!! だろうが、復唱ォッ!」

 「ずびばぜんでじだッ!!」

 あまりのショックと恐怖にローザは完全に泣き声。俺はとりあえず口をつぐみ。ハジは口元に手を当て、アワアワワワと震るだけで何もしようとしない役立たずになっている……まぁ、俺も同じでなにもできないのだが。

 それにしたとしても今日の撫子はいつも以上にナーバスに見えるような…… 

 「ストレスがたまってるんじゃないカ?」

 答えは真横から告げられた。

 「あぁ? ストレス?」

 今までどこに居たのか、唐突に真横に現れた赤みがかかった金髪の髪に、青い瞳の、なんと驚きの同い年らしい男が白地のシャツの上からエプロンかけて現れた。

 「たまには褒めてあげるのも良いんじゃないかイ、シン?」

 そんな専業主婦姿が良く似合う、魔を討つことを生業とする騎士アルバイン・F(フォン)・セイクは五つの容器を乗せたお盆を持って、俺にいつもの溜め気つきそうな顔だった。

 「褒める? 何を?」

 「ナデシコのことだヨ。よく働いてくれているじゃないカ。あ、これドウゾ。今日の仕事で分けてもらったトマトを冷やしてシャーベットにしてみたんダ。ハジもよかったら」

 「いや~ありがたいですねぇ~、頂きます。ん? こりゃ、美味い。いつもながら、感心しちゃいますよ。料理の仕事もできるんじゃありません?」

 「イヤイヤ、そこまでのモノじゃないヨ。湯煎して、皮を剥いたトマトを冷凍して砕いただけだかラ」

 「え? 砂糖とかは、いらないんですかい?」

 「ウン。これは完全にトマトの甘さだヨ。塩分補給のために少し塩をまぶしたけどネ。進はどうだイ?」

 「上手いよ。……って、話を戻すか。――――別に、そんなこと当たり前だろう? アイツの借金返済作業なんだからよ」

 感謝はしている。ただ、言ってしまえば撫子のやっていることは当然に義務なのだ。

 借金と言うのは、撫子が俺に依頼した仕事料金のことだ。アイツを、あの傲慢ちきな吸血鬼から助けて以来、様々な事件に巻き込まれる内に、ついに“億”の領域にまで達するまでになった。

 周りの奴らは、高すぎだ、少しは減額してやれ、などと言う。だが、俺にしてみれば当然の料金だ。俺も慈善事業をしているわけではないのだから。

 それに、吸血鬼、魔剣、貴族気どりの魔術師、そしてミノタウロス……正直言えば、億など安いレベルの、本来ならば軍の一個小隊クラス、最悪国家規模の案件へと発展しても不思議でない危険度Sクラスの悪鬼羅刹ども(神もいるが)を相手にしてきた俺の身にもなってほしい。それを利子ナシで延滞してやってるんだ、感謝してもらいたいぐらいなんだぞ。 

 仕事を拾ってくる撫子には感謝はあるが、上の事を頭に入れてしまうと、どこか褒めずらい……

 「でも、感謝してるだろ、実際? ナデシコがいなかったら小さいとはいえ、ココまで仕事が回らなかったと思うヨ。事務処理なんかも視ていても高校生でアレだけできる人材は貴重ダ。それにボクらの取り分の二割程度の給料でやってくれているんだからサ。忘れてないかい? 彼女はまだ未成年だろウ。緊張とかのストレスもあるはずサ」

 「それは……」

 相変わらず、この騎士殿は痛いところを突くのが上手い。しかし事実、撫子の仕事ぶりは評価されるべきものだ。

 事務処理能力に限らず、仕事をもらってくる度胸、相手先への仕事の計画などの演算能力が桁はずれであり、それを完全に自分の物とし、会社に貢献してくれている。それは、あの吸血鬼が求めた完璧性を垣間見せるが、今回ばかりはアレに感謝しても良いかもしれない……口には出せないが、な。

 「褒めるのが恥ずかしいのかイ? 結構、忘れがちだけど、上の者が下の人間に賛辞を送ることは重要なんだヨ?」

 「わかってるって。モチベーション理論だろう? でもなぁ……」

 「何をぉそんなに迷ってるんですかい?」

 「シャイだからかイ?」

 「違うっつーの。いや、ただ……う~ん―――――まぁ、いいか」

 意を決して、ローザに敬語の復唱レッスンじみた折檻をしている撫子へと近寄り、その熱中状態の頭に手を乗せてみる。

 俺以外の全員が驚きの反応を示す気配を感じるが、気にせずナデナデ。

 「し、進っ!? なにょを!?」

 それまで別人になっていた撫子が、赤面アタフタする姿はなんとも笑いを誘うが、ここは我慢。社長として、真顔でズズイッ、と目を視て、頑張る社員を褒めるとしよう。

 「そんなにカリカリすんなよ」

 「べ、べつにカリカリモフモフ……なんて、してないです」

 「いやしてるだろ、モフモフ感は皆無だった。そう気張るなよ。オマエがよくやってくれてるのはわかってるって。感謝してる。だから……なんだ、その面は?」

 言葉が続かなくんなったのは、オレを視る撫子の目が熱を持っていたから……ではなく、やけに恐怖に歪んだ表情になったからだ。

 「な、なんだよ? 泣くなよ」

 「明日は……火山が噴火するんですか?」

 「……しるか。なんだよ、ただ褒めただけだろ。そこまでのことか」

 「だっ、だって」

 たしかに褒めることなどあまりないが、そこまで本気で気味悪がられると驚かれるとショックである。たまには褒めるべきだったのだろうか?

 下向きになりかけた思考を戻す様に頭を横に振って冷静さを取り戻す。

 (やべぇ、やべぇ、最近コイツへの対応が甘くなってる気がするな)

 「良いんだよ。オレはオマエの仕事ぶりを社長として評価しただけだ。ローザの方は今後は気をつけるように。……まぁ、大丈夫そうだけどな」

 ソファの上で体育座りのまま、半泣きで尊敬語と謙譲語を丁寧語でブツブツと高速で呟き続けるローザを視ればもう大丈夫だと判断するほかあるまい。というか、これ以上の精神ダメージを負わせることはできまい。

 「下の者の指導までしてくれるとは、感謝痛み入ります、“秘書”殿」

 ふざけ半分だった。

 俺は区切りをつけたかったために、肩書をつけるように言っただけだったのだ。

 「秘書……」

 撫子はゆっくりと呟くと、ゆっくりと顔を変化させる。

 頬を染め、唇をキュっと結んで、何かを噛締める様に目を下げた。

 「なんだ? 秘書はやっぱ嫌か? じゃあ、課長とか、副社長とかに」

 「秘書がイイデス!!!」

 「うぉ!? お、おお……じゃ、じゃぁ秘書官。これからも宜しく頼む」

 「ハイ!!」

 グッ、と顔寄せてきた撫子に気押される形になったが……まぁ、いつもの撫子になったから良いか。

 撫子は自分の座席に戻ると、腕まくり(まぁ、ワンピースだから袖は無いが)するように気合いを入れてパソコンに打ち込んでいく。

 「……成功だネ」

 「……まぁ、仕事をしてくれるならいいんだけどな。ほら、ローザも正気に戻れ」

 「はい。ご利用いただきありがとうございました。またのオコシをお待ちしております」

 「壊る(バグ)な。しっかりしろ。キャラじゃねぇことなんてしなくていいから。そのままお嬢様口調でいいから。おい、アルバイン。トマトのアイスくれてやれ。暴走の熱がこれで取れるだろうよ」

 「そうだネ。はい、ローザ。これ、おいしいヨ、オタベ」

 「ご丁寧にありがとうございます」

 ありがたそうに皿を受け取るローザ。

 いつもなら、「あら、ありがと」と簡素に言うだけの女がこんな風にまで萎縮するとは……

 「……シンッ!! ボクはこんなローザ、アリだと思ウッ!!」

 いつも小馬鹿にされ、罵倒されまくる騎士はとても目をキラキラさせて、拳を握り、感激に震えている。気持ちはわからんでもないが、なんか面白くないので――――

 「アルバインのポッケにローザのパンツが……」

 ――――と、適当な嘘をついてみる。

 「ハァ? シン、なに言ってルブゥラァッ!??」

 瞬時に飛び出たローザの拳が、疑似変態アルバインのアゴへ突き刺さる。

 そのまま意識を無くし、床に倒れるアルバインを、「このぉ、ド変態がッ!!」と罵倒しながら馬乗り状態から拳をラッシュしまくる怒れるローザ。

 「うしっ、元気になったな」 

 「これは流石に酷い気がぁしますが?」

 冤罪ダっ!! と言うこともできない騎士(イケニエ)に合掌するだけし、あらためて撫子の方を盗み見てみる。

 「♪~」

 鼻歌かけながら、元気に仕事する姿はホっとするものがあるが…………なんだ? この不安感。

 「どしました、旦那?」

 「…………なんでも、ない」

 たぶん、気のせいだ。

 そう、思った。

 思うことにしてみた。 

 


 視点未来 1


 

 箱の中に居る。

 まったくの唐突で、驚かせることに謝罪しようものなら、全力で頭を地面に擦りつけてもいい。

 だけど、進・カーネルとして現状を簡潔に伝えるならば、それが一番適切な説明なのだ。

 しかし、この四角形の箱は外が見える。外から視れば不審極まりない中すら視えない黒一色のはずなのに、だ。

 それだけで箱が科学力結晶であることは明らかである。

 しかし、小さい。大人一人。俺が体を丸めてやっと入れる収納サイズ。俺が今すぐにでも出たい理由はその小ささと暑さだ。

 なら、早く出れば? そうだな、出れるなら出たい。でもな、“とある事情”で体がしびれて動けないので、それもできない。

 ――――ああ、そうだ。外の状態を説明し忘れてたな。

 俺は今



 俺は今、たった今、成層圏ギリギリ。その上空から放り落とされた所だ。



 パラシュートなど付けてもらえなかった。

 箱ごと、俺は落とされ、重力そのままに下へ真っ逆さま。

 「……いや、四角形で逆さまはねぇか。アッハアハハア!」 


 

 なんでこんなことになった。

 そもそも、こんなことになるならアイツを“褒め”なきゃ、よかった。



 「ヒハアハハ…ハ、ハ……ッ、撫子ォォおォォォオォォオオオオオオオオオッ!!!」



 上空二千フィートでの怒号は、誰にも届かず空気と摩擦の渦に溶けた。 

 

 

 視点変更2 



 カタカタと、パソコンの起動音が部屋の中に響く。

 社長を含めた社員は、“彼女以外”皆寝静まっている。

 そんな深夜を回ったcon-tractの事務所に、一本の電話が入る。

 電話の音はない。これはインターネットを介した電話サービスを使用しているので、音はすべて彼女のヘッドセットへと出力されるからだ。

 音声入力が可能なマイクに少女はお決まりの電話対応をする――――英語で。

 その声はあまりに小さく、聞き取ることは困難だった。電話の相手もだ。

 どんな会話をしているのだろうか?

 そんな小さな会話は、その声と似た様に、短く終わった。

 パソコンのアプリケーション画面を消すと、そのままパソコンの電源を切るコマンドを押す少女は笑った。

 いつもなら爽やかな笑顔のはずなのに、今日のはやけに、“ニタリ”という擬音がやけに相応しい笑み。

 「……また、褒めてくれるかな……」

 少女は一言呟くと、自身も就寝するために部屋を出て行った。

 それをXXXXXは見ていた。

 そう、見ているだけ。

 みているだけにしよう。

 今の撫子は、なんかコワかった――――


 

 視点変更 3



 今日の仕事は八百屋での積荷の陳列と配送。

 夏なので、今日は黒のの襟付きポロシャツに、同じく黒のストレートズボン。さすがに夏場でロングコートを着る気にはなれない、というより、先日のミノタウロスとの戦闘で俺のコートは完全に使い物にならなくなり、廃棄している。

 その上から八百屋ミドリのエプロンを着け、えっちらほっちらと、野菜を荷台から運びだし、指定の場所へと並べていく。

 誰でも出来る様な簡単な仕事。だからこそ、的確さと、そして、速度が重要になる。それに、野菜はかなりデリケートな生ものであるので慎重に、ダンボールから取り出す。

 「悪いね、進。そのキャベツはそっちにアイタタタ……」

 「無理するなよ、ミドリさん。腰痛めたから俺達に頼んだんだろう?」

 「まあね。でも、やっぱり仕事だからね」

 我慢が見え見えの恰幅の良い中年女性は、シャッターを開けようとして、逆に崩れ落ちた。このままでは彼女の人生がシャットアウトしそうだったので、俺が代わりに上へと持ち上げる。

 「独り身じゃなきゃね~。そろそろ、結婚考えるべきかね」

 「止めとけよ。結婚は墓場だぜ」

 「……あんた一体何歳だい? 若いうちから暗いね。しっかりしないと撫子ちゃんにフラれるよ! さぁ、今日はもう上がっていいよ!」

 俺の背中をバシンと平手打つミドリは、痛みを我慢するように無理やりな笑い声を上げて奥へと引っ込むと……すぐに戻ってきた?

 「ハイよ、進」

 「何だこれ? レタス?」

 「今日の報酬だよ」

 「はぁ!?」

 スッとんキョンな声を上げる理由はわかるだろう? 

 なぜ、レタス? 金銭が報酬とは限らないが、それにしてもこれは……

 「待てよ、ミドリさん。そりゃ、買い付けから手伝って、3時間くらいしか働いてないけどよ。こりゃねぇだろう?」

 「何言ってんだい、撫子ちゃんから聞いてないのかい?」

 「あぁ? いや、何も。まさか、なんか高級なレタスとか?」

 「うんにゃ。ただの新鮮なレタス」

 「何だってんだ!!」

 ひたすらに困惑するしかない内容に、俺はパニック寸前だった。

 そんな“隙だらけ”俺は――――

 「動くな」

 そんな第三者の声と、耳元にカチリという、撃鉄が上がる音が聞えるまでに反応が遅れた。

 「は?」

 「ヘイ、動くなよボーイ。おとなしく、そのレタスを渡すんだ」

 ダンディそうな声を吐くのは、今時珍しい巨大なアフロヘアの色黒男。上下真っ黒なスーツをびしっときめてるが、なんだかバランスの悪い奴だな、というのが第一印象だった。

 「れ、レタスを?」

 「そうだよボーイ。それがどんなものかわかってるのかい?」

 「し、しるかよ。あっ! まさか最先端の遺伝子技術で作られた――――」

 「そんなわけないだろうボーイ。食べるとシャキシャキする、ただのレタスだ」

 「いい加減ブチキレるぞっ!!」

 「ふせな、進ッッ!!」

 くだらないやり取りに割り込む様に、ミドリさんがシャッター開閉に使う棒をアフロヘアーに投げつける。

 アフロヘアーは鼻で笑う。世界がスローに視えているように、奴は体を横にズラすことで避けると、なぜか手にした銃……を手放し、陳列されているブロッコリーを素早く手に取り、アンダーモーションでミドリへと投げる。

 反撃を受けたミドリは、どこぞの映画ばりに、後へ倒れるようにブロっコリーを避ける。三次元カメラがあれば、さぞかし絵になっただろう。

 しかし……

 「ぐぎゃっ!?」 

 ギックリ腰の彼女にはさぞかし負担になったのだろう。カエルが潰れたような声を出して倒れるミドリ。ただ、俺にはそれを心配している余裕がない。なにせ、

 「オープン状態の銃を投げるなっ!!」

 衝撃で誤砲して着弾なんて笑えねぇ。俺は持てる神経全て使って、上空を漂うデリンジャーを受けてめる。

 着地寸前を滑り込むように手に受け止める。もちろん、衝撃は与えないように、だ。

 「はぁ、はぁ、はぁ……テメ!! なに素人みたいなことしてや――――」

 「グハァっ!?」

 アフロは別の凶弾に倒れた。

 「――――ぬうえぇぇぇっ!!!???」

 俺は地面に伏せると、ほふく前進でミドリの元へと近づき安否を確かめる。

 「つーか、そ、狙撃……なんでこんな八百屋でドンパチ始めやがんだよ……ミドリさん、大丈夫か。なにがどうなってんだ!?」

 なにがなんだか、わからん状況。アフロヘアーはアフロに着弾しただけのかすり傷で済んだようで、未だ連続して発砲が続いている八百屋前から奥へと退避してきた。

 「わ、私はもうダメみたいだよ進……」

 「なに言ってやがるミドリさん。ただの腰痛だろう!?」

 「いいんだよ、わかってるさ。自分の死期ぐらいね」

 「大げさすぎんだろ!!」

 「レタスをレタスを頼むよ……。無事にアソコまで……ガクっ」

 「いや、ガクっ、じゃねぇよ!? しっかりしろっ、ミドリさん。今、湿布を持ってきてやるから……」

 「待てよぉボーイ」

 「あぁっ!? なんだよ、今忙し……アンタ……」

 「あぁ、くらっちまったようだぜ」

 アフロヘアーの額から一筋の血が垂れる。紙に着弾しただけかと思ったが、まさか頭を?

 「銃弾に巻き込まれた髪が地肌を奪っていきやがった……俺はもうダメらしいぜボーイ……ハゲタらどうしよう……」

 「ダメだろうな! なにより一瞬でも心配した俺もな!」

 「待てよぉボーイ」

 「もういい。俺は帰る。なんか、馬鹿らしくなってきた」

 「ボーイにレタスを託すことにしたぜ」

 「おい、聞いてましたか将来ハゲ? 俺は帰るつっただろう!」

 「レタスを頼む。無事にアソコまで……クッ、敵が増えてきたようだなっ。ワタシが奴らを喰いとめる! ふん、ワタシの力を過小評価しているようだな、レタス軍!!」

 「勝手に話を進めるなっ!! それに何だ、そのレタス軍ってのはっ!!? ネーミングが陳腐過ぎんだろう! それに何処に届けりゃいいんだってんだ!!」

 「ワタシの心配は必要ない。彼女と一緒に無事に脱出してみせるさ」

 「してないっ! オマエの心配はまったくぅ! だから、どこに……」

 「ウゥオオッ、オンどりゃーーーッ!!!」

 「聞けェェェっェェええええええェァッ!」

 なんかはじまる銃撃戦。俺が介入すれば全て済みそうな気がするが、状況が読めずどうしていいかわからない。だから、とりあえず――――

 「ちッきしょぉぉがあぁぁぁぁッ!!」

 駆けだした。八百屋の裏手から出て、手渡されたレタスを剥きだしのままに抱きかかえて。

 「ちくしょう、なにがどうなってやがるっ」

 今日の仕事は八百屋での積荷の陳列と配送だったはず。そのはずだったのに。

 そう思った直後、通りがかった公衆電話がいきなり喧しく鳴り出した。

 チ゛リリリリリリッッ!!

 「…………」

 いまどき公衆電話自体珍しいのに、このタイミングだ。俺は不信感を感じつつも受話器を耳に当て。  「……もしもし?」 

 「あ、進ですか?」 

 よく聞いた声だった。

 本当に毎日聞くこの声の女は、九重 撫子という女の声に間違いない。

 「おい、撫子なんだこれは?」

 「え? レタスでしょう?」

 「はっきりした! オマエが元凶だ! 何だってんだ!」

 「うふふ、進ってテンパると“何だってんだ”て言いますよね」

 「だからなにぃぃ!? どうでもいいわ! この状況は何だってんだ、聞いてんだ!!」

 「え? だから――――」

 いきなり、上空が騒がしくなった。轟く旋回音を唸らせ、空にあったのは黒塗りのヘリコプター。

 横にスライドするドアが開くと、そこから現れたのは人に向けることを躊躇うサイズのマシンガン。

 「――――野菜の陳列と“配送”です。頑張ってください」

 俺はもう何も言えなくなった口を閉じることができないまま、受話器を自然と落としてしまった。

 それを契機に火を吹くマシンガン。弾丸の雨が俺に向かってゲリラ豪雨。

 俺は雨宿りを探す様にダッシュした。当たると死ぬ雨を避けながら。

 そうだ。まだ仕事は終わっていないのだ。なにせ今日の仕事は野菜の陳列と、“配送”。

 俺はこのまま、このレタスの配送に向かわされることになるらしい。

 一体、どこに行けばいいのか。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。

 ただ、とりあえず叫ばずにはいられなかった。

 「撫子オォオオオオオオォオッ!!!」

 俺の怒声は、マシンガンの豪雨の音にかき消された。



 視点変更 3

 

  

 「進ッ!!? あれは一体どういうことですのっ!!?」

 憤りのままにドアを弾き開ける私(わたくし)の目に最初に飛び込んできたのは、事務所のソファでうなだれる一人の青年であった。私たち魔術師と長年いがみ合いの姿勢を見せる騎士団勢力でも指折りの実力を持つアルバイン・F・セイクだけしか今は事務所の中には視えない。

 「アルバイン。進は? 撫子はどこですの?」

 「……シンはわからなイ。撫子は今、お風呂みたいだヨ」

 「そうですの……彼方はどうしましたの?」

 騎士であるためか、どうかわからないが、このアルバイン・セイクという男は大抵シャキッとしている。 

 それが今はどうだ。白地のポロシャツに薄い生地で作られた青色のジーンズが相まって、家族サービスに疲れ果てた御父さんみたいになっている。

 「え、あア……それがネ」

 一瞬なにか悩んだ彼であったが、脇に隠す様にしていた大きなアタッシュケースを、慎重にソファの前にあったテーブルの上に置いた。

 「今日のボクの仕事は、ソドムに訪れていたマフィアのボスを護衛する仕事だったんダ」

 「そうでしたの?」

 仕事内容は基本、担当する人間にだけ知ることになっている。情報漏洩対策なのだろうが、con-tractでは仕事を持ってくる撫子が、請け負う私たち担当に口頭もしくは書面で伝えることになっている。

 なので、他の同僚が、他の仕事内容を知らないのは当たり前であった。

 「それはよかったんダ……。地中からの不意打ちとか、毒の雨を降らす女とか、衛星からのレーザーとかあったけど普通に護衛できたしネ」

 いや、それは普通じゃない。そもそも彼方(あなた)、衛星からのレーザーはどう解決しましたの?

 「でも、次の仕事が……変だったんダ。護衛の仕事の方がマシだっタ」

 「私が聞いても、前の仕事の方が大変そうに聞こえますわよ?」

 どんよりとした空気が広がる。中心点である彼は重たい口を開く。

 その口から後悔と懺悔が込められた呟きが漏れた。

 「ドミノ倒し……だったんダ」

 ドミノ倒し? 

 「は? ドミノ倒し? ドミノ倒しって、あのドミノ?」

 「そうだよ。あの倒す奴ダ」

 ドミノは法衣の意味をもつ日本では外来遊戯に当たる牌(はい)を用いてする競争競技の一つ。

 彼の言うドミノ倒しは誰もが知ってる感覚をあけて多数並び立てて端から端までを倒す遊戯である。

 「護衛の仕事を無事に終えて、帰りに撫子から電話が……なぜか近くにあった公衆電話から彼女の声で帰り際に一つ仕事を、ってお願いがあってたんだ。……ボクはそれをうけてしまっタ」

 「それでドミノ倒し?」

 正直、心配し――――てっ、心配なんかしてませんわ! 正直、深く聞いて損した気分があったが、とりあえずアルバインの懺悔みたいな語りをそのまま聞く事にした。

 「そうサ。指定されたマンションの一室には5人の子供たちがリビングを使ってドミノを使って遊んでいたヨ。ボクは朗らかな気分で、挨拶して、子供たちも笑顔でボクを迎えてくれタ」

 「は、はぁ」

 「ドミノの羅列は完成した。たぶん百個ぐらいはつかったと思ウ。それがカラカラと倒れる様は爽快感すらあったヨ」

 「よかったではありませんか」

 「よくなイ」

 「え?」

 急に声のトーンが冷え、彼はアタッシュケースの留め金を外すと、バッと開く。

 中にはお金があった。

 否、“詰まっていた”。

 「なゃぁっ!?」

 「たぶん、円単位で一千万ぐらいあル。これがドミノ倒しの報酬ダ」

 「い、一千万!?」

 とんでもない破格の報酬。ドミノ倒しを手伝うと報酬があるという仕事は確かにあるが、精々百程度で出る報酬金額ではない。

 「ボクも子供たちに、「ありがとう、お兄ちゃん。これ報酬、一千万くらい」と言われた時にはさすがに冗談だと思ったサ。でも、確認のために開けたら……開けたラ……」

 顔に手を当て、悔やむアルバイン。きっとその時の衝撃は凄まじかったのだろう。今にも泣きだしそうだ。

 「確認したかったけど、子供たち気が着いたらもういないシ……無音のドミノだけが残された部屋とかちょー怖いシ……事務所に帰ってくる時なんか周りの世界が、ボクを狙っているような気さえあっテ、生きた心地がしなかっタ……」

 簡単かつ高収入というフレコミの仕事は多々あるが、まさか遊び感覚の仕事で、一千万円がポンと手渡されれば、達成感など皆無。逆に自分が一体なにをさせられたのか恐怖に囚われ、言葉にできない罪悪感が思考を苛む。ましてや、事前に報酬額を知らされていなかったので、それらが倍になって後から襲い掛かってくる。

 私もお金は欲しいが、その仕事は何か嫌だ。得体の知れない仕事に関わると後が怖いから。

 「あ、帰ってたんですか。おかえりなさい二人とも」

 そんな恐怖など知らぬ存ぜぬで、お風呂上がりの撫子が私たちの前に現れた。今日のパジャマは何かダルそうなパンダが描かれた黄色の寝巻。

 「ナデシコッ!!? これは一体どういうことだイ!!」

 撫子が現れた瞬間、アルバインがソファから飛び上がり半泣きで仕事を持ってきた本人へと追及の声を上げる。いつもは紳士的な態度を取る彼でも、今日は遠慮、というか配慮している余裕がない。

 「あ、アルバインさん。成功したようですね、ありがとうございます。先方からも満足の声をいただきました。“これで我が国の大半が救われた”と」

 「アアアアアアアアアア゛ッ!!! もっと、あの時ドミノの数を増やしていればァァッァッ!!」

 返す刀のように笑顔で放たれた言葉に、アルバインは崩れ落ちる。彼はきっと“大半”という言葉に反応したのであろう。知らなかったとはいえ遊び感覚でやったドミノ倒しがそこまで重要なものだったこともつらい。

 遊び感覚だった彼の完璧への妥協が、後悔と言うなの傷として広がっているのだろう。――――というか、ドミノ倒しにそこまでするな。

 同時に地面に金がぶちまけられるが、これを拾う勇気は私にはない。なんか、一枚一枚がとても重い……

 こんな仕事は嫌だな。

 ん? そうだ! 私の仕事!

 「そうでしたわっ、撫子!! 今日の私の仕事は一体どういうことですの!?」

 「ローザの仕事? あぁ、モデルの写生でしたね」

 「そう、それ!」

 con-tractで働く前に、撫子による面接があった。面接といっても志望動機などは聞かれず、資格や何ができるかなどの、能力確認をされた。 

 改めて思うと、撫子は会話がうまかった。普通の世間話から、なぜか私の出世にいたり、褒めたり、怒ったりとして、情報を巧みに抽出するのだ。10分間だけで、私がこなせることなどを箇条書きにし、できること、できないことを分けて、こちらに書面にまとめて確認してきた。

 錬金術だからといって、研究ばかりしているわけではない。聞けば、私の先祖も医者をしつつ錬金術師として活躍していたらしい。私の場合は師の影響で、石工から絵画などの芸術関係をかじっていた。

 私の今日の仕事は、モデルの写生。

 とあるフロアの一室で、始めはリンゴの絵を描いていた。

 それが終わったら、次は植木ばちの上にある植物。 

 その次は、と続き――――

 ――――マッチョがきた。

 絵筆をガシャンと響かせ落とし、目を擦ってんもマッチョが消えることはなかった。アレは現実だった。

 ゾロゾロと海パン一丁のテカテカしたオイルまみれの鍛え上げられた肉体を誇示する黒光り共。

 無音の一室に、笑顔でポーズを取り続ける男たちと、なんとも言えない雰囲気に言葉もなく淡々と絵筆を振る私。

 仕事でなければ、逃げ出したくなる汗のにおいが充満する部屋で過ごした時間を私は忘れたくとも、もう忘れられない。

 しかも最後は、部屋を出ていくマッチョの一人に、一瞥された挙句、鼻で笑われた。

 「始めはリンゴでしたのよ! なんでマッチョ!? そして、なんで私は鼻で小馬鹿にされなければなりませんの!!」

 「筋肉が足りなかったんじゃないですか?」

 「足りてたまるもんですかっ!!」

 ムキムキ系ヒロイン、誰特っ!? 

 たしかに普通すぎるのは嫌だ、的なことは言ったが、ここまで異質なのはもっと嫌だ。

 「もうっ! 撫子、仕事は選んでくださいな! アルバインのドミノ倒しで一千万なら、私の今日の報酬はいくらなのっ!?」

 「一万五千円です」

 「普通っ!? なんで、ドミノ倒しが一千万で、私が一万五千円!? いや、たしかに写生の仕事では高いかもしれませんけど」

 「そんなお二人に朗報です。ジャンっ」

 じゃんっ、と取り出したのは二枚の封筒。このまま話を流す気なのが見え見えの撫子は怖いぐらいの笑顔。

 「やらないとマズイ高収入のお仕事と、沢山の人のためになるけど、ちょっと危ないお仕事と、どちらがいいですか?」 

 なにが朗報なのか、まったくわからない通達に、目まいを起こしそうになった。

 「ぜひ、ボクに沢山の人のためになるほうをやらせてくレ!」

 「ちょ、ちょっとアルバイン。考え直しなさいっ!」

 膝まずいて撫子の手を掴んだアルバインを、私は止めなくてはならない気がしたのだ。

 「これまでの仕事内容を考えなさいっ。きっと変な仕事に違いありませんわ」

 「そんな~、変だなんて~」

 「撫子はちょっと黙ってなさいっ!」

 ウフフフ、と笑いながら間延びする声を出す撫子は、本当に撫子なのだろうか? 目の前にいる彼女が得体のしれない存在にみえて仕方ない。

 「止めてくれるな、ローザ! ボクは、ボクはこのままじゃ、罪の意識から解放されないんダッ!」

 「落ち着きなさいっ。そして、泣くな! 彼方、騎士でしょう!? しっかりなさいっ」

 「それじゃ、ローザはもう一つの方ですね」

 「勝手に決めないでくださる!?」

 「それじゃ、二人ともすぐに封筒の中にある指定の場所に“今”向かってくださいね」

 「ちょっと待……って、今ぁ!? お待ちなさい! 今って言いましたっ? 言いましたわよね!? もう夜ですわよ」

 「いえいえ、正確には夕方7時です」

 「もう夜じゃないっ! 夕方って言えない! お外は真っ暗! それに私たち、帰ってきたばっかりですのよっ。過労死させる気っ!?」

 「そんな、そんな……だって、ローザは、あと“10時間23分”は問題なく動けますよね?」

 「…………」

 戦慄した。一拍の間をおいてしまうほどに。

 撫子の目が……私を視る彼女の目が、あまりにも不気味だったから、彼女の思考についていくのが遅れ、答えを出すのに数秒を用した。

 (こ、この子まさか、私たちの体力を……数値化してみてるっ!?)

 「あ、貴女……」

 「なんですか、ローザ? 人を化物のような目で視て……うふふふふ」

 ヤバイ。

 この子……今の撫子は人を数値としか視てない。自分の見建てで個人にパラメーターを付けて、どこまで働けるか、どこまでやれるかを判断しているのだ。

 理想とか、仮想計測などではない。撫子は、それらの虚数を抜きに――――もしくはそれすら計算して、私たちに正確な能力数値を付けている。現に私は彼女が判断したくらいは動ける自信があるから怖い。

 そう、彼女は知っている。

 私たちがどこまで“働ける”のかを。

 しかし、その数値も正しいかどうか実際怪しい。なにせ彼女、吸血鬼に完璧な人間になるための過剰な英才教育を受けた影響かはわからないが、オリンピック選手並みの身体能力を身に付けている。もし、自分の基本パラメーターを基準にしているとしたら……とんでないことになる。最悪死ぬ。

 しかし、撫子の目が無言で語ってる。“大丈夫、死にはしないから”、もしくは“死なせないから、働け”と。

 (どっちにしたって、こ、このままじゃ、きっと限界まで働かされますわっ)

 「し、進は!? そう、進はこのことを知ってますの?」

 「あぁ、進は……」

 冷や汗かきながら私は撫子の暴走を社長は知っているのか尋ねると、彼女はふいに顔を上げた。

 バババッバババ、と何か、大型のヘリが通り過ぎる音がした。

 「今、行きました」

 「どこへっ!!? 撫子、貴女一体、進に何をしましたのっ!?」

 問い詰めるように撫子の襟(ワンピースの肩あたり)を掴むと、ニ階からバタバタと駆け下りてくる音が聞こえた。

 「じゃぁ、行ってくるヨっ!」

 「おまちなさぁぁぁっぁぁぁぁいっ!!」

 元気いっぱいな挨拶して封筒片手にそのまま出かけようとアルバインを一喝。

 「あ。必要な“装備”は封筒に書いてある場所にいる人たちから貰える手はずになってますから」

 「装備っ!? 荷物じゃなくて、装備!?」

 やけに危険な香りがする言の葉に、私がツッこんでも時すでに遅し。罪悪感から思考がまっすぐになっちゃってる馬鹿騎士は制止する前に飛び出して行っちゃうし!

 「いってらしゃ~い。さ、ローザもすぐに行きましょう?」 

 「行きませんわよ!!」

 絶対行かない。行きたくない。行ってたまるかっ。

 「人権無視甚だしい! 労働基準法はどうなってますのっ!?」

 「ココはソドムです。無法地帯です。労働なんとか、ですか? ソレ、おいしいの?」

 「ぐっ……とにかく! 私は行きませんわ! それと、この会社を辞めさせていただくことを検討しますので!」

 「あっ……ローザ。でも……このままだと、大変なことに。早くしないと、間に合わないかも……」

 「くどいっ! 私、今日は疲れましたので、失礼!」

 怒りのままにそっぽ向いて、自室へと振り返らずに戻った。

 さすがに辞めると言ったのは軽い脅しのつもりであったが、このままそんな仕事をさせられていたら、身が持たないの明らか。

 このまま撫子の横暴を認めるわけにはいかないのだ。

 そして、私は部屋のカギをしっかり閉めて、布団にもぐりこむと、そのまますぐに眠りについた。


 

 視点変更 4


 

 チュン、チュンと小鳥のさせずる音で目が覚めた。

 「……ふぁ、あ、わぁ……もう、朝ですのね」

 乙女にあるまじき、シャワーも浴びずに寝るという暴挙にでてしまうほどに、昨日は頭に血が上ってしまったようだ。

 (昨日は、あんな風に突き放してしまったけれど……今日はきちんと撫子と話し合いしなければいけませんわね。あの子も良い子なのですから、話しあえばきちんとわかってくれるはず……人間には限界があるってことを)

 撫子は、その特殊な育ちからか、普通の人間とは思えぬほどのスペックをしている。それをあの娘は自覚していない。

 そのためか、他者に対する評価が自分基準になり、あんな非常識な行動と人的運用方法をおこなってしまうのだろう。

 寝起きの透明な思考になっている私は、いつもの日課をすることにした。

 私の部屋には、錬金術関連の備品を含めれば、家財道具はあまり持ちこんでいない。第三者がみれば、大学の研究室と勘違いされそうな内装。だが、一つだけ文明の的なものがある。

 ラジオだ。ハジの店で廃棄処分品をただ同然の値で買い取った外装の剥げた古い型だが、まだ使える一品。テレビなどという高級品などよりはよっぽど良い、と本心から思っている。

 朝起きるとスイッチを入れて、音がところどころ外れた電波を鳴らして朝を感じるのがひそかな趣味となっていた。

 今日もいつもどおりに、カチリとボタンを押す。今日はたしか、朝のニュースになる前にリクエスト性の歌謡曲を流す番組が―――――

 『今日は番組の内容を変更して――――』

 ん? なんだ? いつもと違うのか。

 内心、ガッカリして……

 『昨夜の、A社の経営破たんの情報から――――』

 そこから妙な予感が胸中を走った。

 ラジオから乗って聞こえてくるのは淡々と状況を語るパーソナリティの声。それによれば、A社とは誰もが知っている世界規模で展開している巨大企業で、それの破たんにともない各国に巨大な損失を連鎖させる可能性が示唆されている、とのことだった。

 私にはまったく無縁の話。なのに……

 『A社首脳陣が会見で――――』

 なんだか、異常な不安に襲われる。

 『手はうったが、“間に合わなかった”ようだ――――と、謎の発言を残して――――』

 それは昨日、どこかで聞いたようなフレーズだった。たしか……

 『あっ……ローザ。でも……このままだと、大変なことに。早くしないと、“間に合わない”かも……』

 とか――――言って無かったか?

 「あ、アハハアハ……まさか、ね」

 『なお、この件でA社の倒産による解雇者の数は――――』

 「そんな、そんな……」

 『――――となっており、各地から、雇用者たちの悲鳴が』

 「そんなわけありませんわよね、ねっ!?」 

 「ローザ」

 『もう少し対応が早ければと、悔やまれ――――』

 「そんな……わけ……そんな、ねぇ?」 

 「ローザ」

 「そもそも、こんな小さな事務所のそんな大きな仕事がくるわけ……つーか、昨日の今日で」

 「ローザ」

 「…………」

 部屋のドアの外から手招きするように私の名を呼ぶ声が聞こえる。毎日聞いている声のはずなのに、今は非常に怖いのは――――なぜだ?

 「ローザ」

 ガチャ、とドアが開いた。それでも私は後を振りむけない。夏の暑さからのとは別の汗が全身を濡らしていた。 

 キィ、とカギをかけていたはずのドアの方から、悲しそうな、しかし、どこか井戸の底からでも聞こえてきそうな女の声が

 「――――まだ、間に合いますよ?」

 した。

 「行けばいいんでしょうぉぅっ!!!」

 『今日のニュースでした』

 やけっぱなしに泣き叫ぶと、風呂にも入ってない体で茶封筒片手に部屋を飛び出していく。 

 親愛なる御父様。ローザは、女を捨てて、世界を救いに行ってきます。

 


 視点変更 5



 突然の登場でスマナイ。なので短い説明だけで現状を説明してみよう。

 「俺の名前は、ジョージ・ランスロ。鏡に映るイケメンだ。おっと、勘違いしてくれんなよ、たとえ道端の泥水だろうと、なんかピントが合わないデジカメ、見知らぬ夫人の熱い眼鏡レンズであろうとも、俺の被写体はどの角度、時刻、変顔であろうとも、すべて俺をイケメンとして写しだすだろうぜ。父からもらったブロンドの髪と、母譲りのふわりとした髪質、スラリとした足が基盤の長身に、端正で細面な顔立ち! これをイケメンと言わずにどうするってんだい。そんな俺はこの純白の鎧をイメージさせる騎士団の制服を気にいってたりするが、正直かたっ苦しいほどピシッとした制服なので、俺は適当に着崩してる。まぁ、今は練兵所の兵舎にある二人部屋、今はルームメイトが日本に行ってるから事実上の一人部屋で残り少ない睡眠時間を削ってベットの上でイメージトレーニングに励んでいる最中さ――――無論、グラビア雑誌で。ん? 短くないって? 馬鹿言っちゃいけないよ皆々様、これは俺のいつもの挨拶の三割程度のテンションで語られた、俺の、俺により、ひどく失敬なほど短い自己紹介でした。

 あっ、どうでもいいことだけど、俺は騎士団に所属してる。巡回騎士にして、こないだ勲章もらッて爵位もらったアルバイン・F・セイクは、俺の友人(ダチ)なんだ――――まぁ、こんなところだろ。さてさて、お次は……オォホゥオッ!! まさかの肌色薄生地っ!?」

 最近はまっている日本の巨乳アイドルの写真集を真剣に見入りながら、彼女に対する紳士的近接戦闘を脳内で考案し続けていると、不意に適当にほっぽいてた携帯電話が鳴り出す。

 「なんだよ、めんどくせぇな。今、イイとこなのに。この後入ってる、はぐれ魔術師集団が計画してるっつう大量破壊作戦の阻止と殲滅作戦よりもめんどくせぇなぁ……ん? なんだよ、このナンバーはアルじゃんか。はぁ~い、もしもし~こちらジョーで~す」

 『アレ? 日本語? ジョー、いつの間に、日本語を覚えたんだイ?』

 やはりというか、たしかに俺の友人であるアルバインからの電話であった。

 「何時の間にも何も、俺は日本には何度か行ってるしな。しっかし、お前は相変わらず、日本語下手くそだな~。そんな語学で大丈夫か?」

 『大丈夫だヨ。ローザにもよく言われるけど、ダイジョウブだヨ』

 「いや、それ大丈夫じゃないよな。てかっ! お前とローザちゃんってやっぱ同棲してるって噂はホントだったのか!?」

 『そんなわけないだロ? 同じアパートを借りてるだけサ。部屋は別々だしネ』

 「それだけでもイイっての! あ~、いいな~、あのオッパイ、いいな~、あの巨乳をもみしだいたらさぞ気持ちいいだろ~な~」

 『おっぱ……胸だけなのカ? やめとけヨ、想像しただけで殺されるゾ。というか、彼女は魔女だゾ』

 「騎士団的には敵体勢力。しかし、俺個人にとってはそこまで嫌いじゃない。それに、あの子にだったらころされてもって思っちゃうよ、ヤッパ。どこぞに馬の骨や皺だらけの魔女なんかに殺されるよりも、見た目麗しい美少女魔女だろ、男心としてはさ! いいな~、アルは」

 俺のふざけた口調に、電話向こうのアルバインはハハハと渇いた笑い声を出す。……しっかし、妙だな。電話からはアルバインの声以外がまったく聞こえてこない。人の喧騒云々ではなく、空気の流れる音すら聞こえてこない。

 『よくないヨ。わけのわからない理由でぶたれるし、すぐ殴ってくるし、蹴るシ。この前なんか、パンツが一着見つからないとかで、なぜかボクを疑ってビンタするシ』

 「ハードだな、美人がいる生活……まぁ、いいや。元気か、アル? レナ――――お前の妹が心配してるぞ。兄が魔女にたぶらかされたって、こないだ嘆いてたぜ? 定期的に連絡してないだろ?」

 『まぁ……ネ。そうだな、気が向いたら、するヨ』

 最近、アルバインはソドムに向かう前からレナと距離を置く様にしていた傾向はあると感じていた。なにかあるのか、ないのか。単なる照れ隠しかは知らないが、俺はそれについて追及するするつもりはない。

 「……それに、兄離れできない妹様には、そろそろ他の男を見てほしいところだしな……」

 『エ? なにか言っタ? 声が小さすぎて聞こえなかったんだけド?』

 「なんでもねぇって――――それよりお前今どこにいんの? やけに音が無い場所だな? 日本の何処だよ?」

 『さぁ? 此処は……どこ、なんだろうね?”』

 「はぁ?」

 殴られ過ぎて頭がついに……、と思った。やけにアルバインの声が上ずり、病んでいるように聞こえてしまのは幻聴なのか、それとも――――

 そんな一間を置いて、友人は電話の向こうから現状を報告してくる。



 『たぶん……ここ、“北極”かナ~』


 

 は?

 なに、いって、んだ、こいつ。

 「お前……旧東京……いや、ソドムに居るんじゃないのか?」

 『アハハハハ。居たヨ。居たんだけど、いつの間にかに、一面真っ白サ。ハハハッ、おかしいナ~、昨日港に行ったまでは憶えているんだけどネ~。天気は今日は良いね、快晴サァ! 地平線が見えル! 銀世界ダ。銀世界しかなイ!」

 まいったね、アハッハハ。と快活に、しかし何処か病んだ様に笑う友人に、俺は一体どんな言葉をかければよいのか……

 とりあえず

 「その……寒くないの?」

 『寒いヨ。当たり前だロ。怒るヨ』

 「そ、そうっスよね~。寒いっすよね」

 どうしよう。てか、どうするもなにもない。それ以上に、どうやったら日本から北極に行くような状況が発生するのだろうか? そもそも、北極には電波って届くのだろうか?

 とりあえず……

 「すまない、アルバイン。そろそろ電話も難しくなってきた」

 電話を切ろう。話していると頭が痛くなってくる。

 『まだ、いいじゃないかジョー。着いたはいいけど、装備と一週間分くらいの食糧を置いて、連れてきてくた船は行っちゃうし……まだ、二日目なんダ。でもさびしいんだ。「なにもしなくていい、君はそこに居るだけで良い」とか言われて何もやることがなイ。どうしたらいイ? 仮設舎には何もなくてサ。ねぇ、もっとお話ししようヨ……ねぇ……頼む、ボクを一人にしないでく』

 ピッ!

 俺は、すさまじい悪寒を感じて電源ボタンをつよく押し込んだ。効果音は取り合えず、ピッ、と表現するが、あまりに強く押し込んだために実際は、ズボッ、くらいだった。

 ついでに素早く、電話からメモリカードを引きぬき、携帯電話を握りつぶした。

 破壊することはなかっただろうか? いや、なんとなく着信拒否しても電話が来るような気がしたのだ。

 「さて、お仕事、お仕事……」

 俺の名前はジョージ・ランスロ。世界の平和を守ることを生きがいとする男。

 だから、とりあえず、アイツのことは放っておくことにした。

 ただ、信じている。お前ならきっと乗り越えられるさ、アルバイン。

 ……だから、それまで俺に電話をかけてくるな。キモチ悪い。


                        

                                  

                                     

今回も4万字を越えてしまうので、分割です。


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