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【完結】異世界料理店、これにて閉店! ―って思ったら行く先々で幻の出張店扱いされるし、常連さんが逃がしてくれません!―  作者: 浅名ゆうな
厄介・3 神官長

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窮地

 差別をなくすなんて、そんな大それたことはできないと分かっている。

 でも、魔族領と隣り合う地だからこそ、分かり合い、助け合うこともできるはずなのに。

「悪い魔族がいるから恐ろしいんじゃないか‼ たった一人の悪い魔族に、村人全員根絶やしにされるかもしれない‼」

 一人の男が憎々しげに叫んだ。

 おいしいと笑ってくれた人だった。

 庇うように前へ出ようとしたルドウィンを、チナミは制する。

「魔族も人族のように、悪人も善人もいる。けれど善人の方が多いから、人族の生活を脅かさないよう守ってくれている――そう考えることはできませんか? 魔族は、本当に絶対の悪なんですか?」

 同じものを食べて、同じように笑えるのに。

 チナミはそれがひどく悲しい。

 ルドウィンの口振りから、魔族領には様々な法があることも窺える。

 法治国家なのだ。

 痛ましい出来事が起これば憂い、そこから法を作っていったのだ。

 ただ、同じように生きているだけなのに。

 少しでも分かってもらいたくて訴えていたが、村人達の表情は硬い。

「さっきから、おかしなことばかり言って!」

「魔族は悪に決まってるじゃない!」

「そうだ! やっぱりあんたも魔族なんだろ!」

 男の子が、足元の小石を投げつけてくる。

 本当に小さな石。肩に当たっても痛みすら感じないものだったけれど……チナミの頬を、一筋の涙が流れ落ちる。

 先ほどより大ぶりの石を拾い上げた男の子は、その涙を見て躊躇した。

 けれど、周囲の大人達は違う。

 男の子に感化され地面の石を拾いはじめる。

 今度こそルドウィンが、チナミを背に庇った。

 一気に窮地に立たされたチナミ達だったが――両者の対立を諌める者が現れる。

「みなさん、どうか落ち着いてください」

 湧き上がる悪意をたった一言で鎮めたのは、シルファだった。

「いがみ合うのは悲しいことです。常に己の誠実な心と向き合い、他者を許す……それこそがアヴァダール神の教えの本質ではありませんか」

 彼は神官長らしく、神の名で人々を導いていく。

 そうして、チナミを振り返って微笑んだ。

「それに彼女は――私の生涯の伴侶となる方です」

 ぴたりと喧騒が消える。

 チナミもルドウィンも、村人まで固まっていた。

 メルだけは我関せずとピザを食べ続けていて、彼女の精神と胃袋の強靭さを思い知る。

「な、何を……」

 震える声で問いかけると、いつもの穏やかな笑みが返ってきた。

「私とチナミさんが結ばれることは、神が定められた運命ではありませんか」

 常識のように言われても。

 怖くなって、チナミは高速で頭を下げた。

「も、申し訳ございません。お気持ちはたいへん嬉しいですが、私は運命なんて知りませんし、シルファ様を好きでもありません」

「きっと今後、好きになることでしょう――それが神の思し召しなら」

 ゾッとした。

 きっぱり拒絶しているのに、シルファには全くこたえた様子がない。

 というより、はじめからチナミの意思などどうでもいいのだろう。

 まさに未知の恐怖。

 委縮して動けなくなっていると、ルドウィンの手が背中に触れた。

「……チナミ、すまない。勝手なことをする」

「へっ……」

 彼の呟きの意味を判じる前に、チナミの身体はふわりと浮いていた。

 ルドウィンに、軽々と抱えられてる。

 彼は途中でメルも拾い上げ、風を切るような速さで走り出した。

 咄嗟のことで騎士達は後れを取る。

 ルドウィンは迷うことなく森へ飛び込むと、追手を一気に引き離しにかかった。人を担いでいるとは思えない速さだ。

 ぐんぐん遠ざかっていくグルーシャ村。

 村人達の呆気にとられた顔も、すぐに見えなくなってしまった。

 悪意が届かない場所まで逃げられた。

 そう安堵した途端、たちまち涙で視界が滲む。チナミはルドウィンの背中にぎゅっとしがみついた。

「ごめんなさい……私のせいで、前よりもっと、嫌な思いを……」

 村人達に届かなかった。

 もっとうまく伝えられればよかったのに。

 おいしいごはんがあれば、何かが変わると思い上がっていただけ。

 無力だった。

 体が震えそうになるのを、チナミは必死に押し殺した。本当に悔しいのは彼らのはずなのに、傷付いているなんて知られたくない。

 ルドウィンが、優しい声音で語りかけてくる。

「仕方がないことだ。考え方は、そう簡単に変えられるものではない。君が、俺達のために怒ってくれるだけで、十分報われている」

 仕方がないと、そうやっていつも傷付いてきたのかと思うと……やりきれなかった。

「私は、自分のために怒ったんです。ルドウィンさんみたいに優しくないから、笑って許すなんてできないんです」

「チナミ――知りたくないか?」

 ルドウィンの声音が不意に真剣みを帯びたから、涙を拭いていたチナミは、降ろしてほしいと訴えそびれてしまった。

 彼はさらに続ける。

「神官長は何かを確信していた。何か……俺達が知らない情報があるようだ」

「情報……?」

 あまりに苦労を感じさせないから、チナミはますます降ろしてもらいそびれてしまう。

 戸惑いながら訊き返すと、彼は飛ぶように駆けながらも首肯した。

「覚えているか? いけ好かない首席文官殿と再会した時、奴は君に対して『お会いしたかった』という言葉を使った」

「あぁ、そんなことを言ってたような……」

 チナミは、相槌を打ちかけてから気付く。

『お会いしたかった』?

 彼がレバンテにいる衝撃の方が大きかったから、違和感を覚えていなかった。

 だが、どうしてダリクスはあの時だけ、チナミに謙譲語を使ったのか。

『異世界召喚には別の目的があった』――また彼の忠告が、耳の奥に甦る。

 なぜ異世界から聖女を求めたのか――それは、聖女ではない別の目的があったから?

「目的はエナちゃんじゃなくて……私?」

 偶然、聖女召喚に居合わせて巻き込まれた。

 ずっとそう思っていたのに、その根本から違っているのだとしたら。

 チナミは王都での生活を思い出した。

 確かに、恵まれていた。

 手厚い保障で、何もしなくたって生活できた。

 ただ巻き込まれただけなのに、周囲から虐げられることもなく、役立たずと冷遇されることもなかった。料理店をはじめようと思い立ち、王宮を出るまでの間、誰もが優しかった。

 けれど、旅をして気が付いた。

 国民が苦しい思いをしているのに、働きもしないチナミがいい暮らしをさせてもらえるなんて、絶対におかしい。チナミは聖女のおまけなのに。

 慎ましい暮らしの中で優しさを失わなかった、グルーシャ村の村人達。

 彼らの偏見に満ちた考え方すら、いいように操られたものかもしれないのだ。

 一体、周囲で何が起こっているのか。

 誰の、どういった思惑で、自分が何に利用されようとしているのか。

 ――怖い……。

 チナミはぎゅっと目をつむった。

 けれど握り締めたこぶしの下の、いつも隣にあった温もりに気付く。

「怖い……怖いです、正直。でも――……」

 ルドウィンが一緒なら、きっと大丈夫。

 彼の太陽の笑みを目蓋の裏に描きながら、チナミは奮起した。

「知りたいです。私も……怖くても知りたい」

 言い切ると、ルドウィンが力強く笑った。

「いい覚悟だ。じゃあ、戦うとしようか」

「さんせい。ぴざも、ぜんぶたべれたし」

 メルの満足げな発言に、ルドウィンがガクッと転びそうになった。

「……全部だと⁉ チナミの作る料理は、全部俺のものなのに⁉」

「そんな事実はないですし、子どもと真剣に争わないでください! あともうそろそろ降ろして!」

 森にチナミの、締まりのない絶叫が響き渡った。




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