第1話 ルームメイトに、何か違和感を感じます
――俺が、この全寮制男子寮に入寮したその日。
「はじめまして。真瀬瑠偉です」
自分にあてがわれた部屋に入ると、先に入っていたルームメイトと思しき生徒がそう言って俺に微笑みながら挨拶をしてきた。
窓から差し込む光を受けてサラサラと靡く、ミルクティー色の髪。
キラキラと輝く大きな瞳と、ほんのり薄紅色に色づいた柔らかそうな頬を見て、俺はこの子が入ってくる部屋を間違えたのだと一瞬本気で思った。
「……え? 女の子?」
そう問いかけた俺に、問われた相手は、
「へっ!? ち……、違うよ、違います!」
と言って、慌てて否定するように体の前で両手をバタバタと振る。
「ここ、男子校だし。女子が入れるわけないでしょ」
ね? と困ったように笑う真瀬瑠偉を改めて見ると、確かにそう言われれば、ちょっと女の子よりな美少年に見えなくもなかった。
――まあ、そうだよなあ。
男子校に、女子が入ってこれるわけないもんな。
そう思いながら、ふと先ほど名乗られた【マナセ ルイ】という名前が記憶の片隅に引っかかる。
マナセ、ルイ。
るい……?
「……あれ? 俺たち初対面、だよな」
馬鹿みたいな問いかけをしているとは自分でも思う。
でも、その名前の響きがどこかで聞き覚えがあるような気がして、口からついて出てきてしまったのだ。
すると――。
「えっ、嘘。覚えててくれたの?」
と目の前のマナセルイが、驚いた顔を見せた。
「え、どうしよ、嬉しい……! あの僕、塩浜幼稚園で脩くんと一緒だったんだけど」
「塩浜幼稚園……、真瀬……瑠偉。あー! あのルイかあ!」
記憶の中にあった子供の頃の記憶が蘇り、ああ! と合致する。
真瀬瑠偉! 真瀬瑠偉ね!
「思い出した?」
「おー! めっちゃ思い出した! そうそう、お前昔から女子によく間違われてたもんな!」
そうだそうだ、そうだった。
俺とこの真瀬瑠偉は、幼稚園の時に同じ組にいた同級生だった。
当時からよく女子と間違われていた瑠偉は、いつも俺の背後にちょこちょことついてきては『しゅうくん、しゅうくん〜』と言ってよく懐いていたのだ。
「え、めちゃくちゃ懐かしいな! なに? お前もこの学校に進学したのか」
「うん。そうなんだ」
「いや、まさかここで再会するとは……。というかお前、昔から可愛い顔してたけど、大きくなっても可愛いんだなあ。あ、男に可愛いっていうのはあれか」
久しぶりに幼馴染に会えた喜びでつい浮かれてしまったが、男に対して『可愛い』はないかと思い、慌てて訂正する。
しかし瑠偉は、
「……ううん。脩くんに可愛いって言われるなら、全然、嬉しいよ」
と言ってはにかんで笑った。
………………。
こいつ、男だとわかってもなお可愛いな。
すげーな、と内心で感心しながら、こんなのが男だらけの男子校に入学したらさぞ大変なことになりそうだな……、とこの先の行く末を思った。
◇
「あのさ、脩くんのこと、脩、って呼んでもいい……?」
入寮した日の夜、さっそく寮の食堂で食事をとるべく移動していると、瑠偉が俺にそんなことをおずおずと尋ねてくる
「ああ、全然いいよ。ってか幼馴染なんだし、今更だろ」
俺が隣を歩く瑠偉に笑ってそう答えると、瑠偉はほっとした様子を見せる。
「よかった。僕、この見た目だし、男子校に入学するの、ほんとは不安だったんだ」
でも脩と一緒なら安心だね、と微笑む瑠偉に不覚にもきゅんとしてしまった。
……はっ。
いやいや、おいおい俺。
こいつ男だぞ。
何ときめいたりしてんだ。
……まあでも確かに。
こいつが心配するように、この見た目で男子校を一人でふらふらさせるのは危ない気がする。
同じ男の俺でも不覚にもどきっとしてしまうのだ。
他にそう思う男子がいてもおかしくはない。
というか絶対いる。
そう思うと、俺が幼馴染としてこいつを守ってやらねばならないのかもしれない。
「――すごい、人いっぱいだね」
「瑠偉、はぐれないように気をつけろよ」
「うん。ねえ脩、人多すぎるし、腕掴んでてもいい?」
「おう」
いいぞ――、と言って、瑠偉に肘を曲げて掴みやすいようにしてやる。
先ほどから、食堂の周囲の男子たちが美少女然としている瑠偉をちらちらと見やっているのにも気付いていた。
うっかりはぐれて、絡まれたりしてもかわいそうだ。
――うん。
大丈夫だぞ、瑠偉。
お前がいくら女子っぽい男だとしても、俺はお前が男だとわかってるし、ちゃんと俺が守ってやる。
幼稚園も一緒で、高校でも再びルームメイトとして縁が繋がったのだ。
それくらい、してやって然るべきだろう。
改めてそう決意し、俺は瑠偉とのルームメイト生活を始めたわけだったのだが――。
◇
ぼすっ。
「…………ぐっ」
「んっ…………」
入寮したその夜。
寝ていたところに突然重みを感じて、思わず目を覚ます。
えっ。
なに? 金縛り?
一瞬そう思ったけれど、実際にはただ瑠偉が寝ぼけて俺のベッドに間違えてのしかかってきたせいだった。
「……おい、瑠偉。ベッド間違えてるぞ」
「んぅ……」
上にのしかかってきた瑠偉に話しかけるが、目を覚ます様子がなく吐息で返してくるだけ。
……仕方ない。
男同士なんだし、最悪一緒の布団で寝てもいいか。
ちょっと狭いけど。
なんなら、俺が瑠偉のベッドに行って寝てもいいしな……。
そう思いながら、俺が
「瑠偉。ほら風邪引くから入れよ」
と言って、自分の布団の中に瑠偉を招き入れようとした時だった。
「ん……っ、しゅう……」
そう言ってもぞもぞと温もりを求め、抱きつくように俺に身を寄せてくる瑠偉に――、違和感を感じたのは。
ん?
なんだこれ?
なんか、妙に柔らかいし、いい匂いがする。
「ん……」
俺の首元に当たる吐息が、妙に熱くて艶っぽい。
おそらく、寝ぼけて無意識にだろうが、俺にまとわりつこうとする瑠偉の体の妙な柔らかさを感じながら、思わずどきりとした。
俺の直感が叫んだ。
これは――、なんか違う、と。
俺に絡みつこうとする瑠偉を一旦引き剥がし、冷静になって見直そうとした。
小さな顔に細い顎。
華奢な手足。
そう思いながら見つめていると、なんだか寝相も可愛いような気がする。
「………………」
俺のベッドで横になっている瑠偉に『がばっ!』と布団をかぶせかけ、一方の俺はというと瑠偉のベッドに避難する。
そうして、瑠偉のベッドで瑠偉の匂いのする布団をかぶりながら、俺は再度考えたのだった。
………………瑠偉、お前。
男…………、だよな?
と。




