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2歳の息子と異世界転移——賢者と呼ばれた我が子の隠された秘密  作者: 梅丸みかん


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第89話 エルフ族と白狼族

 エルフ族がこの村を訪れてから、一月ほどが経っただろうか。

 空は高く澄み渡り、暖かな風が時折、広場に生える短い草を優しく撫でていく。


 小人族が暮らす小さな家並みの外側、小海側には白狼族の住居が並び、その反対側には新たにエルフ族の住居が建てられていた。


 少し前まで静かだった村は、今では随分と賑やかになっている。

 そして中央の広場では――激しい剣戟の音が村中へ響き渡っていた。


 いつの間にか広場の端には、屋根と壁だけの簡素な休憩所まで作られている。

 そこには木製のベンチが並べられ、長老たちや女性陣が模擬戦を観戦していた。


「ラザ! そこよ!」

 シャーレさんが身を乗り出すように声を張り上げる。


「メイファ様! 今です!」

 負けじとガランさんも声援を飛ばした。


 今、広場の中央で戦っているのは、白狼族の長であるラザさん。

 そして、エルフ族の女王、メイファちゃん。

 互いに種族を背負う者同士の対戦ともなれば、自然と応援にも熱が入るのだろう。


 最初の頃こそ、エルフ族にはどこか近寄りがたい空気があった。

 整いすぎた容姿。


 張り詰めたような誇り高さ。

 まるで森の精霊そのもののような雰囲気に、小人族も白狼族も、どこか距離を置いていたのだ。


 けれど今では、そんな空気もかなり和らいでいる。

 小人族も白狼族もすっかり彼らと打ち解け、村のあちこちで親しげに言葉を交わす姿が見られるようになっていた。


 中でも、メイファちゃんの側近であるガランさんは印象に残りやすい。

 エルフ族なだけあって中性的な美しい顔立ち。


 すらっと背が高く、モデルのようにスタイルも抜群だ。

 他のエルフたちも美しいのだが、その中でもガランさんは群を抜いているように思える。


 ただ、活発すぎるメイファちゃんに、いつも振り回されている印象が強い。

 ちょうど今もそうだった。


 ラザさんとの打ち合いを終えたメイファちゃんが、息一つ乱さないまま次の標的へ剣を向ける。

 結局、勝敗を決したのはメイファちゃんだった。

 けれど、まだ物足りないらしい。


「ガラン! 次はお主じゃ!」

「ま、待ってくださいメイファ様! 先ほどまでラザ殿と打ち合っていたではありませんか!」

 慌てるガランさんに、周囲から笑いが漏れる。


 そんなやり取りも、今ではすっかり日常になっていた。

 メイファちゃんは隙あらば「剣の稽古じゃ!」と言って、いろんな人へ勝負を挑んでいるのだ。


 でも……

 一見、元気そうに見えるメイファちゃんは、つい先日多くの同胞たちを失ったばかりだ。


 きっと、心に大きな悲しみを抱えているはずだ。

 ふとした瞬間、表情に憂いを含んでいる時がある。

 たとえ百年以上生きているのだとしても、見た目が幼い少女なので胸がぎゅっとなる。


 だから、気を紛らわすためにもこうして動き続けているのかもしれない。


 そんな中、メイファちゃんは、白狼族が獣化しなくても十分戦えるようにと、剣を教え始めた。

 もともと白狼族は好戦的な気質らしく、剣術にもすぐ馴染んでいった。


 風魔法を纏わせ、目にも止まらぬ速さで剣戟を繰り出す。

 彼らは短期間で驚くほど腕を上げ、今では訓練場から絶えず金属音が響いていた。


「妾より強くなるのじゃ!」

 メイファちゃんはそう言いながら、嬉々として剣術を伝授していた。


 きっと、自分の対戦相手を養成しているんじゃないかと思えるくらい、相手が上達すればするほど、彼女は嬉しそうだった。

 

 これまで白狼族は、魔獣と戦う時には獣化し、その牙と爪で獲物を引き裂いてきたのだという。

 だからだろう。


 訓練場の隅で剣を振るう若い白狼族たちの顔には、どこか誇らしげな色が浮かんでいた。

 鋼が打ち合う甲高い音が乾いた空気を震わせる。


 獣の力だけではない。

 自分たちも剣を扱えるのだと、その一振り一振りが語っているようだった。


「獣化しなくても風魔法は使えるぞ」

 そう教えてくれたユラさんは、腰に提げた剣の柄を軽く叩いた。


「だが、やっぱり獣化した方が強いな。身体も軽くなるし、力も段違いだ」

 なるほど、と頷きかけて――ふと、引っかかった。


 夜風に揺れる木々。

 白狼族。

 獣化。

 頭の中で、それらが結びつく。


「……あれ?」

 思わず声が漏れた。


「白狼族って夜しか獣化できないんじゃないの?」

 すると周囲にいた白狼族たちが顔を見合わせた。

 次の瞬間。


「ぶっ……!」

 一人が吹き出し、別の者が肩を震わせる。


「誰だそんなこと言ったのは」

「いや、結構そう思われてるんだよな」

 呆れたような笑い声が広がった。

 私はぱちぱちと瞬きを繰り返す。


「違うの?」

「違う違う」

 ユラさんは苦笑しながら頭を掻いた。


「夜の方が獣化した時の夜目を活かせるからな。だから夜に動くことが多いだけだ」

 そう言うと、何でもないことのように続ける。


「昼の狩りでも普通に獣化するぞ」

「え」


「むしろしない理由がない」

 当たり前だろう、と言わんばかりの顔。


 私は思わず口を開けたままポカンとしてしまった。

 森を吹き抜ける風が頬を撫でる。


 どこかで鳥が鳴いた。

 そうか……ずっと勘違いしていたのか。


 小人族の集落で聞いた話で、いつの間にかそれが本当のことだと思い込んでいた。

 けれど、目の前の彼らは違う。


 笑い、首を振り、当たり前のように否定する。

 その姿を見ているうちに、胸の奥が妙にむず痒くなった。


 知らない種族のことを知った気になっていたのは、私の方だったのかもしれない。

 聞かなければ分からない。

 会わなければ見えない。


 誰かから伝えられた話よりも、目の前で笑う相手の言葉の方が、ずっと確かなのだと――そんな当たり前のことが、妙に鮮明に胸へ残った。


 きっと他にも、固定観念や見た目だけで決めつけていることは、たくさんあるのだろう。

 だからこそ、ちゃんと話して、お互いを知ることは大切なのだと思う。


 そして、それに刺激を受けたのか、小人族の中にも剣を握る者が増えていく。

 あの温厚な小人族たちですら、エルフたちの話を聞いて危機感を抱いたのかもしれない。


 そんな中、私はというと――。

「はい、次の人どうぞー」

 せっせとアロウ軟膏を作りながら、模擬戦が行われている広場の隅で傷ついた人たちの手当をしていた。


 みんな、戦闘訓練ばかりしているせいで、生傷がまったく絶えないのだ。

 それから私は、リュミナのお茶を配って回った。


 冷たく冷やしたリュミナのお茶は、訓練で疲れた体を癒してくれるだけでなく、乾いた喉を爽やかに潤してくれるため、みんなからの評判もいい。


 やがて日が傾き始め、村に夕暮れの気配が差し込む頃になると、本日の戦闘訓練終了の合図が出された。

 そろそろ帰ろうと片付けを始めていると、広場の向こうから理玖がこちらへ駆けてくるのが見えた。


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