『 ギルド 』
絶望の森の入口付近は、巨大な百足型モンスター『サラダポダルサ』の群生地になっていた。しかも、頭上にばかり気を取られていると、ゲームには存在しなかった木の根に擬態する体長30センチほどの幼生が足元から襲いかかってくる。
《エターナル・スフィア》の『サラダポダルサの森』は、難易度はそれほど高くはないのだが、毒・猛毒、麻痺、疫病の予防策を講じずに足を踏み入れれば、高Lvプレイヤーで構成されたパーティでも全滅する可能性がある厄介な場所だった。
それが、この群生地帯にも当て嵌まるらしい。あのオーク達の腹に収まらなかった冒険者と思しき者達の亡骸、既にアンデッドと化して彷徨うゾンビやスケルトン、更には、ゲームなら一定の確率で素材アイテムをドロップして消滅するモンスターの死骸までもがそのまま残っており、まさに『絶望の森』といった様相を呈している。
そして、最悪な事に、モンスターの死骸の中には、冒険者に倒されたと思しきサラダポダルサのものまでもが無数に残っており、その死骸から気化した体液の毒が森の入口一帯に漂っていた。
その毒は無色無臭で、植物や土壌に影響を及ぼさないため気付くのが遅れ、全状態異常を無効化する〔戦極侍の戦装束〕を装備しているムサシには効かなかったが、ノートン達はその症状に気付いたムサシに渡された解毒薬を服用した事で命拾いした。
ここで息絶えた者達や更に進んで倒れた者達は、この毒に気付かず体力を奪われ、集中力が落ち、意識が朦朧としているところを襲われたのだろう。
「ムサシと、ムサシを護衛に付けてくれた長老には感謝してもしきれないな」
絶望の森を出た所で大きく深呼吸した後、ノートンは笑みを浮かべて言い、ウェルズ、グラッツ、コーザも口々に同意と感謝の言葉を述べる。だが、当のムサシはそれを全く聞いていなかった。
それは何故かというと、かすかな気配を感じて茂みを掻き分け、覗き込み、そこで発見したぐったりと横たわって動かない子猫に気を取られていたからだ。
「おい、にゃんこ。お前こんな所で何してんだよ」
確かに生きている。だが、ムサシが撫でても反応はなく、抱き上げようと躰の下に手を差し入れて軽く持ち上げても、頭を上げずぐったりとしている。瀕死の状態だ。
四肢と尻尾はすらりと伸びて躰つきはだいぶ大人に近付いているがまだ子猫。愛らしい顔立ちをしており、毛色は艶やかな黒で毛並もよく、首には宝珠が象嵌された剣のような十字架の飾りがお洒落な首輪をしている。瞳孔の反応を診るため瞼を指で開かせると、瞳ほ色は左右で色彩が違い、美しい緑と青だった。
地べたに胡座を掻き、膝に子猫を乗せて容態を診ていると、何してるんだ? とノートン達が寄ってくる。
「なんで猫がこんな所に?」
ウェルズとグラッツが珍しそうに、コーザが心配そうに子猫を見ていると、一人思案顔で眺めていたノートンが口を開いた。
「その猫、ひょっとして……」
「あぁ、迷子の子猫ちゃんだ。首輪してるからな」
ノートンは、毎度毎度期待する俺が悪いのか? と何かを堪えるように呟いてから、
「その猫、妖魅族じゃないか?」
《エターナル・スフィア》には4つの種族が存在し、それぞれの種族ならではの楽しみ方があった。
真人族は、最も自由に自分だけの能力構成を作り上げる事ができる。
精霊族は、自由自在に空を飛ぶ事ができ、全種族中最も法術系スキルが多彩。
機巧族は、エネルギー化と再構成による変身、多種多様な銃砲火器の使用、動甲冑や質量保存の法則を無視して展開される数々のギミック。
妖魅族は、鬼の巨大化や動物への変化。鳥や犬、そして、猫などに変化して人とは異なる目線の高さでゲームの世界を楽しむ事ができる。
この異世界にもそれらの種族が存在する事は知っていたが、ファティマの隠れ里でムサシが出会った妖魅族の外見的特長を備えた人々は、混血によって変化能力を失っていた。その可能性に失念していたのはそのせいだ。
「ん~……、女の子だな」
「……お前、今の会話の流れで、よくそーゆー事ができるな」
ウェルズが呆れ半分感心半分で言うと、他の三人も頷いている。
「別にその部分をピンポイントで確認した訳じゃない。傷がないか全身を調べる過程で判明した事実を述べただけだ」
その結果、傷は見当たらなかった。そして、この子猫を助けるためにはどうすれば良いか真剣に考えると、能力【調査】の技術【分析】の恩恵によって、必要な薬剤や現状で実行可能な方法が脳裏に浮かぶ。
「ちょっと行ってくる。これ以上体温が下がらないように抱っこしててくれ」
「お、おい……~ッ!?」
ウェルズに子猫を預けたムサシは、目にも止まらない速さで森へ引き返し、サラダポダルサが反応できない速度で駆け抜け、途中で見かけた茎が中空でストローのようになっている植物を採取し、1分も経たない内に皆の許へ戻った。
地べたに胡座を掻き、道具鞄から取り出したのは、皆にも服用させた解毒薬、体内霊力――〝気〟を込めると水を作り出す〔満ちる水筒〕、まだ使っていない綺麗なタオルと素材採取用のナイフ。
「頑張れにゃんこ」
ナイフで採取してきた茎を露天で売られているカキ氷についているストローのように加工し、ウェルズから子猫を受け取り、膝の上に寝かせ、水筒の水を自ら含む。薬も過ぎれば毒となる。過剰投与しないよう直感で適量を見極め、小さなスプーンのように先が広がったストロー状の茎の上に粉末状の解毒薬を乗せて子猫の口腔から喉へ滑り込ませ、ムサシが口に含んでいた水をストロー状の茎を介して流し込み、解毒薬を子猫に飲み込ませた。それから、タオルをおしめのように子猫の腰に巻き、懐に入れて暖めつつ【軟気功】で体力の回復を図る。
「すぐ病院に連れて行ってやるからな」
ムサシがノートン達を促して出発しようとしたその時、
「ちょっと待ってくれッ!」
冒険者と思しき男4人、女2人のパーティに呼び止められた。
「ひょっとして、あんたも異世界トリップした口か?」
「そっちもそうみたいだな」
「今、絶望の森から来たよな?」
「そっちは絶望の森に行くみたいだな」
「戻ってきたって事は、やっぱりあの噂はデマだったのか?」
「噂?」
「知らないのか? 『絶望の森へ入って戻ってきた奴はいない。それは、元の世界へ帰還するためのトランスポートゲートがあの森のどこかに存在するからだ』って……」
ムサシは、なるほど、と思った。おそらくジェーンもこの噂を知って絶望の森へ入ったのだろう。ただし、目の前の彼らとは違う目的を持って。
そんなムサシの隣で、ノートンが、そういう事か、と呟いた。何が? と問うと、ノートンは眉間を揉んでから説明してくれ、そういう事か、と同意する。
オークの洞窟にあったアイテムを見た時にムサシが思った『どれもこれも《エターナル・スフィア》で一度は目にした事があるものばかり……』というのは、どうやら気のせいではなかったようだ。これまで絶望の森で見た亡骸は、その噂を信じて森へ入った《エターナル・スフィア》のプレイヤー達のものだったのだろう。
「それなら間違いなくデマだ。そんなものはなかったよ。戻ってこない理由は森の中に入ればすぐに分かる。そこら中に転がってるからな」
「そ、そんな……」
絶望に打ちひしがれ、茫然自失の体で立ち尽くすか座り込む冒険者達。
「あんた達も愛好者だろ? なら、この世界を《エターナル・スフィア》だと思って楽しめよ。やっぱり人生って楽しんだ者勝ちだと思うぞ」
ムサシは、にかっ、と笑い、サラダポダルサ対策を忘れないように、と注意した後、じゃあな、と告げて先へ進む。
「おい、アレ、ほっといていいのか?」
追いついてきて隣に並んだウェルズに、あぁ、と頷き、
「ただ死んでないだけの奴らより、必死に生きようとしてるにゃんこのほうが大事だ」
着物の上から懐の子猫を撫で、足を速めた。
――人類は常にモンスターの脅威に晒されている。
長老の言葉に偽りはなく、人々は身を護るために強大なモンスターの生息地から遠い場所へ、モンスターの出現数が少ない場所へと自然に集り、集落は巨大化し、やがて城郭都市へと発展していく。
東西の交通の要衝――『交易都市メンディ』もそんな城郭都市の一つだった。
「……まさか、森から半日もしない距離にこんな巨大な都市があったなんて……」
「……でけぇ~……」
20メートルを超える巨大な市壁とそこに設けられた巨大な門を唖然と見上げるノートン達。規模は《エターナル・スフィア》の『自由都市フリーデン』のほうが大きいためムサシが圧倒される事はなく、4人を促してさっさと市壁の門を潜った。
手荷物検査などなくあっさり門を通過し、いろいろな意味で大丈夫なのかと思いはしたが、今はそれ以上に気になる事を抱えているので後回し。
「冒険者ギルドへ行くのは明日にして、今日はまず宿を探そう」
ノートンの提案に賛成の意を表するウェルズ、グラッツ、コーザ。ムサシも他に優先させるべき事がなければ頷いていただろう。
「じゃあ、長老の依頼は完了って事で。俺はこれからにゃんこを病院に連れて行くよ。明日、冒険者ギルドの前で落ち合おう」
「お、おいっ!? ちょっと待てよッ!」
ウェルズがそう声をかけた時にはもう、隣にいたはずのムサシの姿は賑わう大通りの人混みの中に消えていた。
ムサシにとっても3年ぶりの都会、初めて訪れた異世界の都市。見るもの聞くもの全てに興味津々だが、今は子猫を病院に連れて行くのが最優先事項だ。
病院がどこにあるのか分からない。分からないなら訊けば良い。そんな訳で、人波をすり抜けるようにして都市の中心部へ向かって進みながら、ここの地理に詳しそうな市民を探して早速声をかけた。
「すみません。動物病院の場所をご存知ありませんか?」
気のよさそうなおっちゃんに声をかけると、武装と背後に浮かんでいる〔屠龍刀・必滅之法〕を見て怯えられた。しかし、簡単に事情を説明して懐に入れている子猫を見せると、
「それなら、妖魅街の病院へ行くといい」
どうやら『妖魅街』というのは妖魅族が多く暮らしている地区の事らしく、おっちゃんはそう言って分かり易い道順を教えてくれた。お礼を言って先を急ぐ。
道行く人々は、【変身】前だと服装でしか区別できない機巧族や真人族、どこか浮世離れした雰囲気を持つ小柄なエルフ耳の精霊族、耳や尻尾や翼など鳥獣の特徴を備える亜人系と強靭な肉体を誇る獣頭人身の獣人系の妖魅族など様々だったが、教えられた通りに進むと次第に妖魅族の姿が多くなり、それらしい建物はすぐに見つかった。
病院のロビーに入ると妖魅族の人々ばかりで、武装している事と真人族だという事でやたらと周囲から浮いていたが、ムサシは全く気にせず受付へ。懐に入れている子猫を見せて事情を説明すると、どうやら診察室が空いていたらしくすぐに通された。
程なくして現われた猫耳尻尾の女性医師に言われるまま診察台に子猫を寝かせると、医師は、ん? と眉間にしわを寄せて鼻をヒクヒクさせた。ムサシが何事かと問うと、なんでもありません、と答えて子猫を診察する。
「……もう峠は越えたようです。衰弱しているので一応栄養剤を注射しておきますが、心配は要りません。貴方の処置が適切だったおかげですね」
そう言って医師が微笑むのを見て、ふぅ~、と安堵の息をつく。それから、宿無しの根無し草でこの子猫を飼う事ができないのでどうすれば良いかと相談すると、
「その心配も要りません。この紋章は、アルトス教団のものですから」と子猫の首輪についている飾りに触れ「連絡すればすぐに迎えが来るでしょう」
連絡は病院のほうからしてくれるそうで、診察料もアルトス教団から受け取るので結構ですと言われた。
「じゃあな、にゃんこ。早く元気になれよ」
診察台の上で横たわる子猫の耳の裏を指先で掻き、背中をそっと撫でる。ムサシが診察室を出ようとすると、子猫が弱々しく、ミャァ…、と鳴いた。それがなんとなく、行かないで、と言っているように聞こえて後ろ髪を引かれたが、未練を断ち切って診察室を出るとそのまま病院を後にした。
「さてと、今日の宿でも探そうかね」
ムサシは気分を切り替えて、暗くなり始めた空を仰いで呟く。それから人目につかない場所へ移動すると、やたらと人目を引いている〔屠龍刀・必滅之法〕を道具鞄にしまった。代わりに脇差を取り出して腰に佩く。それは、一見するとどこにでもありそうな脇差だが――それはさておき。
《エターナル・スフィア》の舞台は、文明が進み過ぎて科学と魔法の区別が付かなくなった世界。超科学文明の崩壊により高度な科学技術の多くが失われ、混在する超科学文明の遺産と『魔法』と呼ばれる技術体系、それに産業革命時代に逆戻りした未熟な科学が人々の生活を支えていた。
この世界もおそらくそんな感じなのだろう。街の風景は、世界遺産登録された現代の古都といった感じで、通り沿いに浮かんでいる案内表示がホログラムなのか法術によるものなのか分からない。人々は基本的に道の両端の一段高くなっている歩道を利用し、道路を行き交うのは馬や馬車、調教された草食系モンスターが引く荷車。停留所から出発した路面電車のような乗り物は、石畳が敷かれている地面から数センチ浮かんでいた。
ちなみに、真人族が使う【魔法】には様々な系統が存在し、それ以外にも精霊族の【精霊術】や妖魅族の【妖術】などがあるため、それらは『法術』と総称される。
「ファンタジーだなぁ~」
にゃんこの事が気掛かりで意識していなかったが、改めて街行く人々の姿を見ると、思わずそんな言葉が口を衝いて出た。そして、その事を一際強くムサシに感じさせたのは、亜人系や獣人系の妖魅族でも、腰や背に提げられた剣や斧でも全身甲冑でもなく、躰のラインが露骨なまでに露わになるボンデージや露出が多いビキニアーマーを装備している女性が以外にも多いという事だった。
それにはもちろん、『カワイイから』や『カッコイイから』という以外にちゃんとした理由があるのだが、ムサシがそれを知るのはもう少し後の話。
チラリズム文化発祥の地である日本の青少年ムサシは、目のやり場に困るその大胆さに若干引きつつも気にしない事にして街を見物する。少し早いが夕食のつもりで好い匂いを漂わせている露店を巡って腹を満たし、宿を探しつつも田舎者丸出しで街を観光していると、偶然その前を通りがかった。
「あっ、冒険者ギルドだ」
ムサシは特に何も考えず、その看板が掲げられている3階建ての市役所を彷彿とさせるギルド会館に足を踏み入れた。
「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付で対応してくれたのは、真人族の美人だが表情の変化に乏しいNPCのようなメガネのお姉さんだった。
「ここで〔ティンクトラ〕を授けてもらえば、修得したスキルをまた使えるようになるかもしれないと聞いてきました」
「え? では、貴方は《エターナル・スフィア》出身者ですか?」
「出身……まぁ、はい、そうです」
それからいくつか質疑応答し、説明を受け、登録料など初期費用を支払った。
「では、少々お待ち下さい」
お姉さんは席を立ち、一礼してから受付を離れる。――待つ事およそ5分。
「お待たせいたしました」
戻ってきたお姉さんがカウンターに置いたのは、クリスタル製の台。4本の足で支えられた天板は透明で、その中央には円形の穴が開いており、その穴の中央に、ほのかに薄紅色の輝きを放つ一辺がおよそ4センチの正三角形で構成された正四面体が何の支えもなしに浮かんでいる。
「あれ? ひょっとしてそれが〔ティンクトラ〕?」
「はい」
「それならたくさん持ってるんですけど」
もっともお姉さんが持ってきた台の中央に浮かんでいるものには傷一つなく、その中心に人魂のような光の球体も浮かんでいない。
ムサシは道具鞄からショルダーバッグ型の魔法鞄を取り出し、え? と怪訝な顔をするお姉さんの前に置いた。お姉さんは、拝見します、と一言断ってからその中を覗き込み、くわっ、と目を見開いて硬直する。
「こ、これは……い、いったい、いつ、どこで、どうやってこんなに……?」
表情を強張らせ躰を小刻みに震わせながら訊いてくるお姉さんに、オークが冒険者らしき男の遺体を引きずっていたのを発見した辺りから手に入れた経緯を話した。
「……絶望の森でそんな事が……」
お姉さんは血の気の引いた顔で小さく呟いた後、失礼しました、話を戻しましょう、と言って、魔法鞄はとりあえず脇に退ける。
「左手の防具をはずし、掌を上に向けて台の下に入れて下さい」
結局それはなんなんだ、と訊きたかったがとりあえず言われた通りにする。
お姉さんは、手を動かさないで下さい、と言って台の位置を微調整し、天板の側面を人差し指でスッと撫でた。すると、〔ティンクトラ〕を支えていた不可視の力が消失してムサシの左掌の上に落下し――何の抵抗もなく掌へ沈み込んだ。そこには薄紅色の逆三角形の跡がくっきりと残っている。だが、違和感はなく、手相もそのままで皮膚の感じも変わらない。
「明日の朝には、そこに貴方特有の紋章が浮かび上がっているはずですので、正式な登録はそれからとなります。詳しい事はこちらをご覧下さい」
そう言って、お姉さんはムサシの前に文庫本サイズの薄い冊子を置いた。その表紙に書かれている文字は日本語ではないが問題なく読める。タイトルは『冒険者の心得』。
「本日はこの敷地内にある別館の宿でお休み下さい」
ムサシは、ギルドの紋章が刻印された樹脂製のプレートを受け取った。宿泊費は初期費用に含まれているとの事で、館内の案内表示に従って進めば迷う心配はなく、宿のロビーに詰めている職員にこれを渡せば部屋まで案内してくれるらしい。
「そして、こちらなのですが、なにぶん数が数だけに、全てを確認するには相応の時間が必要となります。そこで、一時的にこちらでお預かりしたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
ムサシが頷くと、お姉さんは例の魔法鞄を手許に引き寄せてから、番号が刻まれている樹脂製のプレートを差し出した。もしお姉さんが他の仕事で席をはずしていたとしても、このプレートを受付の職員に渡せば然るべき対応をしてくれるとの事だった。
「本日はご利用ありがとうございました」
お姉さんが席を立って頭を下げるので、ムサシも席を立ってお礼を言い、小冊子『冒険者の心得』を手に取って受付を離れる。
それから、ムサシは特に何も考えずお姉さんに言われた通り案内表示に従って別館へ。宿泊施設のロビーと思しき場所にいた職員さんにギルドの紋章が刻まれたプレートを渡すと、別の係りの人が部屋へ案内してくれた。
そこは、寝起きするだけなら十分な広さの一人部屋で、ドアにはシリンダー錠が2つとチェーンロックが付いており、ベッド、机、椅子、クローゼットなど一通りの家具は揃っている。
ベッドの上に小冊子『冒険者の心得』を放り投げ、武装を解いて道具鞄の中にしまう。ファティマの隠れ里の我が家と違って、蛇口を捻ると水が出る洗面台で手と顔を洗ってうがいをし、その脇のタオル掛けに掛かっているタオルの『未使用』というタグを取って拭く。その際、左掌中央にある逆三角形に目が止まった。しばらくマジマジと見詰めていたが、まぁいいか、と気にしない事にしてベッドに座り、小冊子『冒険者の心得』にざっと目を通す。
その後は、外に出て人目につかず誰の邪魔にもならない適当な場所を見つけて軽めの稽古をするなど日課を済ませ、部屋へ戻るとしっかりと戸締りをして寝た。




