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【完結】異世界料理店、これにて閉店! ―って思ったら行く先々で幻の出張店扱いされるし、常連さんが逃がしてくれません!―  作者: 浅名ゆうな
厄介・3 神官長

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あの炭酸飲料

 天然炭酸水が湧く場所は地球の各地にあるし、日本にもあったと聞いたことがある。

 それでも、これまで目にする機会はなかった。

 異世界で初めて発見するなんて、なんと素敵な偶然。いや、奇跡だ。

 おかげで――あの、世界で最も親しまれている炭酸飲料を作ることだってできる!

 チナミは目を輝かせて力説した。

「これがおいしくなるんですよ! このお水を使えば、大人から子どもまで楽しめるおいしい飲みものが、たくさんできちゃうんです!」

 今まではエールやシャンパンでしか味わえなかった炭酸が、これからはいつでも飲めるようになる。

 アルコールではないので、メルのようなお子様だってOK。

 これは、異世界の革命だ。

 ――といっても、グルーシャ村まで来ないと飲めないんだけど。

 炭酸ガスは空気に溶ける性質がある。

 これまで、天然炭酸水の噂が王都に伝わっていなかったのは、村内のみで楽しんでいたからなのだろう。だから今までその存在すら知らなかった。

 羨ましい。いっそこの天然炭酸水のためだけに、グルーシャ村に定住したい。

「こんな時、あってよかったマジックバッグ! あぁ、エナちゃんにも飲ませてあげたい……この感動を分かち合いたい……」

 高価で希少なマジックバッグを渡してくれたエナのおかげで、より多く炭酸水を味わうことができる。これまで何度も心の中で感謝を伝えてきたけれど、今日ほど彼女への尊敬が極まったことはない。正しい意味で聖女。

 周囲との温度差などものともせず、チナミはうきうきしながらマジックバッグを探る。

 そして、再び愕然とした。

「水を入れられる空いた容器がない……マジックバッグの容量も限界に近い……」

 ルドウィンが魔法で便利に生活水を生み出してくれたおかげで、マジックバッグに備蓄していた水をほとんど使っていなかった。

 同じように、食材も現地調達のおかげで増えていて、容量の八割以上を占めている。

 絶望に打ちひしがれるチナミの前で、ルドウィンが何かを取り出す。

 それは、大きな貯水瓶だった。

「いざという時に水を分けられるよう、空の容器を持ち歩いているんだ。いくつかあるから全部使っていい。それを、俺のマジックバッグに入れよう」

 彼は何でもないことのように笑っていて、チナミは恥ずかしくなった。

 人に水を分けようと考えること自体が、さすが元騎士団長といえる。マジックバッグの容量にも限度はあるから、自分を優先して当然なのに。

 ルドウィンの崇高な理念に比べ、チナミの醜さといったら。利己的な欲望の赴くまま一喜一憂して。

「私が飲みたいだけなのに、駄目ですよ……」

「チナミがおいしいというなら、きっとそうなんだろう。俺もぜひ飲みたくなった」

「……あんまり、甘やかさないでください」

「俺が甘やかしたいんだと言っただろう」

 ルドウィンの笑顔がやけに眩しく感じて、小さく感謝を告げながら目を逸らした。

 本当に、口説くかのような言動は控えてほしい。

 今なら真に受けてしまう。

 チナミは天然炭酸水を汲みはじめると、甘くなりそうな話題を変えた。

「ルドウィンさんも、マジックバッグを持ってるんですね。とても希少価値が高いと聞いてますが」

 これまで、彼がマジックバッグを使っている場面を目にして来なかった。

 確かに軽装だと思っていたが、男性の一人旅とはそういうものかと納得していた。

 そこまで興味がなかったとも言えるし、詮索するのは失礼だと考えてもいた。

 しかも、彼のマジックバッグは小さい。

 コインケースくらいの大きさしかないのに、大きな貯水瓶が簡単に消えていく。

 ルドウィンは、さらにたくさん空の貯水瓶を出しながら答えた。

「魔道具とは、魔法陣によって魔力を定着させた道具のこと。つまり発祥は……」

「あぁ――魔族領、ですか」

「その通り。便利だろ?」

 しみじみと頷きつつ、ルドウィンのマジックバッグをじっくり観察する。

 よく見ると、チナミが持っているものより魔法陣が複雑で精巧だ。もしかしたら性能もはるかに上かもしれない。

 人族の国で魔道具は高級品だ。

 上級貴族しか持てないほどで、それにより権威を主張しているのだから、何とも皮肉なものだった。

 実際は、彼らが恐れ忌み嫌う、魔族が生み出したものなのに。

 何はともあれ、心ゆくまで天然炭酸水を溜め込んだ一行は、再びグルーシャに向けて出発した。

 なだらかな起伏のある丘陵地帯に村はあった。

 着く頃には日が暮れはじめていて、今夜の宿探しに苦労しそうだ。

 そして、村の奥にそびえる崖がよく見える。

 魔族領との国境だという、ゾディアス断崖。

 夕焼けに黒々とした陰影を浮かべ、異様な存在感を放っている。

 ――ついに、ここまで来た……。

 魔族領には、何が待ち受けているのだろう。

 グルーシャの村人は、一体どのような暮らしをしているのか。

 緊張しながらも村を進んでいく。

 まずは宿屋を目指すべきだが、ソルタ村に似た素朴な街並みを見ていれば、そういったものはないような気がする。

 宿泊施設は、観光名所や交通の便がいい場所、要所との中継地点などにできるものだ。魔族領との境に存在するグルーシャ村は、残念ながらそのどれにも該当しない。

「こういう場合、どこに行けばいいんでしょう?」

「村長の家とかが定番だな。あとは、教会があれば一泊くらい――……」

 ルドウィンの返事が途切れるのと同時に、小さな教会が見えてきた。

 茜色が照り映える、白い建物。

 素朴な木製の民家とは違って、漆喰の頑健な造りをしている。

 村の規模に合わせた小ぢんまりとした教会だが清潔で、大切にされているのが分かる。唯一神アヴァダールを熱心に信じているのだろう。

 ただ、ルドウィンが口を噤んだのは、教会に到着したからではない。

 教会の門前にできた人だかり、そしてその中心で柔和に微笑むのが――王都にあるアヴァダール教総本山にいるはずの者だったから。

 癖のない黒髪を背中に流し、淡い灰色の瞳に慈愛を浮かべるのは、シルファという二十代の青年。

 迷惑イケメンの一人、神官長その人だった。



今日もまた、とても嬉しいご感想をいただきました!

本当にありがとうございます!


今週は少し更新頻度落ちるかもです!

よろしくお願いします!

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