第4話 村の長老
「えっと、私の魔力は高いということですが……ちなみにどんな魔法が使えそうですかね」
おじいさんの言葉が気になった私は自信なげに尋ねてみた。
「その色は癒しの色。生き物を癒す力を秘めているのですぞ」
「え? 癒し……? 私、そんな力ありませんよ」
たとえ元看護師だったとしても。
生き物を“癒す力”なんて、持っていない。
できたのは、せいぜい、そばに寄り添うことくらいだ。
――私は、看護師時代のことを思い出していた。
病に侵され、静かに命の灯を消していった人たち。
死にたくない……
悲しみに暮れ、悔し涙を滲ませながら思わず溢れた言葉。
その表情を思い出すたび、胸が締め付けられる。
どれだけ祈っても、救うことなんてできなかった。
なんて、私は無力だったんだろう。
私はただ、苦しみが少しでも和らぐようにと祈ることしかできなかった。
「……今は、そうかもしれませんな」
回想を断ち切るように、おじいさんの穏やかな声が静かに届く。
「ですが、其方が望めば、その力はいずれ花開くでしょう」
その言葉は、不思議と胸にすっと染み込んできた。
「そうそう、名乗るのが遅れましたな。わしの名はソール。この村の長ですぞ。皆からは長老と呼ばれておる」
「……長老……さん」
「”さん”はいりませんぞ。長老と呼んでくだされ。さて、イオリ様、そして賢者様。そろそろ、其方たちの住居へご案内しましょう」
「住居……?」
「先代の賢者様がお住まいになっていた家です。異界から賢者様が現れた暁には、そこを使っていただくように――それが、彼の遺言でしてな」
異界……。
やはり、ここは異世界ということなのだろうか。
けれど、そのわりには皆ふつうに日本語を話している。
「あの……小人族のみなさんは、私と同じ言葉を話せるんですね」
「お互いの言葉が自動的に変換されて、通じるようになっているのですよ。ただし、こちらの世界の文字は読めない可能性があります。先代の賢者様が、生前そうおっしゃっていましたから」
「なるほど……」
どんな仕組みなのかは分からない。
……でも、異世界ならそういうことがあるのかもしれない。
それにしても――なぜ、こんなことになったのだろう。
まあ、考えても仕方がないか。
ならば、今は話に乗っておいた方がいい。
だって、「賢者様」なら、きっと丁重に扱われる。
その賢者様の母親である私も、ぞんざいに扱われることはないだろう。
――うん、そうしよう。
全部、理玖のためだ。
「えっと……それでは……あの、よろしくお願いします」
私は腕の中の温もりを、そっと抱きしめ直した。
少し肌寒さを感じた私は、理玖にフリースを着せ、自分もジャンパーを羽織る。
ああ、そうだ。
チャイルドシートの下に落ちている靴も履かせなくちゃ。
荷物はどうしよう……
理玖を抱いたままではそんなに持つことができない。
とりあえず必要最低限のものが入ったリュックを背負うと、長老ソールの案内で住居へ向かうことになった。
当分、「先代賢者の家」でお世話になるなら、後で荷物を取りにこなくちゃ。
家出同然で飛び出してきたから、必要なものは持ってきている。
当分は困ることはないだろう。
乗ってきた軽自動車は、ひとまずそのまま置かせてもらうことにした。
小人たちは私の車を取り囲み、口々に感嘆の声を上げていた。
「さすが賢者様のお母君だ」
「魔導車に乗って来られるとは……」
魔導車……?
この世界にも車があるのだろうか。
しかも、魔法で動くような。
ちょっとワクワクしたものの、肝心なことに気がついた。
だとしたら、この世界にガソリンがない?
じゃあ、私の車、ガソリンがなくなったらただの鉄の塊……
いや、諦めるのはまだ早い。
魔法があるのなら何とかできるはず。
車は、元の世界と私を繋ぐ、唯一の証のように思えた。
もし帰れる道が見つかったとしても、これが動かなければ意味がない。
私は小人たちに囲まれた車を振り返り、小さく息を呑んだ。
「ねぇ、おじいちゃん。私も一緒に行っていい?」
最初に声をかけてきた少女が、長老の袖を引いた。
「それはどうかな……。イオリ様、この子はわしの孫で年は十歳、シュシュといいます。一緒に連れて行ってもよろしいかな?」
「あ、はい。もちろん構いません。シュシュ、よろしくね」
「チュチュ……よーちくね」
理玖が私の真似をした。
シュシュは一瞬、「チュチュじゃない」と口を尖らせたが、理玖の幼い顔を見ると諦めたのか、小さく溜息をついただけでそれ以上は何も言わなかった。
こうして、小人族の少女――シュシュも、賢者の家へ同行することになった。
歩き出すと、背後からいくつものささやき声が耳に届く。
「やっと賢者様が……」
「これで、森の魔獣から守られる」
「百年も待ったんだ」
「準備を急がねば」
「忙しくなるぞ……」
……救われる?
私は思わず首を傾げる。
ここは、小人の世界なのだろうか。
普通の――つまり、この村以外には私と同じ大きさの人間は、いるのだろうか。
……そうだ。
さきほど長老は「先代の賢者様」と言っていた。
その賢者が小人だったとは限らない。
もしかすると、私たちと同じ大きさだったのかもしれない。
だからこそ、その家を用意しているに違いない。
小さな家々の周囲には、畑のようなものが広がっていた。
作物はたわわに実り、手入れも行き届いている。
豊かな村――そんな印象だった。
だから小人たちは、私たちを見て戸惑いはしたものの、暗い顔をしていたわけではない。
それどころか、どこか期待に満ちた明るさを帯びているように見えた。
「この村は、賢者様が施した結界に守られておるのです。ですが、先代賢者様が亡くなられてから、はや百年。年々、その結界の力が弱まってきておりましてな」
長老は一息置いて続ける。
「結界が機能しなくなればあっという間にこの村は魔獣に襲われるでしょう。わしらは多少の精霊魔法が使えますが、攻撃魔法は苦手なのです」
そんな……
不安の渦が私を包む。
だって、理玖はまだ二歳。
いくら賢者だとしても、いったい何ができるというのだろう。
もし、彼らの期待に答えられなかったら、ここを追い出されたりするのだろうか。
一見すると、みな穏やかで、優しそうだ。
でも――人は見かけによらない、とも言う。
自分たちの利がなければ、簡単に手のひらを翻すことだってないとはいえない。
どんなことが起こっても冷静に立ち回れるようにしなくちゃ。
そう決心して理玖を抱き直し、私は静かに息を整えると、長老ソールの後に続いた。
十分ほど歩いただろうか。
やがて一軒の家の前にたどり着いた。




