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65 嫉妬と独占欲



「こんなに酔うなんて、きっと酒も少量しか口にしたことなかったはずだぞ」

「そうでしょうね、思ったよりも効きすぎました。ですが大丈夫です。僕は耳が良いので、何かあったらすぐに駆けつけられますよ」


 そう言って、宵世(ショウセ)は夢の中に旅立っている苺苺(メイメイ)を、紫淵(シエン)の寝台に運ぶため担ぎ上げようとして、


「……宵世。俺がやる」


 音もなく隣へやってきた紫淵に腕を掴まれた。

 普段はただただ冷たい紫水晶の双眸の奥に、仄暗い熱が揺らめいている。

 それは白蛇妃に対する、激情とも呼べる苛烈な独占欲や嫉妬心。


「……殺気だだ漏れじゃないですか。やめてくださいよ。僕はあなたの忠実なる従僕で、暗器で、あやかしです」

「……そうだな。お前は俺の悪友で、右腕で、あやかしだ。疑ってなんかいない」


 紫淵がそう告げた時には、宵世が感じていた突き刺さるような威圧感はおさまっていた。

 紫淵は苺苺の両膝の裏に腕を回し、背中を支えて抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。

 羞恥心で頬を染めた紫淵は、ちょっと拗ねたような表情をしているものの、どこか満足げに幸せそうな顔で苺苺を見つめている。


 望めばこの国のすべてを手に入れることができ、ゆえに本当に欲しいものは手に入らない次期皇帝が、唯一気にかけ、心を寄せる……――仮初めの皇太子宮の妃。

 けれども、きっといつか近い将来、主人は白蛇妃を手に入れるのだろう。

 宵世は幼い頃の紫淵を思い出す――。


 あの頃の紫淵は、後宮妃たちから向けられる壮絶な悪意と悪鬼が歴代の皇太子に向けていた怨念のすべてを被ってしまい、瘴気に呑まれてほとんど鬼化しかけていた。

 その呪詛を命がけで押さえ込んでくれたのが、白家で九尾の銀狐に過保護に庇護され、さらには溺愛されて育った幼い苺苺だった。

 今も昔も、彼女は兄が数百年を生きる神獣だとは知らない様子であるが、あの日、力尽きて昏倒してしまった苺苺の記憶を封じたのは、宵世と同じく特異な存在である彼女の兄だ。

 宵世は幼い紫淵が苺苺と過ごした日々の記憶を対価に、東八宮の地下に封じられた悪鬼の封印を再び強固なものにした。その際にほとんどの霊力を失うことになったのだが、後悔はしていない。

 そして、静嘉(セイカ)に言われた通りに宵世は密約を交わしたのだ。


『ふたりに起きたことはすべて内密に』

『わかりました。ふたりは出会ってなど、いなかった』


 ……あれから九年。ひとつの九星が巡り、幼かった皇子も大人になった。けれど。

 武芸に秀で、誰よりも冷酷な処断を指先ひとつで行えるようになった紫淵様が、また再び白蛇の娘に惹かれることになろうとは……。

 宵世はかすかに眉を下げて、自らの主人を見つめる。


 現在、紫淵の身に起きている怪異――性別が変わり、年齢も後退して幼女に変化するという怪異は、苺苺に封じてもらった悪鬼の怨念とは別ものだ。

 建国時代から歴代の皇太子を蝕んできた呪詛で、皇太子が成人の儀を迎えるまでに命を落とすよう仕向けるためのもの。そのため起きる事象は大小さまざまで多岐に渡る。そして呪詛の発現は兆候にすぎず、年数を経て怪異に変わる。これが非常に厄介であった。

 ……だが、この世でもしも主人を怪異から救えるとしたら、それはきっと白蛇の娘だけ。

 そう考えて、危ない橋を渡る決意をした。


 紫淵と苺苺が再び出会うことで、悪鬼の封印が綻びるのではないかと懸念し、不安に思わないはずがなかった。

 そして美しく可憐な少女に成長した苺苺が、歴代の白蛇の娘のように後宮だけでなく紫淵自身にも災いをもたらすのではと警戒していたわけだが――どうやら、どちらも杞憂だったようだ。

 苺苺の人となりには、長い時間を生きた宵世にもどこか惹かれるものがある。


 そんな彼女へ向ける主人の視線が過去見たこともないほど柔らかくて甘いものだから、宵世はなんとなくイライラしてきて、『はいはい、末永く爆発しろ』と作り笑顔を浮かべながら紫淵を見送ったのだった。



 ◇◇◇



 翌朝。苺苺が目を覚ますと、紅玉宮(こうぎょくきゅう)木蘭(ムーラン)の寝室にいた。

 窓紗が掛かった格子窓からは薄く陽が差し込んできている。

 上半身を起こして見回すと、大きな寝台の真ん中ほどで眠っていたらしい自分とは遠いところに、小さく蹲るように眠っている木蘭の姿があった。


(あんなところに木蘭様がっ! 寝台から落ちなくてよかったです……!)


 苺苺は抜き足差し足で寝台から降りて、寝ぼけたままあくびをする。


(それにしても、ふわわわ……。昨晩は天藍宮(てんらんきゅう)に行ったような気がしたのですが、夢だったのでしょうか? なんだか紫淵殿下と言い合いをして、宵世様から美味しいお茶を勧められたような……?)


「ん、苺苺。起きたのか……?」


 んんん、と小さく唸りながら木蘭は寝ぼけ目をこすった。




あけましておめでとうございます!

いつも「いいね」や誤字脱字のご報告をありがとうございます。とっても嬉しいです!

苺苺の明るく元気な推し活も、ついに最終章に突入しております。お正月中に完結予定ですので、最後まで読んでいただけましたら幸いです。今年もどうぞよろしくお願いいたします!

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