ピザパ!
「俺達は、アヴァダール王国内で噂になっている、神出鬼没の幻の屋台だ。王都に住む富裕者でも食べられない話題の出張店。味わえるのは今だけ、ここだけだぞ」
またルドウィンが話を誇張しているが、我慢だ。
チナミはいつかのように顔を赤くしつつも、彼の口上を止めない。
むしろ後押しをするため、続いて口を開いた。
「い、今なら無料で、ピザに合う飲みものをお付けしています。こちらは数に限りがあるので、早い者勝ちですよ」
無料サービスに数量限定。
どこの世界であっても魅力的な言葉だ。
駄目押しが効いたのか、村人達は互いの顔色を窺いはじめた。
「幻の屋台って……聞いたことあるぞ」
「そうなの? 本当に有名なのね……」
「あの人格好いい……」
いい流れが来ている。
一部ルドウィンの圧倒的顔面力に陥落した者の声も交じっているが、反応は上々ようだ。
「……私、買ってみようかしら」
そしてついに、一人の少女がピザを購入した。
彼女が選んだのはビスマルクピザ。
「ご購入ありがとうございます。焼き立てのピザは熱くなっておりますので、気を付けて召し上がってくださいね」
ビスマルクピザとは、中央に半熟卵がのっているものを指す。
チナミはトマトソースを塗って焼いたところに、生ハムをのせている。生ハムの塩気を半熟卵がまろやかにし、エールとの相性も抜群だった。
「お、おいしい……! 何これ、ピザおいしい!」
その場で一口食べた少女が、驚愕に目を見開く。
彼女を見ていたら我慢できなくなったようで、他の村人達も次々にピザを購入していく。
「本当だ! これ、とろとろですげーうまい!」
「こっちのアスパラとベーコンのやつも最高にうまいぞ! アスパラの風味が生きてる!」
「このお肉のピザおいしい!」
「こっちの色んなキノコが載ったピザも、バターとニンニクが効いてる!」
「おいしい! これなら子どもも食べやすい!」
あちこちで歓声が上がる。
人の間をすり抜けるようにしながら、チナミは無料の飲みものを配り歩いた。
「こちらは『クラフトコーラ』といいます。小さな子どもでも飲めますし、ピサと相性抜群です」
というより、これを飲ませるためにピザを作った面が大きい。
世界中で親しまれている、あの茶色い炭酸飲料。
フライドポテトやハンバーガーも合うが、今回はピザを選んだ。幅広い具材を使えるからだ。
おいしいものを食べて気分がよくなった村人達は、『クラフトコーラ』も無警戒に飲みはじめた。
「うわ、しゅわしゅわする!」
「エールに似てるけど酒じゃないのか」
「エールと違って苦くないし、確かにこれは子どもも喜ぶわね」
これには、村の入り口で汲んだ炭酸水を使った。
カルダモンやシナモン、クローブを砂糖と一緒に水で煮込み、カラメルと炭酸水を混ぜ合わせたら『クラフトコーラ』は完成する。
他にもレモンを入れるなど、様々なアレンジ方法があった。
「こちらはおいしいだけでなく滋養強壮の効果もあり、鎮痛剤や頭痛の治療薬ともなります。ただ依存性もあるので、飲みすぎには注意してください」
「えぇ? それって飲んで大丈夫なのか?」
「薬と同じように考えていただければと思います。どのような薬も、飲みすぎれば体に悪い影響を及ぼすものでしょう?」
不安をのぞかせた者も、チナミの説明に納得したのか再び『クラフトコーラ』に口をつける。おいしいから我慢ができない、という感じかもしれない。
よく見るとメルも、村人達に交じってピザを満喫していた。
一生懸命手伝ってくれたのでいくら食べても構わないのだが、隣にいるルドウィンまで販売の合間につまみ食いするのはやめてほしい。売り手が商品を勝手に食べていては、接客にも支障をきたす。
「このピザにのっている豚の角煮は、『クラフトコーラ』で煮込んでいるんですよ」
「へぇ、全然気付かなかった。こういう甘い飲みものを料理に使うなんて、考えたこともなかったよ。おいしくなるもんだねぇ」
「よかったら作り方を教えましょうか? パンにもよく合いますよ」
「いいのかい?」
『クラフトコーラ』は料理にも使える。
程よい甘みがあるため砂糖を入れなくてもおいしさが引き出せるし、何より炭酸のおかげで肉が柔らかくなるのだ。
チナミはピザを販売しながら、様々な情報も売り込んでいく。
見渡す限り、それなりに村人は集まっている。
人口を正確に把握しているわけではないが、グルーシャ村の規模ならば半分くらいには達しているのではないだろうか。
「何だか、本当に体が軽くなった気がするな」
「ハハッ、そんなに早く効果が出るかよ!」
ほとんどのピザが売れたところで、チナミは笑顔のまま切り出した。
「実はこの『クラフトコーラ』、私の手作りなんです。村の入り口近くにあった湧き水に、ガラナ――『魔族の果実』を入れています」
それまでの和やかな空気が、一瞬で凍り付く。
楽しいピザパーティが終わる瞬間でもあった。
「は……?」
「湧き水に……『魔族の果実』……?」
既に『クラフトコーラ』を飲み干していた村人達が、青ざめながら口を押さえる。
一人が、チナミを責めるように睨んだ。
「何てことをしてくれたんだ! どちらも魔族が穢したものじゃないか!」
ガラナの方は知っていたが、湧き水も?
思いがけない言葉に、チナミは目を瞬かせる。
「騙し討ちで食べさせたことは謝ります。ですが、魔族が穢したって……あれは天然炭酸水ですよ。自然が作り出したものです」
「そんなわけがないだろう! 舌が痺れるような水なんて、あるもんか! 魔族が毒を混入したに違いないんだ!」
「そうだ! 王都から来た神官長様なら綺麗な水に戻すことができるんじゃって、何とかできないかご相談するつもりだったんだ!」
じわじわ、じくじく。
初めて飲んだ時、ルドウィンやメルも舌が痺れると表現していた。
知らなかった。自然に炭酸が湧くはずないという先入観のせいで、あの湧き水は長い間敬遠されていたらしい。
魔族への偏見が根深いこの地だからこそ、村人達はなおさら強く思い込んだ。
「天然炭酸水もガラナも、害は一切ありません。むしろ先ほども言った通り、ガラナは治療薬ともなるんです。用法容量さえ守れば有用なんです。実際みなさんの体に、異常は出ていませんよね?」
チナミは反論を封じるように、さらに続けた。
「『魔族の果実』も、毒の混入を疑われていた水も無害だと、これで証明されましたね。つまり、魔族をむやみに怖がる必要はないってことです」
これには、さすがに否定の声が上がった。
「本当に害がないか、まだ分からないじゃないか。それに、魔族を怖がる必要がないなんて、話が飛躍しすぎてる」
「そうだ。毒かもしれないものを無理やり食べさせるなんて、あんたどうかしてるぞ!」
「もしかしたら、あんた魔族じゃないのか⁉」
疑心暗鬼は、チナミを責め立てる声に変わる。
分かりやすい標的として、村の外から来た者を悪人に仕立て上げていく。
そうして、また悪だと決めつけるのだろうか。
辺境でのぎりぎりの暮らし。
辛いことや悲しいことがあった時、ぶつけられる何かが欲しくて、顔も知らない相手を標的にする。
そんなことが、これまでずっと続いていたのだ。
酷く強引なやり方をした自覚はある。
けれど、このままでいいはずがない。
チナミは決然と顔を上げた。
「アヴァダール王国は、何百年も魔族の被害に遭っていないと聞きます。直接的な攻撃を受けたことがないなら、それが証明なんです。魔族にも悪い人はいる。だけど、いい人だってきっと大勢いる」




