01
今回短めです。すいません……
フワフワとした、不思議な浮遊感。
どこか懐かしい場所で、こくりと息を吸い込む。
水音がしただけで、何も起こらない。思考があやふやで、意識しないと目を開けていられない。
何かを探すように、手が動く。
確かな確信を持って伸ばされた手が掴んだのは、恐ろしく小さな子供の手だった。
柔らかいその手が、ぎゅっと握り返してくれる。
あぁ、この手を守らないと。
いつか感じたことのある感情に押しつぶされるように、意識は下降していった。
◆
暗い森に、朝日が昇ろうとしていた。
白い光が山の尾根で反射し、森はあますことなく光に照らされていく。なんの音もなく光が世界に浸透していくと、今度は鳥のはばたき。
森が目覚めていく中、森の入口から二つの産声があがった。
「エレイナ! 双子だぞ、よく頑張ってくれた!」
「………あなた、お願いだから少し静かにしてくれないかしら? うるさいわよ」
「あ、ごめんごめん。嬉しくてさぁ」
にへらにへらと笑う男の顔を見て、綺麗な顔をした女性は溜息を吐いた。その笑顔を見ると何故か全てがどうでもよくなってしまうのは何故だろう。
惚れた弱味という単語が頭に浮かんだがすぐに打ち消した。
どこか幼い顔をした、自分よりも背の低い彼は可愛い我が子を抱いて笑っている。
「エレイナ、ほら」
そっと渡された我が子たち。まだ産声をあげている弟の手を離さない、もうぐずり終わっている姉。仲の良い姉弟になりそううだ、と自然と口元が綻ぶ。
愛しい我が子たちに口づけを落とすと、にへらにへらとだらしなく顔を緩めている夫が目に入った。
「あー、可愛い! 見てよこの落ち着きを! この子は絶対僕に似てるよ、見てこの賢そうな顔っ。リトアルーデ学院にも入れちゃうんじゃない? そしてこの子は君似だね。絶対頑固。綺麗な顔してるから多分おそらく絶対に、君に似るよ」
姉の方を覗き込み、弟の方に微笑みかける。
何を根拠に言っているのか不明だが、おそらくそうなるのだろう。
この男が言った言葉は何故か現実になってしまうのだから。
弟の方の頬を撫でながら、エレイナも笑う。
「貴方に似れば、間違いなく秀才ね。私に似ちゃうと、ちょっと心配なんだけど」
「その替わり、無敵の身体能力が手に入るさ。僕だと運動からっきしになると思うよ」
「……そうね、木剣を振れないくらい貧弱だものね」
「うぐっ、そ、それは出会ったころの話であって………・今は多分、振れるよ! …………3回くらい」
ハッ、と鼻で笑ってやればずーんと落ち込む彼。
背中に黒いなにかえを背負い、床に指でぐるぐると何やら書いている。
「しっかりしてちょうだいよ。もう二児のパパなんでしょう? ルデア」
「………そうだね、エレイナ」
静かに微笑む。そう微笑みを交わし合うと、また我が子の頬を撫でた。温かい。
一人は深い藍色の髪。そして、もう一人は黒い髪。
「……この子の髪は僕の遺伝かなぁ。苦労するだろう、ごめんよ」
そう言って、ふわりと頭を撫でる。
何と言葉を掛けたものか、と思案していると、トスッとベット脇にルデアが腰掛ける。
大人びた笑顔に、少し胸が痛くなった。
「名前、もう決めたの? ルデア」
「うん。顔見た瞬間に決めてたんだよ。僕の知識を総動員して、素敵な名前を探してみたんだ」
黒い髪に黒い瞳。ルデアはそっと微笑む。
「藍色の娘には、幸福と魔神の加護を。古の言葉で祝福を現す〝ルディアーナ〟
黒き息子には、幸運と武神の加護を。古の言葉で勝利を現す〝エディン〟」
君達の幸福を、祈っているよ。
黒い父の願いを、淡い水色の髪をした母が見守っていた。
―――――1年後
永山 綴、享年28歳独身。波川生業広報課平社員。つまりサラリーマン。
上司のお嬢さんの愛憎劇に巻き込まれたり、ドラック密売組織と対立とかしちゃったトラブル吸引体質の俺の夢は、可愛いお嫁さんをもらって子供が出来て(出来れば3人くらい欲しいなぁ)孫の顔を見ながら寿命でポックリ逝くこと。
我儘を言うならそこに親孝行が出来たとあれば大満足。即成仏。
あー、今頃鼓はどうしているだろうか。ちゃんと飯食えてるかなぁー、超心配。
正直にいうとマイキッチンが破壊されて黒炭になってないか心配。圧力鍋、新調したばっかりだったのに。くそ、俺の5万円……
鼓ならうまくやるだろう。なにしろチートだもん。完璧なんだもんあの子。
「どうしたのー、ルディ。あ、鏡が珍しいのか。あんまり触っちゃダメだよ?」
頭の上から降ってくる、男の人の声。どこか幼い声。今世の俺の父上である。
どうやらかなりお茶目な人らしく、父の部屋には面白いものがたくさんあった。いかにも呪われてます的な人形やガラクタとしか思えないものの山。たまに怪しげな小瓶やぐつぐついってる大鍋もある。鉤鼻のしわくちゃな魔女が「ケーケケケッ」とか言って蛙の目玉とかイモリの黒焼きとか放りこんでそうなあれだ。あるもんだね、こういうの。
それ以外は古そうな羊皮紙の本ばっかり。壁が本といえば分かってもらえるだろうか。木の壁が見える隙間がない位に本で埋め尽くされている。
部屋もそんなに広くないとはいえ、いったい何冊あるのだろうか。
題名が〝黒魔術大全-今日からあなたも呪いマスター-〟〝呪術初級編-腹痛の呪いから恋愛不成就の呪いまで-〟〝悪魔召喚-足裏の臭いを司る悪魔から頭皮の毛を司る悪魔まで-〟
なんだ最後の。あれか、薄毛に悩んでいる方々用ですか、それとも希望を最後まで毟り取る用ですか。つーかしょぼいな、なんだ足の裏の臭いって。
肉体的苦痛よりはどちらかと言うと精神的苦痛に特化している呪い関連の本の山。どちらかといえば童顔で可愛らしい顔つきの父が好んで読んでいるとは思えない代物ばかりだ。
さて、と俺は自分に喝をいれた。
部屋の中をだいたい見回して、少し頭が冷えた。冷静になれ自分。お前ならできる。
すっと横目で父を確認。ガサゴソと何やら探していた。こっちは見ていない。おーけー、あーゆーれでぃ?
ばっと正面を向くと、鏡に自分の姿が映る。いや、一応生まれ変わってるわけなので顔は再構成されているはずなのだ。気になっちゃいたんだが、何分完全に自我が覚醒したのは昨日だ。それまでは朦朧としてて、長い間眠っていた感じだ。
隣でスヤスヤとお昼寝していた、今世での愛すべき弟の整った顔を見て少々期待していたのだが。
……………あの駄神が……っ…
鏡に映るのは、深い深い海のような藍色の髪に輝くばかりの金色の眼。白い肌に顔立ちもそこそこ整っている方だろう。外見にあんまし頓着はないが、よくてこしたことはないしね、おーけー。
が、しかし。鏡に映るのは女の子以外のなにものでもなかった。
大きな目、背中まで伸ばされた髪に、ひらひらのスカート。引き攣った笑いを浮かべる1歳児の姿があった。うん、可愛い女の子だね。
どうやら俺は父の血を色濃く継いだらしい。眼は母のものだが、顔立ちは絶対に父だ。(母はなんかこう、氷のような美しさというか……怒らせない方がいい人種だ)
母がよっぽど悪趣味でもない限り、男児にこんなスカートは履かせないだろう。弟は普通にズボンだったし髪も短かった。
さっき確認したけれど、あるべきものはなかったわけで……
いや、確かあの駄神〝ランダム転生〟とか言ってたしね。多分ランダムの結果なのだろうが腹の虫が治まらないのであいつのせいということにしておく。
貧困層とか生活レベル最下層とかも覚悟していた訳ですよ、けどね………
女になるなんて聞いてねぇーぞッ!!?
「ルディー? もういくよー。ここに入れたのお母さんには内緒だからね?」
まさか歩けるようになって間もない娘が神に向けて罵詈雑言を吐いているとは露知らず、ルデアはひょいと愛娘を抱えて仕事部屋を後にしたのだった。
アドバイス・誤字脱字等あればよろしくおねがします。