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『 冒険者 』

 翌朝、いつも通り夜明け前に目を覚ますと、躰が異様に重く感じた。しかし、この原因に心当たりがあったので狼狽える事はない。上体を起こして、ベッドに腰掛け、左掌を見る。すると、その中央にある例の跡が変化している事に気が付いた。


 糸のように細い銀の線が薄紅色の逆三角形を縁取り、その内側に魔法陣を彷彿とさせる複雑精緻な文様が浮かび上がっている。グーパーしてみても違和感はなく、指で触れ、爪で軽く引っ掻いてみても感触は元の掌と変わらない。


 そして、それに気付くと同時に、その機能についての知識がある事に気が付いた。何の説明も受けていないのにどうすれば良いのか知っている。知らないはずの植物の知識が存在していたのと同じ様に。


 『ティンクトラ』とは、人類がモンスターに抗うためにいにしえの賢者が創り出した至宝。人類は〔ティンクトラ〕と融合する事で限界を取り払い、積み重ねた努力や経験を確実に反映させて成長し続ける事が可能となる。


 ムサシは、中指と薬指を曲げて掌の中央の跡――『聖痕』と呼ばれるらしいその逆三角形をクリックした。すると、まるでAR機能のようにゲームの時と同じ様なメニューが視界に出現する。


「ん~……、いよいよゲームっぽくなってきたな」


 だが、《エターナル・スフィア》と同じではない。【ログアウト】や【GMコール】がないのは当然として、【フレンドリスト】がないためボイスチャットも不可能なようだ。


 【ステータス】を確認してみると、『職種』『称号』『Lvレベル』『HP』『MP』『EXP』の欄がなく、職種は称号扱いになっていて、称号の扱いもゲームの時とは違い、『GPグロウアップ・ポイント』の欄が『エリキシル』に変わっている。


 この『エリキシル』とは、『可能性を創造する力』の事であり、要するに、GPだと思って良いだろう。


 そして、小冊子『冒険者の心得』に書いてあった通り、都市を守護する市壁の結界――通称『都市結界』の効力により【ステータス】の補正が無効化されている事が分かった。


 躰が重く感じた原因がこれだ。

 ムサシは、《エターナル・スフィア》をプレイ中に前後不覚に陥る直前まで修行していたのだが、あまりに力の差があり過ぎるとモンスターは逃げてしまう。そこで、初期から取得済みの能力アビリティ【護身】・技術スキル制限リミット】で【ステータス】の攻撃力や防御力に関連するパラメーターを3割程度に制限していた。

 つまり、およそ3年間そのままの状態で過ごしてきたため慣れ切っていた。しかし、〔ティンクトラ〕を得た事でそれに干渉するらしい都市結界の影響を受け、その3割分の補正が失われた。それ故に、躰が重く感じたのだ。


 武術系と法術系の戦闘用スキルも使用不可になっていたが、ムサシのシステム外スキルとでも言うべき【体内霊力精密制御】――【気功】はやはり都市結界の影響を受けず、奇経八脈きけいはちみゃくを含む全ての経絡に練り上げた〝気〟を通す事で肉体を強化し、慣れた現在の常態まで復帰させた。


 取得した【能力】や修得した【技術】はちゃんとあり、【亜空間収納】も使え、メニューの【アイテム】で道具鞄〔道具使いの仕事道具〕に収納されているアイテムが確認できる事が分かったので、とりあえず確認はここまでにする。


 身支度を整え、全財産を納めた道具鞄を携えて朝稽古へ出かけた。準備体操と入念なストレッチの後、この交易都市メンディの見物を兼ねて朝のランニングに出発。市壁の上から朝日が覗いたちょうどその頃に昨夜稽古した場所へ着き、素振りや型稽古などを行なった。


 日課や朝食、チェックアウトなど諸々を済ませたムサシは、鉢金を除く装備一式を身に纏ってギルド会館へ。既に業務を開始していた受付で昨日のメガネのお姉さんを見付け、預かっていた番号が刻まれている樹脂製のプレートを差し出した。


「では、登録を行ないます。こちらに左手で触れて下さい」


 今日は左手の防具をはずせと言われなかったので、差し出されたB5サイズの薄い石板にそのまま触れる。すると、石板がほのかに発光し、それが消えるとお姉さんの前にモニターが投影された。お姉さんはそれを一瞥して、


「高度な秘匿スキルをお持ちのようですね。申し訳ありませんが、このままでは登録する事ができません。最低でも、『名前』『性別』『種族』の項目の秘匿を解除して下さい」


 そう言われて聖痕をクリックし、メニューを表示させると、新たに【ライセンス】というアイコンができていたので開いてみた。名前、性別、種族、獲得した称号や取得した能力・技術といった項目が並んでいる。


 ムサシは言われた通り、その3つの項目の能力【隠匿】・技術【秘匿】を無効化し、再度石板に触れた。モニターを確認したお姉さんは、ありがとうございます、と言って手許のキーボードに指を奔らせ、時折モニターのほうをタッチし、手慣れた様子で作業を進める。そして、


「こちらをご確認の後、問題がないようでしたらもう一度こちらに触れて下さい」


 お姉さんがそう言った直後、ムサシの前にライセンスが投影された。


 【秘匿】を解除した項目に、ムサシのバストアップ写真と【ランク/Ⅰ】【パーティ/――】【クラン/――】【活動拠点/メンディ】【クエスト/――】という項目が追加されている。


 問題ないようなので石板に触れると投影されていたライセンスが消え、最終確認です、とお姉さんに促されてメニューの【ライセンス】を開く。すると、バストアップ写真などが追加されたものに変わっていた。


 お姉さん説明によると、メニューは当人にしか見えないが、【ライセンス】は他者に見せる事ができる、というか、見せるためのものらしい。


「登録は完了しました。――では次に継承の儀を執り行いますので、儀式場へ移動して下さい」


 継承の儀? と訊き返す間もなく、後ろで登録完了を待っていた案内係の男性職員に、こちらです、と促されて、あ、はい、と半ば反射的に従うムサシ。


 案内されたのは床一面に魔法陣が刻印されている部屋で、その部屋の中央であり魔法陣の中心には、上面が一辺およそ30センチの正三角形で高さは腰よりやや上の三角柱が床から直接突き出しており、高級感漂う紫色の布が被せてある。


 しばし待つよう言われたので、他には椅子すらないその部屋でぼぉ~~っと突っ立っていると、程なくしてギルドの幹部と思しき中年男性が、あの魔法鞄を乗せた車輪付きの台を押してやってきた。その男性は、職員の制服ではなく儀式に臨む聖職者のようなローブを身に纏っている。


 男性職員は、三角柱にかけられていた紫の布を丁重に取り、綺麗に畳んで台の上へ乗せた。


 露わになった三角柱の上部は二段になっており、一番上は非常に透明度の高い水晶製で、中央に聖痕と同じ大きさの正三角形の穴が開いている。二段目は鏡面処理が施されており、中央には〔ティンクトラ〕がピッタリと嵌まる正三角形の窪みがあり、その中心には針を刺したような小さく丸い穴が開いている。


「冒険者名簿と照合した結果、行方不明者の死亡が確認されました。これは訃報ではありますが、生死不明の待ち人の無事を祈り、日々帰りを待ち続けていた者にとっては、気持ちを切り替えるきっかけとなるでしょう。ギルドを代表して感謝の意を表します」


 職員は、そう言って深々と頭を下げた。そして、


「賞金首名簿と照合した結果、賞金首はいませんでした。――では、これより継承の儀を執り行います」


 そう告げて、職員は魔法鞄からあの結晶――〔ティンクトラ〕のようだが4つの面の内1つの面に細かなひびが入り中心に光の球体が浮かんでいる結晶を取り出した。


「それは……」


 今なら分かる。あれは〔ティンクトラ〕だ。ただし、宿主の生体反応が消失した事で、つまり、死亡した事でその肉体から分離した〔ティンクトラ〕。


「我々は、〔ティンクトラの記憶〕と呼んでいます」


 あの中心の光は、融合してから分離するまでに蓄積されたその人物に関する全情報。初めて見た時、人魂のようだと思ったが、あながち間違いとは言い切れない。


「手を乗せて、その穴と聖痕を合わせて下さい」


 言われた通りにする。左手を乗せる上の段は透明で下の段は鏡面。鏡に映る自分の掌を見ながら簡単に合わせる事ができた。


 職員は、ひびが入っていない面を下にして下の段のくぼみに〔ティンクトラの記憶〕嵌め込み、


「儀式中は決して左手を動かさないで下さい。――では、始めます」


 そう言って三角柱の側面にある紋章に触れた。すると、それを嵌め込んだ窪みの中心にある小さな穴から、〔ティンクトラの記憶〕の中心に浮かぶ光の球体に向かってレーザーのような光が照射され――光の球体を粉砕した。


 粉微塵に砕かれて光の粒子と化したそれは、ふわりと浮き上がって正四面体の頂点に集り、まるでサラサラと砂が零れ落ちる砂時計の映像を逆再生するかのように、頂点からキラキラと輝きながら昇ってその上に置かれたムサシの聖痕へと吸い込まれていく。


「これが、継承の儀……」

「はい。命を落とした冒険者が遺した可能性の欠片を、これからを生きる冒険者へ引き継がせる秘儀です」


 継承に掛かる時間は蓄積されていたエリキシルの量に比例し、1つ目は全ての光の粒子がムサシの聖痕に吸収されるまでに3分ほど掛かった。2つ目はおよそ5分。3つ目はおよそ20秒。4つ目は……


「……あの、あと何個ですか?」


 体内時計でおよそ1時間経過したあたりで訊いてみると、


「あと、38個です」


 ムサシはぐったりとした。朝のランニングでは汗一つ掻かずピンピンしていたが、今はじっとりと嫌な汗が額を濡らしている。もう疲れた。同じだけの時間を走り続けるよりじっとしているほうが遥かに辛い。


「あの、もう十分なんで、あとは他の人に――」

「――ダメです。〔ティンクトラの記憶〕を持ち還った者が継承する――それがギルドのしきたりであり、最期を知らせた者への報酬であり、冒険者としてこれからを生きる者の義務です」

「………………はい」


 ムサシは覚悟を決め、深呼吸し、下っ腹に力を込めて気合を入れる。

 儀式が終了したのは、それからおよそ4時間後だった。




「はぁ~……、外の空気は美味いなぁ~……」


 ムサシは、腰に佩いていた二刀を鞘ごと帯から引き抜き、ギルドの敷地内にある中庭に置かれたベンチにぐったりと腰掛けて天を仰いだ。


「どうすっかなぁ~……」


 顔の前に掲げた〝ジェーン〟の〔ティンクトラの記憶〕を眺めながら呟く。


 それは、故意に残したのではなく、1つだけ別に道具鞄の中に入っていたためたまたま残ってしまったもの。ただ持っていても仕方がない。だが、1個分とはいえもう1度あれをやるのは嫌だ。少なくとも今は。なので、とりあえず放置する事にした。〔道具使いの仕事道具〕の【亜空間収納】を使えば、邪魔になる事はない。


「どうすっかなぁ~……」


 今度の呟きは、ノートン達が来るまで何をするか、という事について。


 ノートン達とギルドの前で落ち合う約束をしたのだが、継承の儀が始まってしまい身動きが取れなくなった。そこで、中断できないならせめて伝言を頼もうと、【気功】で有効範囲を拡大した【心眼】で絶えず様子を窺っていたのだが、間もなく正午になるというのに未だ姿を現さない。


 ちなみに、【心眼】は〔ティンクトラ〕を得た事で変化し、ゲームの時と同じ様に3次元レーダーがAR表示されるようになったのだが、鬱陶しかったのでその設定を変更して非表示にした。


「暇潰しにギルドの中を探検するか」


 【気功】で範囲を拡大した【心眼】の有効範囲はギルドの敷地全域を網羅するので、ノートン達が来ればすぐに分かる。


 そんな訳でムサシはギルド探検に出発した。


 ギルド会館には、依頼クエストの受注や報酬の受け渡し、諸々の相談に応じるなどの業務を行なう正面受付以外にも、鑑定や買取を行なうカウンター、冒険者達の需要が多いアイテムなどを販売する店舗、依頼の達成に役立つと思われる情報が集められた資料室、冒険者達が自身でICアイテム・クリエイションを行なえる予約制の工作室などがある。


「ここが資料室、か……」


 ムサシがここへやってきたのは、ギルド内の案内表示でその存在を知り、ひょっとしたらこの世界の地図があるんじゃないか、と考えたから。


 カウンターへ行き、女性の司書さんに尋ねると、一冊にまとめられた地図帳を出してくれた。持ち出しは禁止だとの注意を受けて閲覧用の席へ。そして、地図帳を開き、ダメ元で能力【書画】・技術【写生】を使ってみた。すると、メニューに【地図/現在地】のアイコンが出現した。


 内心で、よしッ! とガッツポーズし、次々に写しとっていく。ついでに、同じ【書画】の技術【自動詳細地図作成オートマッピング】も有効化しておいた。


 どうやら各地のギルドと情報の共有化を図っているようなのだが、詳細な地図があるのはギルドがある都市の周辺部だけで、他の大部分は『山』や『森』など大雑把に描かれており、所によっては空白になっている部分も多々ある。


 どうやらこの世界は、未知と神秘で満ち溢れているらしい。


 わくわくしながら地図帳をめくり続け……ピタッ、とその手が止まる。

 そのページは、とある地域の地図で、中心に描かれているのは、『フリーデン』という名の城塞都市。


 そこは、《エターナル・スフィア》でムサシ達が活動拠点にしていた都市。

 そして、〝あの日〟に仲間達と待ち合わせをしていた都市。


 この瞬間、ムサシの次の目的地が決まった。


 作業を再開してページをめくっていくと、他にも記憶にある都市や町、村、山、谷、森、海などなどの名前が幾つもあった。


 作業終了後、メニューの【地図/現在地】を開いて確認してみると、写しとったものはもちろんあったが、地図帳には詳細な記載がなくただ『森』となっていた絶望の森の詳細な地図や、およそ3年間を過ごしたファティマの隠れ里、早朝ランニングで回ったメンディの地図まであった。どうやら、【自動詳細地図作成】が過去から現在までの足跡も地図にしてくれたようだ。


 大丈夫だとは思うが、一応念のために、絶望の森の地図に記されているファティマの隠れ里の位置と隠れ里の地図を【秘匿】しておいた。


 他にも様々な資料が並んでいるが目的は達したので、司書さんにお礼を言って地図帳を返却し、ギルド探検を再開する。


「なんだこりゃ?」


 その巨大な装置を発見したのは、ICを行なう工作室のドアが並ぶフロアの一角。


 一部屋分に相当する空間のほとんどがその機械で占められており、左右と中央の3箇所に意味ありげなスペースが設けられている。


 たまたま通りがかったギルドの職員さんに訊いてみると、それは2つのアイテムを合成して新しいアイテムを作り出す『合成装置』で、冒険者なら誰でも無料で使える。ただし、合成したアイテムは2度と元に戻す事はできず、合成するものによっては属性や能力が変質、または失われてしまう事もある。それ故に、利用者は少ないとの事だった。利用すれば自動的に合成前の2つのアイテムと合成後のアイテムの情報が記録されるため、ギルド側としては未だ謎が多いその規則性を解き明かすために、できるだけ多くの人に利用してもらいたいらしい。


「へぇ~、じゃあ、ちょっとやってみるか」


 ムサシは【合成】の能力を取得している。だが、【錬丹術師】の領分は消費アイテムと装身具。武器防具は【錬金術師】の領分であり対象外。故に、1度もやった事がない武器と武器の【合成】を試してみる事にした。


「どれにしようか……」


 メニューの【アイテム】を開き、武器一覧を眺め……ピンッ、と閃いた。


 右のスペースにセットしたのは、《エターナル・スフィア》には存在しなかった指環型の法術発動体――長老に報酬としてもらった〔魔導師の指環〕。


 左のスペースにセットしたのは、《エターナル・スフィア》で最強クラスの法術発動体――〔魔導杖・エーテルフローズン〕。


 左右にアイテムをセットすると、モニターがAR表示された。そこには、2つのアイテムの情報と『合成しますか? はい/いいえ』の文字が。


 ムサシは迷わず『はい』を選択する――直前で手を止めた。


「そういえば……」


 メニューの【技能】を開き……それを見つけた。


 ――特殊能力【強化】・技術【幸運の星】


 これは、モンスタードロップの〔秘伝奥義書〕でしか取得できない能力で、HPやMPではなくGPを消費して発動し、ランダム要素が絡む全てに影響するLUC(幸運)のパラメーターを一時的に増幅する。


 物は試しと【幸運の星】を選択・実行した。そして、エリキシルを消費して確かに発動したのを確認すると、『はい』を選択する。


 合成装置が低く重い作動音を響かせ、左右のスペースにセットされていたアイテムが光の粒子と化して装置に吸収され、中央のスペースに装置から放出された光の粒子が1つのアイテムとして結実する。


 アイテムにはランクとLvが存在し、ランクは下から――


 Ⅰ・通常級ノーマル

 Ⅱ・希少級レア

 Ⅲ・秘宝級レガシー

 Ⅳ・伝説級レジェンド

 Ⅴ・古代級エンシェント

 Ⅵ・幻想級ファンタズマ

 Ⅶ・神話級ミソロジー


 それと、〔折れた剣〕やICの失敗作などランク外・粗雑級インフェリアー

 そして、粗雑級を除く各ランクごとにⅠ~ⅦまでのLvが存在する。


 〔魔導師の指環〕は〔Ⅱ=Ⅰ〕――希少級のLv・Ⅰ。プレイヤーによって限界まで強化改造されていた〔魔導杖・エーテルフローズン〕は〔Ⅵ=Ⅶ〕。そして、完成したのは、


 ――〔魔導神の指環・Ⅶ=Ⅵ〕


 特殊能力は【保有】【消費MP半減】【法術の発動準備時間を0秒に短縮】【全ての法術の効果を極大化】【全ての攻撃法術にキャンセル効果付与】【パラメーター・MIN(精神)+30%】。


「おぉ~、なんか凄いのができたな」


 大仰な名前と大層な能力とは裏腹に、精緻な意匠が施された実に美しい芸術品のような指環を満足げに眺めていると、ギルドに近付くノートン達の気配を捉えた。 


 ムサシは、〔魔導神の指環〕を道具鞄にしまい、ギルドの前へ向かう。

 先に着いたのはムサシで、後に到着したノートン達は、猛烈に酒臭かった。




 昼過ぎになってようやく姿を現したノートン達は、二日酔いで酷い顔色をしていた。なんでも、前途を祝して乾杯するだけのつもりが、ついつい羽目をはずし過ぎてしまったのだとか。その上、景気よく店にいた客に奢ってしまったせいで手持ちがなくなってしまったらしい。


 そんな訳で、売るものを売って今後の活動資金を調達したい、というノートン達に付き合って、ギルド会館内の鑑定・買取カウンターへ移動した。


 ノートン達と一緒に、ムサシも絶望の森で回収しまとめて預かっていたアイテムを1つ1つカウンターに並べていく。もちろん、自分の取り分を除いて。


 〔ティンクトラ〕を得た事で【亜空間収納】を使えるようになった。だが使わない。それは、仲間以外にそのスキルの存在を知られないようにするのが習慣化しているからだ。


 そして、ここで思わぬ事態が発生した。


 ゲームでは、不相応に強力なアイテムを装備した際に発生するペナルティは、ステータス低下や動作が緩慢になるだけだった。しかし、この世界ではそのペナルティが、触れた瞬間に奔る静電気に似た痛みや体調の悪化として現われる。


 要するに、ムサシがまとめて預かっていたのはノートン達では触れる事もできなかったからなのだが、なんと、鑑定・買取カウンターの職員達も要求されるステータスに届いていないらしく、ムサシが並べたアイテムに触れる事ができなかったのだ。最もステータスが高い職員でも、伝説級のLv・Ⅰに触れた瞬間、赤熱する鉄棒に触れたようなリアクションをしていた。


 そんな訳で、買取ってもらえたのは秘宝級のアイテムまで。他にも、機巧族の職員がいないため作動確認ができず、エネルギーがなければ鉄屑でしかない機巧族の専用装備も買取ってもらえなかったため、金銭は全てノートン達が受け取り、買取不可だった全てのアイテムをムサシが受け取る事になった。


 それとは別に、ムサシは長老に前払いでもらっていた報酬――指環は合成してしまったので、腕環と耳飾りを買取ってもらう。ギルドを介していないが、この異世界で始めてクエストを達成して得た報酬は全て食事に使い、己の血肉に変えようと決めた。


「ムサシはこれからどうするんだ?」


 一番酒臭いウェルズの問いに、ムサシは思わず仰け反って数歩後退してから、


「資料室の地図を見て気になる都市を見つけたから、そこへ行ってみるつもりだ」


 ノートンとウェルズ、それから普通に話しかけても、大声…やめて……、頭がガンガンする……、と青白い顔をしてへたり込んでいるグラッツ、コーザと握手を交わし、お互いの武運長久を祈る。必ず再会できると信じているからこそ、冒険者になってこの周辺で経験を積むつもりだと言う4人との別れは、実にあっさりとしたものだった。


 その後、ギルドを後にしたムサシは、早朝のランニングで場所を確認しておいた店を回り、道具鞄〔道具使いの仕事道具〕内部の亜空間には時間の概念がなく収納したものはその時点の状態が維持されるので、主にそのままでも食べられる新鮮な生野菜を中心とした食料を購入してメンディを出発した。


「フリーデンは……あっちか」


 メニューの【地図/現在地】で方向を確認し、一歩目を踏み出した。二歩目、三歩目……速度は徐々に上がり、軽いランニングからやがて疾走へ。時速10キロ……20……30キロと上昇し続け、40……50……時速60キロを超えてなお上がり続ける。


 腰を曲げず背筋を伸ばしたまま前傾するムサシの頭の位置は、真っ直ぐ立っている時の腰の高さほどにあり、両脚は高速で動かしているというのに腰から上は微動だにしない。更に、こんな速度で疾走していながら、右手は脱力して躰の脇に垂らし、左手は鞘の鯉口付近に添えて柄頭が臍の前にくるように固定し、即座に抜刀できる体勢を維持している。


「《エターナル・スフィア》がいくらリアルだって言っても、やっぱり違うよなぁッ!」


 プログラムによって再現されたものではない本物の爽快な風が頬を撫で、もの凄い勢いで背後へ吹き抜けていく。能力【護身】・技術【守護障壁】のおかげで、空気摩擦による火傷や微細な空気中を漂う塵によるダメージを気にしなくてすむのがありがたい。絶望の森にはこのように開けた場所がなかったため、全力で走るのはおよそ3年ぶりだ。


「くくくっ……はははははっ……アァ~ハッハッハッハッハッハッハッ!」


 【気功】だけでもまだいける。だが、都市結界の外に出た事で有効化された【ステータス】の【制限】を徐々に解除していく。


 広大な平原を、自分の足で地を蹴って、自動車や電車を追い抜くような速度で走る――この自分が風と化したような感覚が堪らずもう笑いが止まらない。


 加速、加速、加速……更に加速し――


「この機会に試しておくかッ!」


 調子に乗ったムサシは、【幸運の星】と同じく、モンスタードロップの〔秘伝奥義書〕でしか取得できない特殊能力【強化】・技術【金剛力】を発動させた――その瞬間、【ステータス】のパラメーター・STR(躰力)が増幅され、速度が更に跳ね上がる。


 その後、軽く音速を超えたが、ほぼ人の手が入っていない大自然にアウトバーンのようなどこまでも真っ直ぐな場所などなく、結局、全速力は試せなかった。それでも、人の迷惑顧みず、狂ったような笑い声と音速超過によって発生した衝撃波を撒き散らしながら爆走し、音速を超えて疾走し得る身体能力と無尽蔵といっても過言ではない体力を以って、平原を、森を、山を、谷を、川を越え、ムサシはその日の内におよそ1200キロもの距離を踏破した。そして、その翌日からは一転して日課の修行をこなして、雄大な自然に感動して、ICの素材を採取して……とのんびり一人旅を楽しみ――


 ――スカイツリーのような巨樹が普通に生えている巨大な森を探検中、軍隊蟻と戦闘中の武装女子高生を発見したのは、メンディを発ってから5日後の事だった。


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