⑤ 用心棒の役得
その日、パラミは夕方近くになってようやく出勤した。
店の裏口に通じている路地裏には既に女給の2人も来ており、待ちくたびれていた。
「遅いですよ、店長」
「ごめんなさいね、ちょっと…いろいろあって」
その含んだような言い方と珍しく男が同伴していることもあり、彼女たちの目は必然的にそちらへ向いた。
「昨夜はお楽しみでしたね…?」
彼女たちも似たようなことはいつもしているのだから、察するのも早かった。
ダークブラウンの長い髪をなびかせた落ち着きのある少女はともかく、もう一人の淡緑色の髪をした胸の大きい少女はそれだけで済まさなかった。
「それはいいけど、なんで一緒に来てるの?」
「俺は一応用心棒だからな。関係者みたいなもんだろ」
「ふんっ、要チン某の間違いじゃないの?」
「…? どういう意味だ?」
「あんたに注意した方が良いんじゃないかってこと。店長の知り合いらしいけど、要注意人物なのは間違いないでしょう?」
「メロイ、そんな言い方…」
「いや、その通りだ。だが――それが分かっているなら、俺への態度も改めた方が良いんじゃないか?」
無防備で生意気な小娘の胸元に刀を突きつける。
あとほんの少しでも動かせば、彼女は街中で肌を晒すことになるだろう。
「うぐっ…」
「二人とも、そのくらいにしておきなさい。それに、二人は早く着替えないと」
「…はーい」
「あぁ、用心棒としては着替えも見守っていた方が良いか」
「結構です」
せっかくの俺の善意と下心は一瞬で却下されてしまった。
しかし、そんなことで仕事を放り投げる俺ではない。
先に店内へ案内され、そこで待ってろと言われて一人にされたところで行動に移る。
「ダスクシフト」
呪文を唱えると魔法の効果で影に潜み、影の間を移動する。
そして、二階に上がる彼女たちの後をつけて、部屋の片隅からしっかりと着替えを見守ることにする。
パラミの裸はさんざん見ているが、改めてこの二人の身体をマジマジと見るのは初めてかもしれない。
性格的には落ち着きがあってお淑やかなダークブラウンの髪をした少女の方が良い気はするが、この程度のボリューム感では強敵の多いこの店ではやはり見劣りする。
対して先程の生意気少女はパラミにも引けを取らないボリューム感を誇っている。
身長は割と小柄なくせに、一部だけ立派に成長しているので、明らかに栄養がそこに集中して育ったといえるだろう。
正しく生意気な少女であり、全くもってけしからん。
「おはようございまーす」
遅れて部屋に入ってきたのは裏口では会わなかった最後の一人、オレンジ色の髪をした元気な少女だ。
ちなみに、元気のいい挨拶は良かったが、もう夕方である。
明るく元気にふるまう彼女も何の気なしに着替え始めた。
女給三人の中では一番ボリューム感が乏しいが、それなりに膨らんではいる。
近くに置いておくとうるさくて敵わないタイプなこともあり、俺からすればあまり親しくしようとは思わないが、三者三様で三人ともそれぞれ人気があるらしい。
用心棒というか警備兵としてしっかりと仕事を終えたところで、一階から抜け出してきたことを悟られないように静かに戻る。
夜な夜な男たちに媚びを売って金を稼いでいる三人の身体を見てみたが、やはりというべきかパラミの身体を知っていると特別良い物には思えなかった。
というより、今はランダもいるし、周りの女のレベルが高すぎるのかもしれない。
慌ただしく始まった開店準備も素知らぬ顔で眺めているうちに終わってしまった。
座ってないで手伝えという視線も一部から感じていたが、これは彼女たちの仕事であり、それを奪うことを俺がしてはいけないだろう。
仕事である以上、それを行うことで初めて対価として金銭を得ているのだ。
それを奪ってしまっては彼女たちが金銭を得る機会を奪うも同然。
例えるなら、娼婦がこの店の客を奪うようなものだ。
しがない用心棒である俺がそんなことなどできるはずもない。
気づけば、あっという間に開店することになり、疎らに訪れる客を迎え入れていた。
幸か不幸か、すぐに人が殺到することもなかったので、普段調理を一手に引き受けているパラミも多少忙しそうではあったが、ダークブラウンの髪をなびかせたココレーが手伝ってくれたこともあって、しばらくすればそれも落ち着き始めた。
「それで、ランダちゃんは魔法のお勉強し始めたんでしょう? なら、あなたもしばらくこの街にいる予定なの?」
「あぁ、そのつもりだ。少し気掛かりもあるからな」
ランダほどとは言わないまでも、そこそこ美味い飯を口に運び安酒を煽った。
「なぁに、その気掛かりって?」
「まあ、そんなに大した話じゃないが、飢えた獣がこの機会を狙ってこないかってな」
「ん…? どういうこと?」
「つまりだな…」
女店主に詳しく話そうと思った矢先、店内が急に騒がしくなった。
「だぁめ、ダメですってお客様…」
「いいじゃねぇか…あ? いつもこんな格好して、誘ってんだろ? ちっとはヤらせろよ」
「そうだそうだー! もっとサービスしろぉ!」
俺に悪態づいていたのとは全く違う声色で嗜めるメロイは、三人の男どもに迫られ今にも服を脱がされそうになっていた。
奴らの口ぶりからして常連客と思われるので、この店の仕組み自体は知っているんだろう。
しかし、テーブルの上に散らかった空いたジョッキの数々や真っ赤な顔を見る限り、相当酔っているらしい。
「やめてください! ダメッ、離して…っ!」
「へへっ、いいねぇ…。そうやっていい声で鳴いて、楽しませてくれよぉ…」
筋肉質の男たちは一見すれば俺よりも強そうに見えるだろう。
そんな男たちに囲まれてしまえば、彼女の抵抗など無いに等しい。
「言わんとしていることがまさに起きたな。要は、普段は押さえつけられているああいう輩が、いい気になって出しゃばってこないかと危惧していたんだ」
「はぁ…普段から偶にこういうことはあるけど、うちはか弱い女の子しかいないから…いつも対処が大変なのよねぇ」
その言い分と物言いたげな視線から、遠回しに面倒ごとを押し付けようというのが伝わってくる。
「そうか。俺としてはあいつがここで犯されるのを肴に酒を飲むのも一興だがな」
「もう、またそんなこと言って…。お願いよ、ジャック。あなた、一応この店の用心棒でしょう? あの子のこと、助けてあげて」
「俺が善意で動かない男なのは知っているだろう? そうだな…。まあ、“なんでもする”っていうのなら、引き受けるのもやぶさかではないが…」
「仕方ないわねぇ…。なんでもはしないけど、身体で支払うくらいなら構わないわ」
その言葉を聞いてニヤリと笑った。
「もちろん、お代はあの子から貰ってね」
「なるほど…それも悪くないな」
片手に持った酒を置いて、重い腰をようやく上げる。
「で、追い出すだけで良いのか、それとももう二度とこんなことができないようにした方が良いのか。どうするんだ?」
「そうねぇ…。また同じことを繰り返されても困るけど、最終的にはあなたの裁量に任せるわ」
「あぁ、良かった。その方が楽だからな」
そう言った途端、パラミは目の端で奴らを哀れんだ。
「そう。じゃあ、お願いね」
未だ騒がしい店内の中心部へ向かうと、その元凶へ話しかける。
「お客さん、こいつにいくら貢いだんだ?」
「あ、あんた…!」
「あぁん? なんだてめぇは?」
「…いくらかって聞いてんだよ、答えろ」
威圧感を向けられた木偶の坊はそれだけで一瞬怯んだ。
「いくらって…いくらだったか。銀貨3枚くらいか?」
「おい、メロイ。お前、そんな安い女なのか?」
「え? ち、違います…!」
「そうだよなぁ…? せめて金貨の1枚くらいは欲しいだろう?」
「はぁ? 金貨だとぅ!?」
「ま、まぁ…それくらい払ってくだされば…」
「だとよ。せいぜい稼いで貢いでやんな」
そういって輩を払い彼女を手元に引き寄せる――が、聞き分けのいい酔っ払いなどいるはずもなかった。
「おぉい…勝手に話を終わらせんなよ、にぃちゃん。まだ俺たちはお楽しみの途中だぜぇ」
「まだわかんねえのか。店のルールを守れないやつは出てってくれとのお達しだ、さっさと帰れ」
「なぁによぉ!?」
「わ、私の為に争わないでください…っ!」
「は?」
「はぁん?」
なんだか意味の分からんことをいうメロイのせいで笑ってしまいそうになってしまったが、寸前のところで堪えることはできた。
「まあ、ともかく…口でわからんなら実力行使をするまでだ」
「うっ、うぅ…」
手刀で後頭部に一撃加えてやれば、威勢のいい奴らも静かになった。
残りの二人にも同様の処理をしてしまえば、後はそいつらを引きずって店から追い出すまで。
「うわっ、すごっ…」
ほんの僅かな時間に対処してしまった手際を見て改めて驚くメロイに近づく。
「大丈夫か?」
「あ、は、はい…」
「なら、こっちはいいから他の客の相手でもしてやれ」
目を丸くしたままの彼女の耳元まで近づくと、他の誰にも聞こえないような声量でそっと囁いた。
「この礼はきっちり返してもらうぞ、そのいやらしい身体でな」
奴らを無力化したというのに、メロイの身体がビクンと震えたように見えた。
それだけでなく、開店前に会った時とはまるで違った目で俺のことを見ている。
もじもじと太ももを擦り合わせている様も滑稽だったが、まだ仕事の途中だったことを思い出して彼女の前から立ち去る。
「ふっ…。さて、こいつらをつまみ出してくるとするか」
つまみ出す――というより実際は引きずって店から追い出し人気の無い裏路地へ入ると、今度は三人まとめて担いで移動する。
建物の壁を蹴って屋根まで上がると、そのまま屋根伝いにさらに移動し、スラム街までやってくるとようやく彼らを放り出した。
「っ…! いてて…何が、どうなっ――」
地面に放り出された衝撃で意識を取り直した男がよろよろと赤子のように立ち上がろうとしたところで、刀を抜いて始末した。
悲鳴もろくに響かぬまま血しぶきを上げた男は、立ち上がることなく再び地に伏すことになった。
残りの二人も同様に始末し、彼らの懐から有り金を全て奪い取る。
「思った通り、大した奴らじゃないな」
簡単すぎる仕事を終え、踵を返して戻ろうとすると、暗がりから複数の目が覗いていることに気づいた。
「金ならやらねえぞ。こいつらは好きにしていいがな」
ここに住まう連中よりはまともな格好をしているし、衣服を剥ぎ取るくらいのことはするだろう。
よっぽど腹が減っていれば、共食いも構わず歯を立てる奴もいるかもしれない。
まあ、大抵その後腹を壊すんだけどな。
それ以上深く気にすることも無く、暗がりに潜む者たちの住処を後にした。
返り血もろくに浴びずに済んだので、何食わぬ顔をして再びフェキュリスへ足を運ぶ。
「あっ…」
一瞬、誰かに声を掛けられたような気もするが、まずは店主の元へ向かった。
いつもの定位置でもある女店主がいるカウンター席の片隅に腰掛けると、こっそり布袋を渡す。
「ほらよ、あいつらの酒代だ」
「うふふっ。いつもありがとう、助かるわ」
「ふっ…気にするな。これでも、一応用心棒らしいんでな」
こんな簡単なことで女にありつけるのだから、あの男どもも浮かばれない。
「そうね、頼もしい用心棒さんがいると心強いわ。さっ、もう一杯どうぞ」
ほくそ笑む美人店主に酒を勧められジョッキを手にした時、不意にもう一人の女から声を掛けられる。
「あの…お礼の言葉が遅くなってすみません。その…さっきはありがとうございました。用心棒さん、本当にお強いんですね」
すぐ近くまで来たあの生意気な少女が嘘のように殊勝な態度で頭を下げた。
うーむ、近くで見るとやはり並の女の比ではない。
「口先だけの感謝や世辞なら間に合ってる」
それだけで済ませる気か?――と無言の圧力を掛けると、メロイはさらに一歩踏み出して提案してきた。
「…失礼しました。よろしければ、お酌させていただけませんか?」
カウンター越しに見守るパラミは複雑な顔をしていたが、そっとその手を下ろして僅かに頷いた。
「まあ、そのくらいはしてもらわないとな」
他の客に背を向けるようにして立つメロイがゆっくり酒を注ぎ始める。
そして、そのまま自身の豊満な胸を押し付けるように身を寄せると、俺だけに聞こえるように囁いた。
「お礼に今晩ご一緒させてください」
先程釘を刺しておいたのが効いたのか、目論見通りの提案がなされた。
酒や油の匂いが漂う店内であっても、すぐ傍にいる彼女からは女性らしい香りが感じられる。
改めて至近距離で彼女を見ると、大胆に開いた胸元の深い谷間はよく見えるし、いつもに増して魅力的に思えた。
普段からこういう仕事をして男の相手には慣れている彼女の手腕ともいえるだろう。
さすがはパラミが選んだ看板娘の一人だと言わざるを得ない。
「じゃあ、またあとでね」
「あぁ」
酌をし終えたメロイは胸のつかえが取れたような晴れやかな様子で別の客の応対へ向かって行った。
「満更でも無さそうね」
「そうだな…悪い気分じゃない」
大人の余裕を感じさせるパラミも満更ではなさそうだった。
「そう。愉しむのは結構だけど、壊さない程度にお願いね?」
「どうかな…。それは、あいつ次第だ」




